Blood 4 わたしの魔法力は五十三万です
わたしはその場にうつ伏せになった。剣、というものの弱点はここにある。デュラなんとかも剣に関しては並々ならぬ腕と尋常ならざる自信をもってこのブラックヘッドに挑んできたのだろうが、そのなぎ払いの起動、地面スレスレに横たわったわたしを切り払うことは不可能だ。渾身の力でなぎ払ったからこそ、刃は急に止まれない。
空ぶってつんのめったデュラなんとかの足をわたしはひょいと引っ張った。うおっ、とおめいてあっけなく倒れるデュラ。
わたしはぴょんと飛び起きてバックステップ。拳を口にあててクスクス笑った。
「えーキモーイ空振りは初等科のソードダンサーまでだよねー」
「貴ッ様ァ……!!!」
怒り心頭、霧の口から黒い牙まで見せつけて、デュラは剣を再び振りかざした。
「次はこうはいかねえ……!」
「次?」
「ああ、まだ状況はなにも変わってねえ。最初の一撃を避けられたからって俺がなにか損したわけじゃない。状況はまだ圧倒的にこの俺が有利なんだ!」
それは違っていた。わたしは笑うのをやめて、手を下ろした。
夜気に触れた牙が心地いい。
風が吹いて木の葉が舞った。
いい夜だ。
「勝負が決まってないって? そう思ってるのはあんただけだよ、デュラハンくん」
「ああ、そうだな、まァ俺の勝ちは決まってるかな」
「そういうことじゃない……あんたもホントは気づいてると思うんだけどなァ」
「うるせえ、なにがだ! ごちゃごちゃぬかすな、言いたいことはズバッと言いやがれ!」
「じゃ、そうしよう」
わたしはすっと人差し指を掲げた。
月を指し示す。真円の月を。
「わたしは吸血鬼になった……スピード、パワー、マジック。どれをとっても大幅にランクが上がったんだ。劇的にね」
「それは俺も同――」
「この耳は伊達じゃないんだよ、人間」
わたしは世界に向かって、心を捧げて囁いた。
<――エウル・トォル・ダブロゥ>
「――は?」
デュラは霧の口を器用に半笑いにしてみせた。
「ちょ、ちょっと待てよ、ハハ、<そよ風>だって? ハハハハハッ! おまえ気がおかしくなったのか? こんなときに、冷房魔法なんかかけてどうすんだ、性感帯の耳でもくすぐってほしくなったか? はは、はははは、あははははは!」
だんだん、と面白くてしょうがないとばかりに、地面を踏み鳴らして、
「もう殺すッ! 貴様は俺を侮辱したッ!」
ダンッ、と土を跳ね飛ばしてデュラハンが突撃してきた。
わたしにはそれをかわす術はない。わたしとやつの吸血鬼としてのボディバランスはほぼ互角。いや、わたしの方が体格面でやや劣っているか。
黒い稲妻となった剣士との距離はもうわずか。
だが、勝ったのはわたしだ。
そよ風魔法? 確かにそう、わたしが唱えたのは夏の図書館で、初等科の一年坊主がクレヨン片手に唱えるような初歩級の初歩。弱い風を吹かして扇風機がわりにする、ただそれだけの魔法。
それも、人間が放てばの話だ。
わたしは世界初の吸血エルフであり、学園都市の中のAランクの<MAGIC USER>だ。
その意味は、Bランク以下にとって指導教官クラスを意味する――!
風が吹いた。強い風が。
木の葉さえも、刃にするほどの、風――――!!
「なっ――」
布陣に気づいて慌てて剣を振るったデュラハン、だがもうすでに遅い。
360度全方位からの葉刀が、吸血鬼のその身体を、霧の粒子になるほどの細かさまで偏執的に砕斬した。
なにもかもが塵に還ったあと、わたしの指の動きにしたがって、風はあちこちバラバラの方向に吹き去っていった。
あの吸血鬼が元の身体に戻るまで、ひとつの季節を要するだろう。
わたしは首をコキコキ鳴らして、肩にくっついていた木の葉を、ぷっと吹いて森に還した。