Neetel Inside 文芸新都
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文芸秋の三題噺企画
お題①/悪魔と取引を/新野辺のべる

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お題①:
「ファッキンビッチが豚とやってろ」
「ジョーカー」
「新都社」


 またダメだった。記念すべき666回目の門前払いである。他の出版社では相手にもされず
、唯一新都社という出版社だけが下請け会社でバイトしているよしみで何度も持ち込んだ小説を見てもらっていたが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると毎日しつこく通ったのが良くなかったのだろう。もう来るなと言われてしまったのだ。俺は最後の頼みの綱までも失ってしまった。
 俺は公園のベンチでうなだれながら、夕焼けに染まる雲を見つめ呟いた。
「ジーザス。神はいないのか。」
「悪魔ならいるよ。」
これ、なんてエロゲ?空から女の子が降ってきた。いや、よく見ると背中にこうもりのような羽が生えているから、飛んできたのか。ショックでとうとう幻覚まで見えるようだ。
「幻覚じゃなくて悪魔だよ。私の名前はジョーカー。あなたの門前払いが通算666回に達したので規則に従って召喚されてやったんだから、早く願い事を言いなさい。」
空を飛んで来たり、こちらの考えを読んだり、どうやら本当に悪魔なのかも知れない。三十過ぎたときには魔法が使えるようにはならなかったのに、666回門前払いされると悪魔が呼び出せるのか。それにしても悪魔というよりは小悪魔な女の子にしか見えないが。確かに小さなお尻からはいかにもな黒いしっぽが生えている。おまけに先っちょはハート型だ。クローバーの髪留めに頬にはスペードのタトゥー、露出の多いボンテージのおなかのところがひし形にくぱぁとあいていて、かわいいおへそが見えているじゃないか。よく見るとへそだけでなく、こぼれんばかりの下乳があらわになっていてすばらしい、否まったくけしからん。それに引き換え俺の顔は眼窩はくぼみ、目には隈、頬は痩せこけ、頭はちらほら薄くなってきている。俺の顔のほうがよっぽど悪魔らしいと言えよう。ジョカーの赤茶けた髪が夕日に染まってさらに赤く見える。こんな派手な格好をしているのに誰も見向きもしないところを見ると、どうやら俺にしか見えていないらしい。ということは、宙に向かって話しかけてる危ない奴だと思われてしまう。ただでさえ人生崖っぷちなのに、このままでは変態の烙印まで押されてしまう。俺は足早に公園を後にした。


 慣れない手付きで茶を沸かす。初めて女の子を自宅に連れてきてしまった。悪魔だけど。
「願い事は童貞卒業でいいわね。」
「なんでお前が決めてんの。願い事って例えばどんなのがあるんだ。」
「そうねー。最近ではボルトをフライングにしてくれってのがあったけど、願い事を増やせっていうの以外なら何でもOK。」
「じゃ、じゃあ俺に文学の才能を与えてくれ。」
「では、この契約書に名前と願い事を書いて印鑑をおしてね。拇印でも可。」
ジョーカーはなんとも悪魔らしからぬA4のプリントをどこからともなく取り出した。契約書には読み飛ばしたくなるような細則がびっしりと書いてある。俺は拇印を押す直前、最後にさらっと書かれた一文に驚愕した。

願いが成就された一週間後、対価として魂を回収しに参ります。

「魂取るって死ぬってことか?」
「あー、見つけちゃったか。でも、どうせ生きていたって惨めなんだから、太く短く生きるため契約しちゃいなよ。」
危ないところだった。流し読みしていたら、文字通り悪魔に魂を売るところだ。
「やっぱ、やめとく。」
「えーっ、もったいない。こんな美人な悪魔に当たるなんて、めったにないんだよ。さっさと童貞卒業って書いて拇印押しなさいよ。」
ジョーカーは吐息が耳に当たるくらいに顔を近づけて囁いた。
「ふざけるな。なんで自分の命と引き換えに、俺の貞操をお前に捧げにゃならんのだ。」
「魂をくれたら天にも昇る思いをさせてあげるのに。」
そう言いながら耳たぶをかみかみするのはやめてくれ。そんなことをしても俺の心のえんがわは、誰もむしゃぶりつけはしない。
「お前が連れて行くのは地獄だろ。」
「他の悪魔ならともかく、私のいうことに従っていれば悪い様にはしないんだから。」
「待て。他にも悪魔はいるのか?」
しまったという顔をしてから、ばつが悪そうにジョーカーは説明しだした。
「私が知っている悪魔はBJ、ガービッジ、七橋ぐらいかな。BJは666回医療ミスを受けると召喚できる悪魔よ。医療に関する願いを叶えるのが得意だけど、見た目はバラバラ死体だからかなりグロいわ。ガービッジは卵を666個丸呑みすると現れるの。黒のスーツの上下に山高帽という悪魔らしいいでたちだけど顔はガービッジという名前通り豚そっくり。下品な奴だから私は大嫌い。七橋は漆のようにつややかな黒髪の女の子。清純派ぶってるけど、ああいうのに限って腹黒なのよね。うん、きっとそうだわ。これで私に当たったことがどれだけラッキーなことか分かった?」
「よく分かった。チェンジで。」
「ちょっ、なんでそうなるのよー!!」
「いいから七橋さんに代われよー。」


 それからというもの、ジョーカーは毎晩のように誘惑してくる。一昨日はメイド服、昨日は
ナースの格好をして迫ってきた。いつのまにか今日はどんなコスプレをしてくるのか楽しみになっていた。思えばすでに彼女の術中にはまっていたのかも知れない。とうとう俺は誘惑に負けたのだ。といっても童貞を捨てたわけではない。自分の魂と引き換えに文学の才能を手に入れたのだ。俺はさっそく執筆活動に入った。なんといっても、執行猶予は一週間しかない。丸二日寝ないで書き続け三日目の朝書き上げた最高傑作を引っさげて、俺は新都社に向かった。
 また門前払いされたが、ここで引き下がるわけにはいかない。今度のは良いできだからと食い下がる。根負けした担当が俺の原稿にざっと目を通す。とたん目の色が変わった。
「これはいけますよ、先生。来月の文藝新都に載せましょう。」
来月だって。遅すぎる。どうしても生きている間に掲載を見届けたかった俺は「数日中に掲載しないなら、この原稿は他の出版社に持っていく。」と脅しをかけた。
「分かりました。何とかします、何とかしますから。」
俺は確約を取り付けて意気揚々と家路に着き、安心してそのまま眠ってしまった。
 よほど疲れていたのか丸一日眠ったところで目が覚めた。心地よいまどろみの中で考えていたことがある。あのくらいの作品なら一生を費やせば書けたんじゃないのか。悪魔と取引してもしなくても、一生の内に一本名作が書けるならば、悪魔と契約せずに長生きしたほうが良いに決まっている。丸二日徹夜したのも、門前払いに食い下がったのも、担当を涙目にさせたのも、すべて自分の力じゃないか。なぜ俺は諦めてしまったのだろう。喉元過ぎれば何とやら、俺はいまさら命が惜しくなってきたのかも知れない。
 さて、俺の死まであと四日、何をして過ごすべきか。俺の作品が掲載される文藝新都の特別号が出るまでヒマである。もう一作品書くか、あるいは最後の贅沢をして遊んで過ごすか、はたまた死を回避するためにあがくか。
 あれほどまとわり付いていたジョーカーは、契約書を受け取ってからはとんと現れなくなった。試しに宙に向かって呼んでみる。
「ジョーカー、いるんだろ。」
返事はない。当然かもしれない。魂は一つしかないから、これ以上俺にたかっても意味がないのだろう。こんなことなら、もっと焦らしプレイを楽しんでおくべきだった。


 四日後、俺は書店で文藝新都の特別号を買うと、何回も何回も自分の小説を読み返している。すると私の部屋に今更ひょっこり悪魔が顔を出した。
「魂の回収に参りました。」
ジョーカーの口調や態度がいつもと違う。目には妖しい光が宿っている。やはり悪魔は悪魔ということか。
「嫌だと言ったら?」
「おやおや、悪魔相手に踏み倒すおつもりですか。いい度胸ですね。では力づくで取り立てます。」
言うが早いかジョーカーは一瞬で間合いを詰め、俺を組み敷く。俺の胸元に右手を突き入れ、抉り出すように光球のようなものを掴み出した。これが魂。自分の魂が意外にも綺麗に輝いているのに見とれてしまった。
「いたたたた。」
しかしすぐに激痛で我にかえった。魂が半分ほど出かかっている。これはまずい。あわやというときに横槍が入る。
「こいつはおいらの獲物だ。」
ジョーカーを振り払ったのは黒いスーツに山高帽の豚面の悪魔、ガービッジだ。
「かってにおいらの契約者に手を出してもらっちゃ困るな。」
「いやー、さすがに卵666個丸呑みはきつかった。」
俺は無様に飛び出た腹をさすりながら言った。
「貴様、他の悪魔と取引を……。」
「これで俺も多重債務者の仲間入りさ。」
俺は自嘲ぎみに笑いながら言う。
「悪魔め。」
確かに人間のほうがよっぽど悪魔かも知れない。ふとそう思いながら、俺は捨て台詞を吐いた。
「ファッキンビッチが豚とやってろ。」

       

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