Neetel Inside ニートノベル
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一石高校文芸部
第一話 出会い

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 どうしてこうなってしまったんだろう。そう思う事が人生には一度くらい、いや数回、数十回あるはずだ。一度もないなどという人間はすぐにこの文章を読むのをやめて頂きたい。自分が惨めになる。これから書き連ねる事はまさしくそういう事の連続なのだから。

 俺の後悔の内容を記すにはまず、生い立ちから書かなければならない。自分で言うのもなんだがこれまで上々の人生を送ってきたと言っていいだろう。成績は上の下。運動神経も普通。背は少し高いぐらいで、美男子ではないが不細工と言われるほどではない。大きな病気にかかった事もなく、家庭環境も悪くはない。細々とした不満をあげたらきりはない。例えば親が厳しいため、夜更かしできない事などだ。が、それはいわば通常の不満の範囲であって、家が燃えたとかそういう納得のできない不幸にはあった事がなかった。なかったというのは過去形である。そう、なかったのである。

 四月のある天気のいい日の朝。俺は非常に珍しくすがすがしい気持ちで登校していた。なぜならば今日は努力をして合格した一石高校の始業式だからだ。良くて泰然自若、悪くて無気力、怠け者、さえない等々と評される俺ですらこんな日には気分がいいというものだ。こころなしか自転車のペダルも軽く踏める。
 正面玄関に張り出されている、クラス分けを見ると同じ一年三組に知り合いの日野勇、佐々木がいた。勇のほうは皆から「親友」と言われるのだが、そんなつもりはない。まあ、小学校から一緒だしこいつよりも親しい友達は俺にはいないのだが……。いわゆる腐れ縁と言われる奴だ。佐々木の方は、下の名前を思い出せないことから分かるようにそこまでは親しくはない。
 教室に踏み入ると、席は大分埋まっていて何人かの視線がこっちに向かってきた。まあ、当然の事だろう。その視線の中には勇の視線もあった。これはまずいぞ。と俺が思うやいなや、あいつは必要もない大声を張り上げて俺を呼んだ。
「新一! 俺はここだ。ここ」
 その声の大きさに驚いた生徒もいた。勇とそれまで会話していた佐々木も驚いてた。俺はため息をついた。こいつの無意味なハイテンションはどこから出てくるのだろうか。そして俺はそのことで何回の損をしただろうか。だが、逆に得をしたこともあるのだ。
 本当はやりたい事があるのに世間の目が気になる事がある。そんな時俺は、かの聖徳太子も唱えたという和の精神でもって多数に従い、その行動をしない。そんな時に勇は全く気にせずに、その行動を取る事が出来るのだ。すると、俺もその流れに乗る事が出来る。それゆえにこいつを恨めない。
 佐々木をふと見ると何故かほっとしている。なるほど、これまで散々勇に聞かされたくもない話を聞かされていたんだな。わざわざ自分の席に来られてまで。こいつはガリ勉気味で内向的なやつだったからさぞつらかっただろう。心中察するに余りある。御愁傷様です。
 そしてこいつはガリ勉らしくない機転をきかしてこう言った。
「お前自分の席に行ってみろよ」
 勇が俺の代わりに答える。
「おお、そうだな行こうぜ」
 勇と一緒に前の黒板に貼ってある座席表を見に行く。まあ、どうせ大体の位置は分かっているのだが……。見てみるとやはり最後の方だった。初めの座席は出席番号で決まる。ゆ、より後で始まる名字と行ったら有名なところでは渡辺ぐらいしかない。そして隣は勇だった。これも特に驚くべき事ではない。
 席に着こうとする俺の視界に一人の少女が入った。一瞬、いやもっと長い時間思考が停止したように感じられた。その理由は雪のように白い肌で、頬を赤らめた均整のとれた彼女の顔を見たことにある。すると視線に気づかれてしまい、彼女は俺のほうをじっと見た。俺は視線を外してそそくさと無言で自分の席に着く。心の中には焦りが芽生えていた。
 その衝動を抑えながら、彼女の方向をちらりと見た。たいして、不自然な視線ではないだろう。彼女のほうは、というと言うと全く俺の方を見ていない。ただ、その長く絹のようにさらさらな髪を優雅になびかせいる。彼女の大人しそうで、上品そうな美貌を分かりやすく表現するなら、陳腐な表現だが大和撫子という言葉が最も適切だろう。そして、微笑しているようにも思われた。
 おっと、情動を表現したいあまりに、あまりにも長々と書き続けてしまった。近いうちに彼女の容貌を書き連ねた原稿用紙数百枚にも及ぶ一大芸術作品を完成させるかもしれないので、興味を持った紳士諸君にはぜひ一読してもらいたい。
 俺は自分の席に座りながら、彼女の香りを思い出していた。この部分だけを見ると俺がまるで変態のように思われてしまうだろうが、邪欲に囚われない読者諸兄にはこのことがただの本能に囚われた行為ではない事が分かるだろう。読者諸姉には理解する事が困難かもしれないが、そもそも理解してもらおうとは思っていないので気にはしない。彼女の香りはとても上品な香りである、自己主張が強くなく、かといって香りが薄いというわけではない。矛盾した表現ではあるが実際にそうなのだから致し方ない。彼女の香りを嗅いでいるとのほほんとした気持ちになってくる。あまり長々と書いていると、芸術に無理解な方々に変態と勘違いされるのでここらへんで切り上げておく。

       

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