Neetel Inside ニートノベル
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 家に帰ると、八つ年上の兄が、居間で携帯ゲームに興じていた。
 集中しているのか、口を半開きにして、カチカチとボタンをせわしなく押している。
 お兄ちゃんがずっとハマっている、大きな怪獣と戦うゲームだ。この間プレイ時間が500時間を超えたとかなんとか、言ってたっけ。
 これが、我が町を守る警察官の姿かと思うと、妹ながらに情けなくなってくる。
「ただいま。お兄ちゃん今日非番だっけ?」
「ああ、久しぶりの休みだ。っても、別に出勤してても暇なだけなんだがな。この町は平和そのものだな。こういう時は、この町に勤務してて良かったと思うよ。ほんと」
 ゲームを一時中断して、お兄ちゃんは、うむうむと頷く。締まりのない笑顔を向けられると、私も笑うしかない。
「そんな平和な町が、嫌だって子もいるんだよ」
「ははは、ならその子は贅沢者だな。何も飛びぬけた事が起きず、毎日を平穏に生きられる。こんな幸せな事はないってのにな」
「世界は終わっちゃうかもだけどね」
「それは、しょうがないだろ。警察の力じゃ世界は救えないからな。俺が救えるのはゲームの中の世界ぐらいかねぇ」
 だよねぇ。
 そんな風に、軽く相槌を打つ。波風を立てないための、家の中での仮面を、私は一枚被る。「お兄ちゃんも、休みを満喫しなよ」
「おう。今日中に欲しいアイテムをゲットしないとな」
うわ、一日ゲームする気だよ。
「んじゃ、また夕飯の時ね」
「あいよー」
 既に、お兄ちゃんの顔はゲーム機の画面に向いていた。
 いつも通りの、短い兄妹のコミニュケーションをとった後。お兄ちゃんの隣をすり抜け、自分の部屋のある、二階へと向かう。
 鞄を机に投げ出し、私は重力に任せるままに、ベッドに倒れ込んだ。
 なんだか……疲れた。
 お腹も少し空いているけど。今はあまり動く気になれない。
 こんな事なら、さっき一階にいるときに、何か持って来ればよかった。
 私がそんな後悔をしている間に、お腹が小さく鳴った。
「はぁ……」
 空腹とか、その他もろもろの、色々な事に溜息が漏れる。
「繭歌、泣きそうだったな……」
 先ほどの、繭歌との会話を思い出すと、気分が重い。
 繭歌の誘いを断った事は、間違いじゃない……と思う。
 でも、だけど。
 別れ際の、私を見つめる繭歌の表情が、瞼に焼き付いて離れない。
 弱々しくて、涙を堪えるような顔で立ち尽くす繭歌。
 その光景を思い出すだけで、私の心には重く、淀んだものがのしかかってきた。
「だって、しょうがないじゃん。私には、何もできないんだし」 
 誰に言うわけでもなく、呟く。
 もやもやと、整理できない頭で、枕に顔を埋めていると、不意に携帯が鳴った。
 う、動きたくないのに……。
 手元にあれば、それほど苦労しないのに。残念ながら、携帯は机の上にある鞄の中だ。 一瞬、無視を決め込もうかと思ったけど。携帯の着信音が鳴り止む気配を見せないので、仕方なく私は重い体を起こした。
 鳴り続ける着信音にいらいらしながら。鞄の中に手を突っ込み、携帯を取り出すと。私は乱暴に通話ボタンを押す。
「あ、七海? 超ひさしぶりだね」
 聞こえてきた声は。元、クラスメートの智子だった。
「なんだ、智子かぁ」
「なんだは無いでしょお、ひどいよねぇ。あたしたち一応、友達じゃん?」
「ごめんごめん」
 智子は、ニュースが流れて。まっさきに学校に来なくなったグループの一人だ。そこまで親しい間柄でもなく。智子が言うように、一応、友達。
 私達の使う、その言葉は。ちょっとした挨拶みたいなもので、薄っぺらな連帯感を保つための、悪趣味な魔法の呪文でしかない。
 だから。一応、友達なんて。ただの、知り合いと同じ事なんだと思う。
 ……駄目じゃん。
「最近、全然連絡してこなかったのに。どしたの? 智子からかけてくるなんて珍しいね」
 気をとり直し。学校で話していた時と同じように、明るい声で聞く。
「んー別にさぁ。大事な用事ってわけじゃないんだけどさぁ。七海って芹沢と仲良かったじゃん」
「どうだろ。結構、よく話たりはしたけど……繭歌がどうかした?」
「だからさぁ。さっき駅前のスーパーに私言ってたのよ、お母さんがさぁ、夕飯の材料を買い忘れたとかでさぁ。ったく、娘をパシらすなっての……」
 はじまった途端に、すぐに智子の話は脱線をはじめた。

       

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