Neetel Inside ニートノベル
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「じゃ、それじゃまた明日」「おう」

学校の門の前でボクはみんなと別れた。今日は家に帰ってギターの練習でもしよう。交差点に差し掛かると茶髪でキレイめの女の子が声をかけてきた。

「ごめーん、キミ、ちょっと時間ある?」新手の美容院の客引きだろう。ボクが足を早めるといきなり襟首を掴まれた。

「はひっ?」「無視してんじゃねーよ。ほら、ファミレスん時の!」
「あ、サワホマレさん!」
「違う!由比ヶ浜絵兎(ゆいがはまかいと)だ!ちょっと話があるんだ。そこのファミレスに行こう」
「ちょっ、ちょっと」

ボクはカイトさんに拉致され、引きずられながらファミレスの席につかされた。とりあえずこないだの無礼を謝っておこう。

「いや、そんなことで呼んだんじゃないから。ウチらのバンドのこと」

へ?ボクが口を開けているとグラスの氷をかき混ぜながらカイトさんは話し始めた。その声には以前のような覇気を感じなかった。

「先月から昨日まで『Dareka』ってバンドと全国ツアー周っててさ。主要都市7つ巡って地方で演ったりしたんだけどね...
客のノリがイマイチでライブ中にエスカと杏がキレちゃって。杏がそのままホテルに帰っちゃってさー。その後Darekaの今吉さんにドラム叩いて
なんとかそのライブ乗り切ったんだけど『契約違反だ!』ってマネージャーにこっぴどく怒られちゃってさ。途中で空中分解状態になっちゃったわけ。
『きんぎょ』っていうバンドは」

目線を上げカイトさんは話を続けた。

「結局客がウチらに望んでることって演奏技術や楽曲の善し悪しじゃなくて『かわいい女の子が楽しくバンドやってる様』なんだって。
マネージャーが言うには。はらわたが煮えくり返ったよね。ウチらがどんなに頑張って演奏しても男の客は顔や唇、胸元しかみてない。
それを考え始めたら気持っち悪くてさー。ツアー後半はメンバーみんな口聞かないし、最悪だったよ」

声を震わせるカイトさんをボクは直視できなかった。ボクはいままで当然のようにかわいい女の子がいたらそっちの方を向き、

巨乳の女の子がいたら胸が揺れる様を凝視し、スカートの短い女の子がいたら強風でめくれることを祈りながらその子の後ろをついて歩いていた。

もしそれが逆の立場だったら、なんてことは考えたこともなかった。すっかりぬるくなってしまったグラスを傾けながらカイトさんは言葉を吐いた。

「エスカのやつ高校卒業したら服飾関係の大学通う、って言ってんだよね」それを聞いてボクは言った。

「バンドの収入が不安定だからですか?」
「それもあるけど...いま不景気じゃん。音楽なんてチャラついた仕事よりちゃんとした仕事につけって親がうるさいらしいんだ」

「そんな...」ボクは夏祭りでのエスカさんの演奏を思い出した。あんなに人を惹きつける魅力がある人が自分から夢を諦めてしまうのはもったいない。カイトさんが本題を切り出した。

「今日キミを呼んだのも『光陽ライオット』を辞退することを伝えるため。ウチらはもう無理だ。ライブ、頑張ってよ」
「無理じゃない!!」

「...えっ?なんでキミがそんなこと言えるの?」

ボクは立ち上がってテーブルを掴んでいた。感情が抑えられなくなっていた。

「わかんないけど...あんた達と決着をつけないと俺達が前に進めない気がするんだよ。勝ち逃げなんて許さない。エスカさん今どこにいる?学校?」

「たぶん予備校。駐輪場にある黄色いチャリ、使っていいよ」

テーブルに投げ出された鍵を握るとボクは席を駆け出していた。そのままカイトさんの自転車に乗ると街中を全速力で漕ぎ出した。

商店街の隅にあるビルから学生が出てきたのが見えた。その中からショートボブの女の子を見つけるとボクは車輪を思い切りその子にぶちまけた。

「あずさあたっく!!」「うがっ!?」「キャー!!」「ちょっと、おまえ何してんだよ!」「警察!」「救急車!」

穏やかな商店街の空気が一転する。「ティラノ君...!?」よろめきながら立ち上がるエスカさんを見てボクは叫んだ。

「エスカさん!『きんぎょ in the box』として光陽ライオット、出てください!!ボクはT-Massのメンバーしてあなた達に勝ちたい!
同じ舞台に立って世の中を見返したい!『壁』なんだあんたは!俺にとって超えるための!だからライブに出てくれ、頼む」

自転車の横で頭を下げるボクをみてエスカさんは声を振り絞った。

「女にモテるためにバンド始めたヤツが散々あたしの周りかき回してその上、宣戦布告?アッタマきた!!あんたなんかに負けるワケないでしょう!?
光陽ライオット、ちっこいチンポしごいてまっとけ、このクソガキ!!」

派手に中指を立てるエスカさんの後ろでパトカーが唸るのが聞こえた。ボクは自転車にまたがるとエスカさんに頭を下げた。

ボクの気持ちに答えてくれたありがとう。自転車を漕ぎながらボクは自分が楽しくバンドがやれていることに感謝していた。

       

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