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事件発生49日目15:00〜

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 内藤はよほど呆然としていたのだろう。
井上を銃撃した犯人側のナイトの駒の男が
目の前に来るまで気が付かなかったのだから。
しかし、どうも様子がおかしい。
男は抵抗することなくあっけなく逮捕されたのだ。
ところが男は少しの隙をつきポケットに手を右手を突っ込む。
内藤はとっさに突っ込んだ右手をねじ上げる。
拍子にポケットから何かの錠剤が飛び出した。
男はねじ伏せられながらも
錠剤を口だけで器用に3錠ばかり飲み込んだ。
内藤は男の口に指を入れ、錠剤を吐かせようと試みたが、
男が吐いたのは泡だけでほどなく絶命した。
独特なアーモンド臭から、
男が飲んだ錠剤は青酸カリであろうことがうかがえる。
後になってわかったことだが、
この男は、高知市の市議会議員をやっていたそうだ。
聡明な面持ちのこの男を何が犯罪に駆り立てたのだろう。
内藤は犯人たちの得体の知れなさに、
狂気じみたものを感じずにはいられない。
 井上の死を悼む間もなく、
21手目Qd8、22手目Qc7、25手目Qd8と内藤のクィーンの駒の
出番が続いた。
27手目はこちら側から相手のポーンを取ることができたが、
すぐににこちらのポーンを取られてしまった。
ポーン役だった種田稔は一命はとりとめたものの腹部を撃たれ重傷を負ってしまった。
 実際に対局している柳田のプレッシャーはいかほどのものだろう。
内藤は心配になり、無線をかけた。
「勝てない。」
「何言ってるんだ。勝負はまだついてねー。」
「私は絶対に勝てないんです。
 分かりましたよ、なぜ囲碁や将棋ではなく犯人がチェスを選んだのか。
 過去にチェスのチャンピョンがコンピューターに負けたことがあるんです。
 囲碁や将棋はまだ無理ですが、チェスはコンピューターが人間に勝つんです。」
「犯人がそのコンピューターを使っているというのか?」
「犯人のさし方はそのコンピューター、
 deepblueに間違いないでしょう。
 いや、科学技術は日進月歩しているのだから、
 deepblueの時代よりもすぐれたAIが開発されているはずです。
 私程度の力の及ぶものではありません。」
「お前が諦めてどうする。今戦っているのはお前ひとりじゃないんだぞ。
 少しでも時間を稼ぐんだ。その間に全員で巻き返しの策を練る。」
「そうか、勝つことはできないが引き分けることはできるかも知れません。」
「引き分けなんてあるのか?」
「はい。将棋のように持ち駒を使うことができないチェスは互いに強い駒を取り合うと、
 どちらも決め手に欠いて勝負が付かないことがあります。」
「よし、その手でいこう。」
柳田の目に生気がよみがえるのを見て、
内藤は安心して自分の仕事に戻った。
 とはいえ犯人につながりそうなものといえば゛、
井上の残したクロスワードパズルぐらいしかない。
柳田に内線をかけていたときからずっと考えていたが、
一向にとける気配はない。最後の一問だけだというのに。
自分に鉄ちゃんですら解けなかった問題が解けるだろうか。
内藤のそんな先入感を打ち破ったのも、また井上の言葉だった。
「希望はまだ残っている。」
なぞるようにその言葉を口にしながら、
井上に託されたクロスワードの最後の空白を埋めた。
最後に残ったもの、それは希望。
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