Neetel Inside ニートノベル
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僕はポンコツ
last-last『彼の改革物語』

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『教室の窓から桜ノ雨』
 
 あの曲が頭の中に流れていた。
 
 ドラマでもマンガでも、この時期は必ず桜が咲いている。でも、実際はぜんぜん咲く時期じゃあない。
 やはり雰囲気作りなんだろうな。彼はそんなことを思いながら、卒業証書を受け取った。
 
 
 
 卒業式は何事もなく終わり、教室でいつもの友人たちと他愛もない話しをしていた。明日も変わらず会える、そんな雰囲気さえあったが、彼はそうは思っていなかった。進路が同じ友人は誰一人といない。地方に出たり、就職したり、まさに十人十色の進み方をする。不思議と、悲しかったりだとか寂しかったりだとか、そんな感情はなかった。
 男同士の友情はそんなものかもしれない。
 
 ふと立川を見た。彼女は笑っていた。他の女子はちらほら泣き顔が見られたが、彼女は笑っていた。
 ああ、彼女らしいな、と彼は思った。
 
 
 
 いざ解散となるとあっけないもので、教室はがらんと静かになってしまった。
 まるで、昔の放課後のような静けさだった。あのころは耳元で音楽が鳴り続けていたが、むなしい静かさだったと今になって思う。
 気持ちがセンチメンタルになっているのか、記憶がずいぶんとさかのぼっていた。
 昔はロボットのように親の言うことを聞き、生かされていたような気分だった。
 親から謝られたことによって、自分は不良品なんだと思い込んでしまった。
 それからずっと、無気力にがむしゃらに無感情に日々を生きていた。
 それがあの日、あの日から大きく変わった。
 
 彼が彼女に出会った、あの日から。
 
「あ、おまたせー」
 
 にこにこと笑いながら、彼女は元気に教室へ入ってきた。
 
 彼は彼女に変えられた。
 彼女が、彼を変えた。
 
 
 
 彼女との帰り道。ずっと帰っていたこの道はもう2人で歩くことはないだろう。
 
 本屋も。
 公園も。
 商店街も。
 もちろん、休日のカラオケも。
 
 もう行くこともないだろう。
 
 立川は志望大学に落ちた。滑り止め(は建前で、練習台にした学校)には合格していたが、どうしても志望大学を諦めることができず、今年1年がんばることにしたらしい。
 金銭的な問題と勉強面の問題で浪人生が一人暮らしするわけにもいかず、彼女は実家に帰ることになっていた。
 
「今ってどんな気分?」
「桜ノ雨」
「ほ、ほほう……予想外の答え」
 
 彼は近くの大学に通うことになっていた。それは何となくの惰性で進学、というわけでなく、しかし目的があって進学、ということでもない。自分のやりたいことを探すための進学だった。
 彼はちゃんとそのことを両親に話し、説得した。そこで了承を得て、しっかりと合格した。
 
 ちなみに、彼の妹はしっかりと志望高校に合格していた(しかも近辺でトップの進学校。やはりバカではなかったらしい)。
 
「こらこら、そんな悲しそうな顔、しないでよ」
「……ああ、うん」
「もう二度と会えないとかそういうのじゃないんだし、さ。
 1回ぐらいこっちに来てよ! 観光案内ぐらいするからさ!」
「そうだね。それ、いいかもね」
 
 彼女の出身が京都だとを知ったのは、つい最近のことだった(やはり言葉のイメージで大阪だと思っていた)。
 彼女が言うに、京都のローソンはすべてが白黒なわけではないらしい。
 
「あーあ、でも、寂しいのは寂しいな。友達もたくさんできたし、それに1年も住んだところなのに」
「来年合格して、また来たらいいよ」
「簡単に言ってくれるなぁ……わかんないよぉ? 志望大学変えるかもしれないし」
「え?」
 
 最後の帰り道を悲しむわけでもなく、惜しむわけでもなく、2人はいつもの様子だった。
 
「地元に帰るまでにさ、1回ぐらい遊ばない? 卒業記念というわけじゃないけど」
「ほー、アサダくん、なかなか積極的になったねぇ」
「……むっ」
「引越しの準備次第かな。ありがとう」
 
 1歩、1歩。そのときが近づく。
 
 来た。
 
 そのときが、来た。
 いつも2人が別れていた、分かれ道。そこに、着いた。
 
「ん、じゃあここで。バイバイ」
 
 軽く手を振り、彼女はさっさと歩く。
 彼女は今日も彼女らしかった。ずっとそうなんだろうなと、彼女の背中を見て彼は思った。
 
 
 
 帰り道、彼は考えていた。4月からの大学生活に向けて必要なことはなんだろうか。
 とりあえず服だろうか。妹に付き合ってもらって選んでもらおう。文句を言いつつも、付き合ってくれるだろう。
 酒を呑む練習もしたほうがいいかもしれない。父親に相談してみよう。でも父親もそこまで強くない、きっと自分も強くないだろう。
 そう言えば母親がなにかを企んでいるようだった。祭りごとが好きな母のことだ、さぞかし盛大なことをするに違いない。ちょっと楽しみだった。
 
 桜が咲くころ、どんな日常を過ごしているんだろう。
 不安もあったが、楽しみのほうが大きかった。
 
 
 
 春になれば、彼は彼女のいない日常を送ることになる。
 
 けれど、何も心配はないだろう。
 
 
 
 彼はもう、自分のことをポンコツだと思っていないのだから。
 

       

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