Neetel Inside 文芸新都
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 暗闇の中で、ゴトゴトと荷車が押されている音を聞いていた。もう二十分は経過しただろうか。無理な姿勢で居るせいか、どことなく身体全体が窮屈である。
 すぐ隣にはレンが居た。ニールは荷車を後ろから押している。三人が入れるスペースが無かったのだ。
 村から借りた荷車は、二重底になっていた。上には大量の麦を載せ、それを布で覆っている。俺とレンは、その麦の下に潜んでいる、という恰好だった。
「シオン兄、賊の根城が見えてきました」
 臆病な子分、ダウドが言った。すでに声色には恐れが感じられる。だからこそ、こういう時におあつらえだった。
「いっぱい居る、どうしよう」
「うるせぇな、黙って曳けよ。よくそんなので今まで生き残ってこれたな、お前」
 ニールが悪態をついている。しかし、その気持ちもよく分かった。ダウドは始めるまでが大変なのだ。事が始まりさえすれば、ダウドはよく動く。失敗も極端に少ない。
「シオン兄、来た。来たよ」
 言われて、俺は床底に耳を当てた。複数の足音が聞こえる。こちらに向かっているようだ。
「おい、止まれっ」
 賊の声。すぐ傍に居るようだ。
「おめぇら、ここがどこだか分かって来たのか?」
「あ、その、あ、えと」
「はっきり喋らんかい、クソ坊主がっ」
「ひぃっ」
 辛抱しろ、ダウド。俺は、心の中でそう言った。
「み、貢物を持って参りました。だから、その、村を見逃してください」
「貢物だぁ?」
 布が取られる音がした。
「ほぉ、麦か。それなりの量だな」
「だが、麦だけで見逃してもらうってのも、ムシの良い話じゃねぇか」
「お、女も居ます。ですが、まずは食糧から」
「よく分かってるじゃねぇか。よし、御頭に報告だ。おい、荷車を押してこっちに来い」
「は、はい」
 再び、荷車が押され始めた。
 さっきの会話のやり取りを聞いて思ったが、やはり賊との話し役はダウドで良かった。声だけでも、何とか助けを乞う、というのが伝わって来たのだ。仮にこれをニールにやらせていたら、どうなったか知れたものではない。
 がやがやと、品の無い会話が聞こえてきた。賊の根城に入ったのだろう。
 やがて、荷車が止まった。頭目達の所まで来たのか。
「御頭、例の村から貢物が来やしたぜ」
「女は?」
「へぇ、それがまずは食糧から、という事らしくて」
「俺は食い物より女だ」
「俺もだ」
 それで、会話が途切れた。どうやら、この場には少なくとも頭目が二人居るらしい。
「おい、クソ坊主。女も持ってくるんだろうな?」
「も、もちろんです。ですから、その、村を」
「女を持って来てからだ」
「は、はい、わかりました」
「おい、あとの二人を呼んで来い。この麦を分配する」
「へぇ、わかりやした」
 あとの二人。残りの頭目の事だろう。わざわざ、この場に呼んでくれるというのは、運が良い。
 俺は、傍にある方天画戟を手に取った。隣に居るレンも、槍を取ったようだ。僅かな身動きの気配があった。
 それからすぐに、足音が聞こえてきた。残りの頭目が来たのだ。
「麦じゃねぇか」
「こいつを今から分配するぞ」
「いや、待て。これは本当に麦だけか?」
 頭目の一人がそう言った瞬間、僅かに緊張が走った。
「麦だけにしちゃ、やけにでかい荷車だ。おい、そこの。それを貸してみろ」
 次の瞬間、頭上でコツコツと音が鳴った。麦ごと、槍か何かで荷車の床を突いているようだ。もし、この荷車が二重底でなければ、串刺しである。
 襲撃の合図は、ニールが出す事になっていた。そろそろではないのか。バレるぞ。
「床の音が何かおかしい。麦を除ける。お前らも手伝え」
 限界だ。まだか、ニール。
「レン、シオンっ」
 その声が聞こえた瞬間、俺は天井を思い切り蹴飛ばした。麦が飛び散る。傍に居るはずの頭目はどこだ。思うと同時に、レンがその頭目を槍で串刺しにしていた。
「なんだぁっ?」
「ニールっ」
 レンが、ニールに偃月刀を投げ渡す。さらに槍を引き抜き、頭目達に向かって駆けた。俺も遅れずにその背を追う。
 さすがに、残りの三人の頭目は、すぐに武器を取って身構えた。
「クソガキどもが、やりやがったっ」
「出口を固めろ。なぶり殺しにしてくれるっ」
 レンが頭目の一人に取りつく。それを視界の端で捉え、俺も方天画戟を頭目に向けて振るった。一撃目で武器を弾き飛ばし、返す二撃目で首を飛ばす。さらに身体を回して、背後の殺気に向けて戟を突き出した。
 レンは、すでに頭目二人を討ち果たして、迫りくる賊達を薙ぎ払っている。
 俺とレン、ニールの三人で、敵を圧倒する形になった。残りの賊は、まさに烏合の衆だった。だたでさえ、頭目達を一瞬で討ち取られたのだ。もうすでに、賊達は戦意を失っている。
 やがて、こちらに向かってくる者が居なくなった。俺達を遠巻きにして囲んでいるだけである。
「やるだけ無駄、というのが分かっただろう。お前達の頭目はもう死んだ」
 レンが大声をあげた。息が一糸として乱れていない。俺も似たようなものだったが、レンとは動きの頻度が違う。
「道を空けろ」
 静かに、それでいて凛とした声で、レンが言った。
 賊が囲みを解いた。そこを、レンは堂々と歩いた。一人だけ、声をあげて突っ込んできた賊が居たが、レンが睨みつけると、その賊は委縮してそれっきりだった。
 レンの後に付いて、俺達は賊の根城を出た。
「大した事なかったな。もうちっと、暴れられるかと思ったが」
「賊を相手に暴れても、大した意味はないぞ、ニール」
「まぁ、そうだがなぁ」
「とりあえず、村に食糧を返しに行こうか」
 そう言ったレンに、俺は惹かれていた。いや、会った時から惹かれていたのだ。惹かれている事に、今、気付いたのだ。
 この男と共に生きたい。俺は、強くそう思っていた。

       

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