どうして内緒なんだろう?
お外で包丁持ってるのは悪い事なのかな?
だから、男の子は星奈に見られたくなかったのかな?
「あのね。星奈ね、誰にも言ったりしないよ?」
「言わないでくれると、助かるよ」
「うん。やくそくするよ」
やくそくは、ちゃんと守らなきゃいけない事。
だから、この事は男の子と星奈だけの秘密なんだよ。お口チャックだ。
「あ、そだ。ねぇねぇ。さっき包丁についてたのなにー?」
「……っ!」
男の子は星奈を睨んで来た。さっきまで優しかったのに……急に怖い顔になっちゃった。 星奈何か悪い事言ったかな?ごめんなさいしたほうが良いのかな?
「なんか赤いやつがね、べとーってついてた」
「それも見たの?」
「うん。星奈みたよー。包丁にね赤いの一杯ついてた。赤いのは……えっと……」
そうだ。さっき見たところだ。星奈にひどい事してた研究員さんを、ぼきぼきぐしゃーってやった時に、一杯流れてたやつ。お肉がびりーってなったところから、たくさん出てたやつ。「体からたくさん出るんだよね。ぬるぬるで、とろとろで、あったかいんだよね」
「からかってるの?人間の血液だよ……それぐらいわかるだろっ!」
「う、ごめん」
大きな声で怒鳴られた。星奈がちゃんと答えられなかったからかな?。
怒られるのやだなぁ……しゅんってなっちゃうよ。
「そっかぁ。あれは血液っていうんだね。たくさん見たけど、はじめて名前がわかった。
「でもなんで人間の血液が包丁についついてるの?人間をお料理したの?」
「ほんと、変な子だな……」
男の子は怒ったままで、またお水で包丁を洗い始めた。
「何かお手伝いできる事あるー?星奈も手伝いするよ?」
「いいよ、もう終わるし。それよりさ、とりあえず早くどこかに行ってよ」
「星奈の事、嫌い?」
「会って間もないのに好きも嫌いもないだろ。そもそも名前も知らない者同士なのにさ」
「あ、そっか。はじめて会った人にはご挨拶しなきゃいけないんだね」
そうだ。星奈は研究所でいろんな人に会わなきゃいけなかったから、ちゃんと挨拶しなさいってお母さんに言われたんだっけ。
「えーっと。星奈はね、星奈っていうだよ。よろしくお願いします。なんだよ」
頭をぺこりと下げる。うん、お母さんに教えてもらった通りにちゃんと出来た。星奈えらい。お母さんが見てたら絶対褒めてくれたよ。
「あ、そう……」
男の子は星奈の事なんてちっとも気にしないで、ずっと包丁をごしごししている。
「もー。星奈はちゃんとご挨拶したのにー。したのにー」
「そんなのそっちの勝手じゃないか」
「えー。君の名前も教えてよー」
「嫌だ。それに知らないほうが良いよ。君にも迷惑かかるかもしれないし」
「なんで?星奈全然めいわくじゃないよ?」
だって星奈はすっごく知りたい。
星奈はずーっとおっきな白いお部屋の中にいて、いつも一人で。
お母さんはいつも忙しそうだったから、時々しか遊んでくれなくって。
だから、星奈と同じぐらいのお友達がずっと欲しいなーって思ってだんもん。
「……だめ?」
「……」
うぅ……。返事してくれないよ。
やっぱし、星奈の事嫌いなのかなぁ。
せっかくお友達になれるかなーって思ったのになぁ。
星奈はお友達つくるの下手なのかなぁ。
それから、男の子はずーっと星奈とおしゃべりしてくれなくて。
ごしごしごしごし包丁を洗う音だけしかしなくて。
星奈はちょっと……ううん。すっごくすっごく寂しいんだよ。
「……浩平」
包丁をごしごしする音が止まって、男の子はまた星奈に話しかけてくれた。
よかった。星奈の事、忘れてたんじゃなかったんだ。
「え?え?浩平?それが君の名前?」
「……そう」
お名前聞けた。
浩平くん。
はじめてできたお友達のお名前。ちゃんと覚えておかなきゃ。
「教えてくれてありがとーだよ。これで星奈と浩平はお友達だね」
「それは……ちょっと違うと思うけど」
「あのね、あのね。星奈はね。浩平の事の好きだよ」
「何かの冗談?」
「違うよー。浩平はお水飲ませてくれたし。良い人。だから、星奈は浩平が好きなんだよ」 「公園の水なんだから、別に誰が使っても良いんだよ。僕だけのものじゃないし」
「でも浩平は優しいよ。星奈にはわかるんだよ」
「ほんと……単純だね君。よし、これでいいや」
お水を止めて、服で包丁を拭いた浩平は、ぴかぴかになった包丁を見て嬉しそう。
公園の灯りできらきら光る包丁は、小さな三日月みたいでとっても綺麗。
「僕の用事は終わったから、君も早く帰りなよ。家族が心配するよ」
「んー。でも星奈どうやっておうちまで帰っていいかわかんないんだよ」
星奈の住んでた場所はおっきな建物がたくさんあったけど、ここには全然ないし。
多分、研究者さん達の車に乗せられて走ってたから、全然知らないところに来ちゃったのかな。
「迎えに来てもらえば? 携帯とか持ってないの?」
「けーたい?よくわかんないけど、星奈は持ってないよー」
「どこの子か知らないけどさ、世間知らずにもほどがあるでしょ」
「あはは。ごめんだよ、お外の事はよくわかんなくって」
浩平ははぁぁぁーって、大きな息を吐いた。
「はぁ……そうなんだ。とにかく僕はもう行くから。どこか交番で保護してもらうんだね」
すたすたと浩平は公園を出て行こうとする。
あれ?もう行っちゃうのかな?
まだ会ったばっかりなのに。全然おしゃべりもしてないし。全然遊んでないんだよ。
「わ。わ。待ってよー、浩平もう行っちゃうの?せっかくお友達になれたのに?」
「だから、友達じゃないって」
「浩平のお邪魔しないから星奈もついていきたいんだよ」
浩平が行っちゃうのやだから、星奈は浩平の腕にぎゅうってしがみつく。
「ついてくるだけでも邪魔なの」
「途中までだからー」
「腕、腕離してってば。胸が……胸があたってるから」
「あ、ごめんだよ」
浩平は真っ赤になって、汗たらたらで手をばたばたさせてる。
何でなのかわかんないけど、浩平が苦しそうだから手を離してあげた。
「あのさ。僕こういうの苦手だから、やめてくれる?」
「んー?うん、浩平が嫌なら気をつけるよー」
自分の胸をわしわしと触ってみる。ふにふに。やわらかめ。
浩平はふにふにが嫌なのかな?
「そりゃ、僕だって何もなければ君が家に帰れるように手伝ってあげたいけど……今はほんと駄目なんだって……」
「星奈はもう少し浩平と一緒にいたいよ。たくさん遊びたい」
「そんな子供みたいな事言われても……」
「駄目?」
浩平はすごーく難しい顔で、星奈の顔をじぃーっと見た。