ホットコーヒー
悟とフユは自販機までたどり着いた。
悟は、家に財布を忘れたことをフユに告げると、彼女は自分のジーンズの後ろポケットを指差した。
しかしポケットに財布は見当たらない。
「財布なんか無いけど。」
「コインが直に入ってるわ。」
フユが平然と答えた。
どぎまぎしながらも、悟は汗で濡れた手をフユの後ろポケットに擦り入れた。
「コインなんか入ってないけど。」
「もっと奥の方にあるわよ。意外に深いの、このポケット。」
手をさらに奥に侵入させると、中指に先が硬いものに触れた。
取り出したコインは生暖かくなっていた。
「財布くらい持っとけよ。」
一刻も早く喉を潤したい思いに駆られて、悟は急いでコインを自販機に投入した。
夏になると慢性的に水不足が続くこの地域では、現在断水が行われている。
自販機のドリンクは住民に買い占められたらしく、ほとんどが売り切れになっており、残っていたのはミルクセーキとコーヒー、アルコール飲料が数種類だけだった。
「冷たきゃなんでもいいや。」と悟は開き直った。
「何買ったの?」
「今選んでるとこ。」
フユの先走った質問を適当にあしらった後、悟はアイスコーヒーを選んだ。
「ふふ、馬鹿じゃないの。間抜けね。慌てて押すからよ。」
唐突に、フユが笑いながら言った。
「何がさ。意味わかんないけど。」
ガコン
悟は自販機に手を入れた。
「熱っ!」
すると出てきたのはアイスコーヒーではなく、ホットコーヒーだった。
「こんな真夏にホットなんて売るなよな。誰が買うと思ってんだ。」
「あんたみたいなドジが買うのよ。」
憤慨する悟をフユが嗜めた。
「だからって無理して飲まなくてもいいじゃない。なにムキになってんのよ。」
そうフユが言い終えた直後に、悟は缶のプルタブを外した。
カッ、ポッ・・・
「さっきからお前さ、」
熱いコーヒーをちびちび喉に流しつつ悟が訊ねた。
「俺の行動を先読みしてないか。何買ったの?とか、慌てるからよ、とか。」
「別にしてないけど。でもまあ大体わかるのよ、あんた単純だし。それよりお釣り、返してくんない。