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好きです。好きです。大好きです。
叶わない恋だと解ってはいるけれど、大好きなんです。
私は貴方以上に好きになれる人を知りません。
そして貴方以上に好きになる人なんて居ません。
だから大好きなんです。
世界で一番大好きなんです。


『私の好きな人』


毎朝決まって五時になると、彼は私を呼びます。
正直朝はとても苦手なのです。
とても眠くて仕方がないですが、私はそれを隠して彼の元へと歩み寄るのです。
迎えてくれるのは彼の優しい笑顔と、暖かい手。
私の頭をゆっくりと撫でながら、優しく私の頬にキスをしてくれます。
世間一般で日本でのキスは恋愛感情の表れですが、彼はそうではありません。
挨拶のようなキスですが、それでも私は嬉しくてたまりません。
顔がにやけてしまいそうになるのを我慢するのは、とても大変です。
おはようのキスが終わると、私と彼はお散歩に出ます。
お散歩は朝夕の二回して、その二回の時間が、私が彼の隣に居られる一番の時間です。
それ以外では恥ずかしくて隣に居られないのです。
「今日もいい天気だなぁ」
「えぇ…そうですね…」
ぎこちなく返事をすると、彼はまた笑顔を浮かべます。
私は普段からあまり喋るのが得意じゃないので、こうやって喋ると彼は嬉しいみたいです。
きっと彼にとっては、自分の娘が始めて言葉を喋った時みたいな、そんな親みたいな感じでしょう。
それでも彼が笑ってくれるのはとても嬉しいです。
「あぁあ…今日も学校かぁ…だっるいなぁ…」
「でも、大事な事ですから。頑張って下さいね」
「…そうだよな。言っても仕方が無いし。お前も行けたらいいのになぁ」
「わ、私が行ったらご迷惑が掛かります、から…」
「あはは。ごめんごめん。そんな困った顔すんなって」
彼は時々意地悪です。
私だって本当は、一緒に学校に行けたらどんなに幸せでしょう。
でも私は頭も悪いですし、きっと彼に迷惑が掛かることでしょう。
でも本当に、本当に、彼の傍に居られるなら嬉しいのに。
「よっし。コンビニでなんか買って帰るかな」
「買い食いは駄目ですよ!」
私のそんな声だけは、彼に届かなかったみたいです。
彼はさっさと近くにあったコンビニに入ってしまいました。
私は少し呆けてしまいながら、仕方がなく出入り口の傍に座り込みます。
そういえばテレビなんかでは、よく此処に複数人で座り込んでいる不良なんかを見ます。
けど、実際にそういうのっているのでしょうか?
少なくとも私は見たことが無いので、待ってる間ちょっと考えてみることにしましょう。
「……解りません」
やっぱり私の頭では物事を深く考えるなんて無理だったみたいです。
「あれ?君…祐樹君の…」
ふと声を掛けられて、私は顔をあげました。
其処には覚えのあるような、ないような女性が立っていました。
彼を下の名前で呼ぶだなんて、なんて馴れ馴れしいんでしょう。
けれどいきなり手を出したりしては、乱暴な女だと思われてしまいます。
それにコンビニの中には彼も居るのですから、我慢する事にします。
「どちら様ですか?」
「覚えてるわけないっか…会ったの一回だけだもんね。えっと、祐樹君の家で勉強会した時かな…」
あぁ、そういえばお友達が大勢遊びに来た時、見たような気もします。
男性の中で唯一の女性…だったような気もします。
「あれ…川瀬?」
「あ、祐樹君…」
「祐樹さん…」
そうこうしているうちに、彼がコンビニ袋を手にコンビニから出てきました。
ほこほこのピザまんを片手に笑顔です。
その笑顔が、この女性の所為なのか、ピザまんのお陰なのか、わかりません。
でも少し、嫌な気持ちになりました。
「川瀬もこの近くなの?散歩?」
「え、あ…うん…近くのマンションに住んでるの」
そう言って川瀬さんは此処からそう遠くない場所に建つマンションを指差します。
なんてことでしょう、この女性、さりげなく自分の家が近くだと主張してきました。
これは嫌な予感がします。
「おぉ!近い…でも小中違うよね?」
「うん。高校から、引越して、さ…」
「へぇー。にしてもデッカイマンションだよね。新しいから、浮いてるよね」
「あはは、よく言われるかも…あ、興味あるんだったら、来る?あ、別に今日じゃなくても…」
予感が当たってしまいました。
興味あるならだなんて、期待して言ったくせにその言い方は卑怯と言うものです。
「ま、マジで?じゃ、じゃぁ今度の休み行ってもいい?」
「うん。良いよ…あ、それと、さ。川瀬って苗字で呼ばなくてもいいよ!」
「女の子を下の名前で呼ぶのは慣れないんだよねぇ…」
「でもその子は呼び捨てじゃん?」
突然私を指差してきました。
人の事を指差してはいけないと習わなかったのでしょうか。
「コイツは別だって。家族みたいなもんだし」
「えぇ~?いっつも散歩してるなんて夫婦みたいじゃん」
「…なんでいっつも散歩してるって知ってんの?」
「へ!?あ、えっと…ほら、近いから!窓から、たまに見えてさ!」
「い、いや別にそんな慌てなくても…いいけどさ…」
なんでしょう、この空気。
私を無視してことが進んでいくのも気に食わないですし、何よりこんな空気居心地悪すぎです。
それに、それに…
「祐樹さん!もうそろそろ朝食の時間ですし、帰りませんか!?」
「お、おぅ…そうだな、そうだった…そろそろだよな。うん、ごめん川瀬…じゃない、えっと…」
「美穂…」
「お、おう。美穂、ちゃん…またな」
「…うん、また学校で」
「祐樹さん!」
私は彼を急かします。
だって、だって、あんなのってありません。
ずっとずっと、彼の隣に居たのは私なんです。
なのになのに、あんあのってありません。
だってあんなの、あんなの。
「…好き、なんですか?」
どうして、彼が答えてくれないのか、私にだってわかるんです。
肯定するのが恥ずかしいから、口にするのがむず痒いから。
だから私の心はこんなに痛むのです。
いつもと同じはずの散歩の帰り道。
もう会話はありません。
彼の目は私を見ていません。
遠くを見ているのです、あの女性を想っているのですね。
どうして、私を見てくれないんですか。
「祐樹さん…」
応えてください、応えてください。
解っています。
私の思いに貴方が応えてくれる事なんて、絶対に有り得ない事。
私のこの恋が叶うことなんて、絶対に有り得ない事。
どんなに長く居たとしても、どんなに思いを言葉にしても、届きはしないという事。

どうして、私は





「さぁ、着いたよミケ」
「にゃぁ」
「ただいまー」
「今日はちょっと遅かったのねぇ。あんまりミケを連れまわしちゃ駄目よ」
「これが俺達の日課なんだもんなー、ミケ」
「…にゃぁ」
「あら、ちょっと元気が無いみたいよ?」
「どうしたんだろ?そろそろ年だからかな…」
「さぁさっさと上がんなさい。学校あるんでしょ」
「ん…」





どうして私は、貴方と一緒の人ではないのでしょう。
人だったら私にも、貴方の隣に居る権利を得られたのでしょうか?

私の好きな人は人間です。
そして私は、猫なのです。
たかだか、ちっぽけな、年老いた猫なのです。
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