Neetel Inside ニートノベル
表紙

作家先生と助手
そのなな 『先生、カゼをなめちゃあいけません』

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「けほけほ……」
「大丈夫か?」
ああ……先生があたしに優しい言葉を……
こんな幻覚を見るなんて……
「らいじょぶじゃないれしゅ~」
「そうか……」
ベッドの上でうなっているあたしを見つめながら、先生は部屋の中をうろうろしている。
心配してくれてるんだぁ……
「とにかく、ただの風邪とはいえ、悪化させると大変だ。しっかり休んでしっかり治せ」
「ありがとう、ごじゃいましゅ……」
幻覚でも、うれしいな。
あたしは照れかくしに、おふとんを鼻の下まで上げた。
まあ、熱でもともと真っ赤だからね、かくす必要なんて無いけど。
「早く、治すんだぞ」
「はい」
ちっ、と舌打ちをしてから先生は部屋を出て行った。
よし。
先生がこんなに心配してくれてるんだもんね。
はやくカゼなおさなきゃね。
……って、
(なんでいま舌打ちしたんだろ)
ボーっとした頭は、どうもあたしをこたえに導いてくれそうに無かった。

カゼをひいて3日目。
鴨志田さんが買ってきてくれた市販のおくすりを飲み続けてはいるものの、よくなる気配はぜんぜんない。
お医者さんに連れて行くよう、鴨志田さんは先生に何度も言ったけど、先生は『ぜったいに駄目だ』と言って、決して首をたてに振ろうとしない。
なんでだろ?
いじわる、ってわけはないから、きっと理由があるのよね。
なんでかな?
でも、すごく心配してくれてる。
すっごくすっごく。
……きゃー。
あたしは自爆した。

コンコン
ドアをノックする音。
はーい!
って返事をしたかったけど、口をあけたらセキが出そうだったのでやめた。
「おジョちゃん、おきてる?」
そっと部屋に入ってきたのは鴨志田さんだった。
『そっと』とはいっても、いつも忍者のように動く鴨志田さんにしては、しっかりと音を立てている。
鴨志田さんにとっては、こういう時は音を立てることが、逆に優しさなんだろうな。
ほんと、ひとそれぞれだわ。
うんうん。
「あ、起きてたたのね。どう? 具合は。」
目で挨拶したあたしの顔を、鴨志田さんは心配そうに見下ろす。
この3日間、毎日来て、あたしの代わりに家事をしてくれている。
「しゅみましぇん……まら、よくないれしゅ……」
あたしはつまった鼻を、じゅじゅっと吸った。
「もう、なんで謝るのよ」
ティッシュを差し出しながら、鴨志田さんは困ったように笑った。
「こちらこそ、ごめんなさいね」
ちん、とハナをかむあたしに鴨志田さんは小さく頭を下げた。
「鴨志田しゃんこしょ、なんであやまるんでしゅかぁ」
……しかし、鼻づまりだけでも何とかならないかしら。
話してて恥ずかしいッたらありゃしない。
わざとじゃないんだからね。
「本当は、病院に連れて行ってあげたいんだけどね」
ギッっと音を立てて、鴨志田さんはベッドサイドの椅子に腰を下ろした。
「ううん、それに普段だって、もっと外に出させてあげたい」
あたしの手を、ひんやりとした手が握る。
鴨志田さん……
「サオサは、おジョちゃんを外に出しちゃ絶対ダメだって言うの。今は、ね」
「今は?」
「そう、今はね」
鴨志田さんは目を逸らして、小さくひとつため息をついた。
今はって、どういう意味だろう?
たしかに、あたしは先生から外出を禁止されている。
それはこの家に来たその日から、ずっとだ。
ほんとはあたしだって、お外でショッピングとか、したいはしたいけどね。
でも、きっと先生には何かちゃんと考えがあるんだろうな、って思ってる。
あたしの事、考えてくれてるんだろうなって。
あ、またちょっと自爆……
「鴨志田さん」
あたしは握られた手を強く握り返した。
「おジョちゃん」
鴨志田さんもギュッと握り返す。
「あたしは、らいじょうぶれす。ほら、おくしゅりもちゃんでのんでましゅし」
ああ……鼻づまり。
たのむ。
これだけでも治らないかな……
ほんと、わざとじゃないんだからねっ!
「おジョちゃん。サオサはね、あなたの事をすっごく心配しているわ。いつもね」
鴨志田さんはあたしの髪をそっとなでた。
くすぐったい。
けど。
ちょっと嬉しい。
「あいつ、普段はあんなだけど、本当は優しい奴なのよ」
「はい」
『知ってます』って言おうと思ったけどやめた。
申し訳ないけど、しばらくしゃべるのやめよ。
くるしいし。
……恥ずかしいし。
「あいつね、たぶん、妹だと思ってる」
妹……
いもうと……
う~ん。
そう言われちゃうとな~。
ふ~く~ざ~つ~。
「それってあいつにとって、すごく、すごく大事なことなのよ」
遠い目をして鴨志田さんは言った。
またあたしの知らない話かな。
「あんな事が無ければね。あいつももうちょっと……」
「あんにゃこと?」
……鼻。
いいや。
もう、あきらめよう。
どうせあたしはおしゃべりですよっ。
黙ってるなんてできないもん。
「え? ああ……えっとね」
鴨志田さんは、はっとしたようにあたしの顔を見た。
あれ?
あたしヘンなこと聞いたかな?
「う~んとね……これも、ないしょ」
「これも?」
「あった、いや、それもナイショ!」
そう言ってあたしの手を離すと、鴨志田さんは勢いよく立ち上がった。
……あやしい。
あやしいぞ。
鴨志田さんらしくない。
これはよっぽどのシークレットなのね。
ということは……
聞かないでいてあげよう。
うん。
あたしっておっとなぁ!
「あ、おジョちゃん、ちょっと顔色よくなったかも」
「ほんとれしゅか?」
言われてみれば、少し頭がハッキリしたかも!
まあ、鼻は、うん、アレだけど。
「熱、測ってみよっか」
「はい」

熱はだいぶ下がって微熱程度になっていた。
「うん、良かった。あと、もうひと頑張りね」
「はい」
あたしは弱々しくガッツポーズを作って見せた。
よかった。
これ以上みんなに心配はかけられないモンね。
「さ、からだ拭いてあげるから、ちょっと服脱いでね。ついでに着替えちゃいましょ」
「はぁい」
あたしはゆっくりベッドの上に起き上がると、これまたゆっくり服を脱ぎだした。
マンガだったら、きっとここで先生が入ってきちゃうんだろうなぁ。

ガチャ



バタン

先生はドアを薄く開けた段階で、中の様子に気付いたらしく、すぐにドアを閉めた。
ほほう、なかなかの危機回避能力ね。
でもサービスシーンとしては中途半端かなぁ。
って、あたし、だいぶ元気になってきたかも。
「サオサ~」
「わかってる」
ドア越しに鴨志田さんが声をかけると、先生は怒ったような声で言った。
あらあら、照れちゃったのかしら。
なんてね。

「もういいわよ~」
あたしの着替えが終わったので、鴨志田さんは先生に声をかけた。
「……調子はどうだ?」
おそるおそるといった感じで部屋に入ってきた先生は、不機嫌そうに言った。
「はい、なんとか」
「そうか」
先生は、さっきまで鴨志田さんが座っていたベッドサイドの椅子に腰掛けた。
あたしはしっかり首までお布団に入って、先生を見つめた。
「すまんな」
突然、先生は私に謝った。
「え?」
なんでなんで?
「しかし、まだ外出は許可できない。医者に見せることも、だ」
「はあ……」
急にどうしたのかしら?
「知り合いの医者なら、まあ何とか呼べないことも無いが……もう少し、調べがつくまでは、な」
「え?」
え?
なになに?
何のハナシ?
ぜんぜんわかんないんですケド……
「サオサ」
「ん……ああ、そうだな、すまん」
鴨志田さんが肩に手を置くと、先生は小さく頭を振って立ち上がった。
「あの、しぇんしぇ? にゃんのはにゃしを……」
「忘れろ。寝て、早く良くなってくれ」
先生はそう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
え?
なに?
なに、このシリアスな感じ。
「ごめんなさいね」
立ったままあたしを見つめて、鴨志田さんは困ったように笑っていた。
「今はまだ、ね」
今はまだ、って。
さっきからそればっかりじゃない。
わかんないよ、あたし。
ボーっとしてる間に、何かあったの?
「さ、もう少し寝て寝て。きっと明日には良くなってるわ」
「はい……」
あたしはしぶしぶ眼を閉じた。
カチッという音と共に電気が消えると、鴨志田さんが部屋から出て行く気配がした。

ふたりとも、なんなのかしら。
さっきから、わからないはなしばっかり。
まだあたし、熱でボーっとしてるのかな?
わからないよ……
センセ……

いつの間にか、あたしは眠ってしまっていた。
さっきまでの(謎の)シリアス展開は何処へやら、あたしが見た夢は怪獣やらヒーローやらが出てくるバカバカしいものだった。

       

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