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4☆「蒼い創傷」(2018/10/08)

 「それは誰にされたの?」
 直視してしまった物から目を逸らすことができなかった。
 俯き加減に視線をそらす莉茉は、「おとな」だと言う。
 「大人……」
 ぼんやりした言い方に対して、乃々香はそれ以上の追求はしなかった。

 「私もね、言いたくないことはあるから」
話を取りやめにしようとした乃々香に、莉茉は頭を振って、「ごめんなさい」と言う。
 「謝ることなんてないよ」
 「ちがうの」
 「違う?」
 スカジャンの袖をまくって、生々しく傷跡の残る腕を乃々香に差し出す。
 『本当は、この疵をノノカに見せたかったんだ』
 『じぶんから見せたことはないよ』
 『ノノカなら嫌がらないだろうって思ったから』
 重ねて繰り出される穏当ではない言葉の連なりに、愛情の方向が違ったものであるとか、依存の仕方が超越しているものであったり、癲狂的なものを想像して乃々香は苦い笑顔をした。
 「うん……、見せてくれてありがとう。辛かったね」
 すると今度は顔を上気させて唇を食み、今にも泣き出しそうになっているのを見て、驚いた。
 「どうしてノノカはそんなにやさしいの?」
 「そう言われてもどう答えたらいいのか……ただ、そのせいで周りからやっかみを受けたことがあるから、こういうのはあまり良くないのかな」
 「そんなことないよ……。ノノカに会えてよかった。それだけで十分だよ。これ以上巻き込みたくない」
 いくつもの切創を抱え、泣きじゃくる女の子に対して、分かったと言えるほど物分りの良い自分ではないと思った。
 「りまちゃんを守りたいって思うのは私の勝手だから」乃々香は莉茉の両手を掴んでそう言う。
 「うん……。その、ね。ソウタに言われたんだけど、この先起こることに「肯定」しちゃだめなんだって……」


 鶴の恩返し?浦島太郎? 
 ソドムとゴドラに代表される物語としてのタブーに乃々香は首を捻りながらも、「分かった」と頷いた。
 「りまちゃんと、奏汰さんと、兄から来る手紙が何か関係しているんだろうなってのは、薄々気づいてた。何か大きな問題に取り込まれようとしてるって。だからこそ、りまちゃんを助けるためなら悪にでもなるよ」
 「ノノカ……」
 莉茉は、取り合った乃々香の手の指を、自分の塞がった傷口に軽くあてがった。
 「よくみると青いでしょ」
 光の当て方によってはラメ塗料のように鈍く光っていた。
 「うん」
 「わたし、イカ人間なの」
  その言葉に乃々香は、母が知人からお裾分けして貰い食卓に供されたイカのことを想像していた。
 調理される前、発泡スチロールに入ったその二杯のイカは、ゼリーのような青い血を臓物に浮かび上げて死んでいたのを不思議な眼差しで見ていた。
 「それは嘘でしょ」
 莉茉は決まりの悪い顔をする。
 「イカはどうして血が青いか知ってる?」
 「どうなんだろう」
 「銅なんだよ」


 ???


 茉莉の言葉遊びに肩の力が抜けて、莉茉はもう温泉に入ってしまおうかという気分になった。
 手狭な浴場にある二つ分の蛇口は、二人を座らせるには丁度良すぎた。堂々と湯浴みする乃々香に、莉茉の視線が泳いでいた。
「恥ずかしいの?」と問う乃々香に、莉茉は「ううんとね」と首を振る。明らかな足への視線に「ああこれは」、と乃々香は足を擦る。
 潰され、骨が折れ、皮膚が裂けて、そこから肉が盛り上がり瘢痕となっていた。
 「不細工でしょ」
 少しの間があって、莉茉は「ううん」と強く首を振る。
 「別にいいの。私は気にしてないから」
 立ち上がり湯船の方へと一歩踏み出してから、少し固まった。気にしてないと言った手前で、濡れた床が障った。
 莉茉が乃々香の手を握る。
「今日は歩き疲れちゃったのかな、まだまだだね……私」
 莉茉はまた首を振った。
「ノノカはがんばってる。がんばりすぎてるよ。だからね、休んでいいんだよ」
「そうもいかないかな。選べる未来があるのなら私は望む方へ行きたい」
 莉茉は肩を並べた湯船の中で押し黙ってしまった。
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