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3‐終わらせられる

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 鈴木光一は焦っていた。
 東校舎二階、1年A組で起こった爆発の轟音は、校舎を端から端まで駆け抜けて、激しい地響きと共に有事を知らしめた。
 それは四階の音楽室に残っている鈴木たちにも当然に届いており、彼はすぐに携帯電話で奇数チーム全員を呼び戻す。
 なにがあったんだと、口々に囁きながら帰ってくる生徒たち。数分で17人中14人が音楽室に姿を現したが、その中に井上雄二を始め、既に死亡している島海涼子、さらに男子5番の川内啓斗、そして男子17番、大和ハジメは見当たらない。彼らとは連絡が取れなかった為だ。

「誰か、なにが起こったか知っているやつはいないか」

 班ごとに帰還していない人間を確認させた後、鈴木が声を低くして言った。しばらく押し黙っていた生徒たちだったが、やがて元山昌平が後頭部をかきながら答える。

「島海が北上に会いたいって言い出してよ、井上もそれに着いていった。俺はそっから別行動してたから、どうなったかは知らん」
「どうして一緒にいなかったんだ、同じ班だろうっ」
「止めたんだけど聞かねえから。それにな、俺はお前に、武器やらなんやらを集めろって言われただけで、他のやつのお守りをしろなんて言われてねえぞ」
「っ、お前」
「やんのかよ?」

 ピリピリと張り詰めた空気が教室を舞う。周りの生徒は二人の様子を眺めるだけで、特に口を挟むことはなかった。鈴木の隣に座る、相田弘樹が眼鏡を拭きながら咳きをした以外は、なんの音も聞こえない。
 南向きの窓はカーテンが閉められていて、隙間から零れた朝陽が、時おり空しく揺らいだ。鈴木は額に浮かんだ皺を薄くすると、「すまない、お前を責めるのは間違っていたな」と早口に呟く。それに対し元山も無愛想に答えて、僅かな間の緊迫感は消えていった。
 元山だって、人を見殺しにできるような人間ではないと全員が知っている。だからきっと、井上と島海がこの場に戻ってきてないことは、あの爆発音とは関係がないのだろう。そう全員が思おうとした時、音楽室の扉が乱暴に開いた。そして現れたのは、井上雄二。

「い、井上……無事だったのか。どうして電話に出なかった」

 ここにある全ての視線が、彼に向けられている。井上は肩を揺らしながら、扉に寄りかかって乱れた息を整えずに言った。

「北上が、島海を捕まえてっ……自爆した」

 その言葉に、すぐさまどよめきが起きる。彼の言った意味を理解できていないのだ。

「なんだ、自爆って。どういう、」
「カードだ、特別カード。北上は教室ひとつを爆破する効果があるカードを持っていた。それを俺に見せて、島海を人質にとって、」

 ここまで言えば、全員が分かっただろう。呆けたような表情をする元山の向かいで、鈴木の目が大きく見開く。
 だが、今は彼らのアホ面を笑っている状況ではない。井上は矢継ぎ早に、爆発音の正体、その事のあらましを告げた。

「俺は止めたんだ。そんなことをしなくても、生き残れる方法があるかもしれないって。だけどあいつは、北上はっ。俺の言葉なんて聞かずに、島海まで巻き込んで……カードを使った」

 特別カード。ルールにも記載のあるそれは、鈴木が拾得を目指していたものだ。しかし、まさか教室を爆破できるカードがあるとは思ってもみなかった。彼の頬に滲む汗を見た、他の生徒たちも同様だろう。カード一枚に、そこまでの威力があるとは考えていなかったのだ。

「北上と、ほんの少しだけど、話をした限りでは。向こうは戦うつもりらしい。出会った相手は全員殺せと、三河が言ったということを聞いた」
「三河? 向こうのチームは三河が仕切っているのかっ」
「北上はそう言っていた。だから、この試験に島海と二人で生き残る術はないと思って、心中なんてしたんだろう。くそっ」

 ギリリ、と井上の歯軋りが響く。少し演技に熱が入りすぎてしまったかと、流し目で生徒たちを見渡すが、誰も彼も、バカみたいに深刻そうな表情を浮かべているだけだった。
 鈴木などは拳を白く変色するくらいに握って、憤りか、口惜しさか、あるいは両方の心中を表している。ここにいる全員が、井上の言い分を、そのまま全部。信じきっているのだ。
 そこまで分かった上で、彼は続ける。

「なんにせよ、一度きちんと話さなければいけないと、俺は思う。三河の意見はどうあれ、向こうの班にも俺たちのように、戦いたくないやつもいるはずだ」

 音楽室にいる全員の反応は、面白いくらいに、井上の思い通りだった。彼の言葉ひとつ、動作ひとつに、生徒たちは笑ってしまうくらい踊らされる。思わず頬が緩んでしまいそうなのを堪える為に、井上は奥歯を噛み締めたのだった。






 一方で、奇数メンバーであるにも関わらず、音楽室に戻らない二人の少年。その内の一人、川内啓斗も、自らの考えの上に動いている。だがその目的は、井上と正反対だった。
 彼が靴音を殺しながら歩いているのは、東校舎1階、保健室前。川内には会いたい女子生徒がいた。会ってどうするかなんて、今は思いつかない。それでも会いたい、会わなければいけない人がいるのだ。
 そっと、まるで泥棒か忍者のように、扉を開けて保健室の中を覗き込む。幸いにも室内に人影はなく、身を滑り込ませて侵入すると、先ほどと同じ要領で扉を閉めた。ベッドを仕切る為のカーテンは開けられていて、そこで彼は食事の他に、二つの物を発見する。
 一つは武器、日本刀。恐らくは重火器のみがあるだろうと考えていたが、川内にとってはむしろ好都合だった。
 そして残る一つ。無造作に特別カードを手に取ると、その表面に目を凝らす。
 そこには手錠の絵が描いてあり、その右に、「+5」と書かれている。その下には説明欄が設けてあって、「手錠を五個、増やす事が出来る」と添えていた。つまりこれは、手錠プラス5のカード。手錠が増えるということはそのまま、人質の数を増やせるということだ。
 材料になる、と川内は確信した。ルールに明記していない以上、誰にも、手錠プラス5のカードが一枚しかないとは言い切れない。手元にあるこの一枚を最良のタイミングで使い、さらに他の同系統のカードも手に入れることができれば。
 そうすれば、この戦いを。

「終わらせられる」

 川内はカードを胸ポケットに押し込んで、逸る気持ちを抑え込んだ。






一日目

偶数チーム 残り16人
奇数チーム 残り17人

4

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