Neetel Inside 文芸新都
表紙

あたしはマイ
三話/マイとソウちゃん

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 気持ち悪いのは、ようやく治まった。
 というか、胃から本当に、何にもなくなった……
 とりあえず、コンビニですりおろしリンゴジュース(すり身が入ってるやつ)を買った。
 飲みながら、あたしは、思考力が徐々に戻ってきていることを感じた。
 あたしの奥に、ぼんやりとした、けれど、間違いなくこの目で見たと確信できる映像が浮かんで
いた。
 それは、血みどろのボロ雑巾になった悠斗の姿。
 嘘だと思いたかった。たまに怖い夢を見ることがある。友達が酷い死にかたをしたりする、そん
な。そんな類のものだと、思いたかった。
 だけど思えない。“これは真実だ”なぜか痛いほど、確信させられる。
 あり得ない。非日常。異常――だけど、これは、真実。理屈じゃない。
 奇妙な確信に蝕まれている。
 悠斗は、死んだんだ。
 そして……殺したのは、あたしだ。
 あたしの奥から、声が聞こえる。
「全ての人間には、怪物に変化する要素が備わっているのです。誰もが持っていて当然のものなの
です。それを他の怪物によって刺激されることにより、怪物に変化するきっかけが与えられ、そこ
から個人差はありますが、一日~一ヶ月の間で、完全に怪物となります」
 どうしたら……元に、戻れるの。
「再び怪物を己の深くに押し込めるには、きっかけとなった怪物を殺せば良いのです」
 今のは、たまたまだ。
 この声は、あたしの言うことなんて聞いてない。自分の言いたい事しか言わない勝手なヤツ。今
は、たまたま、あたしの訊きたいことが返ってきた。ただの偶然だ。
 ただ、嬉しい偶然だった。
 目的が、決まったからだ。
「全ての怪物を、殺してしまえばいいのね」
 あたしはそう呟いた。目の前の霧が、ほんの少し晴れた気がした。
 つらくても、悲しくても、憎くても、後悔は、全部後回しにしよう。
 目的を達成する、その時までは。


 マイは、覚悟を決めたようだ。
 そうだ。
 進め。そして、いつの日か辿りつけ。

 マイは、あそこへ行くな。
 ならば、先回りして――


 声は、ほとんどの場合、本当に知りたいことは教えてくれない。
 あたしは、自分で考えて行動するしかないんだ。
 行動して、そしてあたしの手に負えなくなった時、初めて声が手伝ってくれる。
 今はそう信じるしかなかった。
 だって、信じられるものがなければ、壊れちゃう。
 あたしは、自分が怪物だと信じることにした。
 認めちゃうことにした。
 外にいるならともかく、薄皮一枚隔てた体内にいるのよ。
 いつ出てくるかも、分からない。
 だったら、あたしは怪物だって、認めちゃったほうが精神的にラク。
 不思議だけど、そう認めてすぐに、あたしに新しい感覚が芽生えた。
 何かの気配を、感じられるようになった。
 多分、怪物のだ。
『箕島養護園』と書かれた建物。
 ここに、怪物の気配が――
「…あれ?」
 …消えた?
 気配が、消えちゃった。
 しかし、この養護園、しんと静まり返ってる。
 子供がいるなら、少しは物音が聞こえてもいいはずだけど。
「…おねえさん」
「ひゃっ」
 こ、子供が目の前に!? 気付かなかった……気配がなくて。
 小さい男の子は、それだけ言って、養護園の方へ歩いて行った。
 ついて来いってこと?
「マイ、行きなさい」
 考える間もなく、声があたしを動かした。せっかちな。
 でも、声が行動を強制するってことは……ここには、大事な何かがあるんだ。

 中は、赤く染まっていた。
 血、血、血。死体、死体、死体……
 死体は、大人子供合わせて、軽く三十を超えていた。
 人間の仕業じゃないことは、すぐに分かった。
 そして、生きているのは、全身血で染まったこの子だけ。
「…ぼくが、やったのかな」
 この子も、怪物になったんだ。
 この子が、殺した。
 怪物の気配が急に消えたのは、人間に戻ったから。
 でも、この子が全て悪いわけじゃない。絶対に、そうじゃない。
 きっかけを与えた奴が、いる。
 体中の血管という血管全てを駆け巡っている。
 それは、きっと怒り。
「ぼくがやったんだ。ぼく以外、皆倒れてるんだもの」
「…そうかもしれない。だけど……」
 これだけは、言ってあげなくちゃ。この子の為にも。弱い、あたし自身のためにも。
「キミだけが悪いんじゃないんだよ。勿論、悪いことは悪いんだけど、でも……それだけで終わっ
ちゃ、ダメなの!」
 あたしは、男の子に合わせてしゃがんで、正面から目を見て言った。伝わって。
「ぼくがわるいんだあ! ぼくが、みんな。ぼくもみんなと一緒にならなきゃダメなんだあ」
 泣きだしちゃった。子供の扱いって、難しい……弟も妹もいないと、こういう時不利だ。
「違うよ! キミは生きなきゃ! 生きて、後悔せず前に進んで……後悔なんて死んでるのと同じ
だから、全てが終わるまで――」
「イヤだ!!」
 叫んだ瞬間。
 男の子の体が光って、そして――金色の、丸っこい怪物に変わった。
 怪物は、男の子と同じ、穢れのない目であたしを見て。
 刃物のような腕を、あたしに向かって振り下ろし

「あおみどろ」

 声が、私を呼び出した。
 光る塊の一部分が、私の体に刺さっている。
 さほどでもない。緑の塊の攻撃とは比べ物にならないひ弱さだ。
 それを真っ二つに折り、私は光る塊を弾き飛ばし、その上に乗り掛かった。
 このまま、殺してしまえる。
「よくやりました、あおみどろ。さあ、抵抗される前に殺すのだ」
 声が褒めてくれた。
 私の体は、意志に拠らず動く。
 声は「殺せ」と言った。
 私の体は、声の命令を遂行するのに最適な行動をとろうとしている。
「早く殺しなさい」
 私の体が動かない。
 逆らってはいない。私の体は、声に従いたがっている。
 動かない。
「マイか。体を失ったというのに、なんという意志の力。仕方がない」
 体の動きが止まった。
 殺さなくてもいいのか。
「あおみどろ。お前は、マイの中にいるときも常にその目を通して外を見ていなさい。そうするこ
とで、お前はもっと賢く、もっと強くなれるのだ」
 光る塊は、小さな塊に変化していた。

 …殺しちゃダメ!!

 …あれ?
 意識が、途切れて……あ。
 あの、気持ち悪いアイツが、表に出てたんだ。
 断片的に、憶えてる。
 アイツが金色の怪物になった男の子を押し倒して、そして――
 あたしは、すぐに男の子を見た。元に戻っている。呻いている。
「おかあさん……」
 この子、両親がいないんだわ。
 そして、家代わりの養護園も……
 男の子の目から、涙がこぼれていた。

「…ん……」
「起きた?」
 背中に男の子をおぶって、夕陽に照らされながら歩いている。秋の夕陽は、他の季節より色鮮や
かな気がする。童謡とかで、今見たいな光景が歌にされてるかも、なんて。
「え……なんで、あれ、ぼく、どうして、ここ、どこ……」
 まだ朦朧としてる。可愛い。
 背中から、体温が伝わる。暖かくて、優しい。
「ぼく、あたしと一緒に行こう」
「えっ」
 男の子は、とても驚いたような声を上げた。
「養護園にはもういられないし、キミは怪物に変わる体質になっちゃったから、他のところにも行
けないよ」
「でも……」
 もごもごとする男の子に、あたしは出来る限り優しい声で、
「でも?」
「…でも、ぼく、とってもひどいことしたよ……おねえさんを、みんなとおんなじようにしようと
したもん」
「憶えてるの?」
「見えたんだ。ぼくじゃないぼくが、みんなをああしたんだね」
“ぼくじゃないぼく”……
 …あたしは、自分を怪物とイコールにするのに、随分時間を掛けたけど、この子は最初からそう
思ってる。子供って、凄いなあ。
「そうよ。でも、キミだけじゃないのよ。あたしも“あたしじゃないあたし”になっちゃうの」
「うん、見てた」
「そう」
 あたしは、弟も妹もいなかった。
 欲しかった。
「あたしの弟にならない?」
「おとうと?」
「キミのこと、好きだな」
「…ぼくも、おねえさん好きだよ。優しくしてくれたもん」
 あら、嬉しい言葉。
 あたしは立ち止まっていられない。この子もそう。分かっていないだろうけど。
 危険なことに巻き込んでしまうかもしれない。だけど、この子は一人では生きていけない。あたしはこの子を守りたい。
 弟に、したい。
「じゃあさ、あたしのことマイお姉ちゃんって呼んでよ! キミの名前は?」
「ソウ……ぼくは、ソウだよ」
「ソウかあ。ソウちゃんって呼んでいい?」
「うん! マイお姉ちゃん」
 …これは、結構クるな。


 マイ、進め。そして、いつの日か辿りつけ。

       

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