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【四年前 九月 弐】

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「――つまり、私のせいで構ってもらえなかったってことですか?」
 初めて知ったお姉ちゃんの過去。既に生まれて居たはずの時の話ですが、そんなことを考えられる歳では無かったのです。気付いたら部屋に閉じこもっていて、何故なんてことは微塵も考えませんでした。 
 お母さんは強く首を横に振ります。
「いいえ。あなたは何も悪くない。悪いのは私たちなのよ。やろうとおもえばいくらでも構うことなんてできたはずなのに。……なんだか“構う”なんていうと仕事みたいね」
「どうしてお姉ちゃんに優しくできなかったのですか?」
「どうしてでしょうね。始まりは良く分からない。最初は本当に単にあなたにうつつを抜かしていただけなのかもしれない。ただ、途中からは分かる。私はね、怖くなってしまったの」
「怖い?」
「ええ。良くない友達と一緒になってから雰囲気が尖ってきたっていうのもそうだけど、やっぱり“今更”って思っていたの」
 お母さんは立ちあがってテレビの横へ歩いていきます。そしてテレビ台の上の写真立てを持ち、四人で写っている写真を切なそうに眺めました。確かみんなが笑顔でピースしている写真。後悔しているのだとはっきり感じ取れます。
「今更優しくしても、もう受け入れてもらえないんじゃないかって。元はと言えば自分のせいだから言い訳にもならないんでしょうけど、きっぱり拒否されたら私は母親として何かが挫けてしまうような気がしたのよ。おかしいわよね。ただ生んだと言うだけで気取るだなんて。らしいこともしていなかったのに、どこかで自分は母親だからって自信があったのよ。それに慢心してただ一緒に暮らしているだけ同居人みたいな扱いを、あなたより年上とはいえ、子供にしてしまった。でも今更らしいことをしてみても、いかにもわざとらしくて到底取り戻せないだろうって思っていたのよ。そのままじゃ何も変わらないのにね」
 自虐するように吐き捨てていました。
「お母さんはちゃんと私とお姉ちゃんのお母さんですよ」
 私は背中にくっついて抱きつきます。昔からずっと知っている、お母さんの匂いがしました。何があっても安心できると言いきれるようなそんな匂い。
「ありがとう。もし今ちゃんとした母親になれているんだとしたら、あの子のおかげだと思うわ」
 そう言うと笑って、頭を撫でてくれました。手つきは優しく包み込まれているようです。嬉しくなって一層身体をぎゅうっと押しつけます。
「なら、ちゃんとお姉ちゃんにお返ししなきゃいけないですね」
「そうね。この前は怒鳴ってしまったけど。久々にかけた言葉があんな言葉だったなんて悲しいけれど、次は優しい言葉をかけてあげたいわ」
 そうして、私達はソファーでしばらく仲よく座っていました。お母さんの腕に両腕を回してくっつき、髪に沿うようにさらさらと動く手の暖かさを感じながら。

「――そういえば」
 夜も深くなり少し眠気を感じ始めた頃、ふと思い出しました。気付いた、とも言えます。
「ん? なぁに?」
 お母さんは洗い物をしているせいかよく聞こえないらしく、耳をこちらに向けました。なので、少し声を大きくします。
「お姉ちゃんは“いじめられてた”って言ってましたよね」
「ええ」
「今のお話ではそんなこと一つも言ってなかったと思いますけど」
 そうでなくとももしこれでお話がお終いなら、あの部屋におらず未だに外で悪い友達と遊んでいるはずです。
 予想はどうやら当たっていたみたい。お母さんは水道を止めて濡れた手をタオルで拭うと、再び私の横に座りました。
「まだ、ね。お姉ちゃんがああなるまでには続きがあるの」
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