Neetel Inside 文芸新都
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 厳しい追撃戦だった。バロンは敗走しながらも上手く軍をまとめ、抗戦しつつ退いている。いや、単純に抗戦をするだけでなく、逃げる時は徹底して逃げるなど、動きも変幻だった。
 エルマンはそんなバロンに惑わされがちで、大局的な指示が出せずにいる。一挙に攻め込む機が掴めていないのだ。私から言わせれば、機などいくらでも転がっているように思えるのだが、エルマンにはそれが誘いのようにも見えているらしい。しかし、それが誘いかどうかは攻めてみなければ分からない事だ。もっと言ってしまえば、今のメッサーナ軍に誘いをかける余裕などあるのか。その余裕があれば、そもそもで撤退などしなくても良いはずではないのか。
 つまるところ、エルマンはバロンに呑まれているという事だった。やはりエルマンは、父の軍を扱う器ではない。せいぜい、副官が良い所だろう。エルマンが総大将となってから、父の軍はどこか矮小になった。天下最強の軍という肩書も、消えてなくなった。
「この追撃戦だが、どう思う、フォーレ?」
 隣で兵糧を貪るフォーレに、私は話しかけた。
 今は全軍に休止が命じられていた。夜を徹して追撃をかけるという選択肢もあるが、それでは人も馬も潰れてしまう。僅かな時間であっても、休止は絶対に必要な事なのだ。当然、敵であるメッサーナ軍も、時機をみて休止をしている。むしろ、撤退する側の方が休止については敏感だろう。
「エルマン将軍が、どこまでやるかだろうな。コモンまで攻め落とすつもりなんだろうか」
「それは無理ではないかな。コモンにはクライヴが居る。あそこを落とすなら、もう少し兵力が必要だろう。攻城兵器もな」
「ならば、この追撃戦にさほど意味があるとは思えん。まぁ、メッサーナ軍の兵力を少しでも削っておきたい、というのは分かるが」
 エルマンが欲を出したという事だった。本来なら、この戦は追い返すだけで良いのだ。しかし、追い返すというのは最低限の目的でしかない。だから、追撃というエルマンの選択は妥当とも言えるだろう。
 フォーレが兵糧を食い終えて、ため息をついた。
「バロンに負けたよ、俺は。さすがに鷹の目と呼ばれるだけの事はある」
 フォーレとバロンの戦いは、視界の端で捉えていた。よくやっていた、とは思うが、フォーレのやり方はどこか甘かった。しかし、これも実戦を重ねていけば改善されるだろう。フォーレはまだ戦の経験が浅い。
「反面、お前は勝っていたな、ハルト」
「どうかな。まぁ、負けていないのは確かだが」
 思った以上に戦えた。バロンと直接やり合ったが、それほど脅威とは感じなかったのだ。バロンの弓矢には確かに度肝を抜かれたが、集中していればどうにでもなるだろうという気がした。もし、一対一でやり合っていれば、首が取れたかもしれない。
 今のメッサーナ軍は、バロンが全てだった。というより、中心と言った方が良いだろう。他にも手強い軍はいくらでも居るが、それらはバロンという存在があってこそなのだ。つまり、バロンを抑え込む事ができれば、官軍はメッサーナ軍に勝てる。
 バロンと一戦やってみて分かったが、ロアーヌのように手も足も出ない、という訳ではない。つまり、必ずどこかで勝機を得られる。この追撃戦でも、その機は来るかもしれない。ただし、無意味にエルマンが逡巡しなければ、だ。
 間もなくして、再出撃の合図が掛かった。休止の終わりである。すぐに全軍で進発した。
 最初は並足での進軍だったが、広い原野に出た所で進軍速度が上がった。ここで、攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。やがて、伝令がやって来て、攻撃準備の命令も下った。
 エルマンは堅実だった。広い原野、つまり野戦なら勝てる、と踏んだのだ。アビス原野での戦闘を思い起こせば、これは当然の選択である。
 メッサーナ軍の後方が見えてきた。やはり、歩兵が遅れている。しかし、私達に気付いたのか、すぐに騎馬隊が反転してきた。シーザー軍のようだ。ただし、あくまで殿軍は歩兵である。
 エルマンの旗が揺れる。攻撃命令。それを視認すると同時に、馬で駆け出していた。疾駆する。私の騎馬隊を先頭に、フォーレが第二陣、エルマンが第三陣で付いてきている。
 敵歩兵。槍兵だった。槍を並べて、しっかりと構えている。思った以上の気迫。それを感じると同時に、槍をかわすように横にそれた。その先にシーザー軍。
 ぶつかる。前を遮る敵兵を、手当たり次第に槍で撥ね飛ばす。そのままシーザー軍の中を突っ切り、馬首を巡らせた。フォーレの歩兵が、アクトの槍兵隊とぶつかっている。それを援護するように、横っ腹を貫いた。さらに反対からも、フォーレの騎馬隊が突っ込む。
 アクトの槍兵隊が崩れた。シルベンの戟兵隊が援護に回ろうとするも、エルマンがそれを妨害する。
 戦闘の流れはこちらにあった。問題はバロンの弓騎兵である。どこからやって来る。いや、誰を相手にする。
 瞬間、鋭気。それを感じた。槍を払う。金属音。矢だった。間違いなく、バロンの矢だった。
「私か。鷹の目、私とやり合うか」
 声をあげ、矢の飛んできた方向に目をこらした。弓騎兵。疾駆してくる。
 すぐに馬首を巡らせ、駆け出す。矢の嵐。これをかわしたいが、どうしても犠牲が出る。周りの兵が、次々に落馬した。それでも、構わず前に出る。とにかく、近付かなければ弓騎兵は叩けない。
 次の射撃はさせなかった。一気に距離を詰めて、弓騎兵の中に突っ込む。突き進みながらバロンを探したが、見つからない。だが、こだわるつもりもない。
 瞬間、鋭気。槍を振るう暇はない。思うと同時に、身を屈めていた。鋭気が過ぎ去る。バロンは、どこかで私を見ているのか。
 さらに突き進み、敵兵を撥ね上げ続けた。無人の野。弓騎兵を貫き、抜け出た。もう一度、反転してスタボロにしてやる。射撃さえ封じれば、弓騎兵など有象無象だ。
 そう思い、手綱を引いた瞬間だった。何かとんでもないものが身体を貫いた。気のようなものだが、バロンの鋭気とは違う。殺気に似ているが、殺気ではない。闘志。言葉で表すなら、これが一番近い。
 闘志が一段と強くなる。それを背後に感じると同時に、私は振り返った。
「馬鹿な」
 声を漏らしていた。信じられなかった。私の視界に映ったもの。それは。
「虎縞模様の具足」
 スズメバチ隊。あの天下最強の騎馬隊が、突っ込んでくる。

       

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