Neetel Inside ニートノベル
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 数日後。コウとヒバリは定期船を乗りついでセントラルシティにやってきた。
 セントラルシティはメトロ・ブルー最大の都市で、惑星人口の二割がこの地域に住んでいる。
 高層ビルや地下鉄、娯楽施設に公園、空港などひとしきり並んでいて、惑星中枢都市としての機能を十分に果たしていた。グラインドワールドグランプリの際は、この都市が玄関口となり、星籍を問わず多くの人で賑わっていた。
 しかし先日の停電以来、都市の建造物はほとんどが休館しており、居住区のない市街はさながらゴーストタウンのようだった。
「いつもはあれだけ賑わってたのに」
 ヒバリが言った。商店の並ぶ通りは魂が抜けたみたいにひっそりしていた。
「そりゃ店がやってないんじゃな。来る意味がほとんどなくなる」
 コウが答える。
 二人は街の中核たるセントラルタワーに向かっていた。タワーは街の中心部にあり、政府の機関や星系にまたがる大企業で上から下までうめつくされている。今は世界中から技師が集まり、地下にある巨大な心臓部、永久機関(エターナル)を一日も早く復旧すべく働いているはずだった。
「まさかこの塔に入る日が来るとはな」
 コウがつぶやいた。セントラルタワーは各教育プログラムの首席を取るような人材ばかりが集まる場所で、いわば「名誉の塔」だった。
「私たちがやることなんてほとんどお手伝いでしょうけどね」
 ヒバリが言った。
「お前はまだマシな仕事が与えられるんじゃないのか。僕はさしずめお茶くみ当番か」
 ヒバリは首をかしげ、
「どうかしら。地下何キロも潜るんだから、お茶くみだってたいそうな仕事だと思うけど」
 海辺から塔に向かう道にはまばらに人の往来があった。そのほとんどが技師だ。ヒバリやコウはもっとも若い部類なので、彼らより年上の人ばかりだった。
 十分後、ヒバリとコウが塔に入ると、二人を警備員が呼びとめた。
「あーちょっと待った。君たちは?」
 警備員は机のむこうから首を突きだして尋ねた。やせたカメのようで、コウは少しおかしかった。
「私はヒバリで、こっちがコウです。一級と二級の技師です。エターナルの復旧作業に来ました」
「ああ、はいはい。それじゃ技師免許の提示をお願いします。なにせ毎日のように新しい技師さんが、それも星系じゅうから集まってくるものだからね。参ってるよ」
 二人を呼びとめた警備員の他にも、二十名ほどがエントランス受付に陣取っていた。新参と思しき訪問者を呼びとめては身分証明を求めている。しかしどうも臨時業務に戸惑っているような雰囲気だった。どこかから机を持ってきて付け足している。
 本人確認には時間がかかった。普段なら技師のIDカードを認証すればものの数秒で済むが、
 電気が使えない今、コンピュータもほとんどが稼働しない。復旧プロジェクトには他の惑星から電力資源を積んだ大型飛行船が来て、優先的にエネルギーをあてていたが、それでもまだ足りないとの話だった。やがて警備員が引っ込めていた首を伸ばし、
「OKです。エレベータホールから地下へ降りてください」
 右手をまっすぐ横に突きだした。
「エレベータが動くんですか?」
 ヒバリが訊くと警備員は、
「最初のほうは使えなかったんですが、二日前から動くようになりました。それまでは下とここの行き来だけでも一苦労でしたよ。……はい、これが仮の通行証です。今日のはたらき次第で本通行証に替えますので」
 ヒバリとコウはそれぞれにパスを受け取った。二人の後ろを、金髪の男性が本通行証をかざして通り過ぎた。警備員は彼にうなずいた。
「あとこれがヘルメットです。地下は地肌がむき出しの個所もありますので。くれぐれも気をつけてください。制御室に着いたらはずしてけっこうですので」

 エレベータホールには二十以上のエレベータがあったが、稼働していたのは二つだけだった。ヒバリが階数入力パネルに地下三十と打ちこむと、エレベータは静かに降りていく。
「あら、初めて見る顔ね」
 二人を誰かが呼んだ。見ると、黒髪に眼鏡がよく似合う女性が二人に笑いかけていた。
「こんにちは。あなたたちも技師?」
 ヒバリはうなずいて、
「ええ。失礼ですがあなたは?」
 ヒバリの問いに女性は麗容な笑顔で、
「私はミツキ・クレセント。惑星ガイア・レイの星間技師です」
「ミツキさん?」
 ヒバリは何か思い出しかけた。すぐに手を叩き、
「あ。もしかしてあの……グラインドレースの?」
 コウもピンときた。先日の世界大会でBBが注目していたグラインダーだった。
 ミツキはすっと伸びた眉をわずかに上げて、
「よく分かったわね。初対面で気づかれることってあまりないんだけど」
 ミツキはつややかな笑みを浮かべた。コウは不覚にも心拍数が上がるのを感じた。
「たしかに、レースの時とは雰囲気がだいぶ違いますね」
 ヒバリが言った。ミツキは長い髪を揺らすと、人さし指で下を示して、
「本業はこっちなのよ。グラインドはどちらかというと趣味。あのレースには私の星の政府から依頼されて出ていたの」
 ヒバリは顎に手をあてた。
「依頼ですか? それってどういう」
 するとミツキはヒバリに近づいて声をひそめた。
「大きな声では言えないんだけどね。メトロ・ブルーの電力調査とでもいえばいいかしら。この星は特異だから。これだけグラインド飛行に適した星もないし、グラインダーを使って電力のモニターをしてきてくれっていう、本当なら秘密の依頼だったわ」
 そう言うとミツキは二人から離れ、また穏やかに笑う。
「いろいろあってポシャったけどね。そのおかげでここの手伝いを言い渡されてる。ほんとならとっくに帰っているはずだったのよ。この星は嫌いじゃないけど、なんか不遇よね」
「どのくらいの人が働いてるんですか? 今回の件で」
 エレベータが止まって、ドアが開いた。ミツキは先をうながしながら、
「千人以上。でもまだ全然手が足りてないわ。『エターナル』はあまりにも巨大な機械だから」
 地下三十階からは無機質な内装の道が延びていた。その先にはさらに下へ続く階段がある。
「ここからはエレベータが通らないのよ。セキュリティのためと、あとはエターナルが完全な装置だったからというのが理由らしいわ」
「完全な装置?」
 歩きながらコウが訊いた。エターナルについては「あって当然のもの」という認識しかなかったので、ともすれば他の惑星の住人よりコウには知識がない。
 ミツキはうなずいて、
「そう、完全な装置。二百五十年前に、ただひとりの天才、ガウス・レインブルーが基礎工事と設計図を残してつくりあげたものなのよ。メトロ・ブルーの気候から生まれるエネルギーを変換し、電気に変える。そのうえ有害な物質や環境を汚染する毒素はいっさい排出しない。おまけに完成すれば数百年は手を加えずとも動き続ける。じっさい、ガウスの死後五十年かけて完成してからこっち、今まで二百年もの間動き続けたんだから、脅威としか言いようがないわ」
 コウは思い当たって、
「ガウス・レインブルーか。それなら聞いたことがある。ずっと昔から今まで使われてるプログラム言語の創設者だ」
 コウが言うとミツキはうなずき、
「他にも彼は五つの功績を残してるわ。どれも後世まで残る偉大なものばかりよ。後にも先にも彼のような天才は現れないでしょうね。この星はグラインドではなく彼によって栄えたと私は思ってる」
 夜の湖面のようにひんやりとした口調でミツキは言った。
「でもね、どうして永遠の心臓が止まったのか、私には分からない。ほんとうなら彼のもくろみ通り、あと数百年は動き続けたはずよ」
 三人は階段をどんどん降りていった。深いところへ潜っていたが、コウはさほど息苦しさも寒さも感じなかった。円形のトンネルのような道は、さながら地下鉄の駅のようでもあった。しかしこんなに深くは潜らないだろう。コウがそんなことを考えていると、
「あ、ここだけ段差になってるから気をつけて」
 ミツキが注意した。見ると、まっすぐな道を横切るように、むき出しの地肌のトンネルが交差していた。かなり大きく、下にはレールが走っていた。
「鉄道?」
 コウがつぶやくと、ミツキはうなずき、
「ずっと昔のね。まだ陸地がじゅうぶんにあった頃、今の都市は周囲にもたくさんの街を持っていた。移動手段として列車が用いられたけれど、陸地の面積には限界があるし、モノレールは高いわ。だから近場の移動に地下鉄が今よりたくさん使われていたのよ」
「よく知ってるんですね」
 ヒバリが言った。ミツキは、
「ここに来る前に調べさせられたからね。歴史や地理ともなるとさすがに技師の仕事の範疇を超えてると思うけど」
「その時のままレールが残ってたのか」
 コウは驚いていた。昔の人々がどのように暮らしていたかなど、ろくに考えたこともなかった。せいぜい知識として知っていた程度で、それが実際にあったことだと思いもしなかった。
「この星は海の底にあらゆるものが沈んでいると私は思うわ」
 ミツキが言った。くすりと笑って、
「あるいは沈めたかったのかもしれないわね」

 警備員から通行証を受け取って三十分ほど経っただろうか。ようやくコウたちは技師が集まる巨大な制御室にたどりついた。
「ここにエターナルがあるのか」
 コウが言った。しかしミツキは首を振り、
「いいえ。エターナルはもっともっと深いところにあるの。そして誰もそこへは行けない。メインプログラムやサブプログラム、その他のシステムがこの部屋にある。エターナルが心臓だとしたら、ここが脳よ。ダウンしたのはこっち」
 制御室――部屋というより大型のホールのようだ、とコウは思った――では何人もの技師が忙しく立ち働いていた。男性のほうが多かったが、女性もいた。ミツキの話では、彼女のようにメトロ・ブルー以外からも技師が派遣されているらしい。
「局長に会うといいわ。私にも持ち場があるから。会えたらまた後で会いましょう」
 そう言ってミツキは歩き去った。コウはあらためて制御室をながめた。
 巨大な制御室にはいくつもの階層があった。その各階に計器が整然と並び、すべてにキーボードがついている。旧型のものらしく気晶タッチパネルではなかった。ほとんどすべての席に誰かが座っていて、その後ろにも技師がいる。話し合いながら作業しているらしかった。
「コウ、こっちみたい」
 ヒバリがコウの服を引っぱった。よろけそうになるところを踏みとどまって、コウはヒバリについていく。
「すげえな」
 制御室は意外にも明るかった。中央に採光窓があり、そこはどうやら地上に通じているようだった。集められた光が均等に室内に行きわたるようになっている。
 一階の壁面にドアがあり、その向こうに別の小さな部屋があった。そこが局長室だった。
 技師が行きかう制御室を、迷惑にならないようそっと横断したコウとヒバリは、ドアをノックした。
「誰もいないのかしら」
 室内は事務室のようになっていたが、人は誰もいないようだった。
 ヒバリが所在なさそうにしていると、
「ん。君たちは?」
 後ろから声がした。コウとヒバリが振り向くと、背の高い中年男性が立っていた。ブロンドの髪と、口元にそろえたヒゲがしゃれた印象を与える。しかしシャツはくしゃっとしていて、格好いいと言いきることはできなかった。
「私はヒバリで、こっちがコウです。一級と二級の技師で、臨時職員としてボランティア公募に来たんですが」
「ああ。上から連絡があったよ。そうかそうか。なにせ本当に手が足りないんだ。歴史上の大天才に凡人が束になって挑んでいるような感じだよ。こちらは優秀な人材ぞろいなんだがね。まあ入って」
 局長はドアを開けると、急ぎ足で中に入った。
「そこに座るといい。なにせ忙しいからな。なるべく手短に済ませよう」
 椅子をすすめ、自分は机向こうに腰を下ろした。
「簡単に説明したいところだな。ふむ」
 局長は神経質に両手を揉んだ。
「エターナルはどうして止まってしまったんですか?」
 ヒバリが訊いた。コウも真っ先に訊きたいことだった。
 局長は指先で頭をかいて、
「まずシステムがほぼすべてダウンしている。いつもはタワーで働いている先遣隊がここに来た時には、非常電源を使って再起動する必要があった。そこから我々の長い戦いがはじまったわけだが……あー、まあざっくり説明すると」
 局長は二人のところまで歩み寄ると、目の前の客用テーブルに紙とペンを出して図を描き始めた。丸を描いて、その中央寄りに小さな丸。
 大きな丸を指でさした。
「これがメトロ・ブルーだとすると」
 小さな丸を指でさして、
「これがエターナルだ。心臓部。ここは今も問題なく動く状態にある」
 局長は小さな丸の傍に四角を描いた。小さい丸と四角を線で結ぶと、四角を示し、
「ここが今我々のいる制御室だ。ブレーン。こっちが全部停止している。行ってみれば脳死状態だ。だからこのメトロ・ブルーは生きながら死んでいるような状態になっている」
 局長は背もたれに身を沈めて、
「復旧度は三割だ。この二週間全力で取り組んでこの結果だ。今日まで、地上じゃあらぬ論争が起きている。君たちは知ってるかい?」
 コウは新聞で読んだ記事を思い出し、
「他の星からのテロだとか、天才に頼りすぎた星の終焉だとか、そういう噂ですか?」
「その通り」
 局長はペン先で空をついた。
「いまや政府は非難の的だ。ものごとがうまくいかなくなった途端に人々は自分の外にあるものを責めはじめる。ずっと快適だった星が、不意をつかれてこんなことになった、とね。その責任が誰にあるのか? まず自分を棚に上げて周囲から攻撃すべき対象を見つける。こっちにしてみればあきれた話だがね」
 所長は静かに息をはきだした。
「まあそれはいい。我々の責務はシステムの復旧だ」
 左手で顎をさすりながら、
「エターナルのブレーンは膨大なプログラムから組成されている。天才ガウス・レインブルーが二百五十年前に構築したいしずえだ。そして困ったことに、今回我々はそれらをひとつひとつ書き直さなくてはならない」
「書き直す?」
 コウが言った。そうだ、と局長はうなずき、
「ガウスの挑戦、と我々は呼んでいるが。復旧時にすべてのプログラムを別の形に置き換える必要がある。そのためのモデルはあらかじめ用意されているが、その作業はすべて人の手でひとつひとつやらねばならない。復旧用の自動生成プログラムがないんだ。ガウスが開発した独自の言語を使っているからね」
 局長は首を傾げた。なぜこんなことをしなければいけないのか解せない様子だった。
「どうしてそんなこと。ガウスが用意していたんですか?」
 ヒバリが当意即妙に言った。局長は、
「おそらくそうだ。あんなものを用意できる酔狂な人物は他にいないだろう。もしかしたらこんな日が来ることを予見していたのかもしれないな。それでガウスはわざとそんなものを残したんだ。だが一体何のために?」

       

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