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魔道普岳プリシラ
第九章『交信記録(ブラックボックス)』

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 入学式を終えて――
(まぁ、こんなモノか……)
山城アーチェはそう思った。これ以上は、波風を立てても得策と言えるか微妙だからだ。
何より、大淀葉月に魔王ゲルキアデイオスを滅ぼさないでくれとせがまれている。
「どうしたモノやら……」
「おや、どうかされましたかな? 山城アーチェ少佐」
隣に立っていた、1‐Aの担任の白鷹=カルパドスが尋ねてきた。
「いえ、何でも――」
 山城アーチェは無愛想に答えた。電撃白鷹の字を持つ彼は、山城アーチェより階級が上
で中佐だった。空戦機甲計画担当者は山城アーチェだが、1‐Aには貴族の血筋の者が多
い為、お目付役に抜擢されたらしい。不知火にとっては目の上の痰瘤でしかなかった。足
手まといの1‐Aに加え、白鷹の指揮下に2‐Aは置かれる事になる。独自の判断での活
動が著しく制限される恐れがあった。
「まぁ、ウチのクラスは2‐Aに比べると遅れを取る事もあるかと思いますが、長い目で
見てあげるのが、教師としての配慮かと存じます」
(それが命取りになる場合もあるのだッ――)
山城アーチェは黙って聞いていた。

     

 始業式を終え、新しい教室へ戻ると、山城アーチェは教壇に立つや、否や、黒板にチョ
ークで書き殴った。そこには、力強く必勝と書かれていた。中々の、達筆だ。
『バンッ――』
と黒板を平手で叩く。
「これだ、今年はこれ。この二文字でいく。生徒諸君は気合を入れて頑張れ」
生徒よりも教師の方が1‐Aに触発されている。
「ご心配なく、私達が新参者に負ける筈がなくってよ」
(なぜ、転入は不可なんだろうか? 僕や大淀葉月のケースは認められたのに、不思議な
話だ)
「教官、質問です」
若葉は手を挙げた。
「何故(なにゆえ)、一年だけ募集されたのですか?」
ああ、それはな――と、山城アーチェが説明する。
「まだ、その事について言ってなかったな。理由は一年遅れで空戦機甲に試乗する為、2
‐Aは前線に出るが、同じ空戦機甲科でも1‐Aは後方支援に任務が分かれる為だ。まぁ、
何だ。中央貴族のボンボンや、お嬢様方が多いからな」
(何か、変な話だ……メンツの問題なのだろうが? それで相手が納得しているのなら、
それで良いけど)
「長射程の空戦機甲が多いのと、後、短期間に措ける訓練でのサンプルの収集とか。色々
とあってだな……」
1‐Aと2‐Aの解説を山城アーチェが始める。
「授業は始まっているが、丁度、良いから今日はそこを教える事にする。我々、2‐Aの
空戦機甲は汎用型なので接近戦も想定されているが、1‐Aの空戦機甲はそうではない。
空戦機甲P兵器や修理装置を踏査した後方支援型空戦機甲なのだ。その為、空戦機甲試乗
期間を三年間設け、その分、専門の魔法を覚えてもらう事になっている」
どちらが優秀であるかが気になると、恐らく、この場の全員が思っていた。
「まぁ、甲乙付け難いな」
山城アーチェの口からはそう語られた。
「1‐A以外が空戦機甲クラスではないのは、量産の目処がまだ立たないからだ」
そもそも、そんなに急いで軍備増強を図ろうにも、議会に承認されんのだがな――と、愚
痴を言っているのを聞くと、偶に、人間不信になる2‐Aの生徒達であった。
 新学期が始まって数週間、一年のクラスでは新しい学友との生活に馴染み始めた頃、1
‐A、2‐Aによる合同演習が行われた。
(ええい、味方の弾幕を避けつつ発進するのが、豪く難しい!)
「攻撃班、押し上げが遅いぞ!」
山城アーチェから檄が飛ぶ。
「そんな事を言われても……なぁ?」
肩で息をしながら、訓練用のロボット相手に戦う2‐Aの生徒達。
「今日はこの辺にしましょう」
白鷹が提案する。
「そうだな……正直、扱き足りんとも思うが、この様ではな」
実戦になればもう少しコイツ等も動けるんだがな――と、山城アーチェは補足した。
「それは頼もしい限りです」
白鷹は信用していない様だったが、山城アーチェは無視した。
(一度、手合わせすべきだな。コイツとは……)
山城アーチェは闘志を燃やしていた。
 演習後――各員が、シャワー室で汗を流してから帰宅した。今日の授業は之で終わりな
のだ。
(シャワーで汗は落としたけど、やはり疲れは、風呂でなければなぁ……)
湯船にお湯を溜め始める。その間に適当にインスタント食品をレンジで温めて、食べた。
「やっぱり、腹が減った時に食べるラーメンは最強だね。正に、至福の時だ」
スープも残さず飲み干した頃、風呂に湯が溜まったので、入る。ちょっと熱いが、熱い位
が、丁度、良い。江戸っ子気取りで肩まで浸かる。
『ピンポーン――』
 不意にインターホンが鳴った。誰だろう、全く……と、思いながら風呂場から出て体を
タオルで拭く。脱衣場に着替えを持って来るのを忘れていた。脱いだ服は洗濯機の中でグ
ルグル周っている。しょうがないので、裸のまま、箪笥まで行く事にした。
『ガチャリ――』
 鍵が開いた。
(ああ、寮長だったのか。家賃の集金だろうか?)
と、言うか、裸で出る訳にはいかないな、男同士とは言え。早く着替えを、
「おーい、若葉。入るぞー」
その時、聞こえたのは寮長の声などではなかった。
「あっ……」
普段はクーるな山城アーチェの顔が、みるみる赤くなっていく。その表情に、若葉は思わ
ず興奮した。
「このバカ! 変態! お前はサイテーだ!」
涙目で山城アーチェは若葉を非難した。
「す、済みません……」
「もういい、さっさと服を着ろ、向こう、向いてるから」
山城アーチェは激しく動揺した。男性の裸を見るのは初めてだったからだ。
「着替え終わりました――」
山城アーチェが振り返る。
「それじゃ、お邪魔するぞ。ちょっと話したい事がある」
「あ。今、コーヒーをお持ちします」
若葉が台所へ向かう。
「砂糖は多目にしてくれ、苦いのは嫌いだ」
苦いのが嫌いなら、コーヒーを飲む意味がない気がしたが、まぁ、いいやと思い、角砂糖
を四つほど入れて出した。
「実はな、1‐Aについて何だが……アイツ等をどう思う?」
山城アーチェがコーヒーを啜りながら若葉に聞いた。
「どうって言われても、上手くやってる方だと思いますけど?」
若葉は、正直に答えた。
「私は白鷹の事が好かん。奴はお目付け役なのではなくて、督戦の間違いだ。隙を見せた
ら命も危うい」
確かに、信頼して良いのかといえば、部外者は、全て、怪しいのだが。
「隙を見せたらヤヴァイ割には、無防備にも教え子のアレを見たり、先生も間抜けですよ
ね? 本当に気を張り詰めているのか……って、うわ!」
山城アーチェが若葉の胸倉を掴んだ。
「クククッ、今度、その不快な話をしてみろ。お前の愛しい生徒会長にも告げ口してやる」
山城アーチェの目は本気だった。
(僕の一生に一度の青春をブチ壊し兼ねない、悪魔の囁きが聞こえる……)
「この事は内密でお願いします! お互いの為です」
「――そう言われると、何が内密なのか、気にならなくって? ところで、玄関の鍵を開
けっ放しにするのは、少々、無用心ではなくって? これから先も、勝手に上がりますわ
よ?」
(――まさか、見られた!?)
「で、事は重要な話ではなくって? 途中から聞いているに察すると、1‐Aの白鷹先生
から、私は、殺気を感じなくってよ……それは、聊か物騒な話ではなくって?」
どうやら、一部始終を見た訳ではないらしい。若葉は胸を撫で下ろした。
「我等に仇名す者は、須らく、排除しなくては為らなくってよ」
不知火は本気の目だ。
「奴は、白兵戦に於いては私より技量が劣る。始末するなら任せて措け」
しかし、今の所は之と言った口実がない。
「まぁ、尻尾を出すまで持久戦ですね」
軍から学園へ送り込まれたスパイ、それが、三人の結論だった。
「軍は空戦機甲量産の暁には、他国との戦争も視野に入れているらしいからな。そもそも、
知的生命体に在らざる魔物の思考力を考えれば、後方から支援が必要かと問われれば、ノ
ーだと思う。私はそう主張したんだが……」
以前、襲ってきたレッサーデーモン達の陽動は、人間の術者が裏で糸を引いていたと推測
できた。
「東の森での一戦の黒幕は、意外に、白鷹先生と云う可能性もなくってよ?」
疑心暗鬼に駆られる三人。一夜明けて――
「むしろ、内部犯に対処すべく後方支援部隊を設立したのに、酷い言い掛かりだ」
翌日、三人は直接、聞いてみることにした。
「後方支援部隊が多すぎますわ」
前衛に対して一対一の比率など、どう見ても軍備拡張だ。
「レアリック・オーブの入手難易度を考えれば、能力の低い金持ちばかり集まるかも知れ
ない。それでも、空戦機甲部隊に憧れて志願する以上は、温かく見守るべきだ。民に負担
を掛けない程度に軍資金は集まっているから、何も問題はないよ」
それでも三人は納得がいかなかった。
「君達は、今や、小さい子供のヒーローなんだ。何も気にすることはないさ。勿論、大人
達も認めている」
 ――数日後。白鷹の発言が事実であった事が証明される。それは前期の中間試験での事。
試験は終わり成績上位者が張り出される。
「良いな、不知火は相変わらず天才で……」
これで、入学から、今まで、ずっと、学年トップだそうだ。
「新学年も最高の滑り出しではなくって、むふふ」
休み時間も終わり、実践学習の時間が始まる。
「えー、今日はテスト返しをする」
テストの点数が書かれた紙が生徒に手渡される。若葉は憑依できないので、成績は、常に
イマイチだった。
「では、次に、各クラスの平均点を発表するが2‐Aは八十四点だった。ちなみに、同じ
空戦機甲課の1‐Aは二十三点だったらしい。諸君は優秀だな」
クラスがどよめく。1‐Aは平均点からして、赤点らしい。実践学習は学年別でテストの
内容が異ならないので、之は、差が付きすぎだろう。自分達が一年の頃だったとしても、
今と大して、変わらないと思う。実戦に措ける戦闘力など、然程、上昇しないのである。
つまりは1‐Aには見込みがない。
 白鷹の言っていた通り、1‐Aは出来損ないの集まりだった。
(之も情報操作なのか……いや、入学試験は偽装できないと思う)
 一応、軍閥政治を避ける為に、入試にそれを加味して評価点を付けた。
「言った通りさ……」
白鷹が前髪をフサッと掻き揚げた。
「ぐぬぬ……」
不知火は言い返せなかった。山城アーチェの方は、
「お前は認めん!」
等と言って、どこかへ行ってしまった。
「濡れ衣だったんですね」
若葉は白鷹に話し掛けた。
「何が、悲しくて、俺が勇者に弓を引かねば為らんのだ? あまりに理不尽だ、君からも
山城アーチェに言ってやってくれ」
白鷹の乱入により、今日の実践学習は自習になった。ここ、最近、テスト勉強で夜が遅か
ったので若葉は寝る事にした。
 昼休みになり、若葉は不知火に愚痴を聞いてもらった。
「憑依ができないと成績がヤバ目なんだよ。エネルギーの節約で技は、結構、覚カマンダ
ラだけど」
若葉は、基礎体力から魔術の応用まで一通りマスターしていた。
「成績が気になるのなら、筆記でカバーするのが常套手段ではなくって? 前期期末は、
一緒に勉強しても宜しくてよ?」
それは、名案だ。若葉は、直ぐ様、同意していた。
「いいね。不知火に教えてもらえば、点数も上がると思うし」
さり気なく、二人っきりになれるのが嬉しかった。
「その必要は、ないっ」
そこに現れたのは、山城アーチェだった。
「之を見ろ」
ドサッと資料を教卓の上に置く。
「これは――」
そこには一機のロボットの設計図が書かれていた。
「パワードスーツが主兵装になる前は、ロボットの開発も進められていたのだ。図体だけ
デカくて何の利点もないから、日の目を見ることはなかったがな。これなら複座式にして
大淀葉月を乗せて戦えるゾ!」
(グッバイ、僕の青春――)
これでは魔王ゲルキアデイオスを復活させる事ができない。そう思った大淀葉月は、困惑
していた。
「あ、あの……」
山城アーチェが大淀葉月の様子に気づく。
「大丈夫、之は一時凌ぎだ」
「そうなのですか?」
山城アーチェが大淀葉月の頭をなでなでしながら答えた。
「私は約束を必ず守る主義なのだ」
 と、言う訳で、巨大ロボットの開発が始まるかに見えた。が、しかし。始めは人型を押
す声もあったが、その必要性がなく、散々、議論した結果――
「え、軍艦にするんですか?」
憑依せずに直接エネルギーを送り込むならとある方法で、最大限、抽出すれば戦艦クラス
の動力が得られるらしい、と云う話だった。
「そんなに巨大な光の艦を、どうやって作るのか――」
その方法とは宝剣ヴレナスレイデッカを錫溶かして、バイオセンサーを作ると云うものだ
った。バイオセンサーとは、生体起源の分子認識機構を利用した化学センサーの総称であ
る。
「大淀葉月に害が及んだりはしないんですか?」
うーん……と山城アーチェが考える。
「それは、ないと思うゾ? レアリック・オーブの形状と、そこに宿る精霊は関係がない」
レアリック・オーブは超科学文明時代の遺産。名前は神話に因んで付けられたと大淀葉月
は言った。その神話は空想なのか。それとも、現実に起こった事象なのかは分からない。
「大淀葉月はどうしているんですか? 学校にも来てなかった様ですけど」
「起動実験の最中だ。彼女の力なくして、このプロジェクトは成功しない」
『――ドッゴーン!』と、爆発音が聞こえる。
「……中々、上手くいかないんですね」
力の制御ができず、暴走したエネルギーが爆発したのだ。
「回路が逝ったな。これは、復旧に二、三日掛かる」
明日、大淀葉月は登校するのだろうか。
「無事……ですよね?」
ああ……と相槌を打つ山城アーチェ。
「多分な」
そう付け加えると、煙が立ち込める艦内に入っていった。爆発は艦橋付近だ。先生は飛行
ユニット付けているので様子を見に行ったのだが、若葉は、生憎、飛行用のパーツを装備
していなかった。心配だが、山城アーチェが付いていれば大丈夫だろう。第一、動力部は
生きているようだ。主砲塔などは、稼動しているらしかった。
 翌日、大淀葉月には学校で会った――何度でも試すのさ、どんなに苦しくても、やり遂
げる。
「おはようなのですよ、若葉」
目の下にクマを付けている。
「ボクが機関士長で、若葉が艦長なのですよ」
軍艦の艦長だなんて、何て自分はカッコ良いのだろう……と、男の子の若葉は思った。
「光栄に思うよ? けど、昨日の爆発は何だったの?」
むざむざ、死ぬつもりなぞ毛頭ない。栄冠を掴んでこその、名声だ。
「ああ、見ていたのですね。アレは艦をコントロールする役割の人が居なければ、行き場
を失った魔法力が爆発してしまうそうなのです」
そこへ、不知火が遅刻寸前で登校してきた。
「要するに、それがあなたの役割ではなくって」
山城アーチェが教室へ入ってきたので着席する三人。
「お! 不知火、間に合ったのか。公欠扱いの用意はしていたのだが、必要なかったよう
だな」
今日も、生徒会長は多忙のようだ。
「ええ、空飛ぶ靴を履いて急いで飛べば、何とか間に合ってよ」
しかし、何の用だったんだろうか。若葉は、授業の合間の休憩時間に聞いてみる事にした。
「私は砲術長に任命されましたわ。その為、主砲の魔術回路を書き換えなければならなく
ってよ。単に魔法力をエネルギーとして流し込むより、恐らく、魔方陣を魔石に描いた方
が威力の上昇が見込めるのではなくって」
と云う事は、主砲は不知火の十八番、TSになるのか。
「サンダーストーム砲、略してTS砲ですわ」
黒板に図を書いて不知火が説明する。主砲塔の内部に、回転する魔方陣の模様を刻印した
魔石を設置する。之がブースターの役割を担うらしいが……
「それだと魔方陣が重ねられないから水蒸気爆発は、愚か、TSの多段発射だってできな
い様な?」
若葉が尋ねた。
「それを、今、試行錯誤しない手はなくってよ」
方法はあるらしい。しかし、若葉が気に為ったのは、もっと、別の事だった。
「先生に見せてもらった設計図だと、砲塔は砲撃時にバリアを解除するんだけど、大丈夫
なのかな、これ……」
魔石とガンダニウム超合金Zによる複合装甲。そして、液体窒素を使用する冷却装置が取
り付けられていた。
「魔法の弾幕で防ぐしかなくってよ」
不知火には、その自信があるのだろう。だが、恋人を動く棺桶に入れる訳にはいかない。
「あんまり、危険なら僕はこの計画から下りたい」
若葉が心配している様だったので、大淀葉月がフォローを入れる。
「大丈夫なのです。いざと為ったら、全速で離脱すれば良いのですよ」
人類最前線の自分達に逃げ道などあるのだろうか? いや、ない。
「まあまあ。私の心配よりも普通なら艦長は、出撃する空戦機甲の無事を祈らなくって?」
不知火は若葉の耳元で囁いた。
「兵が見ていますわ」
何か策があるのだろう。若葉はそう受け止め、今は唯、黙って着席する事にした。次の時
間のチャイムが鳴る。今日は結局、そんな調子で一日が終わった。翌日から若葉も現場視
察をする事になった。
「お前は勇者なのだから、見て措くべきだ」
一度は逃げ出そうと考えたが、アッサリ、山城アーチェに捕まってしまいズルズルと引っ
張られて行く。
「ここが、ブリッジだ」
ブリッジの中に何故かコックピットがある。それを指差して山城アーチェは言った。
「そこが艦長席。動力を起動できるのは勇者だけだから、こういう形になった」
ちょっと座ってみろと山城アーチェに則されるままに、コックピットの中に入る。
「生体反応を確認したのですよ。承認を開始するのです」
この声は――
「大淀葉月? 今、搭乗しているのは僕だ。起動するよ」
レバーを倒す。
「了解なのです、艦長」
動力炉に火が入る。
『ゴゴゴ――』
 轟音と共に、艦は浮上した。
「説明するまでもないが、このコックピットが固体識別をして、勇者ならば回路が開く仕
組みになっている。一応、充電も可能だから、この中に、常に閉じ篭る必要はないぞ」
アカシックレコードラインを背中に装着して戦う方が良かったかも知れないと、今更、後
悔しても遅い。
「これで後は砲塔をどうするかですね……」
ああ、それなら、と山城アーチェが説明する。
「え、もうできてるんですか?」
「一応、設計図は完成したぞ」
ふふん、と得意気に鼻を鳴らす山城アーチェ。
「クリスタルのレンズをレーザー口に使用する」
対空機銃としては、ほぼ完璧。だが、莫大な予算が必要だった。
「限りある資源をそんな事に使って良いんですか? と言うか、集まるでしょうか……」
うーん……と山城アーチェは考え込む。
「微妙だな。力尽くでも奪うと警告すれば、ある程度は、集まるのだろうが。そうすれば、
半数近くの銃座が完成する。それだけの戦闘力が本艦に備えられれば、各国は戦わずして
軍門に下るだろう」
それでも、尚、立ち向って来る相手が居たならば、二度と戦争など起こしたいと思えなく
なる程に、徹底的に痛めつけるのだ。
「悪魔ですね……」
しかし、現に、ラティエナの空戦機甲を各国が注視し始めているのは事実で、幾つかの市
民団体も開発中止を求めており、先日、デモも行われていた。
「失う事を恐れていては、何もできん」
幸せは犠牲なしに得る事はできないのか? 時代は不幸なしに乗り越えることはできない
のか?
「主砲はどうするんですか? クリスタルで魔法陣を作れば重ねられますけど……」
けど、何だ? と山城アーチェは若葉に尋ねた。
「水蒸気爆発を使ったショックキャノンも面白いと思います。一枚、足りない気がするん
です」
まぁ確かにな――威力がレーザーを下回る計算になる。山城アーチェも腕組みをして考え
る。
「水蒸気爆発でタービンを回して発電して、それを放電するのは如何かしら?」
コンソールパネルに不知火の顔が映る。
「エネルギーの総量は、通常のTSと変わらんが充電できるから、主砲に為り得る」
緊急回避用のボムであった。
「大淀葉月、感度はどうだ?」
「良好なのです。特に問題はないのですよ」
計器類に異常も認められない。
「今日はこの辺にしましょう、教官」
ウム、と頷くと山城アーチェは次の様に続けた。
「明日からもちょくちょく顔を出してもらう事に為るから、そのつもりでいてくれ」
 自宅への帰宅途中――輝く未来が見える。この手で掴むのさ、黄金の翼。
「今日は充実していたのです」
大淀葉月のこの台詞は若葉にとって、はて、意外だった。
「案外に、好戦的なんだな。僕は伝説の剣の妖精だけあって、大淀葉月は反戦派だと思っ
てた」
大淀葉月はきょとんとする。
「え? でも、宝剣ヴレナスレイデッカはあのラティエナ王の武器。沢山、戦争をした人
の手に握られていたのですよ?」
いや、それは知ってはいるが……仮にも、勇者の武器が軍事利用される事に抵抗はないの
だろうか――若葉はそう思ったが、答えは違っていたようだ。
「そもそも王の系譜が代々、引き継いでいる神器の装備制限は戦争を前提としているので
す」
むむむ……と不知火が顔を顰める。
「ところで、前々から疑問に思わずにはいられなくってよ? もし、仮に、私が光属性な
ら、これを操れまして?」
うーん……と大淀葉月は考える。
「ボクの知る限りでは、神器の装備制限は他人のフォローを必要としない、前衛タイプの、
つまりは、接近戦を得意とした人に装備できるケースが多いのです。人類を絶滅から救う
力の関係で。人類が最後、男女二人だけになった時の事を想定しているのですよ」
成る程、その話は興味深い。
「だから、攻撃魔法が、一切、使えない僕が選ばれたんだね。光属性は偶然なのかな……」
若葉は未だに魔術体系に詳しくはなかった。不知火は精通しているので、その問いに答え
た。
「私の様に、才能に恵まれていなければ複数の属性を操ることができなくってよ。しかし、
どの道、クラスチェンジでナノマシンのAIが書き換えられてしまうからではなくって? 
退魔のスキルツリーからしかスキルを取得することができなくってよ」
「でも、光属性から勇者になると、光魔法と退魔の共通スキルの取得したスキルポイント
は引き継がれるだろ? クラスチェンジ直後は、一時的にレベルが低くて、スキルの威力
もそれに比例するから落ちるけど」
自分の事ぐらいは知っておくべきなのかな、と若葉は思った。
「同じ血量が五十パーセントを越えると受胎率が著しく下がり、仮に生まれたとしても世
継ぎは、必ず、虚弱体質になるので、転生とは言え、全く、同じ生まれ変わりと言う訳で
はないのです。対立遺伝子は劣勢遺伝でありながら、転生体とは、優勢の法則からは外れ
劣勢の形質を、どちらか一方ではなく両方が表現形に表れない様にした、勇者の隔世遺伝
なのです。だから、若葉の母方の祖父が初代ラティエナ王になるのです。そもそも系譜と
は、代重ねする事によって、ヘテロ接合体の遺伝子型をもつ比率が高くなるので遺伝力が
弱くなるのですよ。そこで生命の活力を得る為に、神器の限定装備が可能な血族は、長い
年月を掛け、一定周期で転生体との子孫を残すと言う選択肢があるのです。勿論、近親配
合にはデメリットも幾つか存在するのですが……」
大淀葉月は自分の知る限りの説明をした。
(ああ、成る程。ようやく分かった……)
不知火が以前、姫とは結婚できないと言っていたのは、血量の問題があったからなのだと
若葉は理解した。輪廻転生。それは勇者が血の盟約に基づく転生体であり、これは、正に、
メビウスの輪であるのだ、という説である。それでも御触書が出たのは、不確定要素の共
通スキルの熟練度の引き継ぎにあった。完全なる転生体ではないとする推測は、大淀葉月
の証言によって裏付けられ、不知火の予想は外れた事になる。
「つまり、選ばれた統治者によって生態系のバランスを維持する為、と言うのは正しいよ
うですわね。ひょっとすると運命の三女神の次女、レナス=ヴァルキュリアが戦乙女と呼
ばれる本当の理由は、神器を管理する血族の転生を司る為なのかも知れなくってよ。唯、
まぁ、どの道、直系以外でクロスを生じさせても神器が扱える一族ではないから、若葉に
は殆ど関係ありませんわね」
(もっとも、他に理由がない場合ではあるが……)
「取り敢えず、勇者になるのに必要な神器は王家の血筋を護るためにあるって事と――付
け加えると、大淀葉月の存在が、僕は間違いなく勇者で、魔道士ギルドの観測に間違いは
なかったと言う証明にもなるのかな?」
「ご名答ですわ」
話しながら歩いていたら、寮へと着いていた。
「じゃあ、また明日」
三人はそこで分かれた。

       

表紙

片瀬拓也 [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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