Neetel Inside ニートノベル
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 コウが技師資格一級を落としたのは一年前の春だ。
 高等部を卒業する際、生徒はみな就職か資格取得による大学部への進学を選ぶ。割合はだいたい半々だった。コウやヒバリは資格取得試験を受け、トウジは就職した。
 しかしコウは試験に落ちた。そんなこと考えもしていなかった。ぼんやりしながら、コウは就職も再受験もせずに過ごした。その間、高等部の頃から興味があったウェブに時間のほとんどを費やした。
 名目上は百パーセントの生徒がめいめいの進路を見つけたことになっているが、じっさいのところ、ウェブにはコウのような落第者や、仕事をやめて閉じこもったものがあふれている。彼らはウェブの中では自分の身上を語らない。代わりに自分以外の、たとえば遠くの星の災難などを話しては娯楽のタネにする。
 コウには分からなかった。いったいなぜ勉強や労働をするのか?
 これまではただ何となく過ごしていた。それなりに勉強していればテストでも相応の結果が出た。しかしそれは他に目的があるからではなく、ただ要求されたからそうしていただけのことだ。その先にあることなど考えもしなかった。働かずとも生きることができる惑星に住んでいるから、なおさらだ。
 高等部にいる頃からそのような感覚がコウの中にはあった。たとえば、同級生が当たりまえのように自分の進む道を選ぶことに、コウは疑問を持つことが多かった。もちろん彼らは迷いながらではあった。しかし最後にはちゃんと決定をしたし、そこで立ち止まったりしなかった。
 いっぽう、コウは受験前にこんなことを思った。
 なぜ自分は進学するのか?
 その疑問に突き当たると、いつもコウの胸にわだかまりができた。そしてそれはコウから少しずつ、まるで深い谷底からの引力のようにやる気を奪っていった。それでは困ることになると頭では思ったが、どうにもならなかった。

 コウが回想にふけっていると、知らない間に同窓会が始まって一時間ほど経っていた。
 コウは誰にも気づかれずに帰る方法を考えはじめた。
「ヒバリちゃん、勉強とボランティアを両立するのは大変じゃない?」
 すぐ近くでほのかが言った。ヒバリは「うーん」とうなって、
「大変だし疲れるけど、でもやりたいことだから」
 ヒバリが言った。コウにはそれが偽善のセリフに聞こえることがよくある。そのたびに、幼いころから一緒にいた彼女のことがあらためて分からなくなる。
 それとも、一年の間に自分が変わってしまっただけだろうか?
「お、コウじゃん久しぶり」
 コウに別の男子が話しかけた。
「ハヤセ」
 と言うのが彼の名前だった。コウとは最終学年の同窓で、たまに話したことがあった。
「元気?」
「そうでもない」
 コウは言った。ハヤセはトウジとはまた違うタイプのお調子者だった。相手の反応を見るために軽口をいうタイプで、コウは席が近かったから話していたが、あまり親密ではなかった。
 ハヤセはまるで自分が大人だと主張するかのようなこぎれいな格好をしていた。
「そうかい。そういや君はそんな奴だったな。俺にとっては不思議くんだった。今何してるんだ?」
「何も」
 コウはぶっきらぼうに言った。ハヤセは鼻から息を吐いて、
「何もしてないなんてことないだろう? まさかあれか。『中の人』にでもなったのかい?」
 コウは言葉の節々に悪意を感じた。もしかしたら、この男は知ってて言っているのではなかろうか。
 コウはうなずいて、
「そうだ。不毛な毎日を消費してる」
「おいマジなのか。そりゃ驚いた。そんな奴が本当にいるのかよ」
 ハヤセが声を大きくした。嘲笑するような表情が浮かんでいる。にわかに周囲がざわついた。ヒバリも気がついたようだった。
「悪いか、ほっとけ」
 コウが言うと、ハヤセは気取った仕草で肩をすくめ、
「別に悪くない。君の人生だし好きにすればいい。でもまさか、いやあ、本当にいるんだな、こういう奴」
 コウは立ちあがってハヤセの胸倉をつかんだ。視線と視線がぶつかる。コウはハヤセの目に歪んだ光を見た。
「おっと。俺何か言った?」
 ハヤセは両手を上げた。
「おいコウ、やめとけって」
 トウジがコウを押さえつけた。コウは目の前の相手を一発殴らずにはいられない気分だった。
「コウ!」
 ヒバリがコウを呼んだ。コウはハヤセをテーブルに突き飛ばすと、いきり立って会場から出た。
「おいコウ!」
 トウジはコウを追いかけた。コウは早足でどんどん歩いていく。しかし日頃運動していないので、足取りは遅い。トウジにすぐに追いつかれた。
「コウ待てよ!」
 トウジがコウの手首をつかんだ。コウはかまわず歩こうとする。
「放せ」
 コウは下を向いていた。とてもじゃないが親友と顔を合わせる気分じゃない。
「おい。あんな奴どうだっていいだろ。前からしょうもない奴だったよ」
 トウジが言った。コウは首を振り、
「僕のほうがよっぽどしょうもない」
 そう言うと立ち止まった。勢いに任せて歩いているうち、コウは会場の外まで来ていた。アートオブジェを配置した庭園になっている。
 来るべきじゃなかった、とコウは思った。
 本当は同窓会の告知にはひととおり目を通していた。そのうえで削除した。行っても気まずい空気になるのは目に見えていたからだ。
「コウ!」
 ヒバリが追いかけてきた。息を切らせながら。
「ヒバリちゃん」
 トウジが言った。ヒバリは、
「ありがとうトウジくん。捕まえといてくれて」
「いいや、こんなの何でもないよ。それよりコウ、気にするなって」
 トウジはコウの背に声をかけた。コウは振りむく気にならず、下を向いたままでいた。
「コウ。あれは相手が全部悪いわよ。絶対知ってて言ってきたもの」
「原因は僕だろ。来なきゃよかったんだ」
「コウ、そうじゃないわ」「お前は悪くないぜ」
 二人がかける言葉に、コウはいい加減耐えられなかった。
「やめてくれよ」
 コウの言葉に、二人は黙った。コウは手首を振ってトウジの手をのけた。
「帰る」
「コウ」
「ほっといてくれ。頼むから」
 そう言うとコウは出口に向かって歩き出した。

 トウジもヒバリも追いかけることができなかった。トウジがその背を見つめながら、
「ヒバリちゃん、コウはずっとあんな感じなのか」
 表情に友人を気遣う色があった。ヒバリは胸を押さえながら、
「ええ。そうよ。言えば言うほどあんな風になって。どうすればいいのか私には分からない」
 ヒバリは言った。うつむいて、
「トウジくんありがとう。あんな奴だけど心配してくれて」
 トウジは首を振って、
「前はもっと明るかったよな、あいつ。口は悪いけどさ、あんな風じゃなかったよ」
「ええ」
 ヒバリは疼痛がした。こんなはずじゃなかったのに、と彼女は思った。
「本当なら私がコウを元気づけて、立ち直らせなきゃいけないのに」
「ヒバリちゃんは頑張ってるよ。俺、あいつにもっと早く会っておくべきだった。こんなことになってたなんて思いもしなかったよ。この一年、自分のことばっかりだった」
 ヒバリは声にならなかった。一年間、コウと衝突していた記憶がよみがえった。体内に重りを下げられたかのように、苦しくなった。
「ありがとうね、トウジくん」
 ヒバリはやっとそれだけ言った。

       

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