「いけない?イかない?そーんなんじゃ不感症!ヤるときゃやんなきゃいかんでしょ!3、2、1でぶっ放そうぜ!時代はもう来た。ミサイルは北。」
ボクらは3曲目に『下半身が止マラない』をセレクトした。ステージの熱気で体温は上がっているが閑散としたフロアは冷え切っていた。
クソが。ボクが早口でまくし立てているとロビーの方が騒がしい。
「つーか、もう開演してんの?早くね?」
「フライヤーはゴミ箱にポイーで」
「おー、やってる。とりあえず酒頼もうぜー」
ダン!と勢いよくドアが開くとモヒカンと釘ピアスと金髪ロンゲのDQN3兄弟がフロアに流れ込んできた。一気に場の空気が張り付く。
深夜に便所でバッタを見つけたようにボクは背筋にぞわぞわしたモノが電流のように走った。落ち着け。演奏に集中しろ。
カウンターで酒を受け取るとヤンキーの一人が言った。
「なんかさぁ、うるさくねぇ?」
そうか。やっぱり闘らなきゃならないのか。
「ナニ言ってんのアイツ?」「キモくねー?」「おいヘタクソ。俺らと代われや」
ボクの歌が強張り、マッスのベースがハシり、あつし君のドラムがもたつく。よれた旋律がステージと客の間を漂う。
くそ、完全にリズムを崩された!青木田達で不良慣れしていたはずなのに!
「あれーなんか音すんだけど、もうやってんの?」
「あのベース弾いてる人カッコ良くない?」
「まじー?リョウコ趣味わるいんじゃない?」
ヤンキー以外にもぞろぞろとお客さんが入ってきた。いや、こいつらはT-Massの客じゃない。次のパンクバンド「Ashmed」の客達だ。
どいつもこいつもガラの悪そうな顔をしてやがる。ボクはサビのフレーズを歌った。
「いけない?イかない?そーんなんじゃ不感症!ヤるときゃやんなきゃいかんでしょ!3、2、1でぶっ放そうぜ!時代はもう来た。ミサイルは北。」
「えっと、そーんなんじゃ意味ないじゃん!とっても大好きあん、アン、an!A、B、Cでもっかいスタンバイ!時代はもう来た。そうさ、僕達!」
「下半身がとまらなーーーい!」
ボクが右腕を突き上げるとフロアから大爆笑が起こった。
「ぶはははは!えっ?なにが止まらないって??」「下半身が止まらないってよォー!頭おかしいんじゃねぇの!あいつ!」
コーラスするのをためらったマッスが照れ隠しでボクに手を向けて謝った。チッ、切り替えろ。ボクは次の曲「 Monig Stand 」のアルペジオを弾き始めた。
この曲はスローテンポのロッカバラードで、それにステージとフロアが近いため客の声がほとんど全部聞こえる。
「誰あいつ」とかならまだいい。知らない人間に攻撃的な言葉を吐かれるほど怖いものはない。まずい!このままだと完全に雰囲気に飲まれてしまう。
「タイム!」ギターソロの途中、ボクが両手で野球のタイムのポーズを取るとボクとマッスはあつし君のいるドラムの前にあつまった。
「おい、どうしたんだよティラノ?」「それはこっちのセリフだよ。なにビビってんだよお前ら」「この状況で冷静に演奏するなんて無理だろ」
マッスが悔しそうにフロアを指差す。DQN達は「やーめーろ、やーめーろ」の大合唱だ。それがどうしたってんだよ!ボクは2人を見つめて言った。
「よし、次はアレを演る」「まじで?」「アレは昨日出来たばっかりでまともに練習してないだろ」
「この空気を吹っ飛ばすにはアレしかない。いいか!次でラストだ!悔いだけは残すなよ!」
そう2人に言うとボクはマイクを掴んで呟き始めた。
「YO!このクソみたいなライブハウスで俺らそうさ、闘争!
睨みつける怖い顔のニーチャンネーチャン見てオレ逃走!
したくなる気持ち抑え、友と共に共闘!まじやべぇ曲聴いて客の目からドー!
ネタが切れてきたからそろそろどーぞ! イクぜ、イクぜ、イクぜ、ヤリタインジャー!!!」
ボクの即興ラップとシャウトで少しの間、ヤジが消し飛ぶ。ギターをかき鳴らすと口を突き出して1番の歌詞を歌った。
「オレもあいつもきっと、やっぱ、もっと突き合いたいのさ~銜えろ(YO!)しゃぶれよ(YO!)こうかい、はぁ、ナシだぜぇ!
オレもあいつもきっと、やっぱ、もっとブチ込みたいのさ~イキれよ(YO!)孕まセ~ヨ、犯せ!絞首刑にな~るまでぇ~」
「童貞戦隊ヤリタインジャー(YEA!)」
ステージにメチャクチャなアンサンブルが響く。スタッフが頭を抱えるのが見えた。赤と緑の照明がぐるぐる回るステージでボクはマイクを掴んで歌いだした。
「(お~お~)どうやったらボクにも彼女が出来ますか?(NO~NO)てめぇら見てるとムカつくんだよ!(ど~てい)いきり立ってイコウゼ!ベイベ!!」
「(30過ぎてる逝き遅れ!)ティラノは熟女も守備範囲ですよ(30過ぎてもヤレやしねぇ!)魔法使っちゃって、空とんじゃってYEA!!」
「オレもあいつもきっと、やっぱ、もっと突き合いたいのさ~銜えろ(YO!)しゃぶれよ(YO!)こうかい、はぁ、ナシだぜぇ!
オレもあいつもきっと、やっぱ、もっとブチ込みたいのさ~イキれよ(YO!)孕まセ~ヨ、犯せ!絞首刑にな~るまでぇ~」
「童貞戦隊ヤリタインジャー(YEA!)」
気がついたらボクはフロアに飛び込んでいた。ボクが腕を振り回すとあごに蹴りが飛んできた。口の中に鉄の味が広がる。「ぜんっぜん痛くねぇんだよ!カスが!」
血まみれのシャツでステージに上がると涙目で2番の歌詞を歌い始めた。
「(お~お~)どうせだったら最後まで付き合ってください(アッー、アッー)ホモのおっさんはノーセンキューで(ど~てい)イチイチうるせ~んだよボケ!!」
「(3分間ではじめまして!)東京事変は関係ねぇだろ!(サンダル履いたらマメできた)知ったこっちゃねぇ、ヤってねぇ、ブチカマそうぜ!ベイベ!!」
「オレもあいつもきっと、やっぱ、もっと突き合いたいのさ~銜えろ(YO!)しゃぶれよ(YO!)こうかい、はぁ、ナシだぜぇ!
オレもあいつもきっと、やっぱ、もっとブチ込みたいのさ~イキれよ(YO!)孕まセ~ヨ、犯せ!絞首刑にな~るまでぇ~」
「童貞戦隊ヤリタイふがっ」
突然目の前でガラスが弾ける。ボクは膝を折って倒れた。「いつまでもくだらねぇ歌うたってんじゃねぇよてめぇ」顔をあげると
目の前にショッキングブルーのパンツを穿いた黒と金のツートンカラーのボブカットの女の子が立っていた。「さっさと特別学級に戻んな。池沼」
彼女はボクのギターからケーブルを引き抜き、自分のテレキャスターにジャックするとセンターマイクに向かってこう言い放った。
「これから40分間、私達『きんぎょ in the box』が受け持った。ヘタレマザコン野郎共はママの乳吸いに帰んな」
彼女の宣戦布告に野太い野次が飛ぶ。
「おら、テメー!おんなだからって調子こいてんじゃねーぞ!」「次はAshmedの番だろうが!」「ルール守れ!コラァ!」彼女は息を吸い込んだ。
「う る せ ぇ ! ! ! 」「!?」
彼女のシャウトに観客が静まり返る。「ほら、どいてどいて」「ごめんね~」あつし君とマッスが彼女のメンバー達に入れ替わるよう指示を出されていた。
「おら、どけ」ボクはゴミのように腹を蹴り上げられてステージから追い出された。その後、薄れ逝く意識の中、横になりながら彼女達の
演奏を聴いていた。マジかよ。マジなんだよな。こうしてボクらT-Massのライブは大失敗に終わった。苦い思い出のように彼女の穿いていた
ショッキングブルーのパンツがいつまでも瞳に張り付いていた。