Neetel Inside ニートノベル
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 牛頭天王が姿を消してから三ヶ月ほど経った頃にはもう四十九日の噂も絶えて、誰もあのふらりと現れた巨漢のことを思い出す者はほとんどいなくなっていた。後釜に座った志馬のインパクトが強かったということもある。何せあの世横丁の入り口に突貫で巨大な門を打ち立てて、やってくる死人と逐一勝負しその魂を喰らってしまう業突く張りの閻魔大王なんてものはどれほど代を遡っても彼だけだったろう。
 もちろん最初は反発もあった。だがせっかく集った有志たちによる一揆まがいのかちこみも、門前で十二の神獣を従えた件の黒巫女、紙島詩織によっていとも容易く鎮圧され、無血降参の苦渋をなめた一座が腹立ちまぎれにたむろしてその日のどくろ亭の売上は四倍にも達したというが、それはその後のあの世不況を鑑みれば屁のつっぱりにもならなかった。
 言ってしまえば重税である。
 死人があの世へやってきた際にとっとと志馬が勝負を持ちかけてしまい、魂を総取りしてしまう。水先案内人はおまんまの食い上げである。かといって志馬に逆らえば奴か詩織に面と向かって唾を吐かねばならず、そこまでする理由も勇気も誰にもなかった。
 奇妙なことに、どこからともなく横丁の中に真新しい魂貨は流通し続けていた。誰がどうやって持ち込んでいるのかは謎だったが、誰も好き好んで口頭に上らせなかったことにはおそらく意味があったのだろう。
 妖怪たちはとても窮屈になった箱庭の中で、それでも見上げる空の赤に変わりがないことにささやかな慰めを見出しながら、何かを待つように自分たちのねぐらに逼塞していた。
 ヤンもまた、そのひとりだ。
 めっきり活気の失せた横丁の通りをぶらぶらしているだけで気が滅入った。砂利を見下ろしながらも見ているのは胸の内の鬱屈だけだ。そうかといってじゃあ本当はどうしたいのかという問いに対していっぱしの啖呵を己にすら切れるはずもなく、ヤンの丸まった背中の行き着く先はどくろ亭しかなかった。
 のれんを手の甲で上げる様だけは格好になっている。
「――親父」
 骨だけのくせにやたらと恰幅がいいガシャドクロの親父はひとりで鍋をかき混ぜていた。何も言わずにぐい飲みで牛乳を注いでくれる。カウンターに座ってそれを一気に煽ると腐ったような味が口の中に広がった。
 文句を言おうとすると、親父が言った。
「またか」
 またなのは俺のツラを見ればわかるだろうがハゲがと言い返す気力も湧かない。腹だって減っていたしこの牛乳は毎回ツケだ。いい加減三ヶ月も食い扶持を奪われていれば蓄えだって底を見せてくる。そろそろ本気で身の振り方というやつを考えなければいけない時期が迫っていた。
「鬼だよ、あいつ。――マジで鬼」

       

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