Neetel Inside ニートノベル
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能力収集者レビト
序章

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「あなた」
 若い女性の声がした。青年はかぶりを振って辺りを見回した。しかし地面から突出した背の高い岩山が点在するほかに誰かがいるというわけでもない。薄暗くてよく見えないが、その岩山の上に潜んでいるのでもないようだ。声は同じくらいの高さで、それもすぐそばから呼びかけているように聞こえた。
「あなた、聞こえていますか?」
 そもそも彼には「あなた」などと呼ばれるような間柄にある人物はいない。いや、いないはずだ。はずだ、というのは、つまり彼は目下のところ記憶喪失状態にあるためだ。
彼は自分の名前の他はほとんど何も覚えていなかった。持ち物も粗末な洋服を着ているほかはなにも無い。ただ少なくとも「あなた」と呼ばれるのがどうしてもしっくりこないという点は確かだった。
「誰だか知らないが、俺を呼んでいるのか?」
「よかった、聞こえていましたね」
 青年が姿の見えない声の主に向かって返答すると、すぐに安心したような声色で応えがあった。
「しかしその様子ではまだこちらの姿は見えていないようですね。少しお待ちください」
 姿の見えない女からの声はそれから少しの間途絶えた。しかしその裏では何かやっているようで、かすかに機械を操作しているような音がしていた。
 しばらくして、何の前触れも無く目の前の空中に女の姿が現れた。二十半ばくらいの髪の長い女で、白いワンピースを着ている。うっすらと茶色がかった髪と裸足である点を除けば、至極特徴の無い姿だった。
「これで見えるでしょうか」
「ああ、見える」
「承知いたしました」
 宙に浮かぶ女は確認したようにうなずくと、さっと手を振って光る板状のものを取り出した。そして指でそれに触れながら女は話を切り出した。
「それでは初回転移者様向け解説に入らせていただきます。ご質問ある場合は各項の終わりに受け付けますのでご了承ください」
「分かった」
「ありがとうございます。当局はあなたの目的や行動については一切関知いたしませんが、この世界で生活するにあたり、最低限必要な説明、初期持参品のご用意はさせていただきます」
 女の持つ光る板から光が伸び、空中に見たことも無い地図を映し出す。
「まずあなたがいまいるのはラスティノアと住民より呼ばれる世界です。あなたはつい先ほどここに降り立ちました。大小さまざまな国が入り乱れ、様々な人種、多様な動植物、それに人を襲う魑魅魍魎にあふれています。それぞれの生物は不思議な力を生まれつき持っており、生活や争いごとに用いています。これを魔法と呼びます。このあと魔法の扱い方をお教えいたしますので、先の生活の参考にしてください」
 女は、青年がまだろくに見てもいない地図を光る板に納めると、代わりに一条の光線を彼の足もとに伸ばした。
「この光があたっている場所の土を軽く払ってください。中に箱が埋まっており、魔法の習得に必要なものやこれからの生活に必要な物品が入っています」
 青年がちらりと足元を見、つま先で光があたっているあたりを掘ってみると、確かに木製の箱のものらしい天板が見えた。
「その前にひとつ質問だ」
「ええ、どうぞ」
「さっき人を襲う化け物がいると言っていたが、ここいらにも出るってことは無いのか?」
 女はそれを聞くと軽く首を振って否定した。
「この近辺はごく最近、地元の討伐隊の手により殲滅作戦が行われています。有害な生物は残っていないでしょう」
「なるほど、わかった」
「では、よろしければ足元の箱の中身を取り出してください」
 青年はつま先で天板に掛かった残りの土砂を取り払った。木箱は両手で抱えられるほどの大きさで、金属製の取っ手が付いている。天板を取り外してみると、そこには羊皮紙製らしい巻物が三本と革製のリュック、きれいにたたまれた寝袋が入っていた。
「リュックの中身は、五日分の食料と水、食器や火点け道具などの日用品が入っています」
 リュックは持ち上げてみると、大分ぎっしりと詰め込まれているようで重かった。とはいえ、それは背負って旅をするにあたって支障が出るほどでも無いようだ。
 よく見るとリュックの脇には逆さになったナイフが取り付けられていた。ボタンで簡単に取り外せるようになっているそれは、日用的に使う用途のみならず、どうやら不測の事態に対応するためでもあるようだった。

       

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