T-10 空に鳴るのは喚声と歓声
吹き抜けの中二階でマッスが手すりを掴んでボクに叫ぶ。「ティラノ!ティラノ!!大丈夫か!?」
ボクの状況を確認すると下にいる青木田達に向かって叫んだ。
「お前ら、そんなことやって死んだらどうするんだよ!!」青木田はぼうっと顔を上げて答えた。
「先に殺そうとしてきたのはこいつじゃねぇか。そういえばお前らも一緒にステージに爆弾投げつけてきたな。おい、捕まえろ」
青木田の横にいた岡崎が階段に近づいていった。「あつし、頼んだ」そう言うとマッスは天井の照明をバットで叩き落した。「うお!?」
避けた岡崎の脚元からバリーン!という音が響く。ガラスと埃が舞う中、あつし君が階段を降りてシャッターの鍵を開けようとする。
「やらせないよ!」「ああ~」メイサに手首をひねられたあつし君が情けない声を出して倒れた。...おいおい。
「ちょっと~まだ~?」シャッターの向こうから三月さんがどんどん叩く音が聞こえる。ミヤタがあつし君を取り押さえると青木田がマッスを見上げた。
「ゲームオーバーだ。お前は特別に腕一本で済ませてやるから降りてこいよ」「...いや、まだだ!」外からブオン、ブオンとエンジン音が聞こえる。
青木田が振り返った瞬間、爆音と共にHONDAのナナハンバイクがシャッターを突き破った。ベゴン!金属片が動けないボクの顔に命中する。
いってぇ~。倉庫の真ん中でバイクが止まるとドライバーはフルフェイスヘルメットを脱ぎ連中に叫んだ。
「おまえら!ウチのアルバイトに何してくれてんだコラァ!!」
「これ、どう考えてもやりすぎだろ。俺達が相手になってやるよ」
加勢に来てくれたのはバイト先の一ノ瀬親子だ。破れた入り口が三月さんが入り、縛られているボクの元へ走ってきた。
「だいじょうぶ?死んでない?生きてるの?」「...うん、なんとか」
「おもしれぇ、なんだかシラねぇが相手になってやるよ!!」岡崎とミヤタが鏡店長と司くんに掴みかかった。ボクはその様子を三月さんにロープ
をほどいてもらいながら見つめていた。「ちょっと、ここのチューブもほどいて...」「きゃー!!」顔を真っ赤にした三月さんにボクの息子は
思いっきり引っ叩かれた。超いってぇ~。そして目の前の喧嘩にケリが付いた。
「後はお前と後ろの女だけだな。まだやる?」
首を回しながら司くんが青木田に問う。「ちょっと!どうすんの!?」メイサが甲高い声をあげる。青木田がゆっくりとセブンスターの
ボックスを取り出した。そして正面の親子を見つめて言った。
「おいおい、どこの誰だか知らねぇけど俺らの喧嘩にあんたらが出るのはおかしいだろ。お前はそれで満足なのかよ?」
ズボンを穿いたボクに青木田が聞く。確かに。こんな形で決着が着くのは納得できない。口を開くと肺の奥から血が込み上げてきた。
「だいじょうぶ!?ティラノ君、しゃべんない方がいいよ!!」三月さんの手をほどくとボクは体を起こして青木田に勝負を提案した。
「チキンレースだ」「「はぁ!?」」「...なるほどね、いいぜ。裏からもう一台バイク用意しとけよ。使えねぇミヤタ君」
青木田に促されミヤタがよろよろと立ち上がって倉庫の裏へ消えた。「おまえ、免許持ってんのかよ!?」岡崎が顔を歪ませて笑う。
「黙れよ!口だけのヘタレ野郎!」般若の形相でメイサが岡崎をたしなめる。タバコに火をつけた青木田がルールを提案した。
「そこのおっさんとミヤタがバイクで俺達2人につっ込んでくるから長くひきつけられた方の勝ち。俺が勝ったらお前を組の総長に引き渡す。OK?」
大きく息を吸い込んでボクは青木田に答えた。
「いいよその代わりボクが勝ったら2度とボクらの目の前に現れないでください深夜に家の前派手な車で走り回ったり塀にあること
ないこと落書きしたり毎日脅迫電話かけてきたりすんのやめろコラぁ!!」
一息でボクが本音を吐き出すと青木田が青白い煙を吐き出した。「いいぜ。表に出な」ボク達は破れたシャッターから倉庫の外へ出た。
途中、肩を貸してくれたあつし君に聞いた。「なんで、ここがわかったの?」「おまえがくれたメールの写真だよ。そこから場所を特定してみんなを集めてきたんだ」
「はは、そうなんだ。ありがとう」マッスがボクに近づいてきた。
「おまえさぁ~、これでアイツに騙されんの何度目だよ。あんな腐れおまんこのどこがいいんだよ」メイサが顔を真っ赤にして振り返る。
「いい加減にしないとアンタ達も一緒に轢き殺すよ!!」「はぁ!?」「やめろよマッス。これで終わる。ボクが青木田とケリをつけてくる」
「本当にいいんだね?平野君」「ええ、全力で殺しにきてください。死にませんから」心配そうにヘルメットを被る鏡店長にボクは親指を立てた。
外はすっかり夕暮れに包まれていた。血のように赤い背景にさざ波の音がBGMとして流れる。「止まれ」の路面標識の上に立ったボクの横に背の高い青木田が並ぶ。
「おまえ、ロックンロールって何だと思う?」「え?」「なんでもねぇよ」少し恥ずかしそうに青木田は首を振った。
タバコに火をつけてゆっくりと息を吸い込むと風景を眺めながら煙を吐き出して青木田はボクに言った。
「俺は寸前1メートル50でミヤタのバイクを避ける。俺に勝ちたかったら命賭けな」
「は、最初っから命賭けだよ。あんたに喧嘩を売ったあの日からさ」「そうかよ」
「おーい、そろそろ始めるぞー」審判役の司くんの声とバイクのエンジン音が波止場に響く。大きく煙を吐き出すと決心したように青木田がタバコをラバーソールで押し消した。
「なぁ、平野」「なんですか?」「死にたくねぇよなぁ」
青木田が眉を細め、顔をしかめた。俺がこの人と本音で話したのはこれが最初で最後だったと思う。
「お願いします!」俺が合図すると2台のバイクがこっちに向かって走り出した。鉄の塊が火を噴きながら次第に加速していく。
脂汗を額から零しながらふぅーと息を吐く。「まだまだ先だろうが」となりで青木田が呟く。ハイビームに切り替えられたライトが目の中に焼きつく。
光が徐々に体を喰らいつくしていく。「まだだ、まだだ」先行を走っていたYAMAHAのバイクが急ブレーキを踏んだ。
「くぁあ!」声にならない音を振りしきると青木田が横に飛び退いた。体の横をものすごい速さでバイクが通り過ぎていく。1秒遅れで突風が体を突き抜ける。
その風に導かれるようにHONDAのバイクが体に向かって飛び込んでくる。俺は右足を前にして全体重を体の前に入れた。
「馬鹿!避けろ!!」ドライバーの声が聞こえるが、俺が勝つにはこれしかない。右足はくれてやるよ。気が付くと俺は宙を舞いながら夕焼けを眺めていた。
重力や引力に逆らいながら体が空に導かれていく。心や感情が開放されるイメージ。そうか。死ぬってこういう感覚なのか。
「ティラノ君!」「おい!大丈夫か!?」「なんでブレーキ踏まねぇんだよ!馬鹿親父!!」
うっすらと意識を取り戻すとたくさんの声がボクを囲んでいた。「おい、ティラノ、ティラノ!平野洋一!!」マッスがボクの顔を叩く。
「いってぇよ!!」「うわ!よかった、生きてた!」ボクが起き上がると三月さんが目に涙を浮かべて笑った(さすがに抱きついてはこなかった)。
「どっち、どっちが勝ったの?」ボクは審判役の司くんに聞いた。マッスが口元に笑みを浮かべて結果報告した。
「おまえの負けに決まってんだろ。ただバイクに轢かれてどうすんだよ。でもあいつらは『二度と目の前に現れない』って言って帰って行ったよ。
ほらこれ」
マッスが薄い紙を取り出した。誓約書と書かれた紙に血で拇印が押され、青木田誓地と署名がしてあった。「試合に負けて勝負に勝った、というヤツだな。うん」
ボクを轢き撥ねた鏡店長が腕組をして話をまとめた。こうしてボクと青木田達との因縁に決着がついた。青木田誓地は学校を退学し、
岡崎慎太郎は転校し、篠岡冥砂は夜の世界に消えていった。
そして新学期の朝がやってきた!
「みなさん!おぱようございます!元気~?」「きゃぁ!」「すげぇ!ガンタンクだ!」全身に包帯を巻き電動車椅子で登校するボクを見てみんなが写メを撮りはじめる。
「おら!見せもんじゃねぇぞ!」ボクが360℃椅子を回転させて周ると笑いながらみんなが散らばっていった。
放課後、ボクはマッスとあつし君に呼び出された。「なんだよ病人相手に」「おまえ、なんかすごいことになってんな...」「とにかくアイツらと決別できて本当に良かったよ!」
珍しくあつし君がテンション高く廊下の前を歩く。「そういえばあつし君、あいつらにアナル拡張されたんだよね?復讐しなくて良かったの?」
「ああ、ケツにホースで水ぶち込まれたって言ってたな。あれ、本当に死人がでるからやめたほうがいいぞ」マッスがカメラ目線でどこかに警告する。
「いいんだ、そんなことより」
あつし君が第2音楽室の入り口を勢い良く開いた。
「始めようぜ!俺達の軽音楽部としてのロックンロールライフをさ!」
満天の光が教室に降り注いでいた。まるでボク達の勝利を祝福するような、これからの未来を照らし出すような、拍手のような暖かさをその光から感じた。
ボク達は教室の真ん中で会心の笑みを浮かべた。もう敵前逃亡したあの日のボクらはいない。
「本物のロックンロール」。今はまだ分かんないけどボクはこれから仲間達と一緒にそれを見つけに行くんだと思う。
これにて第2部ショウ・ダウン。長々とした文章を読んでくれてありがとうございました!続きます。
2nd Album スメルス・ライク・ドーテー・スピリット ―完―