我(わ)は人を好きにならない。なりたくない。どうしてもなれない。好きになってしまったら最後。その子は密室で殺される。
初めてそう思ったのは、三番目に好きになった女の子がトイレの中で内蔵を爆ぜさせて死んだときだった。ザクロのようだったらしい。
「校庭に植えてある奴だよ」
「あの赤い粒粒みたいのが入ってる奴」
「うわーきもい」
彼女に関する話題は学校の共通の物となった。
我はおもしろくなかった。
我が彼女を好きだと知っていた友人は同情し、フォローしてくれた。
「大丈夫だよシミズ」
「頑張れよシミズ」
それで我のあだ名はいつの間にか「よシミズ」になった。
事件の方は結局、自殺として打ち切り、インターネットではエクストリーム自殺として一時期話題になったけれどなにもわからないままだった。それが小三のとき。
次に好きになってしまった子は遠足の途中、山の休憩所で人目から離れたおおよそ30秒の間に裏返しになって死んだ。テレビコメンテーターはそれを熊の所為だろうとして、それよりも、つまり彼女を巾着袋みたいにひっくりかえして、子宮だけ持ち去った犯人よりも、危険な場所で行事をおこなったとして学校を責め、その週のうちに校長が辞任した。それが小六のとき。
我は罪深い。小六のときにもう一人殺してしまった。ジュンという名前も見た目もボーイッシュな彼女は無理矢理男にされて死んだ。それも我の家の我の寝室のクローゼットの中、夕食を食べに我が一階に降りたその間に。誰のか判らない男性器(小学生のというのだけはわかったのだが)がジュンの女性器に縫いつけられていた。母のをのぞけば、それが始めてみた女の裸だった。
「男は男じゃなきゃ」それが動機だった。犯人にとってはジュンは女の子の体になってしまった男の子で、それを助けるつもりだったらしい。我の家の建設に携わっていた犯人は雨どいを上って、間取り図に子供部屋とかかれていた我の部屋侵入。本人曰く「窓の鍵なんて揺らせば簡単に開く」。実際そうだったのだろう。そして犯人はジュンを我の部屋に、男の子の部屋に「住まわそう」とした。検死によるとこのときはまだ息があった。犯人は服をジュンに着させようとクローゼットを探っていたが、我が二階へ上がってくる足音を聞いて、ジュンをクローゼットに投げ込み窓から脱出。こういう行動からみて案外理性は残っていたらしい。
我は我の部屋に入ると窓の鍵が開いていることに気が付き鍵を閉めた。でないと口うるさい母に怒られた。「泥棒でも入ったらどうするの」とやかましく言われるのがいやだった。これで密室の完成。そして我がクローゼットを開け、ジュンを発見。
我は唖然としてじっとジュンの体を見つめる。もしかしたら、ジュンはここで何か訴えていたかもしれない。しかも口でしゃべっていたかもしれない。助けてとか、我の名前とか。でも聞こえなかった、いや聞かなかった。我はジュンが死んだものと思いこんで、彼女を見殺しにした。
我はジュンの体に触れた。冷たい。ここで我は確信する。また殺したのだと。そして腕を傷つける。クローゼットのハンガーで腕を傷つける。罰のつもりだった、しかしそんな暇があるなら親に助けを求めればよかった。ジュンの肌が冷たかったのは、さっきまで外にいたからだったのだ。ジュンは生きていた。自傷なんてせずに、ただハンガーにかかっている上着をかぶせてやれば、それで暖まったのだ。でもやらなかった。我は泣きながら腕にハンガーを刺した。でも刺したのは利き腕じゃない。傷つけても困らない方の腕を傷つけている間、ジュンは苦しんでいた。必死だった。寒さで血液の流れが遅くなり、クローゼットに入れられたときの頭部打撲と膣からの出血と、全身の痛みで体力を失っていった。それでも生きていた。しかし、我はただほんとうに、じっとジュンを見つめることしかしなかった。話に聞けども死体を直接見たのはこれが初めてだった。見つめていたのが死体だというのは、ジュンが死ぬまでは嘘だったけれど、すぐに本当になった。衰弱死だった。これで密室殺人完成。
しかしジュンはどう思ったのだろうか。
どう思って死んだのだろうか。我をせめて死んだのだろうか。我を恨んで死んだのだろうか。それともあきらめて我を許して死んだのだろうか。我は苦しむ。そのときの腕の痛みが時々ぶり返して、心の痛みと一緒に引いていく。腕の痛みが心の痛みの代わりを果たしてくれるのだ。
我は我を罰したつもりが、ただ逃避するためのガジェットを作っただけにすぎなかったのだ。我は罪悪感がなくなったことに罪悪感を感じる、そして罰する。我は自傷癖になった。
逃避するために傷つけ、逃避したから傷つける。
我は罪深い。死ぬと知っても好きになる。いっそ自分を好きになればいいのに。嫌いな奴を好きになればいいのに。我は我が好きな奴を好きになる。そして我は我をまた傷つける。もう十二本になる傷は、一体いつになったらつけずに済むようになるのだろう。我は我を罰する。
「シミズくん」
我は顔を上げる。久しぶりに女の子の顔を間近で見る。顔は三つある。近所のバツイチ、ヨマシ マヨさん。女子高生のミナ ミナミ。フリーターのカネガ ホシミ。我ががんばって、いつも避けてる三人だ。それがたまたま我の短期バイト先のデパートに、我のシフトの日の同じ時間帯に三人それぞれバラバラに来て偶然会って団体行動して、しかも我が我の本来の業務じゃないカスタマーカウンターを腹痛で休んだ奴の代わりに入った瞬間に出会うのだから、ああ運命なんだろう、と思う。だってこのデパートって三人の住む場所から車で五時間かかるんだぜ。我だってこっちに泊まりでバイトしてんだぜ。
きっと神様が殺したがってるんだ。我が少しでもどきっとすれば、チンコがぴくっとなったとすれば、顔が赤くなったとすれば、神様はそれを惚れてると思って殺しにかかるだろう。我はじっと我慢する。
どんなに田舎に逃げても、我に構う女の子が現れる。どんなに我が拒否しても、我に慕う子が現れる。ある人にはうらやましいのかもしれないけれど我にとっては苦痛だ。こういうハーレムまがいの状況を生理的に嫌っている人よりも苦痛に思うのだと思う。我は普通の十九歳で精力もピークなのだ。死んだAV女優のでオナニーしてもおさまらない(アダルトゲームは必ずヒロインが密室で死ぬのでしない)。死んだ人だとわかっていると、なんだかその人で抜くのは正直申し訳ない気分になる。やっぱりそこは普通の人と変わらないのだなと思う。いや、普通だろうか。違うのかもしれない。ここまで好きな子に死なれて、こんな精神状態なのはおかしい。鈍感だ。鈍感すぎるのだ。普通の人がこんな状況になったとしたら、女性に会っただけで吐いてしまうようになるだろう。そうだ、おかしいのだ。でも愛したい。その感情がどうしても消えない。くそったれの神様、殺すならまずこの感情からにしてくれ。
我は三人に冷たい態度をとる。殺さないため感情を殺す。しかし、それは裏目にでた。あんまりにも冷たい態度をとったために、三人が我のことを、我との関係のことを心配し始めたのだ。最近会ってないのもあるだろう。いや我が避けてるだけなんだけれど。ああ、なんと難儀な。
「どうしたの」ヨマシさんが手を伸ばしてくる。ミナがなんだかかわいいポーズをする。カネガのだらしない格好が、露出している部分が目に入る。ヨシマさんの手から香水のにおいがする。ヨシマさんの冷たい手が頬にふれる。椰子の香りが混じったそれは我の脳を刺激する。我は急いでその手をどかす。カウンターから離れる。カウンターの裏にある休憩室に入る。
「山下バイトリーダー、カウンター代わってもらえませんか」
だってそれしかないだろう。
山下バイトリーダーは、バイトリーダーといってもおばちゃんだ。ならパートリーダーじゃないのか、と我も思ったけれど、バイトリーダーらしいのでしょうがない。パンチパーマと虎柄のバイトリーダーって、どぎつい。しかし、根はいい人かもしれない。短期バイトのわがままも聞けるような広い心の持ち主かもしれない。そういう期待をもって、我は頼んでみる。
結果はだめだった。山下バイトリーダーはロープでつるされていて、短期バイトのくせにとか、なんで私に頼むの、とかの小言の代わりに血を口から垂らして、真っ赤になった目でこちらを睨んでいた。
あはは、死んでらぁ。
神様はあの三人をフェイントに使ったのだろうか。
「この三人のうち誰が殺されるでしょー、なーんつって、それはデコイで、殺されるのは山下さんだよーん」
って具合に。いや、バイトリーダーを好きになった覚えはないのだけれど。
まとめて読む
はてさて、我の自己憐憫な陰鬱な流れはどこへやら、バイトリーダーのあまりに変な死に方の所為で、ずっこけてしまった。それよりなにより、我がバイトリーダーに惚れていたという事実が明確な証拠とともに現れたことで混乱している。
醜悪という二文字で説明が十分なおばちゃんに、我が惚れてたっていうんか。それはつまり、あの小汚い顔の構成やら、どぎつい紫のアイシャドーやら玉になったマスカラやら、赤痣みたいになってるほっぺたやら、明らかに偽もんのイヤリングやらに我が惚れてたっていうんか。我の心がものすごい動揺しているのがわかる。そして我の心を揺れ動かす証拠はそこに、目の前に吊されていて揺るがない。いや、空調の風に揺らされているけれど、そういうことではない。
我はカウンターでうだうだしている三人をおっぱらうと、警察より先に探偵のナニムラに電話をかける。ナニムラ ナニコの場合、探偵といっても、猫やら不倫現場やら怪しい人の怪しい事実やらを探す方でなくて、殺しの推理をするほうだ。
なんでも、ある夏の日に清涼飲料水を飲みながら清涼院流水読むため清涼な場所を探して川沿いを歩いたところ、流水が流水を重ね鉄砲水となって頭をたたきつけられ、雷に打たれ、その衝撃で開いたワームホールに吸い込まれパラレルワールドに行ったら、そこはJDCが実在する世界でうれしい余りに免許取って探偵やって、その推理方法というのが感電して「犯罪が成立しなかった、もしくは誰かがその犯罪を解決し終えたパラレルワールド」を覗いてくると言うなんだか卑怯チックなものだったのだが、ある日、我の世界を覗いたときに我の能力に引かれたので、JDCの世界を捨ててこっちの世界に来たと、まあ、そういうことらしい。つまり彼女は自称異世界人のキの字なのだ。そして、ナニムラは我の周りには必ず密室殺人が起こるとして我につきまとう。さらにナニムラは我の所為で起こった密室殺人を、三件解決した。ただ、パラレルワールドを覗くのではなく、普通に推理して。
ナニムラの異世界云々の話が本当かどうかは、どうでもいいが、我は本当だと願っている。この世界に生まれた人間にしては、余りにものを知らない女なのだ。
それは会えば判るし、そもそも常日頃から女性を避ける我が、そこそこ美人であるナニムラを何の気兼ねもなしに頼っている、という、この今の状況が、いい証拠だろう。
我はぜったいナニムラを好きにはなれない。だから、安心して頼れる、頼れる唯一の女。
そのナニムラがカンカン帽かぶって、じんべえ羽織ってやってきた。
ナニムラはカウンターに着くなり我の股間を嗅ぐ。
「ビビって漏らしちゃった?洗ってないの?臭いよ」ああなんて最低なんだろう。
「死体はどこなのさ」「休憩室」「警察には」「もう知らせたよ、あと六分くらいでくる、たぶん」「調べたの?来る時間」「いや、前にテレビで、通報から到着までは平均六分だって言ってたから」「あ、そう。んじゃ、それまでに素人のふりして中を調べろってこと?」「そういうことだね。十分でしょ」「なにが」「時間」「全然」
全然が全然足りないと、全然余裕とどちらを示してるか考えながら我は休憩室に案内する。といってもそれはカウンターから十歩、歩けばつく位置にある。休憩室の中は死体以外は至って普通。食器棚、冷蔵庫、換えの服、タオル、水道、台所、机、椅子、我とバイトリーダーの荷物の入ったカゴ(今日のカウンター担当は二人しか居なかった)、シフト表、窓なし、空調あり、屋根裏あり、そして死体あり。
死体は裸で、屈伸するようにして折り畳まれている。ちょうど胸のところに膝があり、そこから上の部分、つまり、太股と腹部が縫い合わされている。縫い目はきれいだ。彼女を吊すロープは天井の照明から垂れている。蛍光灯のカバーを固定するネジの部分をはずし、代わりにフックを取り付けたのだ。そのロープは腰と頭にそれぞれ巻き付いており、腰のロープは彼女を支える為に、頭のロープは彼女の頭を足の間に固定する為のもののように見える。いくつか血が付着してはいるものの、死体は(今までみたものに比べれば)比較的きれいなものだった。
さて、ナニムラがメモ帳に休憩室の絵を描く。描きながら我に質問する。
「普段は何人」「通常三人で、カウンターに一人立って、一人が事務処理とか遺失物の管理とかで、もう一人が休憩」「休憩?」「ああ、本当は事務処理と遺失物の担当は分けるべき何だけど、あんまり利用客がいないから」
遺失物管理室は、休憩室の隣にある。しかしそこに犯人はいない。遺失物管理室の扉は重い鉄製で、開け閉めの度に床とすれる音がするのだ。だからもし犯人がそこに出入りしたとしたら、必ず気がつくはずだ。
「天井裏を伝ってっていう可能性は」「ないね、鍵がかかってるから、警備室に」いいかけたところで我は死体の変化に気がつく。
体中の皮膚が垂れ下がってきている。顔も目の下が垂れ下がり、口が開いていく。そういえば、山下さん、生きている頃より太って見える。これはそう、たぶん。
腐敗してる。
ジュンから山下さんまで八回死体をみる機会があったけれど腐敗してるのは初めてだ。我はじっとみる。ナニムラはそれに近づく。いやいや、やめなって。
さすが元JDC現異世界人。なんの躊躇もなくナニムラは死体にふれた。と、その瞬間。なんだか判らん液体が、死体のいくつかの穴から飛び出てきた。死体の皮がずりむけ下に落ちた。半透明な黒い液体が床中に広がる。ぐちゃぐちゃだ。警察が来たら相当怒るだろう。しかし問題はそれだけではなかった。ナニムラが青い顔をしている。
「どうしよう、シミズ」「いや、まあ、崩れそうだったし、自然に死体が崩れたってことにすれば」「じゃなくて、飲んだ」「なにを」ナニムラが口から何かを垂らす。半透明の黒い液。俺も自体を把握して顔を青くする。でも確認する。
「なにを飲んだんだ」
「死体液、えぐくて不味いんだけど」
味は聞いていない。
醜悪という二文字で説明が十分なおばちゃんに、我が惚れてたっていうんか。それはつまり、あの小汚い顔の構成やら、どぎつい紫のアイシャドーやら玉になったマスカラやら、赤痣みたいになってるほっぺたやら、明らかに偽もんのイヤリングやらに我が惚れてたっていうんか。我の心がものすごい動揺しているのがわかる。そして我の心を揺れ動かす証拠はそこに、目の前に吊されていて揺るがない。いや、空調の風に揺らされているけれど、そういうことではない。
我はカウンターでうだうだしている三人をおっぱらうと、警察より先に探偵のナニムラに電話をかける。ナニムラ ナニコの場合、探偵といっても、猫やら不倫現場やら怪しい人の怪しい事実やらを探す方でなくて、殺しの推理をするほうだ。
なんでも、ある夏の日に清涼飲料水を飲みながら清涼院流水読むため清涼な場所を探して川沿いを歩いたところ、流水が流水を重ね鉄砲水となって頭をたたきつけられ、雷に打たれ、その衝撃で開いたワームホールに吸い込まれパラレルワールドに行ったら、そこはJDCが実在する世界でうれしい余りに免許取って探偵やって、その推理方法というのが感電して「犯罪が成立しなかった、もしくは誰かがその犯罪を解決し終えたパラレルワールド」を覗いてくると言うなんだか卑怯チックなものだったのだが、ある日、我の世界を覗いたときに我の能力に引かれたので、JDCの世界を捨ててこっちの世界に来たと、まあ、そういうことらしい。つまり彼女は自称異世界人のキの字なのだ。そして、ナニムラは我の周りには必ず密室殺人が起こるとして我につきまとう。さらにナニムラは我の所為で起こった密室殺人を、三件解決した。ただ、パラレルワールドを覗くのではなく、普通に推理して。
ナニムラの異世界云々の話が本当かどうかは、どうでもいいが、我は本当だと願っている。この世界に生まれた人間にしては、余りにものを知らない女なのだ。
それは会えば判るし、そもそも常日頃から女性を避ける我が、そこそこ美人であるナニムラを何の気兼ねもなしに頼っている、という、この今の状況が、いい証拠だろう。
我はぜったいナニムラを好きにはなれない。だから、安心して頼れる、頼れる唯一の女。
そのナニムラがカンカン帽かぶって、じんべえ羽織ってやってきた。
ナニムラはカウンターに着くなり我の股間を嗅ぐ。
「ビビって漏らしちゃった?洗ってないの?臭いよ」ああなんて最低なんだろう。
「死体はどこなのさ」「休憩室」「警察には」「もう知らせたよ、あと六分くらいでくる、たぶん」「調べたの?来る時間」「いや、前にテレビで、通報から到着までは平均六分だって言ってたから」「あ、そう。んじゃ、それまでに素人のふりして中を調べろってこと?」「そういうことだね。十分でしょ」「なにが」「時間」「全然」
全然が全然足りないと、全然余裕とどちらを示してるか考えながら我は休憩室に案内する。といってもそれはカウンターから十歩、歩けばつく位置にある。休憩室の中は死体以外は至って普通。食器棚、冷蔵庫、換えの服、タオル、水道、台所、机、椅子、我とバイトリーダーの荷物の入ったカゴ(今日のカウンター担当は二人しか居なかった)、シフト表、窓なし、空調あり、屋根裏あり、そして死体あり。
死体は裸で、屈伸するようにして折り畳まれている。ちょうど胸のところに膝があり、そこから上の部分、つまり、太股と腹部が縫い合わされている。縫い目はきれいだ。彼女を吊すロープは天井の照明から垂れている。蛍光灯のカバーを固定するネジの部分をはずし、代わりにフックを取り付けたのだ。そのロープは腰と頭にそれぞれ巻き付いており、腰のロープは彼女を支える為に、頭のロープは彼女の頭を足の間に固定する為のもののように見える。いくつか血が付着してはいるものの、死体は(今までみたものに比べれば)比較的きれいなものだった。
さて、ナニムラがメモ帳に休憩室の絵を描く。描きながら我に質問する。
「普段は何人」「通常三人で、カウンターに一人立って、一人が事務処理とか遺失物の管理とかで、もう一人が休憩」「休憩?」「ああ、本当は事務処理と遺失物の担当は分けるべき何だけど、あんまり利用客がいないから」
遺失物管理室は、休憩室の隣にある。しかしそこに犯人はいない。遺失物管理室の扉は重い鉄製で、開け閉めの度に床とすれる音がするのだ。だからもし犯人がそこに出入りしたとしたら、必ず気がつくはずだ。
「天井裏を伝ってっていう可能性は」「ないね、鍵がかかってるから、警備室に」いいかけたところで我は死体の変化に気がつく。
体中の皮膚が垂れ下がってきている。顔も目の下が垂れ下がり、口が開いていく。そういえば、山下さん、生きている頃より太って見える。これはそう、たぶん。
腐敗してる。
ジュンから山下さんまで八回死体をみる機会があったけれど腐敗してるのは初めてだ。我はじっとみる。ナニムラはそれに近づく。いやいや、やめなって。
さすが元JDC現異世界人。なんの躊躇もなくナニムラは死体にふれた。と、その瞬間。なんだか判らん液体が、死体のいくつかの穴から飛び出てきた。死体の皮がずりむけ下に落ちた。半透明な黒い液体が床中に広がる。ぐちゃぐちゃだ。警察が来たら相当怒るだろう。しかし問題はそれだけではなかった。ナニムラが青い顔をしている。
「どうしよう、シミズ」「いや、まあ、崩れそうだったし、自然に死体が崩れたってことにすれば」「じゃなくて、飲んだ」「なにを」ナニムラが口から何かを垂らす。半透明の黒い液。俺も自体を把握して顔を青くする。でも確認する。
「なにを飲んだんだ」
「死体液、えぐくて不味いんだけど」
味は聞いていない。
ナニムラは執拗に口をふく、舌をふく。そりゃそうだ。死体から出たよく判らない液体を飲んでしまったのだから。
それを見ながら我はナニムラにも人間らしいところがあるのか、と感心する。ナニムラならきっと床に垂れた死体液をなめ始めると思ったのに。
我はナニムラの口直しの為にサイダーを休憩室の冷蔵庫から取り出す。床に飛び散った液が靴に染み込むのが判る。ふと足下を見るとサングラスとゴムボールが転がっている。サングラスは山下さんのものだろうか。ゴムボールは全部で三個ある。よく見るとそのうち一個は、半分だけ黒く染まっている。ナニムラも気づいていたようで「なんだと思う」とえづきながら聞いてくる。
とりあえず我とナニムラは部屋を出ることにする。ナニムラはサイダーを一気に半分くらい口に含んだ。そして、その口に入っている半分を飲んで、さらに口に残しておいた半分でうがいをし、それをペットボトルに戻した。ナニムラは我にペットボトルを差し出して聞く。
「飲む?」ついでにゲップをする。
我は、炭酸の甘ったるいのとナニムラの胃にたまっていたガスが混じった臭い嗅ぐ。そして、無理矢理ペットボトルを口に付けさせられ、ナニムラの唾液と歯カスと死体液とが混ざった死のカクテルをナニムラに飲まされる。
ナニムラが味の感想を求めるので我は答える。
「えぐい」
確かにえぐい。死体から出た液体を飲んだのは初めてだけれど、大体想像通りと言ったところか。あと、少し生臭い。吐きそうだ。
あ、吐いてしまった。
そのときちょうど警察が現れて、ゲロしてる我を見つける。
「あ、お前、なにやってんだ」
本当に我はなにをやってるんだろう。
我は制服警官に事情を伝える。制服警官の名はサナトといった。着慣れない制服を無理に着ていて、そこだけ見れば新人警官だが、顔のふけ具合からみて、そうでは無いらしい。
「あ」
サナトはナニムラを見て驚く。
「モンガイの嬢ちゃんじゃないですか。雪童大量殺人のとき、ご教示してもらったサナトです。覚えてます?」
サナトとナニムラは知り合いらしい。けれどサナトはナニムラをモンガイと呼ぶ。
「何年ぶりですかね」ナニムラが懐かしそうに聞く。
「手助けしてもらったとき、自分はまだ刑事でしたから、三年前だったと」
「なにやって巡回警官に降ろされたんですか」
「別になんにも、なんにもしないから降ろされたんですよ。ああそうだ、よかったら警視庁のほうから僕が刑事に戻れるよう、圧力かけさせられませんかね。モンガイさんならパイプあるでしょ」
「いやいや無いですよ、そんなの」
ナニムラは股に手を当てて言う。そして二人は大笑いする。
我はその冗談をおもしろいと思わなかったし、おもしろかったとしてもナニムラが警視庁と関わりのある人間だと言うことへの驚きの所為で笑えなかった。とりあえず整理すれば、ナニムラは警視庁を裏の裏で操る一族、モンガイ一家の家系の子で、本名はモンガイ デズミ。彼女はモンガイ家のある重大な秘密を知ってしまった所為で、名前の通り門外不出、つまり軟禁されていたのだった。そのとき書庫にある本を全部読み、卓越した推理力と豊富な知識を身につけ、それを生かして、様々な難事件を解決する軟禁探偵として活躍していたらしい。サナトもある事件の際、彼女に協力してもらったのだと言う。そして彼女はその事件を最後に姿を消した。モンガイ家の権力争いに巻き込まれたのだそうだ。
「ごめんね、シーちゃん。私、偽名だったの。モンガイって言うの。迷惑かけたくなくって」
ふむ。
突っ込みどころは沢山ある、しかし、納得の行く説明でもある。常識はずれの行動も長い軟禁生活で精神に支障をきたしたと考えられるし、パラレルワールドの嘘も本人が言う通り、我に迷惑をかけない為に、詮索する気も起きないような大嘘をついたとも思えなくもない。我にこの事を躊躇無く告白してくれたのも(もっとも喋ったのはサナトで、ナニムラはそれを許しただけだが)我に対してある程度の信頼があるからとすれば不自然ではないだろう。なるほど。そして、我は少しナニムラの境遇に同情する。でも少しにとどめる。それ以上同情して、ナニムラを普通の人と捉えてしまうと、ナニムラを好きになってしまう可能性が出てくるからだ。我は我に言い聞かせる。言い聞かせる為に声に出す。
「でも、それがバカみたいなことやっていい理由にはならんよ」
サナトはあわてて取り消させようとする。ナニムラがそれを止める。
「まあ、いいでしょ。それよりサナトさん。刑事さん呼んできて」
サナトは現場もみないで無線で刑事を呼ぶ。ナニムラはサナトの従順な行動をみて、サナトを下僕にする事に決める。
「ねえサナトさん。私、この事件解決してみたいんだけど。逐一状況を教えてくれないかな。もちろん、只の遊びのつもりだから、バカなまねはしないし、捜査の邪魔もしないから」どの口が言っているのだろうか。
ナニムラは続けて条件を出す。刑事職への復帰。サナトは二つ返事で承諾する。
「じゃあ携帯番号教えて、すぐ連絡するから」
奴隷化決定。おめでとうサナトさん。
そして、三十分後にはサナトさんから情報が入る。ナニムラはシャワーを浴びているから代わりに我が出る。当たり前だがデパートは早めに閉館。我たちはホテルに戻ることになったのだ。事情聴取はサナトさんの計らいで明日になった。しかし、何でナニムラは我の部屋にいるんだろうか。
さて、サナトさんがいろいろ教えてくれる。
「今回の事件は連続殺人の最新のものだってのがまず一つ。テレビでやってる連続フクジュソウ毒殺事件ってやつ。今回の山下さんは四人目の被害者。凶器のフクジュソウはお茶にして飲まされていたから、顔見知りの犯行だね。それで、被害者達はみんな、十年ほど前にゴスペルやってたみたいで、そこの関係者が疑われてる。といっても、五十人くらいの大規模なもんでさ、全然容疑者を絞れてない状況。それで、これはオフレコで関係者のみにしか伝えられてない情報なんだけど、被害者は全員体を屈伸するようにして吊されてたんだ、山下さんのようにね。んでもって、だんだんとやることがグレードアップしてさ。二人目の被害者からはサングラスかけさせて、三番目はシャツとズボンが縫い合わされてたらしい、それで今回は、直接体を縫ってくっつけた上、液体注入っていうんだからたまらんね。え、しらなかったの?あはは、違うよ、全部注入されたものさ。透明な液が皮下注射されてて、直腸には黒い液が浣腸されてたよ。ピンクのゴムボールはその栓さね。どちらもまだ鑑識には回ってないから、正体まではわからない。悪いね、今の時期鑑識は忙しいんだよ。手が回らないのさ。まあ、それでも明日には判るだろうから電話するよ。それと資料の方、メールするから。それじゃ、モン、じゃなくてナニムラさんによろしく言っておいて」
電話を切るとすぐにメールが来る。ついでにシャワーを浴び終わったナニムラもきた。我はメールの添付データをノートパソコンに移す。移している間、時間があるようだからトイレに吐きに行く。うえぇ。
それを見ながら我はナニムラにも人間らしいところがあるのか、と感心する。ナニムラならきっと床に垂れた死体液をなめ始めると思ったのに。
我はナニムラの口直しの為にサイダーを休憩室の冷蔵庫から取り出す。床に飛び散った液が靴に染み込むのが判る。ふと足下を見るとサングラスとゴムボールが転がっている。サングラスは山下さんのものだろうか。ゴムボールは全部で三個ある。よく見るとそのうち一個は、半分だけ黒く染まっている。ナニムラも気づいていたようで「なんだと思う」とえづきながら聞いてくる。
とりあえず我とナニムラは部屋を出ることにする。ナニムラはサイダーを一気に半分くらい口に含んだ。そして、その口に入っている半分を飲んで、さらに口に残しておいた半分でうがいをし、それをペットボトルに戻した。ナニムラは我にペットボトルを差し出して聞く。
「飲む?」ついでにゲップをする。
我は、炭酸の甘ったるいのとナニムラの胃にたまっていたガスが混じった臭い嗅ぐ。そして、無理矢理ペットボトルを口に付けさせられ、ナニムラの唾液と歯カスと死体液とが混ざった死のカクテルをナニムラに飲まされる。
ナニムラが味の感想を求めるので我は答える。
「えぐい」
確かにえぐい。死体から出た液体を飲んだのは初めてだけれど、大体想像通りと言ったところか。あと、少し生臭い。吐きそうだ。
あ、吐いてしまった。
そのときちょうど警察が現れて、ゲロしてる我を見つける。
「あ、お前、なにやってんだ」
本当に我はなにをやってるんだろう。
我は制服警官に事情を伝える。制服警官の名はサナトといった。着慣れない制服を無理に着ていて、そこだけ見れば新人警官だが、顔のふけ具合からみて、そうでは無いらしい。
「あ」
サナトはナニムラを見て驚く。
「モンガイの嬢ちゃんじゃないですか。雪童大量殺人のとき、ご教示してもらったサナトです。覚えてます?」
サナトとナニムラは知り合いらしい。けれどサナトはナニムラをモンガイと呼ぶ。
「何年ぶりですかね」ナニムラが懐かしそうに聞く。
「手助けしてもらったとき、自分はまだ刑事でしたから、三年前だったと」
「なにやって巡回警官に降ろされたんですか」
「別になんにも、なんにもしないから降ろされたんですよ。ああそうだ、よかったら警視庁のほうから僕が刑事に戻れるよう、圧力かけさせられませんかね。モンガイさんならパイプあるでしょ」
「いやいや無いですよ、そんなの」
ナニムラは股に手を当てて言う。そして二人は大笑いする。
我はその冗談をおもしろいと思わなかったし、おもしろかったとしてもナニムラが警視庁と関わりのある人間だと言うことへの驚きの所為で笑えなかった。とりあえず整理すれば、ナニムラは警視庁を裏の裏で操る一族、モンガイ一家の家系の子で、本名はモンガイ デズミ。彼女はモンガイ家のある重大な秘密を知ってしまった所為で、名前の通り門外不出、つまり軟禁されていたのだった。そのとき書庫にある本を全部読み、卓越した推理力と豊富な知識を身につけ、それを生かして、様々な難事件を解決する軟禁探偵として活躍していたらしい。サナトもある事件の際、彼女に協力してもらったのだと言う。そして彼女はその事件を最後に姿を消した。モンガイ家の権力争いに巻き込まれたのだそうだ。
「ごめんね、シーちゃん。私、偽名だったの。モンガイって言うの。迷惑かけたくなくって」
ふむ。
突っ込みどころは沢山ある、しかし、納得の行く説明でもある。常識はずれの行動も長い軟禁生活で精神に支障をきたしたと考えられるし、パラレルワールドの嘘も本人が言う通り、我に迷惑をかけない為に、詮索する気も起きないような大嘘をついたとも思えなくもない。我にこの事を躊躇無く告白してくれたのも(もっとも喋ったのはサナトで、ナニムラはそれを許しただけだが)我に対してある程度の信頼があるからとすれば不自然ではないだろう。なるほど。そして、我は少しナニムラの境遇に同情する。でも少しにとどめる。それ以上同情して、ナニムラを普通の人と捉えてしまうと、ナニムラを好きになってしまう可能性が出てくるからだ。我は我に言い聞かせる。言い聞かせる為に声に出す。
「でも、それがバカみたいなことやっていい理由にはならんよ」
サナトはあわてて取り消させようとする。ナニムラがそれを止める。
「まあ、いいでしょ。それよりサナトさん。刑事さん呼んできて」
サナトは現場もみないで無線で刑事を呼ぶ。ナニムラはサナトの従順な行動をみて、サナトを下僕にする事に決める。
「ねえサナトさん。私、この事件解決してみたいんだけど。逐一状況を教えてくれないかな。もちろん、只の遊びのつもりだから、バカなまねはしないし、捜査の邪魔もしないから」どの口が言っているのだろうか。
ナニムラは続けて条件を出す。刑事職への復帰。サナトは二つ返事で承諾する。
「じゃあ携帯番号教えて、すぐ連絡するから」
奴隷化決定。おめでとうサナトさん。
そして、三十分後にはサナトさんから情報が入る。ナニムラはシャワーを浴びているから代わりに我が出る。当たり前だがデパートは早めに閉館。我たちはホテルに戻ることになったのだ。事情聴取はサナトさんの計らいで明日になった。しかし、何でナニムラは我の部屋にいるんだろうか。
さて、サナトさんがいろいろ教えてくれる。
「今回の事件は連続殺人の最新のものだってのがまず一つ。テレビでやってる連続フクジュソウ毒殺事件ってやつ。今回の山下さんは四人目の被害者。凶器のフクジュソウはお茶にして飲まされていたから、顔見知りの犯行だね。それで、被害者達はみんな、十年ほど前にゴスペルやってたみたいで、そこの関係者が疑われてる。といっても、五十人くらいの大規模なもんでさ、全然容疑者を絞れてない状況。それで、これはオフレコで関係者のみにしか伝えられてない情報なんだけど、被害者は全員体を屈伸するようにして吊されてたんだ、山下さんのようにね。んでもって、だんだんとやることがグレードアップしてさ。二人目の被害者からはサングラスかけさせて、三番目はシャツとズボンが縫い合わされてたらしい、それで今回は、直接体を縫ってくっつけた上、液体注入っていうんだからたまらんね。え、しらなかったの?あはは、違うよ、全部注入されたものさ。透明な液が皮下注射されてて、直腸には黒い液が浣腸されてたよ。ピンクのゴムボールはその栓さね。どちらもまだ鑑識には回ってないから、正体まではわからない。悪いね、今の時期鑑識は忙しいんだよ。手が回らないのさ。まあ、それでも明日には判るだろうから電話するよ。それと資料の方、メールするから。それじゃ、モン、じゃなくてナニムラさんによろしく言っておいて」
電話を切るとすぐにメールが来る。ついでにシャワーを浴び終わったナニムラもきた。我はメールの添付データをノートパソコンに移す。移している間、時間があるようだからトイレに吐きに行く。うえぇ。
フクジュソウについて
フクジュソウは、心臓によいと言い伝えられる植物であるが実際は心臓麻痺を引き起こす毒草。雑誌やテレビなどのメディアにおいて薬草として紹介されることもあり、フクジュソウによる事故は後を絶えない。
被害者1 ヤツ ザキコ(54歳 女)
二月七日午後四時頃
フクジュソウによる毒殺。
心臓疾患:あり、他にリウマチなど
遺体はザキコの部屋に吊された状態で発見。窓の鍵は閉まった状態であった。発見したのは息子であるハシオ(22歳)。発見時は午後五時。ハシオはまずザキコの配偶者であるギリオ(51歳)に連絡。一時間後に到着したギリオにより通報。死体は死亡後吊されたと思われる。フクジュソウに含まれる毒の成分がきゅうすに残っていたことから、茶の状態にして飲んだものと見られる。フクジュソウの茶葉は見つかっていない。
被害者2 シニ タイコ(52歳 女)
二月八日午後三時頃
フクジュソウによる毒殺。
心臓疾患:あり、糖尿病によるもの
遺体はサングラスをかけられた状態で、シニ家の居間に吊されていた。発見者は娘のクエン(24歳)。家族はタイコとクエンの二人のみ。配偶者ガミオは十年前から失踪。これは後述。遺体発見時は午後六時頃。トイレの窓が割られていたことから、そこから犯人に侵入されたものと見られる。しかし、トイレの窓からは塀をつたうことで侵入でき、足跡は採取できず。採取できたのは犯人が着ていたと思われる、衣服の繊維のみ。フクジュソウの接種方法また行方については同上。
被害者3 サツ ジンキ(51歳 女)
二月八日午後三時頃
フクジュソウによる毒殺。
心臓疾患:あり
ジンキは八日から姿をくらましており、サツ家に殺人課の刑事を配備したにも関わらず、その刑事の怠慢により、午後四時から死体発見時の午後七時までサツ家は無人であった。件の刑事は、制服警官に降格処分とされた。(これ俺のことね<(^-゚)テヘッbySANATO
遺体はサングラスをかけられ、衣服を縫い合わされた状態で発見。場所はサツ家の庭のエゴの木。発見者は配偶者のキショウ(53歳)。発見時は二月十日。フクジュソウの接種方法は不明。死亡時期から、シニ タイコと一緒に殺されたものと考えられる。
被害者4 山下 竜子
二月二十六日(目撃証言より午前九時以降と見られる)
フクジュソウによる毒殺。
心臓疾患:あり
竜子の勤務するシュウゴデパートのカスタマーカウンター従業員専用休憩室で発見。発見者はシミズ タレロウ(19歳)、ナニムラ ナニコ(24歳)。発見時は二月二十六日午前十一時頃。遺体はサングラスがかけられていたものと見られる。また、腹部と脚部の皮膚が縫い合わされていた。腸には黒い液体が入れられており、また透明な液体が皮下注射してあった。縫い口は荒いものの、注射痕はきれいで、注射になれたものの犯行と思われる。フクジュソウは、テーブルの上にある茶碗から検出。また急須からは、その茶葉が見つかった。なお竜子は独身である。
四人の関係について
四人はゴスペルの会で知り合う。皆、心臓疾患持ちということで、家族ぐるみの付き合いをするようになった。このとき四人は自分が心臓疾患持ちであることを、家族に明らかにしていなかったことが、聴取のうちにわかった。家族のうちヤツ ハシオと、シニ クエンが婚約。またヤツ ハシオは山下のつてでデパートに勤務、同じ業務につくことになった。山下本人もデパートのオーナーであるシニ ガミオのコネで入社したものと思われる。特にサツ キショウとシニ ガミオは親密な仲であったようで、日曜になると必ず二人でゴルフに出かけていた。
シニ ガミオの失踪について
シュウゴデパートのオーナーであったシニ ガミオは三年前の二月二十八日、従業員専用の休憩室に入った後失踪。休憩室に入ったのを、ヤツ ハシオ、ヤツ ザキコ、シニ クエンが目撃している。
我がトイレから出ると、ちょうどナニムラが携帯電話を切ったところだった。誰からの電話か気になったけれど、それより、我はあの黒い液が山下さんの肛門から流れ出たものというのをナニムラに知らせたくてたまらなかった。あの液を飲んだときのような、ナニムラの普通の人間の部分が見たかった。しかし、ナニムラは平気そうだ。
「スカトロやってる人はいつもあの苦さを味わっているのかな」本当に残念だ。「それよりさ」ナニムラは続ける。「この、ヤツって子、あんたのバイト仲間と違うの?」
「いや、我はそいつの代わりに入っただけだから」
「代わり?」「そう。胃が痛いから休むっていって。ってかこいつ、山下さんと知り合いだったんか」「でも、あそこにいるべき従業員は三人なんでしょ。じゃあ、なんであのとき二人しかおらんかったの?」「そいつはさぼったらしい。さぼり魔なんだと、いやよく知らんのだけど」
ふうん、といってナニムラは電話をかける。相手はサナトの様だ。
「ヤツ ハシオ呼んでもらえる?え、あ、やっぱり?行方不明か。うん、それじゃハシオの部屋に医学書とかなかったか調べてもらえる?うん、あ、そう。それも調べたんだ。さすがだね。そんな本なかったか。あ、そう。まあ、いいや。じゃ、クエンさん呼んでもらえる?あと、カスタマーカウンターのシフト表も持ってきて。私の部屋じゃなくてシミズ君の方に、304号室だからよろしく。んで、あと被害者遺族に、表向きの死因はどうしておくように指示したかわかる?心臓病で死んだ。はは、うん、ありがと、どーも」
電話をきったナニムラに我が聞く。
「おめぇ本当に引き受けるの?」
「引き受けるって、何を」「復帰、サナトさんの。約束しただろ」「引き受けないよ、全部嘘だもん」
はぁ?我は言葉が出ない。
「あれ全部嘘なの、いや、本当だけど嘘?まあ、サナトさんが勝手に私をモンガイって子と勘違いしてるから利用してるだけなの。他にも私のことモンガイって呼んでくる人がいるし、もしかしたら、この世界の私なのかもね」「どういうことだよ」「私ってパラレルワールドの人でしょ、だからこの世界の私がモンガイって子だったのかなって」我はナニムラの表現が気になる。「だった、ってなに、どういうこと」
「言ってなかったっけ?ある世界に同じ人は一人しかいられないの。だから、そうだな、世界Aに存在する山田君がなんらかの方法で世界Bにいくとするじゃない。そうすると世界Bに存在していた山田君は消えるのよ」
「消える?」
「そう、もっともらしい理由で、例えば家族内での権力闘争のごたごたに巻き込まれて消えた、とかね」
我はナニムラに同情した事を後悔した。異世界話の真偽はおいといて、彼女はサナトさんをだましたのだ。あの哀れな制服警官を。
「おめぇ、人を騙すなや、あいつかなり必死だぞ」「そうね笑えるよね」「笑えるって」我は拳をあげそうになるのを抑える。あと二言三言ナニムラがふざけたことを言えば我はぶちきれるだろう。しかし殴ってもこいつは改心しない。そうだ、我は我を満足させるためだけにナニムラを殴りそうになった。それはよくないことだ。我のためにも、ナニムラのためにもならない。
と、ドアをノックする音が聞こえる。「きたきた」ナニムラがうれしそうに扉へむかう。そして、サプライーズとドアを開ける。
外にいるのは、ヨマシ マヨだった。
「実は、ナニムラさんにシミズくんの場所を教えてもらって」「びっくりした?いやヨマシさんシミっちゃんのこと気に入ってるらしくてさ。それならと思って」
唖然としている我に、ナニムラが近づいて囁く。
「いや、またフクジュソウで死ぬ人が出てくれれば、もっと簡単に犯人が分かるかなっておもって。だから好きになってあげて」
我はの怒りは臨界点もK点もなにもかも越えた。
ヨマシさんや、ミナ、カネガが今日デパートに集まったのは偶然じゃなかった。神が望んでるんじゃない。ナニムラが密室殺人を欲して、彼女等を我に殺させるつもりなのだ。ナニムラが彼女らの死を望んでいるんだ。
あはは。
我はナニムラに声をかける。ヨマシさんに顔を向けていたナニムラが振り返る。我はそれを殴った。
フクジュソウは、心臓によいと言い伝えられる植物であるが実際は心臓麻痺を引き起こす毒草。雑誌やテレビなどのメディアにおいて薬草として紹介されることもあり、フクジュソウによる事故は後を絶えない。
被害者1 ヤツ ザキコ(54歳 女)
二月七日午後四時頃
フクジュソウによる毒殺。
心臓疾患:あり、他にリウマチなど
遺体はザキコの部屋に吊された状態で発見。窓の鍵は閉まった状態であった。発見したのは息子であるハシオ(22歳)。発見時は午後五時。ハシオはまずザキコの配偶者であるギリオ(51歳)に連絡。一時間後に到着したギリオにより通報。死体は死亡後吊されたと思われる。フクジュソウに含まれる毒の成分がきゅうすに残っていたことから、茶の状態にして飲んだものと見られる。フクジュソウの茶葉は見つかっていない。
被害者2 シニ タイコ(52歳 女)
二月八日午後三時頃
フクジュソウによる毒殺。
心臓疾患:あり、糖尿病によるもの
遺体はサングラスをかけられた状態で、シニ家の居間に吊されていた。発見者は娘のクエン(24歳)。家族はタイコとクエンの二人のみ。配偶者ガミオは十年前から失踪。これは後述。遺体発見時は午後六時頃。トイレの窓が割られていたことから、そこから犯人に侵入されたものと見られる。しかし、トイレの窓からは塀をつたうことで侵入でき、足跡は採取できず。採取できたのは犯人が着ていたと思われる、衣服の繊維のみ。フクジュソウの接種方法また行方については同上。
被害者3 サツ ジンキ(51歳 女)
二月八日午後三時頃
フクジュソウによる毒殺。
心臓疾患:あり
ジンキは八日から姿をくらましており、サツ家に殺人課の刑事を配備したにも関わらず、その刑事の怠慢により、午後四時から死体発見時の午後七時までサツ家は無人であった。件の刑事は、制服警官に降格処分とされた。(これ俺のことね<(^-゚)テヘッbySANATO
遺体はサングラスをかけられ、衣服を縫い合わされた状態で発見。場所はサツ家の庭のエゴの木。発見者は配偶者のキショウ(53歳)。発見時は二月十日。フクジュソウの接種方法は不明。死亡時期から、シニ タイコと一緒に殺されたものと考えられる。
被害者4 山下 竜子
二月二十六日(目撃証言より午前九時以降と見られる)
フクジュソウによる毒殺。
心臓疾患:あり
竜子の勤務するシュウゴデパートのカスタマーカウンター従業員専用休憩室で発見。発見者はシミズ タレロウ(19歳)、ナニムラ ナニコ(24歳)。発見時は二月二十六日午前十一時頃。遺体はサングラスがかけられていたものと見られる。また、腹部と脚部の皮膚が縫い合わされていた。腸には黒い液体が入れられており、また透明な液体が皮下注射してあった。縫い口は荒いものの、注射痕はきれいで、注射になれたものの犯行と思われる。フクジュソウは、テーブルの上にある茶碗から検出。また急須からは、その茶葉が見つかった。なお竜子は独身である。
四人の関係について
四人はゴスペルの会で知り合う。皆、心臓疾患持ちということで、家族ぐるみの付き合いをするようになった。このとき四人は自分が心臓疾患持ちであることを、家族に明らかにしていなかったことが、聴取のうちにわかった。家族のうちヤツ ハシオと、シニ クエンが婚約。またヤツ ハシオは山下のつてでデパートに勤務、同じ業務につくことになった。山下本人もデパートのオーナーであるシニ ガミオのコネで入社したものと思われる。特にサツ キショウとシニ ガミオは親密な仲であったようで、日曜になると必ず二人でゴルフに出かけていた。
シニ ガミオの失踪について
シュウゴデパートのオーナーであったシニ ガミオは三年前の二月二十八日、従業員専用の休憩室に入った後失踪。休憩室に入ったのを、ヤツ ハシオ、ヤツ ザキコ、シニ クエンが目撃している。
我がトイレから出ると、ちょうどナニムラが携帯電話を切ったところだった。誰からの電話か気になったけれど、それより、我はあの黒い液が山下さんの肛門から流れ出たものというのをナニムラに知らせたくてたまらなかった。あの液を飲んだときのような、ナニムラの普通の人間の部分が見たかった。しかし、ナニムラは平気そうだ。
「スカトロやってる人はいつもあの苦さを味わっているのかな」本当に残念だ。「それよりさ」ナニムラは続ける。「この、ヤツって子、あんたのバイト仲間と違うの?」
「いや、我はそいつの代わりに入っただけだから」
「代わり?」「そう。胃が痛いから休むっていって。ってかこいつ、山下さんと知り合いだったんか」「でも、あそこにいるべき従業員は三人なんでしょ。じゃあ、なんであのとき二人しかおらんかったの?」「そいつはさぼったらしい。さぼり魔なんだと、いやよく知らんのだけど」
ふうん、といってナニムラは電話をかける。相手はサナトの様だ。
「ヤツ ハシオ呼んでもらえる?え、あ、やっぱり?行方不明か。うん、それじゃハシオの部屋に医学書とかなかったか調べてもらえる?うん、あ、そう。それも調べたんだ。さすがだね。そんな本なかったか。あ、そう。まあ、いいや。じゃ、クエンさん呼んでもらえる?あと、カスタマーカウンターのシフト表も持ってきて。私の部屋じゃなくてシミズ君の方に、304号室だからよろしく。んで、あと被害者遺族に、表向きの死因はどうしておくように指示したかわかる?心臓病で死んだ。はは、うん、ありがと、どーも」
電話をきったナニムラに我が聞く。
「おめぇ本当に引き受けるの?」
「引き受けるって、何を」「復帰、サナトさんの。約束しただろ」「引き受けないよ、全部嘘だもん」
はぁ?我は言葉が出ない。
「あれ全部嘘なの、いや、本当だけど嘘?まあ、サナトさんが勝手に私をモンガイって子と勘違いしてるから利用してるだけなの。他にも私のことモンガイって呼んでくる人がいるし、もしかしたら、この世界の私なのかもね」「どういうことだよ」「私ってパラレルワールドの人でしょ、だからこの世界の私がモンガイって子だったのかなって」我はナニムラの表現が気になる。「だった、ってなに、どういうこと」
「言ってなかったっけ?ある世界に同じ人は一人しかいられないの。だから、そうだな、世界Aに存在する山田君がなんらかの方法で世界Bにいくとするじゃない。そうすると世界Bに存在していた山田君は消えるのよ」
「消える?」
「そう、もっともらしい理由で、例えば家族内での権力闘争のごたごたに巻き込まれて消えた、とかね」
我はナニムラに同情した事を後悔した。異世界話の真偽はおいといて、彼女はサナトさんをだましたのだ。あの哀れな制服警官を。
「おめぇ、人を騙すなや、あいつかなり必死だぞ」「そうね笑えるよね」「笑えるって」我は拳をあげそうになるのを抑える。あと二言三言ナニムラがふざけたことを言えば我はぶちきれるだろう。しかし殴ってもこいつは改心しない。そうだ、我は我を満足させるためだけにナニムラを殴りそうになった。それはよくないことだ。我のためにも、ナニムラのためにもならない。
と、ドアをノックする音が聞こえる。「きたきた」ナニムラがうれしそうに扉へむかう。そして、サプライーズとドアを開ける。
外にいるのは、ヨマシ マヨだった。
「実は、ナニムラさんにシミズくんの場所を教えてもらって」「びっくりした?いやヨマシさんシミっちゃんのこと気に入ってるらしくてさ。それならと思って」
唖然としている我に、ナニムラが近づいて囁く。
「いや、またフクジュソウで死ぬ人が出てくれれば、もっと簡単に犯人が分かるかなっておもって。だから好きになってあげて」
我はの怒りは臨界点もK点もなにもかも越えた。
ヨマシさんや、ミナ、カネガが今日デパートに集まったのは偶然じゃなかった。神が望んでるんじゃない。ナニムラが密室殺人を欲して、彼女等を我に殺させるつもりなのだ。ナニムラが彼女らの死を望んでいるんだ。
あはは。
我はナニムラに声をかける。ヨマシさんに顔を向けていたナニムラが振り返る。我はそれを殴った。