Neetel Inside 文芸新都
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文芸秋の三題噺企画
お題②/JESUS/レズビアンカ

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 私には卵子という名の、五歳になる娘がいる。賢くて、素直で、優しくて。目に入れても痛くないほどかわいい自慢の娘だ。
「ただいまんこー」
 幼稚園から卵子が帰ってきた。
「ねー、ママー」
 卵子はまっすぐに私の元へ駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
 私は夕食の準備を中断し、卵子が体当たりしてくるのを受け止めた。
「赤ちゃんってどこからくるの?」
 まさかの不意打ち発言に、私は卵子に唾を吹きかけそうになるのを必死でこらえた。
「何なの、いきなりそんなこと聞いて」
「あのね、先生がね、今度結婚するの。それで赤ちゃんも欲しいって。赤ちゃんはどこからくるの? って聞いたら、お母さんが知ってるって。お母さんに聞きなさいって」
 私は、仮にも教育者であるくせに園児の疑問を母親に丸投げしたその先生を、家に呼び出して問い詰めたかった。
 でも今はそんなことよりも、この問題を解決する方が先だった。
 もし適当なことを言ってごまかしてこの場をしのいだとして。卵子が早熟で、興味本位でセックスしたりしたらどうなる。「コウノトリさんが運んでくるっていったじゃない。どうして卵子に赤ちゃんができるの?」などと言われたらどうする。そう考えると、はぐらかすわけにも黙っているわけにもいかなかった。第一、いずれ卵子は小学校で性教育を受けることになる。だったらこれは避けて通れない道だ。もしかすると、これはいい機会なのかもしれない。私はポジティブに考えることにした。
 それに何より、卵子は真剣に聞いている。子供特有の澄んだ眼差しが、真っ直ぐに私を捕らえていた。
 私は悩みに悩んだあげく、結局は自分の体験を娘に聞かせるのが一番いいのではないかと判断した。
 ソファーに腰掛けて、卵子を膝の上に座らせる。私は、寝る前に絵本を読むようにゆっくりと、わたしとハメ男さんが出会って恋に落ちて結婚するまでを聞かせることにした。娘に自分たちのノロケ話をするのは正直恥ずかしかったが、あの頃のことを思い出すのはドキドキして、楽しくもあった。

 私たちが付き合いだしたのは高校のときだ。告白したのは、私のほうからだった。まじめで勉学一筋だったハメ男さんは、それほど美人でもない私の色仕掛けでも簡単に落ちた。
 やがて彼は大学に進学し、公務員になった。
 私とハメ男さんは、大学も就職先も違ったが、特に危機らしい危機もなく交際を続けていた。彼は高校を卒業してからもクソまじめのままで、息抜き程度の遊びさえしなかったから女と接する機会もろくになく、たとえあったとしても、クソまじめな面白みもない男をわざわざ彼女から奪い取って付き合いたいと思う女はいなかったのだ。
 ハメ男さんは、私と結婚したいという素振も見せてはくれなかったが、それは単にまだ早いと思っているだけだと私は考えていた。
 しかし、就職して数年がたち、稼ぎも公務員で安定しているにもかかわらず、一向に彼は結婚しようと言ってはこない。いいかげんこっちから言ってやろうかとも考えていたときだった。私は、ハメ男さんにお見合いの話が来ていることを偶然耳にした。
 私は焦った。ハメ男さんはお見合いを受けるつもりなんじゃないか。だから私にそのことを隠しているし、結婚しようとも言わないのではないかと疑心暗鬼になった。
 私は彼氏がいることにあぐらをかき、長年女を磨くということをしてこなかった。それで破局ともなれば、この歳である、もうチャンスはないかもしれない。私は絶対に彼を逃すわけにはいかなかった。
 私は、彼に結婚しようと言わせるために、女にしかできない計画を立てた。
 まずは排卵日を確認して、妊娠しやすい日を調べておく。そしてコンドームに穴を開けておく作業。几帳面な彼は、いつも同じ場所にコンドームを仕舞っていて、一つずつ上の方から使っていくのでそこのチェックも怠らないようにした。
 さらに私は下準備として、計画を実行に移す数ヶ月前から、セックスのときは必ず明かりを消すこと、行為が終わった後のコンドームを外す作業とその後始末は私が行うという習慣をつけた。やや受身な彼をそのように持っていくのはさほど難しくなかった。
 そして計画当日。ハメ男さんは最近の習慣で明かりを消し、何の疑いも持たず引き出しから一番上のコンドームを取り出して着けると、いつものように私の股をくぱあっと開いて、腰を沈めてきた。
 後は、私がいつもどおりの行動を、気付かれないよう、落ち着いてするだけだった。
 念のために私はそれを一週間ほど繰り返し続けた。
 それから一ヵ月後。わたしは妊娠したことをハメ男さんに報告した。
「ジーザス……!」
 私が実家に結婚の電話をしていると、部屋の奥でハメ男さんが顔を覆って泣いているのが見えた。

「なんでパパは泣いてたの?」
「きっとうれしかったのね。こんなかわいい娘が私のお腹の中にやってきたんだから」
 私は、卵子の頭をやさしく撫でながら言った。
「そっかあ。えへへ……」
 卵子の顔が太陽のごとくぱあぁぁぁぁぁっと輝いた。
 その笑顔を見て、私はこの上ない幸せを感じる。
「ただいまー」
「パパが帰ってきたっ!」
 子犬のように玄関に走る卵子。
「じゃあご飯にしましょうか」
 放りっぱなしの夕食の支度を再開しようと、私は立ち上がって台所に向かった。卵子を膝に長いこと乗せていたものだからしびれて歩きづらい。
「おーい、今日の夕飯なに?」
 振り向くと、卵子がハメ男さんに満面の笑みで抱きついていた。ハメ男さんの顔もくしゃくしゃ。それにつられて私の顔も、ついほころぶ。
「目玉焼きハンバーグっ」
 言いながら、私は心の中で感謝した。

 ジーザス! ありがとう。

                                    おしまい

       

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