幕間「裸で突入編」
私の名前は相嶋湊、16歳で高校生。
今日は悩みがあるわけではないのですが、それでも困ったことはたくさんあります。
どうすればいいのだろうか、と頭をひねってしまうことは多いのです。十六歳ですし。
私の困っていること、それは。
お兄ちゃん、のことです。
朝、麗らかな朝。
まどろむ意識の中で窓から入ってくる斜光がまぶしく、すっきりとした目覚めなのに私は目を瞑ります。
いい天気だなあ。って。そんなことを考えたり。
「さあて、準備しなきゃ!」
声を上げて、天井に伸びを一つ。そして、見上げて気になる。それは、ひとつ屋根の下に住んでいて自分の階下の上に住んでいる兄のこと。
お兄ちゃん、起きてるかなあ。
とりあえず、身支度を整えて着替えてから、お兄ちゃんの部屋を訪ねることにしようと私は決めて、……そしてため息をつく。
私とお兄ちゃんは仲が良くない。
隣のおばさんなんて気を使って、仲のいい兄妹なのねー? なんて言ってくれるくらいに、仲が良くない。
なぜだろう、と悩むより簡単にその理由は分かっている。
お兄ちゃんは私のことが好きじゃないのだ。
お兄ちゃんは、私のことが……好きじゃない。
子供のころからこうだったのかと考えてみるけれど、そんなことはなかったような気がする。今では思い出せないけれど。
身支度を整えながら、私は考える。
どうやったら、お兄ちゃんと仲良くなれるだろうか?
私は考える。
「とりあえず、会話をしてないのは致命的だよね」
そう、意気込みを言葉にして階段を上がる。
身支度を整えた私は、朝から兄と会話するために、いや、会話をするきっかけを得るために、兄を起こしに行こうと決意した。
いままで部屋が分かれてから一度も、朝起こしに行くなんてことをしてなかったから、胸が高鳴っていくのがわかる。
緊張しちゃだめだ。いまさら、兄と仲良くすることに、緊張なんて感じてどうするのだ。
兄の部屋の扉の前で深呼吸。
落ち着け、私。とりあえず、落ち着いて作戦を遂行しろ。
と、息を吸ったり吐いたりしていると、中から声が聞こえてくる。
ん? 起きているのかな?
そう思った私は、扉を開く。
「サトルお兄ちゃん、起きてる?」
扉を開くと、そこには膝立ちしてベッドのぬいぐるみをあやしているお兄ちゃんの姿。
「お兄ちゃん、なにやってるの?」
ぬいぐるみ相手に。
どうしたのだろうか、ぬいぐるみの方を見たままお兄ちゃんは私に顔を合せてくれない。
「お兄ちゃん?」
「うっさい、黙れクソガキ」
そこから先私の記憶は途絶えて途絶えになっている。
お兄ちゃんとの関係が、崩れ落ちていった決定的瞬間だった。
兄との良好関係の築き方に悶々としながら自宅に帰ると私の部屋から声と破裂音が聞こえてきた。
『びっ……す…………ゆ…………あっ』
「びすゆあ?」
どう考えてもお兄ちゃんの声である。
びすゆあ、って何だろう。
もしかすると、Peace yourってこと? でもその場合、逆じゃない? Your peaceだよね。
人の部屋で何やっているんだろう。
しかも、このパァンッ! パァンッ! っていう破裂音はなに?
訝しげに扉を開けようとすると、何か嫌な予感が私の体に走る。
なんだろう、この開けたら死ぬかもしれないみたいな、緊張感。
「?」
気のせいだと思い、頭を振る。そして、深呼吸の後
扉を開ける。
「ユートピィイイアッ!!!!」
響き渡る兄の嬌声。高らかに鳴る真っ裸の兄の尻
止まる世界、見つめあう二人。
息の出来ない緊張感の中、静寂は思考を止める。
先に口を開いたのは、兄だった。
「蚊が」
「加賀?」
「風呂で蚊が」
「蚊が?」
「ケツがかゆい」
そう言って、兄は部屋から出て行った。
私は一人残されて、
静寂がまた、この部屋を支配していて。
そうか、お兄ちゃんはお風呂に入っていたら、蚊がぷんぷーんと飛んでいて、ウザったいから裸のまま追いかけて、私の部屋でお尻に止まった蚊を殺そうとしていたんだ。という事実に気が付き、悪いことをしたなあと素直に反省する。
それでも、サトルお兄ちゃん。判らないことがあるのだけれど。
ユートピアって、言わなくちゃいけないの?
何かの呪文なのかなあ。
誰か知っているのなら、教えてください。