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第九話『カシーナ・ガンレッグ』

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 フィーの話によれば、クアのいる場所は五真柱の一人、『アンハッピー・オルテンシア』の部屋らしい。アテナで捕まったフィーは、それからこの部屋で、意外と不自由なく暮らしていたらしい。
「あのアンとかいう人に、なにかされた?」
 首を振り、微笑むフィー。「いや、大丈夫。アンは意外と紳士だったから」
 その言葉に、一応は安心したクア。フィーは無事だった。それだけでも溜飲が下がるという物だ。
「……それより、私はクアが心配。私と別れてから、あなたはどうしてたの?」
 心配そうにクアの手を握り、彼女の顔を覗き込むフィー。その顔を安心の表情に帰るべく、クアは語り始めた。アテナで別れてから、エボラで過ごした暖かな日々を。


  ■


 ゼンは、牢獄エリアにやってきた。クアがいると信じ、ボロボロの体を引きずって。
 無数の牢屋が並ぶそこは、ほとんどが無人らしく開け放たれている。唯一閉じられた牢屋にも、クアはいない。いるのは一人の女性。薄暗くて姿はよくわからないが、大きな胸が目立って、女性ということだけはわかる。
「……あらぁ? 見ない顔だけど、新入りかしら」
 捕まっているとは思えない、明るい声が聞こえてくる。しかし彼女は、鼻で笑ってから、「――いや。新入りなら、そんなボロボロなわけないか」と笑い始めた。
「……あなたは、フィーさん、ですか?」
「フィー? 違うけど。――それよりここから出してくれないかしら。私、何日もここにいるの」
 それを聞いたゼンは、レンチを抜き、鉄格子を思い切り弾きとばした。乾いた音を立て、床に落ちた牢屋の扉を見ながら、女性は口笛を吹いた。
「すごいじゃない。正直、期待してなかったんだけど」
 女性は扉を踏みつけ、牢屋から出てくる。
「はぁー……。久しぶりのシャバだわ」
 女性は、赤いエナメル生地のとんがり帽子とボンテージにミニスカート。そしてハイヒールブーツという、派手な装いをしていた。セミロングほどの髪は金色。顔は鼻が高く、顎が細い。全体的に、程よい脂肪の乗り方をしている。
「シャバって……まだ外じゃ」
「いいのよ。鉄格子の中は、まるで別世界だったもの。――あ、名前。あなたの名前は?」
「ゼンです。ゼン・プライマリー」
「ゼンね。……私は、カシーナ・ガンレッグ。キャシーって呼んでちょうだい」
 そう言って、彼女は牢屋の脇に置かれたロッカーのような箱を漁る。そこから二丁のリボルバーを取り出し、一緒に収められていた小さな円柱型の金属を弾倉に込める。
「……それ、普通の弾丸と違いますね」
「うん? これね、電池っていうのよ」
「……でん、ち?」
 聞き慣れない言葉。ゼンは思わず首を傾げた。
「大きさにも色々あってね。今私が使ってるのは単三って規格」
 まるで異国語を聞いた時の様な得体の知れなさが、ゼンの耳に残った。
「わからないのも仕方ないわ。これ、ロストテクノロジーですもの」
「ロストテクノロジー……興味あるなあ」
 人類が天空に進出する以前の文明を、ロストテクノロジーという。ゼンは職業柄、ロストテクノロジーの類には興味があるのだ。
「へえ。興味ある?」
 にっこり笑顔を見せながら、両方の太ももにガンホルダーを巻く。すると、部屋の入り口から人の気配。二人は入り口の階段を凝視する。
「ちょうどいい。私の力、見せてあげる」
 牢獄に降りてきたのは、大量のちょいん兵だった。先ほどミーシャと相手にしたよりも多い、ざっと見て三十人ほど。
 ゼンはレンチを抜き、構える。しかし、キャシーはゼンの前に手を伸ばし、行く手を遮る。
「私一人で充分よ」
「……でも」
 キャシーは太ももから銃を引き抜くと、その銃を発砲。雷が落ちたような音が鳴り響いて、先頭のちょいん兵が吹き飛ぶ。
「久しぶりの銃……。か、い、か、……ん」
 そして、弾倉に残った弾も残らず大群に打ち込んでいき、なくなれば素早く弾を込めて、徐々に数を減らしていく。
「ふっ……」
 そして、嵐のような音が鳴り響いた後、ちょいん兵は全滅していた。
「さ、て。……あなたはなに、どういう事情でここにいるわけ?」
 ゼンは一瞬、喋っていいものか迷ったが、結局語ることにした。クアとの出会いから、別れるまでを。
 キャシーは黙って、それを聞いていた。話が終わると、口角を上げた。「なるほど。粋な男じゃない。気に入った」
「気に入った?」
「私もあなたのおかげで出れたみたいな物だし、ちょっとだけ手伝ってあげる」
「でも、カシーナさん、逃げないと……」
「キャシーでいいわ。私、結構強いのよ?」
 ウィンクするキャシーに、ゼンはミーシャを思い出した。彼女は大丈夫だろうか、カリンには勝てたのだろうか。
 しかし、ミーシャは強い。今に「やっほーゼン! あんなやつ楽勝よ楽勝!」と笑って合流してくることだろう。ゼンには確信に似た、そんな思いがあった。


   ■


 アズマとボルトは、まだ三階の廊下にいた。再びアズマは振り返り、「ここからは別行動を取りましょう」とボルトに言った。
「……なに?」
「私はこれから、船長のグリード・ポットに会って、話をしてきます」
「それでどうする」
「無血解放を要求します」
「できると思っているのか?」
「望み薄ではあります。けど、正直ゼンくんやミーシャちゃんが、五真柱に必ず勝てるとは思いませんし……」
「俺も一緒じゃダメなのか」
「ダメです。私が一人で会いに行くから、彼は話を聞いてくれるんです」
「……そうかい。なら、俺は二人を探しに行くかね」
「ありがとうございます」
 頭を下げるアズマの横を通り抜けると、角を曲がって消えていく。それを確認してから、アズマは傍らにあった消火器を掴んで捻る。すると、壁に扉型の穴が開き、エレベーターが姿を表した。


  ■


 角を曲がったボルトは、さてどうするかと首を捻る。あの二人はどこにいるか、それを考えているのだ。
「……あのバカ、やっと離れた」
 言ったのは、前方から歩いてきたセリスだった。ハイヒールの音を鳴らし、眠そうな目でボルトを見ている。
「おや、お前はあん時のお嬢ちゃん」
「侵入者ってあんた達だったんだ。……なんていうか、あれ。無謀ってやつ」
「アズマから行かなくていいのか? この角の先にいるぜ」
「アズマは強いからやめておく。――それに、ほら。私の手の内、バレてるし」
「俺もお前の手の内なら知ってるぜ」
「……あんな捕縛程度、私の手の内でもなんでもないけど」
「そうかい。……まあ、それは大した問題じゃねえ。順番を間違えたことが、お前に取って大問題――いや。誤算だな」
 首を傾げるセリス。「誤算?」
「あぁ。アズマより、俺の方が強いからな」
「ふっ、ふはっ!!」なぜか、その言葉を聞いた瞬間彼女は吹き出した。珍しく慌てたように口元を拭き、服のシワを伸ばす。「……おじさん、自信過剰だね」
「自信過剰? 俺は過大評価も過小評価もしてねえ。退屈な本でも見るみたいに冷静さ」
「……ふーん。まあいいや。おじさんみたいなのに、私負けないし」
 ポケットからボールペンを取り出したセリスは、それを指の間に挟み、構える。ボルトも、首を回して骨を鳴らし、ニヤリと笑って拳を握った。

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