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2‐二人仲良く

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 井上雄二は高揚していた。今、ここに至るまでの全てが、彼の理想のままだったのだ。
 何人もの兵士に連れられて、奇数班がやってきたのは東校舎四階の音楽室。そこで一通りの阿鼻叫喚を見せた生徒たちは、思い出したように支給された鞄の中身を覗き込み、次にルールの詳細へ目を落とし、そして頭がその内容を理解した時、再び落胆や不安の表情を顔に表した。

「とりあえず、ここにいる全員の目的は同じだろう」

 肩を落とす生徒の頭に、いつもと変わらぬ明るい声をかけたのは、男子7番、鈴木光一だった。彼は自分を見上げてくる顔をぐるりと確認してから、少しばかり笑みを作って続ける。

「生きて、このクソみたいな試験を抜ける。この学校から生きて帰る。違うか?」

 誰も、その問いには答えない。皆、ただ押し黙って、自分以外の誰かの発言か、もしくは鈴木光一の次の言葉を待つ。鈴木はそんな様子を数秒間見つめると、もう一度、円を描くように座り込む生徒たち一人ひとりを見渡した。

「反論がないなら聞いてほしい。ルールを流し見た限りでは、なんとかなりそうなんだ。みんな、俺に着いてきてくれないか」
「鈴木は委員長だからな。俺はお前に任せるよ」

 彼の隣に座る、男子1番、相田弘樹がそう言うと、他の生徒も続いて頷く。そうして奇数班の面々は、3年B組の男子委員長である鈴木光一の指揮の下、一応の纏まりを見せたのだ。
 鈴木光一がまず提案したのは、18人の奇数メンバーを、少数の行動班に分けるということだった。班ごとに力の差が出ないように、男女混合で3人の班を6つ作り、さらにその行動班ごとに役割を分担するというもの。彼が注目していたのはルールにある、「食事、武器」と「特別カード」で、これは校舎の至る所に隠されていると書いてある。まずはこれらを確保した後に、相手の出方を見て次を考えるつもりらしく、「向こうが攻撃してこない限り、こちらからも攻撃はするな」と確かな口調で言った。
 ここに至って彼に意見する者はなく、異見を述べる者もなく、皆が頷いて肯定を示す。井上雄二も周りの生徒と同じようにして、こくりと首を縦に振った。
 そうして3人ずつの行動班に分かれた生徒たちは、銘々に鈴木光一から言われた役割を果たすために、続々と音楽室を出て行く。部屋の中に残ったのは鈴木や相田を含めて2班6人だけで、もう時計の針は試験開始から一時間を示していた。

「ねえ、お願いがあるのだけれど」

 音楽室を出て、東校舎の階段を下っていると、女子7番、島海涼子(しまみりょうこ)がか細い声を出した。男子15番、元山昌平は気だるそうに振り向く。

「なんだ?」
「あの、あのね、北上くんに、会いたいの」

 汚れてもいない手をスカートの裾で拭いながら、島海は俯いた。元山の眉間には皺が寄っていて、彼の心中を表す。

「ったく。お前なぁ、」
「こんなときにっ、あの、不謹慎だって、思うけれど。でも、でもねっ、会いたいの」
「会いたいったって、どこにいるかもわからねぇじゃねえか」
「だから一緒に、一緒にね、探してほしいな、って、思って」

 彼女、島海と北上真は付き合っている、というのはクラスでも有名で、元山もそれは知っているだろう。だが、北上真は偶数班なのだ。つまりは敵。こんな状況の中、カップルだからという理由だけで敵に会いに行くだなんて、馬鹿馬鹿しいにも程がある。元山はしかめっ面を変えることなく、同じ行動班のもう一人、井上雄二へ視線を向けた。

「お前も言ってやれよ。場をわきまえろってな」
「俺は別に構わないよ、元山」

 両手をポケットに押し込んだまま、井上は微笑んで答えた。途端に元山の不機嫌な表情は濃さを増したが、彼が不満を漏らすよりも先に、島海の歓喜した声が踊り場に響く。

「本当っ!?」
「殺し合うなんて嫌だろう。それに鈴木は、こっちから手を出すなと言っていた。きっと、向こうも同じようなことを考えているはずだ」
「そうよね、そうだよねっ!」
「まずは互いに相手の出方を伺っていると思う。島海が北上に会うくらい、なんてことないさ」
「そういうことなら俺は帰るぞ。俺たちの目的はカードと武器を集めることだったじゃねえか」

 井上の手を握ってはしゃぐ島海の背中で、一人取り残された元山が唇を尖らせた。彼の頑固で融通の利かない性格ならば、こう言うしかなかったのだろう。

「確かにカードを集めることも重要だけどさ。相手のメンバーと接触して、話を聞くのも大切なことだと俺は思う」
「ああそうかい。なら勝手にするんだな」

 小さな舌打ちを一つ残して、元山昌平は踵を返した。その体が暗い階段の上へ消えていくのを見届けてから、井上は島海に振り返る。

「さあ、北上を捜そうか」

 それから二人は、当初に鈴木から言われていた東校舎2階の探索を名目としつつ、北上の姿を捜した。しかし、そんな簡単に目当ての人間が見つかるとも限らない。他の偶数班メンバーを見つけることもあるだろうし、最悪、攻撃を受ける可能性もある。井上と島海は廊下に沿うように並んでいる教室に身を隠しながら、少しずつ、西校舎へと続く渡り廊下へ近づいていった。これは井上の助言で、自分たち偶数班が東校舎4階ならば、向こうは西校舎の1階、もしくは2階にいる可能性が高いと踏んだからだ。
 やがて彼らが渡り廊下の最寄の部屋、1年A組の教室に入ったとき、井上が呟いた。

「これは……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。それより人影は見えたか?」
「ううん。まだ見つからない」

 自分たちが持ってきた携帯電話は使い物にならないし、支給されている電話も、同じ班の人間にしか発信できない。つまり、ここで相手の班の人間を捜すということは困難を極める。今彼らがしているように、地道に歩いて捜すしか方法がない。島海は肩を下げながら、申し訳なさそうに眉根を垂れた。

「ごめんね、こんなことに巻き込んじゃって」
「構わないさ。俺も、恐らくみんなだって。殺し合いなんて嫌だと思ってるんだ。それに、」
「あっ!」

 唇の端を歪ませて言った、井上の言葉が終わるより先に、島海が大きく息を呑んだ。何事かと彼女の視線の先を見て、井上も声を押し殺す。そこでは一つの人影が、ふらりふらりと廊下を進んでいたのだ。

「あれっ、もしかして!」
「北上かもしれないな。」

 目を輝かせて見上げてくる島海に対して、井上の返答は落ち着いていた。二人は教室の扉の前に身を屈め、徐々に近づいてくる人影を見つめる。やがて、南向きの窓から太陽の日差しが人影を照らして、その顔を映し出した。
 運が味方をするというのはよく聞くが、あれは本当だったのだ。隣にしゃがみ込んだ島海の表情を見るより前に、井上も気づく。人影の正体は間違いなく、探していた、男子6番、北上真だった。

「北上くんっ!」

 膝を立てて、まるで緊張感の欠片もないままに叫んだ島海。その声に小さな北上の頭が動き、瞳を細めてこちらを見つめる。薄い水色のフレームに支えられたレンズが、太陽の光で反射した。

「涼子かっ!?」

 彼はそう叫び返すと、10メートルほどの距離を一気に駆け抜けた。そうして島海の傍まで詰め寄ると、途端に彼女を抱きしめる。

「涼子、涼子っ」
「北上くんっ、捜したんだよっ」
「俺もさ。こんなことになって、班が別々になって、どうしようかって、俺、お前を捜して」

 鼻の頭までずれ落ちた眼鏡を気にすることもなく、北上の腕は彼女を強く包む。島海の顔は井上からは見えないが、鼻声のおかげで泣いているのだろうと察せられた。
 そうやって二人は吐き気がするほど互いへの気持ちを確かめ合った後に、やっと腕を解いて、少しばかりの落ち着きを取り戻した。

「あのね、井上くんが協力してくれたの。一緒に北上くんを捜してくれてね」
「そうなのか。井上、ありがとうな」

 前髪を揺らしながら、彼は井上に向き直って、丁寧に頭を下げた。井上は「大したことじゃないさ」と答えてから、とりあえずと二人を教室の中央に通す。行儀正しく並べられた机の上に腰を下ろした三人は、それぞれに安堵の息をつきながら、改めて顔を付き合わせる。
 先に話を振ったのは、北上真だった。

「お前らのチームは、どんな感じだ?」

 これは、井上も聞きたかったことだ。相手の出方は互いに気になるのだろう。その質問には、島海が返す。

「食べ物とか、あの、カードとか。そういうのを集めようってなってる」
「俺たちのチームと殺し合おうとはしていないんだな?」
「う、うん。なってないよ。鈴木くんがリーダーになったんだけど、戦うのはダメだって言ってたし」

 戦うのが駄目というのは語弊があったが、今現在ではその気がないという点では、間違ってはいないかもしれない。深く頷いた北上を見て、井上はポケットの中に右手を入れたまま尋ねた。

「お前らの班はどうなんだ?」
「俺らも同じだ。こちらは三河が先頭に立っている」

 かちゃりと眼鏡を押し上げて、さらに彼は続ける。

「技術室が俺らの陣地になっていてな。そこから持ち回りで何人かずつ、武器や食料の確保に出ている」
「じゃあ北上もそれでここに来たのか」

 「そうだ」と一言答えた北上の肩に、島海の頭が乗る。

「友達を殺すなんてできないよね、普通は」
「当たり前だ。誰も死なずに終わる方法もあるかもしれない。それに、もしそんな方法が思いつかなくても、お前だけは俺が守ってやる」
「えへへ。頼りにしてるよ」

 寄り添う二人の体。それを見て、影を落とすのは井上の表情。彼は右のポケットの中で指を動かしたが、それが何を意味するのか、今は誰も気づかない。無機質に聞こえる秒針の音が教室を満たす。が、やがて遮ったのはやはり井上だった。

「1年A組」

 唐突に呟いた言葉に、北上と島海は綺麗な反応を見せられなかった。「え?」と素っ頓狂な声を上げる二人を、井上の鋭い視線が刺す。

「北上も俺と同じ、1年A組だったよな」

 1年A組。つまり三人が今いる教室なのだが、井上が言ったのはそういう意味ではなかったのだ。自分たちが1年の頃、所属していたクラス。それが1年A組。
 北上真も、井上と一緒で、1年次はA組だった。こくりと頷いてみせる彼に、井上は続けて問いかける。

「川嶋葉月、って。覚えてるか」
「……あ、ああ。覚えている」

 北上の表情がぎこちなく固まった。その様子を井上は見逃さない。

「なら聞きたいんだが。あいつはなぜ死んだ?」
「お前も聞いているだろう。足を滑らせて階段から落ちたんだ」

 一人置いてけぼりをくらったように、付いていけない会話を追う島海。彼女の向かいで、井上は右のポケットに入れた手を遊ばせる。小さく降った沈黙は、5秒を待たずに北上の声が制した。

「あのとき井上は休んでいたものな。俺もいきなりで驚いたし……本当に、残念だったよ」

 島海涼子の肩を抱きながら、俯きがちに北上は言った。教室を照らす太陽の光は、目で確認できないほどの緩やかさで、それでも確かに上へ上へと昇っていく。悲しいような切ないような朝の輝きは、三人の影を長く伸ばしていく。

「そろそろか」

 井上の声はとても小さく、まるで呟くより遥か喉の奥で消えてしまうくらい、僅かなものだった。それにもかかわらず、彼の一言は確実に、北上と島海の耳に届いたのだ。

「もうお前らに用はない」

 困惑する二人を他所に、腰を上げる井上。彼らにゆっくりと背中を向けると、この教室、1年A組を後にする。

「井上くん……?」
「じゃあな。二人仲良く、ファミチキになるがいいさ」

 やがて、彼の体は完全に、廊下の向こうへと消えた。それから数秒を待たずに、周りにある全部の空気を吸い込み、次に雷が落ちたように、爆音を伴って光を発する教室。すぐに火は満ちて、目を覆うほどの赤い炎が噴き出した。
 特別カード。鈴木が探索を命じた、名前の通り特殊なカード。一枚一枚にそれぞれ効果が書かれていて、使用すればその効果を発揮できるというもの。カードを使う際は、表面を二度叩く。効果に対して制限がある場合には、それを口にする。ルールにはそう書かれている。
 そして、井上雄二が1年A組で拾得したカードは、「教室爆破カード」だった。熱気の押し寄せる廊下の先で、井上の高笑いが囂しく響く。炎に包まれた教室の中では、二人の生徒が、互いを抱きしめ合いながら息を薄くしていった。





一日目

男子6番 北上真 死亡
女子7番 島海涼子 死亡


偶数チーム 残り16人
奇数チーム 残り17人





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