シャワーを浴び、食堂に足を運ぶとその男は待っていた。
「ティラノ君、初戦突破おめでとう。次は俺らのバンドとだね」
「おばちゃん、コーヒー牛乳ひとつ」
おばちゃんから瓶を受け取るとボクは暗野が座っている席の向いに座った。テーブルを挟んでボクが口を開いた。
「何かツールを使ったんですか?」
「ご名答。twitterのアカウントはひとりで複数持てるからね。アカウント自動複製して定型文入力して送信するツールなんて
少しプログラミングかじってれば作れるからね」
「汚ねぇ手、使いやがって」
ボクが罵ると暗野由影はくくっ、と笑い髪をかきあげた。
「別に悪い事じゃないさ。ルールに則ってやってる事だろ?twitterの仕組みも良く知らないようなクソ運営が流行りで取り入れたルール。
いくらでも抜け道はあるのさ。結果発表の時のバカ町長の驚きようと言ったら...はっはっは!
散々時間と労力を使って作り上げた大会を才能ひとつでぶっ壊せるのは痛快だと思わないかい?平野洋一君!」
「なんでその才能を音楽に使わないんだ!アンタだったらそんな事しなくても優勝争いできるだろ!」
ボクが立ち上がると暗野も立ち上がりボクに近づいて笑った。
「優勝?こんな田舎のロックコンテストで優勝してどうする?キミ知ってるかい?ここ数年のオリコン年間チャートのトップ10は
嵐とAKBが独占してるんだ!そんな時代にロックンロール、って声張り上げてどうする?」
洗いざらしのボクの髪を掴んで暗野は言った。
「ロックンロールは終わったんだよ」
ボクは悲しかった。同じロッカーとしてバンドバトルで戦う相手にこんな事は言われたくなかった。確かに彼が言った通り年々CDの売上は減少し、
活動費が無く解散していく若手ロックバンドはたくさんいる。震災以降、ロックンローラーの「世界が終わる」とうそぶく姿は「不謹慎」だと言われ
未だうまく立ち位置を掴めていない大御所ロックバンドはたくさんいる。そんな事はわかってるんだよ。ボクは頭から暗野の手を離して言った。
「アンタ、本当に音楽好きなんですか?」
予想外、と言った言葉にひるんだ暗野にボクは続けた。
「セールスがどうのか、時代がどうだとか、そんな事いい訳にして腐っててもしょうがねぇじゃん。俺達が生きてるのは2012年の今なんだよ。
アンタにロッカーとしての心がまだ残ってるなら、ボク達と正々堂々、勝負してください」
暗野が黙るとボクは踵を返した。
「部屋に戻ります。仲間が待ってるんで」
ボクの背中に暗野が言葉を投げかけた。
「ティラノ君!キミが言う事もごもっともだ!だけど俺たちはもう、戻れない所まで来てるんだ。次の戦いで勝った方が時代が選んだロッカー、
ホワイト・ライオット・ボーイだ!真っ白な暴動、楽しみにしてるぜ」
まーた意味のわかんねぇ事を。部屋に戻ると涙目であつし君が出迎えた。
「ティ、ティラノ!どうしよう!次の戦いまであと20分しかないよ!どうやってあんな連中に勝てばいいんだよ!?」
ボクはベッドの上で腕を組むマッスを見つめた。彼は10万票のトリックをなんとなく見破っているようだった。ボクはあつし君の肩に手を置いて言った。
「連中には10万人のファンが付いてるんだろ?だったら相手からファンを奪っちまうような演奏を俺たちがすればいいだけだぜ!
イッツオーライ!余裕ぶっこいてるアイツラの鼻をあかしてやろうぜ!!」
「そ、そうか!ティラノ頭いいね!なんだかいけそうな気がしてきた!おれ、走って会場まで行ってくる!」
そう言い残すと頭の悪いあつし君は部屋を駆け出していった。ボクは部屋の奥のマッスに声をかけた。
「マッス」「わかってる。何も言うな」
ボクとマッスは並んでホテルの入口を出た。ボク達は本能的に次の戦いが最後だという事をわかっていた。
「ティラノ!マッス!2人共早く!」
会場の入口であつし君が手を振る。何の真実も知らないあつし君が少しだけ羨ましかった。