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第三話『五真柱(ファイブス)』

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 エボラの飛ぶ空域から遠く離れた空域、そこに空賊団ディライツの都市船は飛んでいた。アテナを襲った軍艦。空賊屈指の装備を誇るその船に、斥候様の白い飛行船が接近する。操縦しているのは、ディライツに所属するダスロット・モンブラン。戦闘時は甲冑に身を包んでいるのだが、今はその甲冑を脱いで武装解除している。浅黒く日焼けし、髪は頭頂部を覗いて刈り上げられている。その頭頂部も、まるで花をいける剣山の様に尖っている。目は細く、腕はまるで丸太のように太い。服装はタンクトップに茶色のズボンというシンプルな物だが、これは装飾のついた服だと甲冑の邪魔になるという理由で着ているだけだ。
 操縦席の赤いボタンを押すと、飛行船の先端に取り付けられたライトが赤く光る。それに反応したかの様に、軍艦のハッチが開いて、ダスロットはそこに向かって飛行船を飛ばす。滞りなく着艦すると、ダスロットはエンジンを切り、飛行船から降りた。まだ気絶している部下が乗っているが、彼らを運ぶのも面倒なので、一人。
 狭く、機械の油の匂いが充満するそこは、御世辞にも広いとは言えない飛行船の格納庫だ。そこには、甲冑を来た小さな兵士達があちこちで忙しそうに動き回っている。ダスロットはその中の一人を呼び止める。
「おい、そこの」
「ちょいん?」
 その兵士達は皆一様に同じ顔をしている。つぶらな瞳と白い肌。そして、同じデザインの甲冑。違うのは戦闘時に持つ装備くらいのもの。彼らは、一纏めに『ちょいん兵』と呼ばれている。誰が作ったか定かではないが、ホムンクルスという人造生物らしい。そしてそのちょいん兵は、同じ様に甲冑を着ているからか、ダスロットに懐いている傾向にある。
「幹部メンバー達を会議室に呼び集めてくれ」
 そのちょいん兵は、ダスロットの言葉を聞くと、「ちょいーん」と元気よく手を上げ、走り去っていく。
 ダスロットは、その格納庫を抜け、白熱灯で照らされた無機質な白い廊下を歩いて、エレベーターへ乗ると、五階のボタンを押す。空賊団ディライツの船、『デイブレイク』は五階建ての巨大都市船である。五階は主に、幹部メンバーしか立ち入らない場所であり、船長室と会議室程度しかない。
 エレベーターから降り、先程の格納庫がある一階と同じデザインの廊下が広がっているが、その緊張感は一階のそれとは違う。一階は下級の戦闘員達も闊歩するため、空気に親しみ易さの様な物があるが、ここには誰も立ち入らない為、そういう場所独特の張り詰めた空気がある。会議室のドアを開け、ダスロットはその暗い部屋の中心に置かれた円卓に腰を下ろす。そこは、幹部と船長が今後の方針について話合う場である。
「おや。私が一番乗りですか」
 そこに入ってきたのは、アンハッピー・オルテンシア。常に傘を手放さない、ディライツには珍しい紳士な男。ダスロットは彼が苦手だった。どこか飄々とした、空賊らしくない雰囲気が肌に合わないのだ。アンはダスロットの隣に腰を下ろすと、「この緊急会議――議題はクア・ロイツェの事ですか?」
 黙って頷く。アンは、何故か残念そうに「そうですか……」と俯いてしまう。
「お前……。姉のフィー・ロイツェはどうした?」
「うん? ああ、フィーさんなら丁重なおもてなしをしておりますよ? ここのメンバーに女性を扱わせるのは、いささか心配ですからね」
 その時、新たなメンバーが会議室に入ってくる。
 金髪の小さな少年だ。歳は十代半ば。前髪は目を覆い隠すほど長く、痩せた体躯は頼りなさを感じさせる程だ。服装は黒い革のジャケットと、その下に赤いパーカー。黒いデニムのズボンを穿いている。彼はカリン・ウォーカー。最年少幹部だ。
「おや。カリンくんではないですか。キミが遅刻せずにくるなんて、珍しい」
 アンの言葉は無視して、体を放り出すようにダスロットの向かいに腰を下ろした。そして、ジャケットのポケットから針金を取り出すと、それをただ指先で自由自在に弄ぶ。まるで鉄板の上に放り投げられた芋虫の様なうねりを指先で作り出しながら、針金の形を変えていく。できたそれを机の上に置く。
「……竜巻」
 螺旋を描くそれは、言われてみれば竜巻に見えた。しかし、自信満々に差し出す物か? と首を捻るダスロットは尻目に「お上手ですねえ」と当たり障りの無い褒め言葉を口にするアン。本気なのか社交辞令なのかは判断できないが、カリンはそれを嬉しそうに受け入れ、また針金細工作りに勤しむ。その様はおもちゃに夢中になる子どものようだ。
 それから五分ほどして、もう一人会議室に入ってきた。一人は黒のリクルートスーツを来たポニーテールの女性だ。豊満な肉体を、ワンサイズ小さめのスーツを着ることによって強調している。ブラウンの手帳を胸に抱え、カリンの隣に腰を下ろす。彼女はセリス・レズテル。
「ごきげんようセリスさん」アンはすかさず笑顔で挨拶を見せる。セリスも、にっこりと微笑んで「どうも、アン」と小さく会釈する。
「ところで、クーガさんはどうしました?」
「クーガなら、あれ、面倒だからこないって。重要な事は、あとから知らせろって」
「おやおや……」さすがに呆れているのか、困ったように首を掻くアン。
 その時、どこかからマイクの接続音が聞こえる。ぷつ、ぷつ、と何かが潰れる様な音。

『クーガは相変わらず来ない様だな』
 その声は、風の様に爽やかな声だった。木々を揺らし、葉を鳴らす様な声。ディライツの船長の物だ。
『そのクーガを覗けば、全員来たようだな。
 鉄槌鉄壁(ダブルアイアン)、ダスロット・モンブラン。
 降り注ぐ不幸(レインハッピー)、アンハッピー・オルテンシア。
 可変装甲(イレギュラーウェポン)、カリン・ウォーカー。
 女郎蜘蛛(オールマイルーム)、セリス・レズテル。
 ……そして、単純豪快(シンプルイズストロンガー)、クーガ・マイティ。
 ごきげんよう。心愛なる我が部下。五真柱(ファイブス)の諸君』
 演技がかった言葉を言い、船長はふう、と一息吐く。
「船長」
 その隙を突いて、ダスロットは言葉を挟む。返事をされる前に、言葉を続ける。
「議題は、クア・ロイツェの事だ。やつの逃げ込んだ都市船、エボラ。そこに居る二人の子供に邪魔された」
『――子供、ねえ。いくらお前がフル装備じゃなかったとはいえ、子供に負けるとは』
「それはほら、あれ。実力不足?」
 にこやかに、手帳を見たままのセリスが言った。だが、ダスロットはその言葉を噛み締めるような神妙な表情で「言い訳はしない」と呟く。
『なんにしろ、ダスロットが弱くないことは、みんな知っているだろう。エボラはただの田舎だと思っていたが……』
「我が戦ったのは、ミーシャ・スプリントという女と、もう一人、金髪の男だ。ミーシャ・スプリントの方は身の熟しがよく、戦い慣れしている。もう一人の男は、戦い慣れはしていない様だが、筋力は人間離れしていると言ってもいい」
 船長は黙ってしまう。船長がしゃべらないことには全員口を開き辛いのか、会議室は静寂に包まれる。
「でしたら、私が行きましょうか? クアさんの奪還に」
『……そう、だな。なら、アンとセリス。お前らに任せた。目的はクア・ロイツェの奪還。――ああ、それ以上はしなくていい。俺たちは期日までに、あの姉妹を『納品』しなくてはならない。そんな時間は既にないということを、肝に命じておくように。以上』
 ぶつりと、糸を断ち切るような音がして、その場に静寂が戻る。数秒間の空白の後、アンは立ち上がると、セリスの元まで歩み寄り、手を差し出す。
「では、行きましょうか」
「そうね。でも、あれ。エスコート、いらないから」
 と、その手を無視して、ハイヒールを鳴らして会議室から出て行く。
「おやおや。冷たいですね……」
 そして、場所はエボラへと移る。正確には、酒場グリーングリーン。
 ゼンとボルトは、昼の仕事を終えて、昼食を摂りに来たのだ。カウベルが二人の来店を告げ、「いらっしゃいませー」と白いエプロンをしたクアが出迎えてくれた。
「よう、クア」
「あ、ゼンくん。いらっしゃい」
 二人をカウンターに案内し、「ご注文は?」とメモ帳を構える。二人は声を揃えて、「いつもの」と言う。一瞬訳がわからないと言ったような表情を見せるが、まあミーシャに聞けばわかるだろうとわかったのか、「かしこまりましたっ!」と、カウンターの奥へと引っ込んでいった。
「クア、上手くやれてるみたいだな」
「ふん。――要領のいい事だ」
 表情には出さないが、心配していたのだろう。タバコを取り出し、火を点け、ボルトは腕を組んで天井に紫煙を吐く。
 クアはすぐに厨房から出てきて、「いつもの、ミーシャさんが承りましたって」と二人に報告。
「ありがとうクア。……どう? うまくやれてる?」
「はい。皆さん優しくて。不慣れだけど、支えていただいてます」
 照れくさそうに笑うクア。そこに、ミーシャがいつものメニューをお盆に乗せてやってきた。
「お待たせーっ。ハンバーグとパンプキンスープがゼン。ステーキと赤ワインがボルトさんねえ」
 ミーシャが二人の前に、それぞれのメニューを並べる。そして、二人声を揃えて「いただきます」
「あ、ねえクア。悪いんだけど買い物頼まれてくれない? 赤ワイン一本」
「はい。わかりました」
 ミーシャは、ポケットから小銭を取り出しクアへ手渡す。クアは小走りで店から出て行き、その背中を見送って、ゼンに向き直る。
「どうどう? ハンバーグ、ちょっと味付けを変えてみたんだけどさ?」
「へえ。どれどれ……」ゼンはフォークとナイフを手に取り、大きな塊を口に放り込む。口の中に肉汁が溢れ、肉の下味に使われたコショウがしっかりとした土台となり、それらがデミグラスソースと混じり合って濃厚な味を醸し出す。
「うまい! さすがミーシャ!」
「でしょう! ほれ、もっともっと」
「いや、もっとと言われても。俺、料理詳しくないし」
「まったく。……いいゼン。よく聞きなさい。今回のハンバーグは、コショウをちょっと変えたのよ。これ」
 そう言って、ポケットから小ビンを取り出す。見慣れないデザインの物だ。
「これね、都市船『チャイン』って美食で有名なとこで使われてるコショウなのよ。高いんだから、しっかり味わってよね」
「わかってるって」幸せそうな表情で、また一口頬張るゼン。
「あ、ボルトさんのステーキにかかってるコショウもこれなんですから」ビンを揺すり、その貴重性をアピール「ちゃんと味わってくださいよ」
「飯なんざ腹に入りゃ一緒だろうが」
 そう言って、フォークでステーキを差し、丸かじりにするボルト。
「んもう。二人とも料理人の苦労わかってないなぁ」
 呆れていると、カウベルが鳴り、新たな来店を告げる。入って来たのは、男女の二人組み。一人は、シルクハットに燕尾服という紳士のような男だ。ステッキのように細い傘で、リズミカルに床を叩く。
 もう一人は、その男の三歩ほど後ろを歩く、リクルートスーツを着たグラマラスな女性だ。黒髪をポニーテールにし、胸にはブラウンのカバーをした手帳を抱えている。
 男は、ゼンの隣に座り、秘書風の女はその男の隣に座る。
「美しいお嬢さん。おいしい紅茶を、お願いできますか? できればダージリンで」
 男は演技がかった口調で、ミーシャに言う。
「私は、あれ。コーヒー」
 女は気だるそうな声を出し、机に手帳を置き、肘をつく。
「かしこまりました」
 そう言って、ミーシャはカウンターの中にある棚からカップを取り出し、サイフォンのコーヒーを注いで女に差し出す。香ばしい匂いがゼンの鼻に届き、女もそれを感じているのか、カップを心なし急いで取り、口へ運ぶ。
「ん、おいしい」
 その短い感想を聞くと、ミーシャは厨房へと引っ込んでいく。
「いやぁ。美しいお嬢さんだ。ここの都市船は素晴らしい!」
 シルクハットの男は、そう言ってゼンを見る。「あのお嬢さん。名前はなんとおっしゃるのですか?」
「へ? ……ミーシャ・スプリント、ですけど」
「ほうほう。彼女が……。では訊きますが。あなた、

クア・ロイツェ、という少女を知ってますか?」

 ゼンの表情が、一気に険しくなった。なぜ、この男がクアの名前を知っているのか。そう考えて、昨日クアが話した空賊の男を思い出した。特徴が目の前の男そのままだ。
「お前。空賊……?」
「おや。知っているようですね。ではクアさんから話は聞いているでしょう? 私はアンハッピー・オルテンシア。気軽に! アンと、お呼びください」
「んで。セリス・レズテル。私達は、あれ。空賊ディライツ幹部の、五真柱(ファイブス)」
 その時、カウベルが鳴り、クアが帰ってきた。カウンターに座るアンを見つけ、抱えていた赤ワインのビンを落とす。甲高い音と同時にビンが割れ、中の液体が飛び散る。
「な、なんっ……」
 状況の把握をしようとするが、それよりもこの場から逃げ出すのが先決と考え、踵を返して走り出した。
「おっと! 逃がしませんよクアさんっ!!」
 誰より早く反応し、走り出したアン。そして、そのアンに反応し、ゼンも「待て!!」と走り出す。
6, 5

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