『おきろーい』
「う……ん?」
目が覚めると、誰もいない教室にぽつんと一人いた。前方にある時計に目をやるともう四時半を過ぎていた。下刻時刻は遠く昔。寝ぼけていたため少々思考が追いつかなかったが、先に切なさが込み上げてきた。
誰も起こしてはくれなかったか。ハハ……。
外からは野球部の練習する音が聞こえてくる。英正はのっそりと椅子から立つと帰り支度を始めた。
『お前部活には入らないのか? 野球とかカッコイイんじゃないか?』
(……俺、運動苦手だし)
一瞬、チュウ太の力を使えば自分もスポーツで活躍できるのでは? なんて考えも浮かんだのだが、直ちにスポーツをすること自体が面倒臭いから却下という思考に至った。
昼食の時にバックの中に突っ込んだゴミを取り出すと、それを教室のゴミ箱に捨てていこうとした。そして、ゴミ箱の中を除いたとき、不燃物のゴミ箱の中にゴミとは思えない新品同様のキーホルダーが落ちていた。赤い星のストラップだった。
(ん? これって……)
『そういえば、転校生が買ったのはそれと同じストラップだったって盗み聞きしたな』
(盗み聞きとは失礼な)
『なら、ストーカー紛いの盗聴か?』
(すいません。ごめんなさい)
茶番はここまで。
さて、このキーホルダーはどうしたものか。きっと何かの拍子に落ちたのを掃除されてしまったのだろう。なら、拾って机の上に置いておくか。
そう思った矢先、教室の外から気配を感じ、英正は振り返った。
「……」
そこには無言のまま立ち尽くす川喜多が居た。
「か、かかか、カワキタサン!?」
「……それ」
川喜多は英正の持っているキーホルダーを指差した。そして、瞬時に英正は解釈した。
誤解されたと。他人の幸せを妬んでその象徴を奪い、そして捨てる外道な野郎だと。
誤解を解かなければ! そうしないとこの苦くもあるが、それでも安定している高校生活が崩壊してしまう!!
「ちちち、違うんだ! コレは俺が、捨てたんじゃなくって――」
「……私が捨てました」
「そ、そうなんだよ! これは川喜多さんが……ぇ?」
一瞬思考が停止した英正の手から、そのキーホルダーを強引に川喜多は奪いとった。
「……拾わなかったら良かったのに。拾われたら、また捨てなくちゃいけません」
「ど……どうして?」
その言語を聞いた彼女の目は、その場の空気を凍らせてしまうくらいとても冷たかった。
「……何かを持つことは、とても辛いから」
彼女はそう言い残すと、放課後の静けさの中に消えていった。
英正は、氷の彫刻のように、その場に立ち尽くしていた。