第七話:不運と連鎖と生徒会。


「……くっ」
「お、やっと起きましたか。全くまたやられてしまうとは情け無いですねえ……」

 街から少し離れた場合にある廃ビルに、男が二人。一人は英国紳士を思わせる風貌。もう一人はまるで炎に焼かれたかのように体を焦がし、火傷で顔半分がただれていた。

「……お前か。……っ!?」

 瞬間、火傷男は飛び起きる。だがダメージがあるのか、すぐに片膝を地面についてしまった。

「仮面の英雄……、いやあの腑抜けはどうしたっ!?」
「落ち着いてください。彼なら逃げましたよ」
「畜生が……っ! ……そうだ、お前俺の戦いを見ていたんだろう? あの包帯野郎が誰か知っているか?」
「あら? ……あ~」

 紳士はわざとらしく首を傾げた後、大袈裟に左の手の平を右拳でぽんと叩いた。

「……何だ?」

 それを火傷男は怪訝そうな面持ちで見つめる。

(そういえば今の彼は『そう』でしたね。全く面倒くさい……)

「いえ。仮面の英雄(笑)……、世間ではオメンダー(笑)でしたか? まあいいですけど、包帯男は彼の味方ですね。ピンチになったので助けに来たんでしょうねぇ」
「やはりか。一対一の勝負に水を注しやがって……。それにあの雷もあいつの仕業か!?」
「いやいやいや……。天候を操れるなんてこと出来たら地球を滅ぼせますよ? そんな人この世に居るわけ……」


(……あっ)


「偶然って訳か。……運も実力か。偶然にせよ俺を倒したのもまた事実。……不甲斐ないな」
「ま、まあ今は回復に専念してください」
(……天候ですか。これは面白くなりそうですねぇ。上には黙っておきましょう)

  ◆◆  ◆◆    ◆◆  ◆◆


 かなり寝たはずなのに体はだるく、気分は重かった。毎朝開ける部屋のカーテンは、今日はそのまま閉まりきっている。外から小学生の声が聞こえる。英正はそれに気付くと耳を押さえた。全てが、怖くてたまらない。出来れば、外と中が完全に隔絶されたシェルターで一生を過ごしたい。

 ただ、現実はそうはさせない。

 まず、母親がお越しに来る。心配かけまいと英正はいつも通り起きる。リビングの窓から入る朝日が痛い。朝食が食卓に並ぶが、半分も食べれず親バレないように捨てた。


 おもむろに時計を見ると八時前だった。一種の義務感から学校に行かなければとは思うのだが、家から出る前に玄関で躊躇してしまう。
『どーした?』
 昨夜の出来事がフラッシュバックする。小刻みに震える手を無理やりドアノブに押し付ける。
(いや……なんでもない)
 半ば自信を持ってしまった英正は、それが折られるという経験も初めてで、負けたという悔しさと別に悔しく無いという強がりが苛立ちを生んでいた。

 だがその葛藤が、自分に対する苛立ちが、英正の背中を押す。

 ヘタレ男子高校生に、初めてプライドと呼べるものが芽生えていた。

「行って、きます……」
 英正は意を決して外へ出た。







 ――嫌な事とは立て続けに続くものなのか。少なくとも担任の山下先生に呼び出された時から良い予感はしなかった。


「えっ、生徒会……ですか?」
「ああ。ほら、栄花が亡くなって一つ空きが出来ただろ? 本当はまた選挙をするべきなんだけど、今は三年生からの引き継ぎとかで忙しくてな……。だから急遽生徒会顧問の俺のクラスから一人適当に選出する事になったんだ」

 そして何故英正が選ばれた? 

『ははは。人見知りが生徒会とかマジうける』
(本人も笑えてくるわ)

「引き受けて貰えるか?」
 申し訳なさげに笑みを浮かべ先生は言った。朋也の入っていた生徒会、それにはとても興味がある。ただ、単純に考えれば英正に生徒会委員が務まる筈がない。


「自分より適任者がいるんじゃないですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、先生は「かかったな」とでも言っているような不適な笑みを浮かべた。英正は瞬時にそれがNGワードだと理解した。自分には引け目がある。そのことを自分の発した言葉がわざわざ指摘させるものだと。

「そうでも無いんだな~日向野。お前だけが――」

 何故きっぱり嫌と言わなかったのか。数秒前の自分の口を塞ぎたい。

「――お前だけが『委員会』に入ってないんだよ~」

 王手、チェックメイト、八方塞がり。逃げ場が無い。四月始めの楽観的な考えによる行動がこのような事態を生むとは……。人生、楽は出来ないものなのか。
「入って、くれるよなぁ~?」
 今度はいやらしい笑みを浮かべ、舐め回すような口調で言った。

『あーあ、あーーあ。あーららこらら。あーきーらーめーろー』

 お前は黙ってろ……。でももう、腹をくくるしか無いか……。
「……わかりました」
「おお、ありがとう! まあ内申書にも書けることも増えるし、悪いことじゃないはずだ。一緒に頑張ろうな! よし、早速だが一緒に生徒会室に行こうか。丁度定例会議の日だし、顔合わせは早いほうがいいだろう」

 重い体を引きずりながらも、英正は歩く。


 そして、痛感する。とことん運のない日ってのがあるんだと。
 

「さ、入れ」
 言われるがままに英正は生徒会室へと足を踏み入れる。それと同時に、委員達の視線が集まる。

 中には顔見知りの奴も居るな。

 そんなことを考えながら室内を見回す。そして、ひとりの女子生徒と目が合った。コンマ数秒の沈黙と硬直。
「あ……ああああああああああああああああああああああ!?」

 そして、絶叫。

「え? ……ええええええええええええええええええええ!?」
『ほぅ……。昨日の夜に会った女だな』

 偶然なのか、必然なのか。あの時取り乱した英正は逃げてしまったが、仮面をつけた格好の自分を朋也と間違ったことを踏まえると、いずれにせよ交流を持つ運命だったのだろうか……。
「なんだ、知り合いだったのか? 丁度いい、俺はこれから会議があるから、色々教えてやってくれ! じゃあな!」
 ハニカミ笑顔でコーヒーとタバコに汚染された黄色い歯を見せながら、山下先生はそそくさとその場を後にした。

 ちょ、待ってくれよ……。なんで今日はこんな日なんだよ……。

『ははは。お前に痛い目線が集まってるぜ。なんせ教室入っていきなり奇声だもんな。そりゃ引くぜ』

 
「あー、えーっと。じゃあ、あのー、俺会長の佐々木(ささき)です。サッキーって呼ばれてます」
 この糞な空気にいち速く反応したのは生徒会長だった。この細かい気配りがきっと彼を生徒会長へと至らしめたのだろう。
「あ、じゃあ私。書記の長野(ちょうの)。不本意だが、姐さん、と呼ばれてる。よろしく」
 彼女はとても姉御という感じがした。身長も高いし、なによりクールビューティーなオーラがビンビンに出ている。

「――待ってください! 俺はコイツ生徒会に入れるの嫌なんすけど!!」

 一人の男子生徒が一声が室内の空気を凍りづけにした。

「……大宅、理由を聞こうか?」
 英正はこの青年が誰だか知っていた。
 名前は大宅 左右太(おおたく そうた)。ここ一帯で一番大きい総合病院『大宅総合病院』の医院長、大宅氏の一人息子。成績優良、スポーツ万能、容姿端麗というチートスペックを持つ。そんな彼を英正が何故知っているのか……。有名人ということもあるが、もっと単純に同じクラスだからでもある。

「彼と僕は同じクラスですが、彼はいつも一人でぼんやりしていて、とても生徒の規範となるべき生徒会には相応しく無い人物です。だから反対です」

 そんな彼に生徒会入会を拒否される英正は何とも惨めである。言い返したい。たが、彼の非が見つからないし、言っていることも事実。それがより一層英正を惨めにさせる。

 ただ、そんな英正にも味方はいた。

「……言い分は分かった。だが大宅の意見は聞けない。まず生徒の規範となる、これを決めるのは俺達じゃなくて生徒自身だ。みんなバカじゃないから自分で判断するさ。そして彼を入れない、それを決める権利は最終的に生徒会長である俺と顧問にある。彼が使えるか、使えないかは俺が判断する。ただ先生が連れてきたんだ、ハズレではないさ」
「……分かりました」
 サッキー会長の言葉に、腑に落ちない点があるようだが大宅は剣を鞘に納めたように黙った。
「悪いね。まあ彼も生徒会を考えてのことだから許してやってよ」
 副会長、いや姐さんはそっと耳打ちした。流石副会長だけあって素晴らしい気遣いだ。

「……はい」
 まあでも、英正もこういったことは慣れてる。

「あ、そういえばあなたの名前、聞いてなかった」
 姐さん今度は小声ではなく普通に言った。
「……日向野です。日向野 英正です」
 約二名を除き、殆どの委員達がよろしくと快い挨拶を返してくれた。

 かくして、英正の前途多難な生徒会が始まる。

 自己紹介の後、早速引き継ぎのための作業が開始された。
 そしてこの生徒会で、英正はある才能を発揮する。

「す、すごいな日向野君……」
「ま、まさかたった一時間でこんなになるなんて……」
 その才能は生徒会長、副会長をはじめ委員会の面々を唸らせた。

 英正がやったこと、それは単純に資料の整理。ただそれだけ。だが……。
「取り敢えず資料は年度ごとに過去三年間分まとめました。敷居が足りなかったのでダンボールで代用させてもらいました。引用しやすい様に付箋と、内容別のマニュアルも作ったので、これと合わせて使ってください」
「あ、ああ……ありがとう」

 そう、整理整頓がうまいという謎の才能を存分に発揮したのだ。しかしこの能力、元からあったものでは決してない。英正の学校生活に起因する図書館での労働、これが血となり、肉となり、この能力を宿らせたのだ。

 実生活にいたってはとても重宝する能力。しかし、昨夜のような事態では、ただの無駄能力。

「あー、っと、ヒナタノ。今日はもう帰っていいよ。もっと時間かかると思ってたけど……ずいぶん早く終わらせてくれたからね」
 姐さんは仕舞った資料をパラパラめくりながら言った。英正はその言葉に素直に応じ、生徒会室を後にした。



「――待ちなよ。えっと、日向野 英正!」
 下駄箱で、急に呼び止められた。不快な声。深層心理がそう言ってる……気がする。振り向きたくない。そう思ったら、足が勝手に動いていた。

「あっ! ちょ!!!! 待て!!!!」
『へたれめ』

 足に思いっ切り力を入れる。後ろからは気配を感じない。振り切れた、そう思った。

『ところがどっこい』
「!?」
「なめるなああああああっ!!!!」

 
 男女差という過信、チュウ太という力から生まれた慢心。心のスキから生まれた油断。すべてを悟ったとき、背後から追ってくる女の気配。焦り、恐怖。

『あ、あのフォームは!?』

 彼女は勢いそのまま、いやさらに力強く走り幅跳びの要領で飛び上がった。さながら空をかける不死鳥。美しい弧を茜色に染まりつつある空に描く。

『で、出る!! あの技がっ!!!』

 得体の知れない恐怖はいつからかその意味を変え、美しさに対する未知なる恐怖にすり替っていた。そう、それほどに、彼女の天を駆ける姿は美しかった。まるで、空そのもののように。

『出たあ! オメンダー必殺!!』
「くらえぇぇえぇぇぇぇぇえぇえええええ!!!!」

 彼女は空中で飛び蹴りの体勢に入る。

「『ダイナマイト・キィイイイイイイイック!!!』」


 なにこの子達。初めてあってこのシンクロ率だなんて。これなら使徒を倒せるんじゃない!?

「ってそんなことやってる暇はうぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 
 背中に激痛。そしてズシリと重い物が乗る。英正は運動神経皆無の人のヘッドスライディングのように地面を滑った。


「この上座 空(かみざ くう)様から逃げられと思わないでよね! ざまあみなさい!!」
「ごめ……ん」


 薄れゆく意識の中で、英正は上座に謝る。


 こんな形にせよ、きっと彼女と出会うことは決まっていた。後で振り返ってみると妙にそう思えた。




「許さん……許さんぞ、日向野君……。この大宅を差し置いて上座さんと仲良くなるなんて……っ!!!」


 ただ、知らないところで敵を作っていることは、英正は知らない。

 
sage