Neetel Inside 文芸新都
表紙

月夜の天気は化物、ところにより異世界人
第一話 とある十六夜

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1969年、7月20日。
アポロ11号は月という地球外の天体に始めて到達し、そして、二度と帰ることはなかった。
乗組員の死は、はたして意義深いものであったか否か、今も議論は終わっていない。
彼らが消息を絶つ寸前の通信によって証明されたのは、たった一つ。
全人類が共有しているといっても過言ではない認識が、現実のものであるということだけ。
――すなわち。
月とは虚空に浮かぶだけの岩塊などではなく、異世界に通じる超巨大・球形召喚魔法陣で
あるという、幼児でも知っていることを確認したに過ぎなかったのである。


大通りの人影は絶えていた。
人影どころか、道路を駆ける自動車すら、一台も見受けることはできない。
そればかりではない。見える範囲にある家々、軒を連ねる店舗のすべてが、明かりも灯さ
ずに死んでいる。光源と言えるものは街灯と自動販売機の明かり、あとは薄雲のかかった
空でぼんやりと輝く月くらいのものだ。
無論、ここは遠い昔に打ち捨てられた廃村などではない。都会といってはおこがましいが、
さりとて過疎が末期的段階まで進行した田舎では決してない、ありふれた地方都市である。
そして時刻は夜の九時。住民全てが小さな子供でもあるまいし、床に就くには早すぎる。
だが、この光景を目にしたところで、異様さに目をみはる人間は誰一人いまい。

月が、すでに昇っているのだ。

月昇時刻を過ぎてから、集合避難所にも行かず一人でぶらついているような人間は、それこ
そ狂人とみなされたところで文句は言えまい。特に、今日はまだ十六夜。天の召喚魔法陣は
活発な活動を続け、異界の住人を招き続けている。満月を過ぎたとて、危険であるに違いは
ないのだ。
ただ――いつの世も、危険に身を晒さぬことには、生計が立たない職業というものは存在す
るもの。火事場には消防士が、犯罪の現場には警察官が、戦場には軍人が赴かねば、災禍は
根絶されることもなく、細菌のように蔓延るだろう。
だから彼らは肉体と魂とを武装し、月下に集うのだ。
異邦人ならぬ異界人、月の涙となりて天より来訪する『越界者』と対話し、時には武力を
もって制圧する彼らを、人は『伐禍』と呼ぶ。


     

硬貨を三枚滑り込ませ、ボタンを押す。
自動販売機はリクエストどおりに缶コーヒーを吐き出した。
津和田協は缶を抱え込むように持ち、洟をすすった。
寒いよ、くそ。
心中で毒づき、冷え切った手にはやや熱すぎる缶を手の中で転がす。
十一月の夜気は、プロテクタ付きの戦闘スーツをすり抜けて、刻々と体温を略奪していく。
どちらかといえば寒がりの協にとっては、まだ冬将軍がロシアで出撃準備をするに留まる
今くらいの寒さでも、充分身にこたえるのだ。
ああ――家に帰りたい。
ようやく手が熱に慣れ、缶のプルタブを開いた協は、愛しき我が家を脳裏に描いた。
どこにでもあるような、瓦屋根の築十四年、二階建て。
コタツもあればストーブもある、ついでに言えばミカンもある。いや、あったかな。まあ
なかったとしても桜佳が買っておいてくれるはずだ。真実や快にはミリ単位も期待できな
いが、桜佳ならその手の細かなところへの気配りは大丈夫。
今ごろ、あいつらは避難所に居るだろう。人がひしめく施設内で、三人身を寄せ合ってい
るのだろう。そして待っているはずだ。
朝が来ることを――そして、月が地平へと沈んでいくのを。
思考がスリップしたことを感じつつ、協はコーヒーを飲み干した。クズカゴに缶を放り捨
てる。
たとえ寒かろうと辛かろうと危険だろうと、この仕事を続けなくてはならない我が身は、
少しばかり恨めしい。しかし恨んだところで世界はそんな心情のことをまるで斟酌せずに
回転し続けるのだから、結局のところ現実から逃れることはできない。
妹と弟、そして病身の母を養うには、伐禍を続けるほかに方途はないのだ。
むしろ、家族を守れる力を持っている現状は、恨むどころか感謝すべきなのかもしれない。
「力の代償は……あったけどさ」
世の理から外れた力を得た代わりに、得られなかったものも多いけれど。
暇に任せて協は思考をこね回す。退屈だったのだ。
月昇時刻に入ってからというもの、精神感応術による通信は時折入っているが、月の涙は
協の居る地区からは距離のあるところにばかり落下しているらしい。通信を受けてから急
行したところで、同業者がすでに到着しているのがオチだ。
支援要請も入っていないし、今日は穏当な越界者ばかりなのだろうか。
これじゃあ稼ぎが無いじゃないか、そう思った瞬間のことだ。

『連絡します。月の涙を観測。落下予測地点は若水二丁目。付近の伐禍は急行願います』

澄明な声が脳裏を走る。
空気の振動に由来する音声ではない。思念によって編まれた声である。
声の響いた次の瞬間には協は駆け出していた。
一秒とかからずトップスピードに乗る。ぼんくらの高校生ではありえない、人類の限界に
迫る速力が足から生まれる。
右手に握る日本刀の重みをお守りがわりに、戦闘の予感にはやる意識を落ち着けつつ、協
は走り続けた。
交差点に差し掛かり、協は右折。通りから住宅街に差し掛かると、ためらいなく跳躍して
民家の屋根へと上り、天涯へと視線をやった。

落ちてくる。

流星と見まごう、月色の光条が。
長い長い尾を引いて、常軌を逸した高速で。
薄曇りの夜空を切り裂くように、月の涙が――異世界からの来訪者を包む光のフィールド
が、真空の世界から落ちてくる。
「若水に落ちるか? 少しずれてるぞ」
まっしぐらに大地を目指す光の軌跡は、住宅街のど真ん中である若水二丁目には落ちそう
もない。
現代の技術をもってしても、月の涙の落下地点予測は未だ困難だ。ここは現場での判断で
対応すべきだろう。
判断した次の瞬間には、協は再び跳躍している。隣の家の屋根から屋根へ、軽業師のよう
に危なげなく、かつ高速で移動していく。瓦屋根を踏みつける硬い音を耳にしながら、
協は目視で落下予測を行う。
――スーパーたかの……それとも県道?
いや、と考えを打ち消す。唐突に月の涙が軌道を捻じ曲げたのだ。螺旋を描きながら、
北へ落ちていく。
――小学校!
協はさらに速度を上げた。


     

校庭の端、プールとの境目の辺りに、それは落下していた。
月そのもののような、淡い光のかたまり。
直径にして2mほどのそれは、ごく浅いクレーターを作って、その場に落ち着いていた。
協は充分な距離をとって、頭の中で思念を編む。
『こちら津和田。月の涙を捕捉』
協は念話の魔法を使うことはできない。なにせ、それについて学んだことすらない。
だが現在、街を覆う結界の一種が、ある人物との対話だけは可能としていた。
『はい。確認しました』
すぐに澄み渡った思念が帰ってきた。前述の結界を展開した人物の声だ。この魔法の効力
により、協のような通信魔法を扱えない人物でも、彼女とだけは会話が可能となるのであ
る。
多種多様な精神感応すべてのエキスパートである彼女の名は、広瀬みちるという。
『場所は野田小学校の校庭ですね。支援は必要ですか?』
『いまのところ、まだ中身が分かりません』
『わかりました。必要になりましたら即時連絡を願います』
通信を打ち切り、協は目前の光球を見つけた。発見したときより、徐々に光度が下がって
きている。つまり、すぐにでも中身が顔を出すということだ。
考えに違わず、光の球は寿命の来た電球のように、光度を落とし続け、やがて消えうせた。
そして、中に収まっていたものが顔を出す。
「……これはまた」
唇の端がひきつるのを感じながら、協は「それ」を見上げる。
石像、だった。
これまでの地球で興ったどの彫刻の流派とも合致しないデザインの、甲冑をまとった白い
石像だ。
膝を抱くようにして球体におさまっていたそれは、解放されると、やや鈍重ではあったが、
ひとりでに立ち上がった。
でかい。
3メートルくらいはありそうだ。
さてはて、右手で握り締めている石の長剣は、果たして飾りだろうか。
「あー、異世界のかた」
戦闘服ごしに、首から下げているペンダントの石に手を触れ、協は口を開いた。
もう言い分け不能な、まったくの日本語である。
だが、石に付与された『言葉の意味を直接相手にぶつける』魔法の効力により、相手は
まるで、故郷の言葉で話しかけられたかのように思うだろう。
異世界から突然召喚され、混乱している相手を、言葉で落ち着かせるのは伐禍の義務であ
る。これを怠れば法で罰せられるし、伐禍の免許は一発で剥奪される。ペンダントは発動
した際のログを蓄積する性質を持ち、これをもって役所は伐禍が対話義務を怠っていないか
チェックする。ペンダントはそのための支給品なのである。
「あなたが混乱しているのは無理のないことです。ですがどうか落ち着いてください。私
は怪しいものではありません。あなたを保護するために参りました。ですからどうか、
気を静めていただきたい」
「…………」
石像はぐぐぐ、と無表情な顔を協に向けた。当然なのかどうか、無言である。
協はふと、自分が刀を握ったままなのに気づいた。
「失礼いたしました。武器を握ったままで怪しいものではないなどとは……」
刀を地面に置き、再び協は、瞳が彫りこまれてすらいない像の目をしっかと見つめ、話か
けた。
「たしかに、突然異郷の地に放り出されては不安でしょう。しかしここはまず、私の話を
――」
「…………」

像が剣を振り上げた。立ち上がるときの鈍さは感じさせない、鋭い動きで。

「ああもうやっぱり!」
泣きたい気分で毒づき、協は刀を蹴り上げ、引っつかむと背後に跳んだ。
直後、石剣の一撃が地面に突き刺った。
ずん、と腹に響く音がして、石剣が深々と校庭を抉る。
どう考えてもムダだと思えたが、義務不履行をするわけにはいかず、協は声を張り上げた。
「警告します! 次にあなたが攻撃してきた場合、あなたに敵意のあるものとして、私は
正当防衛権を行使します! 突然のことで混乱しているのはわかります、しかし私に
あなたを害する意図はないのであって――」
聞いちゃいない。
石像は石剣を地面から引き抜くと、今度は思い切り横薙ぎに振ってきた。
直撃すれば上半身が消える。
協はさらに後ろへ跳んだ。余裕を持ってかわしたが、それでも巻き起こった風が頬をなぶ
った。
「――どう見ても魔法の石像だってのに。それでも話しかけなきゃいけないのが、伐禍の
辛いところだよな……」
柄を握り、ずらりと抜刀する。刀身は弱々しい月光とは正反対の、凶悪な赤光を放った。
炎だ。
惑星の深淵から採取したような、深い色の炎が、刀身にまとわりついている。
深呼吸をひとつ。
協はつぶやいた。
「交渉失敗。迎撃する」
石像が走り出した。でかい足跡を地面に刻みつつ、おそらくは異世界の魔法使いがガーデ
ィアンとして使役していたのだろうそいつは、下段から石剣を振り上げた。
地面を削りながら、巨大な刃が飛んでくる。
だが協の目に動揺の色はない。速さと重さは確かに恐いが、おそろしく単調で直線的な攻
撃だ。食らうほうがどうかしている。
体を半身にするだけで、目の前を刃はすり抜けていく。
機を生かし、協は一気に間合いを詰めた。
意図に気づいた石像が石剣を引き戻すよりも早く、一閃。
炎をまとった刃は、いともたやすく石像の右足を切り裂いた。
ずるり、と脚が斜めにずれる。
片足一本ではバランスを維持できず、石像はうつぶせに転倒した。
斬撃を加えた勢いそのままに石像の脇をすり抜けていた協は、ターンすると石像の背中を
切り裂き、さらに首をはね、ついでに頭は二つに割った。
どれが致命傷となったかはわからないが、とにかく石像は沈黙した。
指先ひとつ動かない――死んだ、もとい壊れたのだろう。
しばらく像の様子をうかがってから、協は思念を飛ばした。
『こちら津和田。越界者と交戦、討伐した。チェッカーをよこしてください』
返事はほどなくやってきた。
『認識しました。チェッカーを派遣します。月の涙の落下観測がなされない限り待機して
いてください』
刀を鞘に納める。燃えさかる刀身は隠され、あたりに闇が再来した。
ほどよく火照った体を快く思いながら、協は石像の残骸に腰を下ろす。
チェッカーが到着するまでには、まだ少しかかるだろう。
チェッカー――それは、伐禍が凶暴な、あるいはそもそも話が通じるだけの知性を持たな
い越界者を討った際、その越界者の危険性を現場で評価する人間のことである。
伐禍は基本的に歩合制なので、伐禍の評価者たるチェッカーは、生活をそのまま左右する
存在だ。
それゆえか、伐禍とチェッカーとのトラブルはしばしば起きる。数年に一度は殺人事件に
発展することもあるから、関係性の深さは善きにつけ悪しきにつけ相当だ。
こうしたトラブルの原因は、往々にして伐禍かチェッカーのどちらかがまともでないこと
にある。金欲しさのあまり過大評価を求める伐禍、あるいは役所の飼い犬となって、過小
評価を狙うチェッカー――大抵はこうした私利を追求する心に起因しているのだ。
その点、この街のチェッカーはまともな人ばかりでよかった、と協はぼんやり思う。
一度は全チェッカーから評定を受けているが、不当に感じたことは一度もない。
ありがたいことだ、と思ったときのことだ。
――かしゃん。
軽い、厚みのない音がした。
フェンスの揺れる音だ。
何の気なしに協は振り向く。
そして見た。

プールのフェンスに、少女が立っていた。


     

「は?」
数秒前まで、絶対にあんな少女は居なかったはずなのに。
彼女は厳然とそこに存在していた。
冷え切った風が、ひゅるりと校庭を吹きぬけた。
上空でも風の流れが生まれたか、雲が払われ、薄雲に覆われていた月が顔を出す。
熱のない、青い光が大地を照らし、彼女の風貌がはっきりと明らかになる。
初対面であることだけは確実なようだった。
華麗に過ぎると思えるほどの、豊かな金髪にも、
海を封じ込めたような深い青の瞳にも、
天然の造形物とは思えないほど整った細面にも、まったく見覚えはなかったのだ。
……やばい、かわいい。
健全な17歳であるところの協が不覚にも心を動かしていると、彼女の体がふと
傾いた。
彼女はゆらりと体を傾け、傾け、傾け――
「ひゃあああっ!?」
風に煽られたのかなんなのか、落ちた。
ぼさっ、と地面に顔から落下し、動かなくなる。
「……こういう場合、助けるのが市民の義務ですよね」
誰かに確認するような口調でつぶやくと、協は少女のもとに近づいた。唐突な急展開に、
脳のほうがついていかない。
死体にクラスチェンジしてしまったかのような少女の傍らにしゃがみ、協は問いかけた。
「コメントに困る状況だけど、大丈夫か?」
「う、ううう……致命傷ではないですけど……」
いちおう返事はあった。どうも声が震えているようだったが。
「そりゃよかった。ほら、立てるか?」
手を差し伸べると、少女は顔を上げて手を握ってきた。
「すいません……このご恩はきっと、きっといつか」
「こんな現金換算で10円くらいの恩、返されたってこっちが困る」
協は立ち上がり、手を引いて少女を立たせてやった。
手で顔についた砂も払ってやる。見たところ、たいした怪我はなさそうだった。
やっぱり痛かったのか半泣きで顔を歪めているが、それでも綺麗な子だ、と協は再確認。
「で、君はなんなんだ」
はっ――と少女は急に泣くのをやめ、背筋を伸ばした。あらかじめ用意してあった台詞
を読み上げるかのように、
「わ、わたしベル=サンデナックと申します! 今日からチェッカーの任務に就かせて
もらってます! よろしくお願いします!」
「……へ?」協は思わず問い返した。「チェッカー? 君が?」
「はい! これが初仕事ですっ!」
緊張で体をこわばらせ、ベルと名乗った少女は返した。
「…………。まあ、いいや。要領はわかってるよな?」
「それはもちろん! ちゃんと教習受けてきましたから!」
そうかい、と協は頷いた。手で残骸を示す。
「じゃあよろしく」
「わ、わかりましたっ!」
ベルは首が外れそうなほど勢いよく頷くと、残骸に近寄った。協のものからプロテクタ
を取り外しただけの簡素な戦闘服のポケットからPDAらしきものを取り出すと、各種
項目と残骸の状態を照らし合わせ始める。
ふたつに割れた像の頭を観察しているベルの背を見るともなしに見ながら、協は口を開
いた。
「君、さっきはどうやって移動してきたんだ?」
初めて顔を合わせる相手への好奇心が口を開かせた。会話の端緒が欲しかったのもある
し、フェンスの上にいきなり現れたのに興味があったこともある。
「さっきって、あれですか」
作業の手を休めず、像に視線を落としたままに、ベルはこともなげに言ってのけた。
「あれは空間を直結しただけですよ?」
ちょっと失敗しちゃいましたけど、とややトーンを落として付け加える。
「ちょっと、って……」
呆気にとられるという段階を一気に飛び越え、戦慄に近いものを協は感じる。
「空間を繋げるなんて、とんでもないレベルの魔法だろ!? 君くらいの年齢でそんな
ことが出来るやつなんて、人類史上でも10人はいないぞ」
「ああ、それでしたら、わたし――」
ベルはくるりと振り向いた。舞踏会に招かれた貴族の子女のように、軽やかなターンで。
「――越界者、ですから」
どこにも無理なところのない、自然な、嬉しさを由来にする純粋な笑顔。
なのに、どうしてだろうか。
協は違和感を覚えた。
「わたしの世界は、とても空間を操る術が発達してたんです。この世界はわたしの世界
と空間構造がそっくりですし、魔法という技術体系も殆ど同じものですから。でも、
やっぱりちょっと勝手が違うから、さっきは少し失敗して変なトコに出ちゃいましたけ
ど。……本当は、あなたのそばに転移するつもりだったんですよ?」
言ってベルは、あ、と何かに気づいた声を出した。
「そういえば、あなたの名前を聞いていないです。これからは仕事でご一緒することも
あると思いますし、教えてほしいです」
「ん、ああ――」協は頭をかいた。「悪い、名乗り忘れてた。俺は津和田協。ごく標準
的な伐禍だよ」
「キョーさんですね。これからよろしくお願いします」
親愛のたっぷり含まれた笑顔を向けたベルは、ポケットにPDAを戻した。
「この魔力式機動戦像の討伐評価は本部に送信しました。それでは、わたしは帰還しま
すね」
ああ、と協が頷くと、ベルは、
「また会いましょう」
と言って、その場から痕跡一つ残さずに掻き消えた。
残された協は深々と溜息。
「平気な顔で空間転移かよ。……俺なんかより、ずっと伐禍に向いてるんじゃないか?」
ぼやくしかない。
これでも随分努力しているつもりだが、こうもはっきりとした実力差を見せ付けられる
と辛いものがある。
しかし――
『連絡します。月の涙を観測しました。落下予測地点は本庄交差点。付近の伐禍は急行
願います』
今日も空を切り裂く玉兎の涙滴は、思考に浸ることを許さない。
天に開いた門の下で、人類は今日も生きている。

       

表紙

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Neetsha