第二話
○第二話「今日はファンタジア」
魔王の復活が予言されてから15年。伝説の勇者を探す為に旅立った俺だが、まさかその勇者が俺の事だったとは。何しろ俺はどこにでもいる普通の男。王様に頼まれて旅に出て、気がつけばレベルが上がっていたってだけなのに。
もしかしたら、実は勇者なんてのは決められた存在ではなく、魔王が倒せそうな奴って事なのかもしれない。血筋って事は100%有り得ないし、何かそれらしい啓示を受けたりみたいな事もなかったからな。必要に駆られて戦い続けていたってだけで……
俺はまさか自分が勇者になるなんて思ってなかったので、旅の途中で普通に結婚し、子供だってできた。それを今更大層な役目を押し付けられて、言っちゃ悪いが実に迷惑な話だ。妻はもう死んでしまったが、俺には最愛の娘がいる。もうすぐ独り立ちできる年齢なのだが、だからと言って娘を置いて死地に赴くというのは抵抗がある。
「安心しなさい、娘も連れて行けばいい」
「ミスズ様、しかしアカネはまだ14歳ですよ? 戦いの経験などありませんし」
「これはアカネの運命でもあるのです。彼女は立ち向かわなければならないのです」
伝説の占い師、ミスズ様が言うには……俺の娘、アカネまでもが魔王と戦う運命にあると言うのだ。だがアカネは戦いの経験どころか、誰かと争う事すらもできない子だ。とてもじゃないが、魔王との戦いに耐えられるとは思えないのだが……
「これは運命です。しかし、貴方が従うかどうかはまた別。決めるのは貴方ですから」
「従わなかったらどうなるのです?」
「さあ、それは分かりません。貴方がその選択をすると同時に、運命が変わります。少なくとも今ある運命は、貴方が娘と共に歩む事で、魔王が倒される……という事」
「……娘は生きて戻れるのですか? 魔王を倒せても、その時娘が生き残れなければなんの意味もないのです」
「……私に今見える運命は、貴方が娘と共に魔王に挑むというものだけです。それ以外の運命は、その時が来なければ分かりません」
役に立つのか立たないのか分からない占いだ。だが分かっている事は、娘を連れて行けば魔王を倒せるが、娘を連れて行かなかった場合は倒せるかどうか分からないという事。
俺は悩みながら、占い師の祠を後にする。魔王が復活するとされている日まであと数日……俺はどうすればいいのか。世界の為には、確実に魔王が倒せる方法を取るのがいいに決まっている。まあ確実と言ったって根拠はミスズ様の占いだけだが……でも伝説の占い師の言う事なのだからそれなりに意味はあると思う。しかし……アカネを連れて行かなくても倒せるのなら、その方がいいに決まっている。
家に帰ると、アカネが笑顔で俺を迎えてくれた。この世にたった一人の俺の家族……妻は、俺が旅に出ている間に病で死んでしまった。もし旅をしていなかったら助けられたかもしれない。いや、それができなかったとしても死に目には遭えたはず。そういう事もあって、俺はなるべくアカネから離れないようにしてきた。遠出をする時だって、できうる限り早く家に帰るように心がけてきた。それを、魔王との戦いに連れて行けだって? 戦いの経験もないこの子を……そんな過酷な場所に? そしてもし連れて行かなかったとしても、魔王との戦いの結果俺が敗れるという可能性もあるわけで、そうなればアカネを一人残して死んでしまうという事になる。俺はどうすればいいんだ……
「どうしたの、お父さん。顔色が悪いよ?」
「あ、ああ……なんでもないよ」
「……嘘。今日は、伝説の占い師って人に会いに行ったんでしょ? もしかして、勇者様が見つからなかったの?」
「いや、見つかったよ……見つかった」
「そうなの? でも、それならどうしてそんな辛そうな顔しているの?」
「……ちょっと疲れてね。伝説の占い師って言うだけあって、中々手強いダンジョンに篭ってたからさ」
「そうなんだ……じゃあ今日はご飯食べて、ゆっくり休んで」
アカネはもう14歳。しっかり者だし、独りでも充分やっていけるかもしれない。だけど……俺が魔王に負けるって事は、つまり世界は魔王に支配されるって事だ。比較的平和な今とは状況が違ってくる。そんな世界で少女が独りで生きていけるだろうか? もしアカネを魔王との戦いに連れて行っても、アカネは無事帰ってこれるかもしれないし……
だが、逆に俺が一人で魔王に挑んで勝つ事ができればそれでいいわけだし、アカネを連れて行って魔王を倒せても、その時アカネが無事でなければ意味がない。くそ……どうしろってんだ。大体、ミスズ様もミスズ様だ。伝説の占い師だって言うのなら、あんな祠に篭ってないでさっさと俺に「お前が勇者だ」って教えてくれればよかったんだ。そうすれば……
そうすれば? そうすれば俺は結婚もしなかったし、アカネの父親にもならなかった? それでいいのか? いいや、俺は妻と会えた事も、アカネの父親になれた事も後悔はしていない。ただ怖いのだ。妻を失い、さらにアカネを不幸にしてしまうのではないかと。幸せを手に入れてしまったから、それが壊れるのが怖い。
アカネに勧められるまま食事と入浴を済ませ、早めに床に着く。頭の中ではこの先の事でいっぱいだったが、疲れもあってすぐに眠りについてしまったようだ。しかしいつもより早く寝た為に、真夜中に目が覚める。
アカネはまだ眠っているだろうが、俺は再び眠りにつく気になれず、寝室を出て台所へ。音を立てないようにして棚にしまってあった酒のビンを取り出し、椅子へ腰掛けつつ栓を抜く。静かな夜だ。本来なら考え事するのに最適な夜なのだろうが、今はその考え事自体が辛い。俺は普段そんなに酒を飲まないが、今は俺の考えを鈍化させてくれる薬だ。酒に酔えば、答えの出せない辛さが少しは和らぐ気がした。
どれくらいそうしていたのか、すっかり酒が回ったせいか、世界の命運が掛かった選択だというのにどうでもいい事のように思えてきた。要はアカネを守る事ができればいいわけで、どっちを選択してもそれだけを考えればいい。もしアカネを連れて行くのなら、死んでもアカネを守る。連れて行かないならとりあえずアカネは無事だ。あとは意地でも魔王を倒せばいい。あとはそう、それこそ占いか何かでどっちにするか決めてしまえばいいのだ。
そうとも、余計な事を考え込んでいても仕方がない。やるべき事は同じなのだから。さて、そうなるとどうやって占いをするかだな。俺は何か使えそうなものはないかとテーブルの上を見渡す。と、丸まった紙くずの横にコインが数枚置かれているのを見つけた。ふむ、これでいいか。コイントスして表が出たらアカネを連れて行く。裏が出たら置いて行く。俺はコインを一枚手にとって、親指に乗せて弾く。その結果は……裏だった。
俺はアカネを置いて魔王と戦う事にした。しかしこの選択は、俺が魔王に負ける可能性も含んでいる。勿論、決めたからには命に代えても魔王を倒すつもりだが……もしかしたら死んでしまうかもしれないと思うと、やはり怖い。本当なら朝、いつも通りを装って出かけるつもりだったのだが……あまり長くここにいると決意が鈍りそうだから、今夜中に家を出る事にした。だがその前に、一目アカネの顔を見ておきたかった。
俺は、酔った足取りをなんとか抑えつつ、アカネの部屋を覗く。アカネはベッドに横たわり、静かな寝息を立てている。月明かりが窓から差込み、アカネの顔を照らしている。幻想的で、我が子ながら美しいその寝顔をもっと近くで見たくて、こっそりと近づいていく。しかし、近づきすぎると俺自身の影が掛かってしまう。なんとか影が掛からない角度を追求しようかとも思ったけど……あんまりうろうろしてアカネを起こすのもかわいそうだ。それに、少し離れて見るくらいが丁度いいのかもしれない。今生の別れにするつもりはなく、ただ少し、勇気をもらえればそれでいいのだから。
そして、俺はまだ夜が明けないうちに旅立った。魔王が復活するとされている古城へ。ひんやりとした空気が、酒で火照った体を冷やす。この旅が最後……これが終われば、後はアカネと二人、幸せに暮らしていけるに違いない。そう信じて、俺は……
………………
「お、お前が……魔王!? そんなバカな! な、なんで……」
「……」
「なんで俺と同じ顔なんだ! なぜお前が魔王なんだ!」
「……それは、お前が」