Neetel Inside 文芸新都
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 ニールの模擬戦を見ていた。五千と五千のぶつかり合いである。相手はシンロウで、力はほぼ互角だろう。しかし、ニールの方が動きに余裕がある。やっている本人は必死で、そんな事など気付いていないのだろうが、傍目から見れば、未だ成長の限界は来ていない、と感じさせる動きだった。
 ニールの将としての才は、凄まじい速度で開花していった。もちろん、段階的にではあるが、五千の指揮が出来るようになるまで、それほどの時は掛からなかったのだ。大した助言をする必要もなく、ここまで成長し、遂にはシンロウを超えようとしている。
 兵がニールに感応していた。おそらくだが、ニールはあれこれと考えて軍を動かしてはいない。ほぼ全て、感覚だけで戦っている。そして、その感覚が獅子軍の兵と上手く結合しているのだ。こうして見てみると、ニールが率いているのは、まさにその名の通り、一匹の獅子である。
 対するシンロウは、隙の無い用兵だが、動きが洗練され過ぎていた。これは悪い事ではないし、シンロウが優れた指揮官であるという証明なのだが、ニールと比べると余裕が無い。というより、成長の余地が無いのだ。すでに、シンロウは自身の用兵というものを固めてしまっている。
「獅子軍の将軍は、近いうちに変わるでしょうね」
 隣に居たジャミルがそう言った。口調はどこか寂しげである。シンロウはジャミルが見出した男だった。それだけに、思い入れも深いのだろう。
「副官が適任だな。スズメバチ隊での経験が活きたのかもしれん。あのまま獅子軍に居れば、一兵卒で終わっていただろう」
 励ましの言葉のつもりだったが、ジャミルは何も言わなかった。ただ、遠くを見るような目をしただけである。
 模擬戦は終始、両者互角だった。削り合いのような損耗戦が続いていたが、最後は決着を焦ったニールが失態を犯し、結果はシンロウの辛勝という事になった。
「くそっ、負けちまった。絶対に行けると思ったのに」
 馬から降りて、ニールはそう言った。顔は汗で濡れていて、肩で息をしているのを見る限り、俺が思った以上の激戦だったのだろう。シンロウも同じ様子だったが、言葉を発する事はなかった。表情もどこか思いつめたものになっている。
「ニール」
「焦るな、だろ。分かってるよ、レン」
「本当に分かってるのか? 焦れば」
「実戦で大敗を招く、だろ。何度も言うんじゃねぇよ。分かってんだ。だが、兵たちが燃えるんだよ。それを抑えなくちゃいけないのも分かるが、それだと獅子軍じゃなくなっちまう」
 それを聞いて、俺は苦笑した。もっともな事だと思えたのだ。もしかしたら、ニールも負けるという結果を見越した上で、決着を焦ったのかもしれない。
「レン将軍」
 急に、シンロウが低い声で言った。
「どうした?」
「俺には、俺には助言無しですか?」
 そう言ったシンロウの唇が、僅かに震えている。何か言おうと思ったが、ジャミルが手で制してきた。
「隙の無い用兵だったぞ、シンロウ。だが」
「俺はジャミル殿に言ってはいません」
「ジャミルさん、ちょっと良いか? 相談してぇ事があるんだ」
 ニールだった。
「なんだ? 急ぎでないなら後に」
「ジャミル、聞いてやってくれ。聞き上手なお前でないと、ニールも駄目なんだろう」
 ニールなりの気遣いだった。シンロウの心情を汲み取ったのだろう。ジャミルは戸惑いの表情を見せていたが、俺の目を見て、意図を読んだようだ。
「分かった。ニール、行こうか」
 二人が去っていく。
「俺だって、分かっていますよ」
 不意に、シンロウはそう言った。
「近いうちに、ニールには追い抜かれます。助言を受けても、それは変わらないでしょう。自分の事です。分かってるんですよ」
「不満なのか?」
「いえ。ただ、複雑です。仕方が無いという気もします」
 それで会話が途切れた。風の音だけが、遠くに聞こえる。
「申し訳ありません。レン将軍もお忙しいでしょう。俺はこれで」
「この前、シオンと模擬戦をやったよ」
「? はぁ」
「叩きのめした。完膚なきまでに、叩きのめしてやった」
「それ程の実力差だったのですか?」
「兵の力は、大差なかった。むしろ、攻撃面だけで言えば、熊殺し隊の方が上だろう」
「指揮官の、差だったのですね」
 今のシオンは、ただ兵を動かす権限を持っているだけで、指揮官としては未熟もいい所だった。持っている才は相当なもののはずだが、それがまるで発揮されていないのだ。それ所か、欠点が目立ちすぎていた。その中でも特に目立ったのが、軍の動きの遅さである。
 シオンは感覚が死んでいた。言い換えれば、頭だけで戦をやっていたのだ。だから、動きが遅かった。おそらくだが、シオンには、あの模擬戦でのスズメバチ隊の動きが、とてつもなく速く見えていただろう。だが、実際には熊殺し隊が遅いだけである。そして、今のままでは、どの軍と戦っても相手が速く見えてしまうだろう。
 調練の時に何故、気付けなかったのか。相手が居る時と居ない時では、戦場の速さが全く違う。シオンの調練をずっと見ていた訳ではないため、深い所までは言えないが、相手が居ない調練の成果で満足していたのではないか。その成果だけで、指揮ができている、と勘違いしたのではないか。
 そういう意味では、ニールの方がずっと優れていた。野性の勘による所が大きいが、ニールは相手が居る方が動きが良く、時には軍学を超えた動きを見せる事もあった。つまり、感覚を信じたのだ。だからこそ、ここまでの短期間でシンロウに追いつく事ができた。
 それに対してシオンは、頭で戦をやりすぎた。戦と言えども、一対一の立合いに通じるものは多々ある。だから、シオンに指揮が出来ない事はないはずだ。
「兵は指示通りに動ける。元はスズメバチ隊の兵だから、これは当たり前だ。それ所か、指揮官が想像するよりも、動けるはずなのだ」
「分かります。シオンは、その兵を使えていないのでしょう」
 まさしく、その通りだった。一心同体。シオンにも言った事だが、まだ兵とは心で繋がっていない。頭で戦をやっているのが原因の一つだが、これが出来ていないと、兵たちが重荷のように感じてしまう。つまり、枷である。その結果、動作に遅れが生じてしまうのだ。
 だが、最後の局面で、シオンは兵と一心同体となった。あの動きはおや、と思わせるものがあり、あれこそがシオンの持つ力だった。シオンの感覚と兵の感覚、そして心が合致したのである。
「シオンも悩んでいるのでしょうか?」
「どうかな。すぐに抱え込む所はある。しかし、道は授けたつもりだ」
 俺がそう言うと、隣でシンロウがため息をついた。
「俺も、レン将軍のような兄が欲しかったと思います」
 それで思わず、俺はシンロウの顔を見た。
「いや、兄のような人は居るのかな。ジャミル殿という、優しすぎる兄ですが」
「シンロウ、助言だが」
「必要ありません。分かりましたから」
 言ったシンロウは、笑顔だった。
「何が分かったのだ?」
「色々です」
 それだけを言って、シンロウは頭を下げ、去って行った。
 その背中には、決意と決心が宿っていた。自らの道、進むべき道を見つけたのだろう。

       

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