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Novel 6  Air/まごころを、空に

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 戦いは終わった。シファデウスの羽は倒された。
 言ってしまえばそれだけのことだ。
 文芸界に元の静けさが戻ってきた。今日もまた誰かがage更新し、また別の誰かがひっそりと更新するのをやめる。
 インターネットに小説をアップする、そんな奇跡が起こってから当たり前のように繰り返されてきた毎日。
 しかし。








 本当に、それでよかったのだろうか?











 見果てぬ荒野に一人の男が佇んでいる。草木も生えない痩せた大地に、転がるヘルメットには歴戦の傷跡。
 只野空気中将は、愛機の冷たいボディに身体を預けて、夕日を眺めている。赤い恒星に塵がかかったように見えるのは、散華した文芸戦士たちの遺体がまだ空を待っているからだろう。
 西の果てに、終刊少年ZIPはある。誰もがいつかはそこへ流れ着く。








「空気」
 呼びかける声に振り向くと、そこには頬に十字傷をつけた男がいた。ヘルメットを腰に下げて、疲れたように笑っている。
「アルマイト……」
「勝ったっていうのになんだいその仏頂面は。少しは嬉しそうな顔をしろ」
 アルマイト少将はゴツ、と空気の機体を叩いた。通常の機体の二倍の大きさをしたそれは、戦いの熱をまだ帯びたままだ。
 『サカサマサカサ』と『復讐の代価』を合体させたファイナルノベルマシン。
 『精子をかけた晩餐-ザーメニック・ガンパレード・マーチ-』の刃は、数多の犠牲の末に、シファデウスを真っ二つに切り裂いたのだ。
 それでも、空気の顔は晴れない。アルマイトも、それ以上はなにも言わずに、ただ肩を並べて夕日を見ていた。









 夕日がようやく明るく輝く細い点になったころ、空気の無線にノイズが走った。
 ふ、と空気は自嘲気味に笑う。まったく、戦いは終わったというのに、一瞬すべてが白紙になってしまったのかと怯えてしまった。そう、保存していた小説がすべてクラッシュしたときのような恐怖。
 アルマイトの視線を感じつつ、空気は無線に出た。
「俺だ。どうした?」
『ザザッ――! ――。――!!』
「なんだ? よく聞こえない……はっきり言ってくれ。くそ、アイフォン買おうかな……」
 調子の悪い無線をガンガン『精子をかけた晩餐』に叩きつけて、ようやく音がはっきりと澄んだ。
「で、なんだっていうんだ? パーティなら明日にしようぜ、今夜はもう、ゆっくり眠りたくて――」

 そんな空気の、戦い続け、何度も部下を死地へ追いやらねばならなかった空気のささやかな願いは、木っ端微塵に打ち砕かれた。



『――――『敵』総数15! 師団クラスです!』



 アルマイトと空気に緊張が走る。じわり、とこめかみを伝う汗。
「なんだと? 敵だと? ちょっと待て、シファデウスならもうこの俺が……」
『ちがいます! シファデウスじゃないんです! 敵は――――』









『顎男少佐率いる、文芸ニートノベル連合、残存部隊『デルタ』の15人なんですっ!!!!』











 無線がやけに冷たいのを感じて、空気はフライトグローブを外していたことに気がついた。
 でも、たかが手袋を外したくらいで、どうしてこんなに寒いんだろう。
 どうしてこんなに、寒いんだろう――――。
 無線が空気の名前を呼び続ける。だがもう空気の耳には何も届かなかった。アルマイトが顔をくしゃくしゃにして、弱りきった同胞になにもしてやれない自分の無力さを悔やむ。
 空気の声は風のようだ。



「おまえたちはもう、何もしなくていい。
 俺が『精子をかけた晩餐』で出る。
 顎男は――――俺が殺す」


 空気は無線を握りつぶして、タラップをよじ登った。コックピットに着席し、シートに放ってあったグローブをはめ、キーボードを膝の上に引き出す。
 何食わぬ顔でアルマイトが『絵師』のシートに座った。空気はプロットレーダーのスイッチを入れながら、振り返りもせずにいった。
「降りろアルマイト。おまえまで付き合うことはない。おまえは早く基地に戻って、傷ついた『アンダンテ・スタッカート』の整備をしてやれ」
「僕は友達を見捨てるのは嫌いだ」
「アルマイト……」
 ぽん、と暖かい手が空気の肩に乗せられる。
「空気が書いた文章を、僕がすぐに誤字訂正、文脈調整する。それで少しは機動力があがるはずだ」
 何もかも忘れてしまえそうな明るい声で相棒は言った。
「いこう。これが最後の戦いだ」
 空気は唇を強く噛み締めたあと、キッと眼光を鋭くして、フットペダルを蹴りこんだ。
 はらわたがひっくり返る浮遊感。
 『精子をかけた晩餐』が風に乗って空へと昇る。
 決戦の空へと。







 ジャリッ! と耳障りな音がしたので、オペレーターの七瀬楓大尉は、本部を振り返って静かに首を振った。静かに、『あくまのしっぽ♪』のようなコードが伸びたヘッドセットを外す。
 劇場のような本部に人数は驚くほど少ない。もともとは前線配備されていた七瀬までオペレーターとして配置されていることからも、その人材不足は、戦争の傷跡は、うかがうことができる。
「ダメです。空気中将は……おそらく我々の支援なしで裏切り部隊を追うつもりです」
「畜生!」
 いそ。大尉はコンソールデスクを殴りつけた。その瞳には涙が浮かんでいる。
「俺の機体がまだ残ってたら……空気さんを一人で行かせたりはしないのに……!!」
 それは、その場にいる後方支援組誰もが思っていることだ。生きているだけで儲けものとはいえ、こんな苦しみを味わうくらいなら、いっそ爆死した方がよかったくらいだ。
 本部に重苦しい沈黙が垂れ込める。一秒ずつ、空気は死に近づいていく。15人の裏切りものを相手にして、どうして生き残れよう? 敵はカカシではない、同じ釜の米を食ってきた、文芸戦士同士なのだ!
 そのとき、鐘を打ったような澄んだ声が本部に響き渡った。
「きみたちの気持ち、確かに受け取った」
 あんたは、と吊る死こ大尉が眼を見開いた。




「黒兎中佐――――!」



 黒兎はすでにパイロットスーツに身を包み、長い髪を後頭部で結わえるところだった。
 切れ長の目と兵士にしては小柄な体躯。だがその執筆能力は軍の中でも稀代のセンスと呼ばれている。
「先輩は僕たちが連れ戻す。そして、裏切り者は」
 本部にいる人間は、そのあまりの怒気に、まるで自分が責められているかのように感じた。
「必ず全員、忘却の海へバラ撒いてやる。――いくぞ、一人、はまらん、猫瀬、藤原諸現象っ!」
「はっ!」
 『ナイトワーカー』の山田一人大尉は、緊張に頬を染めている。
 『Z軸を投げ捨てて』――その天使のような機体から通称『エンゼルゼット』と呼ばれている――のはまらん中尉は相手にとって不足なし、という風に砕けた敬礼。
 『高校生6人を密室に閉じ込めてみた』ことがあると言われる元A級反乱分子、猫瀬の顔は不気味な猫の仮面に阻まれてわからない。
 『春は灼熱』を駆る藤原諸現象中尉は、こんなときも読書だ。
 黒兎中佐は側にあったシャープペンシルをベキッとへし折った。
「誰一人として死ぬな、これは命令だ」
 はまらんがニヤリと笑った。
「それ、隊長にも適用されるなら、従ってもいいッスよ」
「当たり前だ。僕を誰だと思っている、はまらん」
「そうでしたね、心配して損したよ。だってあんた、死にそうにないもんね」
 本部を後にし、黒兎率いる掃討部隊が格納庫の己が機体を目指して散らばっていく。
 『蟲籠』のキャノピが閉じていくのを見ながら、黒兎は、いくら引き締めようとして口が笑ってしまうのを堪え切れなかった。
 理由は考えるまでもない。








 『忘却の海』のさざなみがうねるのを、『リボルヴァエフェクト』は海上350バイトの低空で聞いていた。
 腕を組んだその機体は、人間のようにリラックスしている。ポラガ少尉が『死人延長線』で見せたような、機体の人間らしさの発揮能力――それが顎男少佐にも備わっていた。いや、先行してポイントゼロゼロに向かわせている彼の部下、14名にも同じ力が備わっている。
 顎男はコックピットのなかで目をつむりながら、これからのことを考える。ポイントゼロゼロに向かった14名は、きっと任務を完遂するだろう。
 そこには、すべてのコメントを保存している『コメント・アーカイブ』
がある。そのすぐ下には、『編集部』本部。
 14名の裏切り部隊の目的はただひとつ。
 ――――編集部を爆破し、コメントアーカイブを破壊。すべての文芸を更地へ戻す。
 終わってしまったなにかのために、すべてを終わらせるために。






 ぴくん、とリボルヴァエフェクトの首が震えた。顔を上げる。
 海上を白い竜がまっすぐこちらへ向かってきている。いや、よく見ればそれは、一機の機体が滑空する余波で海が割れているのだ。白い波が起こっては消えていく。
 その鋭角的なフォルム、青い機体、胴体の『ポピュレイション・スラスター』には見覚えがある。サカサマサカサのパーツだったからだ。
 リボルヴァエフェクトは組んでいた腕をほどいた。
『よお、空気。こうして面と向かって近接するのは数ヶ月ぶりだな』
 青い稲妻、『精子をかけた晩餐』は、飛行形態から機動形態へシフト。
 二機は凍てついたように向かい合う。
『顎……おまえなんで……』
 スカイプを通して響き渡る空気の声には苦悶の色がある。仲間を失うのはもううんざりだった。
 崩条リリヤ大佐は溢れ帰るカツラドライブのエネルギーと共に空へ散った。
 ハスカ少将はシファデウスの城を守る門番たちを一手に引き受けた。
 橘圭郎大佐はモチベーション・ブレイク・ショットを空気の代わりに受けて虚空の渦に飲み込まれた。
 みんなみんな、すべては文芸を平和にするための礎になったのだ。
 ようやく、この地に穏やかさが戻ってきたというのに。
 それを壊すのが、
 なんで、


『おまえなんだよ……顎男ォッ!!』


 握り締められた空気のキーボードが軋む。それを見る、うしろのアルマイトの心も。彼も同じ気持ちなのだ。
『シファデウスなのか……ポラガ大尉のように、おまえたちも乗っ取られてしまったのか!? もしそうなら、まだ救いはある。なァ、まだハッピーエンドは残ってるんだ、そうだろ顎、ミツミ博士に治療してもらえば、まだおまえたちは戻ってこれる。やり直せるんだッ!』
 リボルヴァエフェクトは小首を傾げた。童女のように。
『誤解されてるようだな』
『な……に?』
『確かに俺たちはシファデウスに影響を受けた。それは否定しない』
『だったらッ!!』
『でもな、俺たちは、それを退けることもできたんだよ』
 空気の息が止まった。
『どういう……ことだ……』
『だから、俺も、ヨも、織姫も、泥辺も、静脈も、ほかのやつらも、自分から進んで受け入れたんだよ。何を? 自由を!』
 リボルヴァエフェクトが両手を広げる。
『空気、おまえも本当は思っていたんじゃないのか? おまえが欲しかったのは、誤字の指摘やラジオの依頼じゃない。そんなことのために小説を書いていたわけではなかったはずだ』
 リボルヴァエフェクトのモチベーション・バーニアが火を噴く。顎男はゆっくりと『精子をかけた晩餐』の周囲を円周し始めた。
『正しい文章作法、正しい小説。そんなものはないんだ』
『だから、シファデウスを受け入れた、と?』
『……アルマイトか? そうだ。いまの文芸には自由さがない。何を気取っている? 俺たちはなんだ? 軍人である前に一人の戦士だったはずだ! 戦うことをやめていた俺たちに火をつけてくれたのさ、シファデウスはな』
『ふざけるなっ! いったい何人死んだと思ってる、あの空age攻撃で――』
『空age? ああ、あのルールか。そんなものもあったな』
 笑うように顎男が言うと、ズドン、と大気が震えた。びりびりとした衝撃波が『精子をかけた晩餐』のボディを貫いて空気とアルマイトさえも戦慄させる。
 空気の目に力が宿った。
『おまえ……顎男ォッ!』
『これが空ageか。初めてやったがどうってことはないな。苦しいか? 痛いか? 痛かろうな、だがそれは弱いからだぜ。強ければいいんだ。問題はおまえたちの心にある』
『悪魔に魂を売り渡したな……顎男』
『魂も売り渡さずに小説を書くつもりだったのか? ハッ、程度が知れるぜアルマイ――』
 顎男が言い切る前に、『精子をかけた晩餐』のバーニアが瞬間噴射、レターブレードを振っていた。だが、切ったのはゼロキロバイトの虚空だけ。
 さかさまになった状態でリボルヴァエフェクトが、『精子をかけた晩餐』を見下ろしている。
『やる気になったか空気! そうこなくちゃな』
『よせ顎男……次は本気で殺す』
 『精子をかけた晩餐』は体内のサカサマ・リアクターで反物質を精製。それをすべてエネルギーに変えている。
 白く光るその機体は、精子のように綺麗だった。
 リボルヴァエフェクトの赤い機体に白濁光が反射する。
『脅しになると思っているのか? 実を言うとな空気……』
 右腕部から、滑らかにレターブレードが現れる。
『俺は、おまえと本気で殺りあいたくて、こんなところで待ち尽くしていたんだ』




 それが合図だった。
 技はいらない、一瞬の早撃ち。
 二刃のレターブレードが夜の海に交錯する。火花が散り、キーボードがマシンガンのように唸り、二人の男が小説を書く。
 だが、それでも。
 空気は、刃を敵に刺せなかった……。
 ザンッ!
 切り離された『精子をかけた晩餐』の右腕が、くるくる回って、忘却の海へと消えていった。
『なぜだッ!!』
 叫んだのは顎男だった。
『なぜ俺と戦わない!? 手加減したから負けたとでも言い訳したいのか!? ふざけるなよ空気ッ!!!!!!』
『…………』
『俺は……俺はおまえの本気が見たかったのに……おまえは、まだ眠り続けるというのか?』
 空気は、ざらつく口をやっとの思いで開いた。だが、なにか言いかけ、ひっこめ、そして一拍置いて、セリフを変えた。
『悪いな、顎……俺はやっぱり、つまらないと思う話は、書きたくないんだ』
 リボルヴァエフェクトの無機質な顔からはなにひとつ読み取れない。
 だが、その刃はいまだ月の光に燃えていた。



『そうか、じゃ、お別れだ、二人とも』



 空気は後部座席のアルマイトを振り返った。
「すまんな、アルマイト。こんなとこまで、つき合わせちまった」
「いいさ」
 アルマイトの顔はひとっ風呂浴びたばかりのように清らかだ。
「さっき、顎をしとめる瞬間……おまえが誤字していなくても、僕が誤字していたさ。わざと字を間違えるなんて、初めてだったよ」
 空気は浮かびかかった涙を必死に降ろした。軍人は泣かない。
 こんな最期は予想していなかった。でも嫌いじゃない。
 素直じゃないこんな死に方が悪くないなんて、どうやら俺も、ひねくれ者らしい。
 空気はゆっくり瞼の幕を下ろした。
 闇がやって来た。
 …………だが。
 死は訪れない。


(――――?)



 目を開けるとそこには――





『間に合ってよかったです、先輩』





 深緑色のシックなボディ、昆虫をモチーフにしたデザイン、額から伸びる二本の触覚型『インスピレーション・サーチャー』――

 黒兎玖乃中佐の『蟲籠』だった。






 辺りを見回せば、黒兎には部下がいた。蟲籠はピッとフィンガーサインを無駄な動きのない動作で行ってみせる。

『――ここからの指揮ははまらん、おまえが執れ。先行しているはずの14名に追いつき、なにがなんでも撃墜しろ』
『俺なんかに任せていいのかな?』
『信頼している。早くいけッ!』
 いえっさー、と気のない返事を残して、そのそぶりとは裏腹に鋭利なセンスを有する『エンゼルゼット』と他の機体が飛び去っていった。
 一定空間内のモチベーション・バーニアの数が減って、急に静けさが戻ってくる。耳に痛いほど。
 黒兎の声は沈黙に似ていた。
『顎男、とうとうやってくれたな。先輩に手を出したこと後悔させてやる』
『後悔? そんなものはとっくにしてる』
『それは降伏宣言と受け取っていいのか? いまならまだ、除隊処分で許してもらえるよう提言してやってもいい』
 リボルヴァエフェクトが肩を震わせる。
 笑ったのだ。
『俺はな、黒兎。――後悔くらいじゃ俺の筆は止まらねえって言いてえんだよ』
『奇遇だな』
 蟷螂の刃のようなレターブレードが、蟲籠から飛び出す。
『僕もだ』
 夜に再び白刃が閃いた。





 『蟲籠』のシュミレーション・シナリオソフトが『リボルヴァエフェクト』の展開を先読みしていく。顎男は常にそれを振り切る機動をしなければならない。削られていく外殻。額に汗が滲む。
『少しは定石通りに書いてみたらどうだ? いまどき麻雀など誰も読まない』
『うるせえな……』
 蟲籠の肩と首の射口からリカバリー・ワードブラストがいちいち顎男の機体、その弱い部分をホーミングレーザーとなって追尾してくる。数ミリセカンドのブラインドタッチによる修正でカバー。しかし修復しそこなった文字が海へと零れ落ちていく。
『きみの小説は整然としていない。実に無秩序だ』
『そういうおまえは、誰に許して欲しがってるんだ?』
『罪を犯しているのはきみだ』
『どうかな……罪を犯していないやつなんているかね。俺たちとシファデウスのなにが違う?』
『あれは、小説とは呼べない。ただの、駄文だ。そんなものが目の前をチラついていたら、一生懸命書いている文芸戦士の立場がない』
『それのなにが悪い? ここは一部の腕利き物書きの道場じゃないんだぜ』
『そうあるべきだ。小説を書くということは、それぐらい覚悟がいることだ。より美しい文章、より正しい文章を求め、志を同じくするものが研鑽しあう。それがよりよい文芸戦士との関係だ。個人で完結し満足しているなら新都社にいる意味はない。PCのフォルダの中で、その物語は終わっているのだから』
『見てもらいたいと思うだけじゃダメだというのか』
『見てもらった相手を満足させてあげるのが、作者としての勤めだ。少なくとも僕はそう信じて戦ってきた。その信念を間違っていると思ったことはないし、きっとこれからも変えることはないだろう』
『ご立派だよ。だが、立派じゃなくっちゃいられないなんて、寂しすぎるぜ』
『弱いやつから死んでいく。この点について僕と貴方は同意見だと思ったが?』
『さぁな……実は俺も、そこのところがよくわからなくってね。だがいまは』
 ガァン、とレターブレードで鍔競り合う。
 燃える文字、輝く機体。
 邂逅は一瞬。
 すぐにバック・ステップ・ブーストで二機は距離を取る。居合いのような間。
『いまは、ただ、おまえにだけは負けたくねえ』
『やっぱり、奇遇だ』
 再び激突。離脱。コメントライフル同士の弾幕の張り合い。小さな文字が高速回転してお互いの機体に突き刺さる。
 リボルヴァエフェクトのキャノピにひびが入った。
 もし同じところにもう一撃喰らえば、その衝撃はコックピットに収まった顎男を貫くだろう。
 蟲籠がピッと腕を伸ばした。
『降参しろ。勝負はもうついた。いまの貴方は倒す価値さえない。悪戯に場を乱し、未来ある文芸の道を塞ごうとするその行為、僕は決して許さない』
『なにが……もうとっくに塞がってるじゃねえか』
『なら去るがいい』
『来るもの拒まず、気に食わなければ追い出す。それがおまえらのやり方か』
『強ければいい。強ければ一人でもやっていけただろう』
『俺が言えた口じゃないが、矛盾してるぜ……黒兎』
『さっきから気になっているんだが、上官に対する口の利き方じゃないな、それは。――顎男少佐?』

 背を向けかけた蟲籠が、バーニア噴射、空中で後転して頭上へ飛び上がる。
 リボルヴァエフェクト最期の力を振り絞ったレターブレードが、空振る。
 必殺の間合い。青い月に重なった黒兎。構えた銃口の照準だけが揺らめかない――。
 ぴったりと、リボルヴァエフェクトの頭部に、



 ダァン――




 ライフルを持った蟲籠の腕が、海へと消えた。
 『精子をかけた晩餐』は、片腕のまま構えていたライフルを、海へと捨てた。
『なっ……先輩!? なにをするんです!!』
『もうやめろ……やめてくれ……』
『空気……?』



 『精子をかけた晩餐』は、人間のように肩を落としていた。それは、とてもとてもさびしそうで、悲しかった。


『もう誰かが傷つくのはうんざりだ。誰が正しいとか間違っているとかどうでもいい』
『シファデウスを倒したのは、貴方ですよ、先輩。それは意思ある執筆だったんじゃないんですか?』
『だから、それで最後にしよう。戦いはこれで終わりだ。シファデウスはそれを俺たちに教えてくれたんだ。争うことの無意味さを』



 『精子をかけた晩餐』は全武装をその場で解除した。バラバラと装備品が海へと消えていく。それは、機体にとりついていた悪霊が離れていくようにも見えた。



『確かに文芸はひどく傷ついてしまった。この傷はきっと、これからどんどん深くなっていくんだと思う。でも、いつか俺たちはそれと向き合える。向き合って、もっといい小説が書けるようになる』


 黒兎も、顎男も、アルマイトも、黙って空気の声に耳を傾けていた。









『世界が終わって、それから後で、始まる物語がきっとある。

 だから、帰ろう。

 俺たちの居場所へ。





 俺たちの、新都社へ――――――――!!』

















 カタタタ
 カタ




 …………。




 カタタタタタタタタ
 タンッ!






 後に『スーパー文芸大戦NEET』と呼ばれるこの大戦終結からの一年間は、歴史上もっとも変動の多き激動の時代になったといわれている。


 数多の作品が産声を発し、また幾筋もの物語が流星となって散った。


 だが、そこには決して意味のない物語などなかったのだ。


 世界はただあるだけで美しい。


 小説を書くことは誰にでもできる、すぐそこにある別世界への切符なのだ。


 恐れることも謙遜する必要もない。


 どうかあなたも、この世界に種を撒いて欲しい。


 いつか豊かな実りを得ることができることを祈って。


 いつかこの話を書いてよかったと思えることを願って。

 








 文芸新都とニートノベルは、あなたの種を欲している。





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