Neetel Inside 文芸新都
表紙

あたしはマイ
四話/寝言と黒雲

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 人間の目を通して見ると、体の外とはこう見えるものか。
 私には、ただの色のついた塊にしか見えなかったモノ達が、それぞれ異なる形を持ち、息づいて
いる。
 この塊――これは「ソウちゃん」と云うのだ。マイがそう呼んでいた――など、ただの塊ではな
かったのか。毛が生え、皮を身に付け、躍動している。
 緑が、青が、黒が、そこかしこでせめぎあっている。それらでさえ、己の形を持っている。無数
に葉が纏わりついていたり、遥か彼方を占拠していたり、地を染めたりしている。
 私には、ただの塊にしか見えぬのに。
 人間は、体の外に、豊かな世界を持っているのだろうか――

 ――なんか、ムズムズするな……
「どうしたの、お姉ちゃん」
 なんだろ、目の奥の方がくすぐったいっていうか。なんか、動いてるような……ゴミでも入った
のかなあ。
「ねえ、どうしたのってば」
 ちょっと、擦ってみようかな。でも、あたし、目が痛みやすいんだよねえ。
「おねえちゃん!!」
「…え、誰?」
「マイお姉ちゃん! さっきから体揺らしてさ、どうしたのかなって!」
 あ……そうだった。
 あたしは、昨日ソウちゃんのお姉ちゃんになったんだ。
「ゴメン、気付かなかった……まだ慣れてなくって」
「もう、しょうがないなぁお姉ちゃんは」
「あはは……ゴメンね、ホント」
「それよりさ、お姉ちゃん」
「なに?」
 ソウちゃんは、少し真剣な顔になって言った。
「ぼく、朝から気になってることがあって。お姉ちゃんが寝言で言ってたことなんだけど……」
 ウソ、寝言なんか言ってたのあたし!? うわあ、ハズい……
「な、なんて……?」
「よく分からないの。“ゆうこ”って、誰かの名前を言ってたのだけは分かったんだけど、あとは聞き取れなくて」
「ゆうこ……?」
 そんな名前、知らない。
 そんな名前の友達いないし、あたしを世話してくれた伯母さんも――伯母さん、心配してるだろうな――死んじゃったお母さんも――もう、あれから六年も経つのか――そんな名前じゃないし。
 うん。知らない。
「ゆうこなんて、知らないな」
「そうなんだ……ゴメン、なんだか、妙に気になってさ」
「もう、“ゴメン”は止めにしようよ」
「え」
「多分だけど、家族にゴメンなんて、あんまり言わないと思うの。ソウちゃんは、もうあたしの弟なんだから、言いっこなし」
「…そうなの?」
「多分ね」
「…そうなんだぁ……」
 ソウちゃんは、家族を知らないんだ。
 あたしが、ソウちゃんの家族に……なれるのかな。
 本当に、なれるんだろうか?
 …いや。
 ならなきゃ、ダメだ。
 なってみせる――
 ソウちゃんの手を、強く握った。
「あたし達は、先に進むだけよ」
「うん、そうだね……ぼく達を“目覚めさせた”怪物を、倒すんだよね」
「そうよ」
 確信はあった。
 ソウちゃんを目覚めさせた怪物と、あたしを目覚めさせた怪物は、同じ奴だ。
 そいつは、どこかから、あたし達を見ている。
 監視している。
 好きに見ているがいいわ。
 いつか、必ず、殺してあげるから。
「お姉ちゃん、怖いよ」
 ソウちゃんの握り返す手に、力が入っていた。
 あたし、怖い顔とか、雰囲気出してたかな。
「あぁ、なんでもないのよ。なんでもないの。ね」
「うん」
「そういえば……ソウちゃんも、寝言言ってたなぁ。あたし、朝聞いたよ」
「えっ! どんなこと言ってたの、ぼく」
「確かねぇ……」
「…確か?」
「“う~ん……お腹減ったぁ、お腹減ったよう……”って――」
 あたしは極力明るく言った。ソウちゃんは子供っぽく怒って、
「そんなこと言ってないよう!」
「あはは、ゴメンゴメン」
「ゴメンって言わないっていったじゃない!」
 ゴメンね、ソウちゃん。
 ――本当のことは、言えない。
“ごめんなさい、ごめんなさい……みんな、ごめんなさい……”
『全てが終わるまで――犯した罪のことは考えずに』あたし、そう言った。言おうとした。
 なんて、酷いことだろう。
 確かな罪を、無視して生き続けることが、あの歳の子供にとって、どれだけ大変なことか。
 あたしだって、昨日夢を見た。毎日、見ている。
 血だらけの、悠斗。
 あたしが殺した。
 悠斗。
 夢の中で叫んでる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」
 あたしだって、変わらない。
 でも――進まなくちゃいけない。
 体の奥から声がした。
「あなたは、“あおみどろ”と等しいモノ。ただ、あなたには意志があり、あおみどろにはない。
あなたはあおみどろと、真の意味で同化を果たさねばなりません」
 まーた、脈絡もなく……この声、ほとんどこんなじゃん。
 まさか、この声が“ゆうこ”だったりして……
 …まさかな。
 いや、でも、ソウちゃん感覚が鋭いし……あるかも?
「お姉ちゃん、きたよ」
「え……あ!」
 怪物の気配だ。やっぱり、ソウちゃんは鋭い。
「ここから真っ直ぐ歩いて、出た交差点を右に行って、四つ目の家から反応が出てる」
 察知するスピードも、情報量も、あたしより全然上だ。優秀な弟クンだ。
「じゃあ、少し走ろうか。ついてこれる?」
「頑張る」
 空には、雨雲が出ていた。もう少しで雨が降ってきそうだし、雷も落ちるかもしれない。
 そういう意味でも、急がなくちゃ。

 
 マイめ、鋭くなってきおった。
 しかし、それでこそマイ。
 この先に仕込んでおいたモノは、昨日のガキとは比較にならぬ。
 さらに進化しろ。
 そして、辿りつけ。
 愛している。

       

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