Neetel Inside 文芸新都
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共感覚と量子の網
崩壊

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 ここは第五構造体。
緑が広がり、人は皆笑顔で過ごす、美しい構造体。
例え閉鎖された世界であっても、不自由や、不満を抱くことはなかった。
 
 「お父さん、おはよう」
第五構造体のある一家の朝の風景。
二階建ての家で、階段から少女が降りてきた。
「おはよう、ミライ」
二人共日系の顔立ちだ。
もっとも第五構造体自身が旧日本領に存在するので当然だが。
 父は食卓につき、ニュースを見ながら朝食を摂っていた。
そしてミライも席に着いた。
”第ニ構造体、火星へのテラフォーミング来月上旬にも実行”とニュースで大々的に報道されていた。
「お父さん、テラフォーミングって何?」
ミライは父に尋ねた。
「テラフォーミングっていうのは、地球以外の惑星を人の住める環境に変えることだよ」
優しい声で父は答えた。
「そんなことできるの?」
「技術的には大分前から完成していたようだね」
「じゃあ構造体の外で生活できるようになるの?」
「成功すればね」
「楽しみだね」
「そうだね。
ミライ、そろそろ準備しないと学校に遅刻しちゃうぞ」
「急がなくちゃ!」
かなり焦った様子で朝食を食べるミライ。
小走りで自室へと行き、制服に着替え、そして洗面所で歯を磨き顔を洗った。
「じゃあ行ってくるね!」
少し忙しない感じのミライ。
「行ってらっしゃい。
気をつけるんだよ」
父は少し呆れ気味のようだ。
「はい!」
そしてミライは元気よく学校へと向かっていった。

     

 通学路を十五分程歩き、学校へと到着したミライ。
いつになく教室が騒がしい。
「おはようミライ」
クラスメイトの一人が元気よく声を掛けてきた。
「おはよう。
なんかいつもより騒がしい気がするんだけど?」
「ケンイチ君が今日で学校辞めるんだって。
お父さんの勤めてた会社がダメになって。
ほら、ウチって学費高いじゃん?
だから学費払えないから辞めちゃうんだって」
「そんな……。
じゃあケンイチ君はどこに居るの?」
ミライはかなり困惑した表情だ。
少なからず彼に好意を寄せていたのだろう。
「わからないわ。
さっき学校を辞めることを伝えたら、直ぐに出てっちゃったから」
その時、ミライはケンイチと屋上でよく話をしたことを思い出した。
そしてそこへと駆け出していた。
「ちょっと、ミライどこに行くの!」
友達の声など聞こえてはいなかった。

 屋上。
天気は彼女の心と打って変わって快晴。
「やっぱりいた」
そこで一人の青年を見つけた。
シュッとして、爽やかな顔。
茶色の短髪の青年、ケンイチだ。
「ミライか……」
彼女に目もくれず、空を見上げる彼。
「学校辞めちゃうの?」
「まあな。
神様ってさ、理不尽だよな。
政治家や金持ちは不景気だとかいいつつ豪遊してる癖にさ」
第五構造体は今、とても不安定な状態なのだ。
対外関係、景気、治安が少しづつ悪化している。
「本当だよね……。
あんな奴ら、天罰が下ればいいのにね」
ミライはケンイチの隣まで行き、体育座りをしている。
「だからさ、俺今の社会に不満を持ってる人たちを集めてさ、
革命を起こそうと思うんだ」
「でも、そんなことできるの?」
ケンイチの顔を不安そうに覗き込むミライ。
対する彼は変わらず人工の空を見つめている。
「既にそういう組織があるんだよ。
俺も下っ端として働かせてもらってるんだ」
「そんなことして皆が不幸になったらどうするの?」
「そんなこと、俺がさせないさ。
英雄になろうってんじゃないんだ。
只、皆が幸せになって欲しいから、革命するんだ」
「わかった。
ケンイチ君を信じる。
頑張ってね」
「おう。
そろそろ行かなくちゃ。
じゃ、またどこか出会おうな、ミライ!」
そう言ってケンイチは学校から去った。
そしてミライは、その日は屋上で寝て過ごした。







     

 何もせず屋上に横たわっていたらいつの間にか日が暮れていた。
授業は全て終わっている時間なので、そのままミライは家に帰った。
彼女の父は今日は休日だったようで、家につくと、優しく彼女を出迎えた。

 夕飯の時間、ミライはケンイチのことを父に話していた。
「私も、ミライ位の歳の時はそういう事を考えたよ。
だんだんと大人になっていって、世間の理不尽さだとかにぶつかる時期だからね」
「お父さんも、革命とか起こそうと思ったの?」
「思ったさ。
理不尽な世の中を変えてやろうって。
でもね、直ぐに気付いたんだ。
自分は世界を変えられるほど大きな人間ではないって。
世の中にはもっと強くて、もっと大きな力を持った人間が幾らでも居るんだって。
だから、私は自分の幸せだけでも勝ち取るために、必死に勉強して大きな企業に入って、そして家族を守るために、必死に働いているんだよ」
「お父さんも頑張ったんだね。
ありがとう」
「いいんだよ、私がやりたくてやってるんだから。
若者の力というのは凄いからね。
もしかしたらその革命、成功してしまうかもしれないけどね。
私は臆病だったから、そんなこと出来なかったよ」
「成功したら、皆幸せになるのかな?」
「わからないな、先のことだから。
そこは、若い力に期待するしかないだろうね」
「そうだね」
話してばかりであまり手をつけていなかった夕飯を、
ミライは直ぐに平らげてしまった。
「ごちそうさま」
「お粗末さま」
その後風呂に入って、そして直ぐにミライは寝てしまった。

 ケンイチが学校を退学して少し経ったある日、ミライは買い物をしていると偶然に
彼と遭遇した。
「どう、革命の準備は?」
「万端さ!
チバの凄腕のハッカーを雇ったんだこれで百人力だよ」
その後二人は色々なことを話した。
チバや中国の闇マーケットでM6タイプ機士をかなりの数調達したこと、
実行は一週間後であること、などだ。
 
 「ねえケンイチ君ちょっといい?」
「なんだい?」
「無事、ケンイチ君達が革命を終わらせたら、
またゆっくり話がしたいんだ」
そう語る彼女の顔は俯き気味だ。
「喜んで話し相手になるよ。
じゃ、準備があるから俺は行くよ」
笑みを零しながら彼は立ち去っていった。
彼女には彼の笑顔は眩しすぎた。

 









     

 来たるべき日が訪れた。
腐敗した強者を地の底へと陥れ、弱者が手を取り助けあう世界へと生まれ変わるのだ。
 薄汚いアパートの一室でケンイチは思考を巡らせていた。
これから革命をし、そこから新たな世界が始まると思うと胸が高なった。
準備は万端。
志を同じくする者の元ヘと向かうべく、
彼はアパートを後にした。

 今日は彼が、彼らが、この閉じた世界を変えるために立ち上がる日。
無事成功することを祈り、ミライは学校へと向かっていった。

 チバから招かれた凄腕のハッカーは金髪碧眼の男だった。
「俺は、第五構造体議会の警備を麻痺させればいいんだな?」
金髪の男は尋ねた。
「そうだ」
「了解だ。
言っておくが、俺は報酬分しか働かないからな」
「それでいい。
お前が仕事を成功させてくれれば、後は自分たちでやる」
「革命だか、反抗期だかしらないが、報酬分の働きはしてやるさ」
依頼の確認をした後、彼はこんな所じゃ落ち着けない、と言いどこかへ行ってしまった。
「よし、お前ら!
日頃の鬱憤をはらす時が来た!
思う存分やってくれ!」
隊長であろう男が声高く叫んだ。
この時ケンイチは自分の求めていたものとは違う何かを感じ取っていた。
しかし、ここまで来て、後戻りは出来なかった。
「所詮はゴロツキか」
金髪の男はどこからか、彼らの会話を聞き、呟いていた。

 そしてこの後、革命が実行された。
ハッカーの活躍により警備システムは無効化され、議長、議員、その総てが殺された。
ここまでは順調だった。
しかしここからがダメだった。
新たな代表者が決まらなかったのだ。
結局は仲間内で殺し合いを始める始末。
そして構造体防衛軍の介入も始まり、あっという間に制圧されてしまった。
ケンイチはどうにか逃げ出し、そしてボロアパートに帰っていった。
「革命なんてできっこない。
いや……やり方を間違えたんだ……
ミライに合わせる顔がないな」
彼は一人、膝御抱えて涙を流していた。
後に彼は革命の主犯者の一人として捉えられ、銃殺刑にされた。
 この革命の一件は、失敗であったが、これを種火として、第五構造体各地で暴動が起きていた。
住民は皆鬱憤がかなり溜まっていたのだろう。
金持ちは殺され、犯され、完全に紛争地となっていた。

 革命から一月程たったある日、ミライは身体を売りに行くべく、街を彷徨っていた。
敬愛していた父は殺され、金は一文無し。
彼女には娼婦になるしか道が残されていなかった。
少なくとも彼女が考えた限りではそうするしかなかった。
ケンイチを失い、父も失い彼女には何も残されていなかった。
しかし、一つ、たった一つだけ彼女には残されたものがあった。
「あたしは……世界を変える。
狂った世界を変えてみせる。
ケンイチ君が出来なかったこと、お父さんがやらなかったことを、絶対にやってのけてみせる。その為なら……」
目の前でゲリラがM6に撃ちぬかれるのを見て彼女は呟いた。
その顔は笑みを浮かべながらも涙を流していた。






       

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