Neetel Inside 文芸新都
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文芸秋の三題噺企画
お題②/変態、恋をする/ジョニーグリーンウッド

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お題②:「ジーザス」「くぱぁ」「卵」

「おまんこ、くぽぁしてペロペロしたい。」
学生、リーマン、OL、不審者、その他諸々でぎゅうぎゅう詰めの7時台の各停高幡不動行第三車両ないで、その男はぼそっと呟いた。
「くぱぁ。」
本人は真顔で言っているつもりだが、煩悩に満ちたニヤつきは隠しきれない。キモい。いや、きもちわるい。

その男は都内の高校に通う17歳の男子学生。会話に下ネタとリビドーの叫びを交えずにはいられない万年発情期。そして残念なことに、私の幼馴染でクラスメイト。
「オナニー一日20回」「AVレンタル1年延滞」などの偉業を経て聖者もとい性者になった彼を、人は侮蔑と皮肉とほんのすこしの敬意を込めてこう呼ぶ。「ジーザス」と。

「くぱぁ、くぱぁ。」
私は淫語を恥ずかしげもなく連呼するジーザスをどついた。淫語連呼は彼の習性である。今朝は「くぱぁ」だったが、つい先日までは「スカトロ議長」が口癖だった。
そんな救えないジーザスだったが、私が実力行使をすれば、飼いならされた犬のようにすぐに大人しくなるという習性も持っていて、この日もそれは効果覿面だった。
しかしながら、代わりにジーザスは同乗していた他校の女子学生の太ももを凝視しだした。正確には、太もものライン上にある、三角地帯に思いを馳せていた。
哀れな女子学生は、不幸にも淫獣の視線に気づいてしまったようだ。視線は彼女の太ももと、下腹部をこれでもかと言わんばかりに嘗め尽くす。涙を浮かべて怯える女子学生。触ってもないのに痴漢並みの不快感を与えられるというのはある種の才能である。
私は彼女を救うため、手の甲でジーザスの両目をはたく。少林寺拳法でいうところの「目打ち」である。目つぶしと違って両目を叩くだけで、失明の危険はない。慈悲深い技である。
「痛っ」と情けない声をあげ、両目を抑えるジーザス。そうこう言う間に、学校の最寄駅に到着した。「ごめんね」と女子学生に平謝りをし、ジーザスの襟元を掴んで引きずりながら私は電車を降りた。これがジーザスと私の日常であった。

そんなジーザスが恋をした。相手は隣のクラスの桃子とかいう茶髪のお尻の小さい娘。最近太った私は彼女の小尻を見るたびにためいきをついてしまう。顔もなかなかかわいいが化粧も服装も派手で、言ってしまえばギャルである。
恋をすればこの男も変わるかと思いきや、相変わらず「くぱぁ、くぱぁ」の変態三昧。変わったことと言えば、「ももこたんのおまんこくぱぁしたい」と、下の話に桃子への煩悩の叫びが加わったことのみである。今日も帰りの電車内で、ジーザスの劣情が爆発する。
「ももこたんのおまんこに、はめはめ波したい。」殴られることを警戒してか、私にしか聞こえないような小声でジーザスはぼそっと呟く。
「お前にだれが股を開くか。」と恋する変態を戒めても「でも、ももこたん、けっこう簡単に股を開いてくれそうなんだよね。」とジーザスは根拠のない自信を見せる。ついに悟りの境地に達したのか。
「確かに軽そうな子だけど、彼女にも選ぶ権利というものがある。」アイセイ正論。
「ならば、テクニシャンの俺が選ばれるのは当然だ。」ユーセイ暴論。主よ、哀れな子羊を救い給へ。

休日、駅前のスーパーにお使いの帰りに私は、部活帰りのジーザスにあった。ジーザスは疲れ果てていた。
「練習きつかったのか、変態。」と私は気軽に声をかけたが、くぱぁともすんとも返事はない。冗談交じりに「フラれたのか」の言ってみると、バツの悪いことにビンゴだった。
ジーザスは言う。部活帰り、せいせきの百貨店の近くで彼は桃子を見かけたらしい。その隣を歩くのは、おそらく近くの大学に通っていると思われるチャラ男。
桃子はチャラ男に密着しながら、それも時折チャラ男にお尻を触られながら、ベタベタイチャイチャとスクランブル交差点を歩いていたらしい。
「絶対今頃ヤってると思う。」深刻そうな表情でぽつりとジーザスは言った。現場を見ていないが同意した。
ジーザスは知らなかった。桃子は最大5股の淫乱で、彼の想像通り簡単に股を開く歩く生殖器だった。ただし、イケメンに限る。まともな恋愛対象としては不適格の遊女である。
こうなることは目に見えていたので私はあえて黙っていたのだが、ジーザスは想像以上に傷ついていた。ジーザスは意外と繊細だった。それでいて純情だった。くぱぁくぱぁと言いながらも、内心は清い男女交際を求めるタイプだった。
好きな女の子に彼氏がいて、しかもその子は尻軽淫乱女。ジーザス青年でなくても、知ったらさぞかしショックであろう。
「女なんていっぱいいるんだから、今度は知り軽くなさそうな子にアタックしな!」とちょっと古臭い感じで私はジーザスをフォローしてみたが、効果があまりないようだ。
慰められるどころか、思いつめたジーザスは「もう俺も誰でもいいや。」と自暴自棄モードに突入してしまった。こうなるとかなりめんどくさい。
「あのメガネの子、俺と身体の相性いいと思うんだよね。」「あっちのコギャル、ああ見えてすっごく俺に甘えてきそう。」「マックでダべってるあのJK二人と3Pしたい。」
と見てるこっちが辛くなる発言を連発し、しまいには「もう、お前でいいから、くぱぁしてよ。」とふざけた一言。私は、ジーザスの顔面に母がオムレツの材料にしてる予定の卵をパックごと投げつけた。
卵まみれの顔でぽかーんと、少し申し訳なさそうなジーザスを置いて私は家に帰っていた。なぜか私は泣いていた。

ジーザスは道化だった。口を開けば淫語だらけだが、根は純情でいいやつだ。黙っていれば、けっこうかっこいい。
中学時代、彼の実態を知らない下級生数名にジーザスは告白されたことがある。当時からリビドー全開だったジーザスなら当然オッケーするだろうと思われたが、なんと彼は全員振ってしまった。
曰く「ほんとに好きじゃないと付き合えないし、好きでもないのにOKするのは相手がかわいそう」らしい。「誰でもいいからセックスしたい」が口癖だった男からは想像もつかないセリフであるが、実はそれが彼の素の姿なのだ。本当はピュアで、優しい男の子なのだ。
しかし、彼は純情な素顔を変態仮面で隠してしまう。そしていつしか、ジーザスは変態仮面に隠した素顔を誰にも見せなくなってしまった。無論、私にも。

私とジーザスは小さなころから、いつも一緒だった。男子に隠された私の上履きを、放課後、夜遅く二人で警備員に見つかるまで探したこともあった。逆に、奴がなくした給食費を放課の間ずっと探してやったこともあった。
そんな思い出が、胸の中から溢れていく。私は、陰で「童貞オナニーマシン」と罵られているジーザスの唯一の理解者だった。そのつもりだった。私だけが、彼を理解していたのだ。
だけれども、昔から私の部屋に来てよく二人っきりになるのに、ジーザス、私は全然襲おうとしない。生徒だけで作った中学校の卒業文集の「将来、性犯罪者になりそうな奴ベスト1」に選ばれたジーザスが。
それだけ、奴にとって私は女として魅力がないのかな。なのに「お前でいいから、くぱぁしてよ。」って何なんだよ。私はお前のなんなんだよ。

翌日、私はジーザスとは違う電車に乗って学校に行った。わざといつも乗る電車の次の電車に乗った。
しかし、クラスメイトである以上、私は奴と会ってしまう。気まずい顔で、私はクラスに入っていく。ジーザスがいた。卵1パックを両手に持って。

「まだ怒ってるか。」めずらしく真面目な顔をしている。本当に久しぶりに、私は彼の真面目な顔を見た。
「……怒ってなんかない。」
「悪かった……お詫びと言っちゃなんだが、卵……」
「……ここで一日置いてたら腐っちゃうじゃん。」
「家庭科室の冷蔵庫にでも置いておこうか。」
「……」なかなか、言葉が出てこない。上手く気持ちが整えられない。それに、いざ真面目な顔をされると、調子が狂ってしまう。いつもならここで空気を読まず下ネタを言うのがジーザスなのだ。

「まだチャイムならないし、卵、置きにいこっか。」私は黙ってうなずいた。そして、彼の後をついて行った。

「ところで、お前料理作るのか?」
「たまに……」
「じゃあ、卵割るんだな。くぱぁって。」
その刹那、ジーザスの頭に私の会心のハイキックが炸裂する。床に倒れるその瞬間に、「いつもありがとな」とジーザスが言った気がした。彼が手に持っていた卵は無事だった。

       

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