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前夜祭のようなもの

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 橋野上智久は高校2年にして妄想狂である。
 授業中は当然、先生の話は聞いておらず、永遠と脳内世界で遊んでいる。
 これだけ聞けばただの危ない奴だが、別に妄想と現実の区別がつかない訳ではない。
 人に対し自分の妄想を語るという事もないので、一般平均程度に友人もいる。
 しかし、彼は現実世界に全く興味がないのだ。齢16にして、この世界は実に味気なく、面白みの無い物だという結論に至っているが故に、彼は妄想に耽るのであった。
 今日も彼は妄想に浸り続けている、日本史の荻野の授業など己の歴史の知識をドヤ顔で無限にひけらかし続けるだけなので、はっきり言って苦行以外の何物でもない。
 別にこれは彼に限った事ではない、この荻野の授業において、生徒の半分、いや8割以上は彼の意識の無いバージョンである。そして残りの2割も携帯やゲームを弄っているだけだ。
 そして彼の今日の妄想は『もしテロリストがこの学校を占拠したら』
 幼い頃から漫画を読み育った子供であれば誰しも一度はこの手妄想経験をしているだろう。
 勿論、彼もこの王道的な妄想は何度もしている。
 中学2年生の時に148回、中学3年生では85回、高校1年生時には42回している。
 しかし、どれもかしこも既視感のある、能力を持った最強の自分が、圧倒的パワーでテロリストを倒して行くものばかり、言うまでもなくマンネリであった。
(はっきり言って自分が能力者っていう設定はいい加減飽きてきたな……)
(だいたい最強の能力者っていう設定がまずありきたりだからな)
(ならいっその事無能力者にするっていうのはどうだ?)
(……まてまて、それだとただの現実と一緒じゃないか)
(……といっても、学校にテロリストなんて事自体イレギュラーだしな、問題ないか)
(まあ、一度シュミュレートしてから話を続けるか決めるのも悪くない)
(――まず、いつもと何も変わらない午後の教室の風景、そして相変わらず糞以下の荻野の授業、生徒はほぼ全員は寝ているにも関わらず、淡々と知識披露は続けられていく)
(そこで俺はふと思うのだ『何か面白い事が起きないかなあ』と)
(そう思った刹那、勢いよくドアが開けられ、教室に武装した二人の覆面男が入ってくる)
「とっ、突然何だね君達は!」
(まるで当然であるかのように常套句を吐き捨てると、荻野はその覆面男に近づいていく)
「君達は3年生かね?こんな悪ふざけが許されると思っているのか!今すぐ職員室に――」
(自分の授業を邪魔される事を何よりも嫌う荻野は、360℃何処から見ても生徒には見えない奴らを、自分の事を良く思わない上級生の悪戯だと、有り得ない勘違いする)
(もちろん、テロリスト達はそんなジイさんの小言を聞いている暇など無いので射殺)
「キャーーーー!!」
(そして、クラスで上位を争う程の美人で、且つ優等生である、恐らく唯一荻野の授業を真面目に聞いていたであろう明坂詩織が、荻野が膝から崩れ落ちる姿を見て、悲鳴を上げる)
「なんだ?なんだ?」
(その悲鳴に寝るか、ゲームをしていた生徒達が次々に机に向いていた顔を前に向ける)
「騒ぐな!この学校は只今を持って我々が占拠した!大人しくしていれば危害を加えるつもりはない!だが少しでも騒いだり、不審な動きを見せた奴はこいつと同じ目に会うと思え!」
(普通なら、こんなテンプレ通りの台詞を吐くテロリストが本当にいるのかよ、と思わず笑ってしまいそうになるが、多分、実際に目の前でこんな光景を見せられたら誰だって本能的に『死にたくない』という恐怖から、そんな事を考える暇も無く素直に従ってしまうだろう)
「よし、今からお前らは俺の指示通りに動いて貰う、何度も言うが少しでも不審な動きをすれば容赦なく殺す、まずは――」
(まずはテロリスト達は生徒から携帯を回収し始めるのだ、そしてその順番が俺に回ってきた時、俺は黙ってゆっくりと立ち上がり、その瞬間死角からテロリストの顎を拳でうち――)
「オイ」
(そして倒れたテロリストから銃を奪い、『みんな伏せろ!』と言い、もう一人のテロリストと激しい銃撃戦に――)
「オイ!」
(あん?何だ?今いい所だってのに空気読めねぇな、ったく、これだから現実は……)
「はい、何ですか?荻野先生」
「誰が荻野だ、ボーっとしやがって、随分と余裕なもんだなクソガキ」
「え?」
 彼は現実と妄想の区別がついていない訳ではなかった。
 ただ、あまりにも同じだったのだ。
 彼の妄想と現実に起きている出来事があまりにも酷似し、同時進行していた。
 それが、現実の出来事も己の世界で起きていると彼を錯覚させたであった。
「いいからさっさと携帯を出せ、殺されたくなかったらな」
「あ、はい」
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