Neetel Inside ニートノベル
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*   僕の塔                                *
*                                      *
*     最後に待ち受ける者(2回目)                   *
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「やあ月子、遅かったじゃないか」

 神道陽太はぷらぷらと手のひらを振って見せ、笑顔で伊藤月子を招いた。が、それとは対照的に伊藤月子の表情は優れない。
 顔色は青白く、生気が感じられない。それは無理もないことである、なにせ前回の記憶――恋人の神道陽太に暴行され殺されてしまった――を鮮明に覚えているからだ(死姦されたことは覚えていないようだ)。
 怪我や痛みは消えている。しかし心に負った傷は生々しく残っていて、ジクジクと化膿しているかのようだった。

「ん? どうしたの?」
「私ね……いろいろ考えたの」
「ふんふん。何をだい?」

 震える声で伊藤月子は話し始める。そんなカノジョに神道陽太は食い入るように聞き返す。
 神道陽太は非情なほどにこの状況を楽しんでいた。しっかりと伊藤月子のことを恋人として扱い、愛して、裏切って、なぶり殺しにすることにとめどない興奮を覚えていた。

「私さ……陽くんを怒らせること、しちゃったのかな……?」
「どうしてそう思うんだい?」
「だって! だって……陽くん、私のこと殴った……顔や、お腹を、いっぱい、殴った……!」
「そうだったね。何発殴ったっけ?」

 伊藤月子は言葉を詰まらせる。そして、ふるふると身体を震わせながら涙をこぼし始めた。
 相手を見据え、半ば恐怖に負けながらも真っ向から立ち向かう。そんな勇敢な姿は神道陽太にとってはあまりに滑稽で、死姦のとき以上の勃起を催す要因にしかならなかった。

「ねえ……どうして……!」
「どうして? どうしてって、何が? 」
「私、何かしちゃったの……? 教えてよ、怒ってるんだったら、ちゃんと謝るから……
 お詫び……になるかわからないけど、陽くんの好きな甘いカレー作るから……あと、メイド服着てご主人様って言うから……」
「むむぅ、それは甘い誘惑だなぁ」
「わからない……私、何も“わからない”の!」

 伊藤月子が言うように、彼女は神道陽太のことがわからなかった。
 伊藤月子は超能力者である。今でこそ体力によって制限はあるものの、すべての能力が使用可能。なのでこうして相手に質問するよりも、テレパシーを使うほうが早くて正確な情報を得ることができる。
 このフロアの入り口に巻き戻ったとき、彼女は申し訳ない気持ちになりながらも神道陽太に向けてテレパシーを発していた。ここで通常なら相手の思考や感情が文字や映像となって頭の中に流れてくる、そうすればだいたいの問題の解決方法が見い出せるのだ。

 だが、今ここにいる神道陽太は違った。何も流れてこない。少しの断片すら感じ取ることができなかった。
 
 何も流れてこないというのは特別めずらしいことではない。意識がない対象――死体や眠っている相手はもちろん、単純作業に没頭している相手など、思考を停止している状態であっても同じことだった。

 つまり神道陽太はいずれかの状態。おそらく何も考えていないのだろう。
 そう、何も考えていないのだ。

 あれだけひどいことをしたにもかかわらず!

「だから……教えて……」

 絞り出した声はとても小さかった。けれど、その声はちゃんと神道陽太に届いた。



「特に理由なんてない。強いて言うなら、やりたかったから」



 あまりに無慈悲な答え。その返答に、伊藤月子の理性は沸点をやすやすと飛び越えた。
 ざわざわと伊藤月子の長い髪が揺らめく。放電か、あるいは衝撃波なのか、パチン、パチンと周囲の空気が音を鳴らす。
 その目は憤怒に燃えていた。

「おお、おおっと」

 念動力により、神道陽太はふわりと宙に浮かされた。手をばたばたと動かしバランスを取ろうとするが、力は安定せずにぐらぐらと身体を揺らしていた。

「ああ、そうだったね。月子は怒るといつも念動力で浮かしてたね」
「いつも……?」
「いつだったかなぁ、天井にふっ飛ばされて、窓から放り出されたことがあった。
 空から落とされたこともあったね」

 懐かしむようにつぶやく。
 だが、伊藤月子はそんな神道陽太の横をスタスタと歩いて通過した。
 目すら合わせない。ふわりと、彼女特有の甘い香りが神道陽太の鼻をくすぐった。

「あれれ、無視かい? ……ああ、なるほど」

 神道陽太は伊藤月子の狙いに気づいた。
 伊藤月子が目指しているのは、扉。神道陽太の後ろにあった、外へと通じる扉だった。
 塔の主のことは諦め、さっさと脱出する気だったのだ。

「考えは悪くないよ」

 茶化すような言葉も無視。伊藤月子は扉に手を置く。
 ノブはない。押すしかない。

 けれど開かなかった。

「なんで!」

 怒りに任せ念動力をぶつける。が、開くことはおろか傷一つついていない。
 頑丈とかそんなレベルではない、特殊な力で守られているようだった。

「月子。その扉はね、開く方法が2つしかないんだ」

 ぷかぷかと浮かぶ神道陽太は、伊藤月子の背中に向かって指を1本立てる。

「まず1つ目。“塔の所有者が許可する”こと。これはアレだね、僕が『扉よ開け』と強く願えばいいんだ」

 ここでようやく伊藤月子は振り返る。
 おそらく1つ目の条件に対してだろう、半ば諦めているような様子だった。

「ふふふ、察しがいいね。そうそう、もちろん僕は許可なんてしないさ。
 そこで2つ目。こっちは簡単、おすすめだよ」

 2本目の指を立てる。神道陽太は満面の笑みを浮かべる。

「“塔の所有者が死ぬ”こと。“塔の所有者を殺す”こと、と言い換えればいいかな」

 ぐらり。

 念動力が乱れたのか、神道陽太は大きく揺さぶられた。
 最初こそジタバタとしていた神道陽太だが、今では悠然とした態度で立っている。それとは正反対に、伊藤月子は今にも倒れてしまいそうなほど、ぐら、ぐらとふらついている。

「何を動揺しているんだい? 月子、キミならそれが可能だよ。
 以前のように天井に叩きつけたらいい。今の僕はちょっと頑丈だから時間かかるかもしれないけど。
 ……僕のおすすめはここ。ここを狙うんだ」

 追い討ちをかけるように、神道陽太はあごを上げトントンと首を叩いてみせた。

「ギロチンみたいに斬り飛ばしちゃえよ。痛みは一瞬、僕も楽でいいし。
 グルグルねじるのもアリかな。これは痛くて嫌だけど……
 ああそうだ、バニーのように顔を消し飛ばすのもアリだよ」

 伊藤月子の身体の震えは止まっていた。

「ほら、月子。どうするんだい?」

 ようやく気づいたのだ。

「キミは、どんな方法で、僕を殺すんだ?」

 大好きな恋人がイカれている。

 その事実を知ったことで、伊藤月子は落ち着きを取り戻していた。
 もちろんショックは受けていたが、彼女は『なぜ』に対する答えが知りたかったのだ。
 それは最悪な答えではあったけれど、ようやく心の引っかかりを取り除くことができた。


 ミシッ


「ぐっ……!」

 そこからの、伊藤月子の行動は早かった。
 念動力を神道陽太の首に集中させ、それをどんどんとすぼめていく。すると神道陽太の首はみしみしと締め上げられていった。

「なる、ほど……ウグッ、苦しいけど、悪くない……!」

 神道陽太の表情から余裕が消え、苦痛に染まっていく。
 瞳はどんどん濁り、顔色も血の気が消え、身体からは力が抜けていく。

 神道陽太に死が迫っていた。
 あとわずかに念動力が強まれば、あるいはあと数秒拘束していれば、神道陽太は確実に死亡していた

 ――はずだった。

「無理、だよ……」

 念動力が弱まっていく。首への締めつけはなくなり、神道陽太の足は床に着いた。
 げほげほと咳き込み、それが収まった神道陽太は心底不思議そうに伊藤月子に見つめた。

「できない……できるはずないよ……!」

 伊藤月子は叫ぶ。握った手は爪が食い込み、噛み締めた唇は歯が押し潰し、それぞれから血がにじみ始める。

 超能力者である以上、普通の日常では考えられないような外敵の存在も考えたことがあった。もし身に危険が及んだとき、迷うことなく排除しようと思っていた。
 全盛期の半分にも及ばないが、それでもすでに人類中トップクラスの強さを保持している伊藤月子。そんな超能力者は、邪悪なモンスターや他のどんな人間を殺すことできても、恋人だけは殺すことができなかった。

「ゲホッ……なんだ、終わりかい? もうちょっとだったのに……『伊藤月子、浮け』」
「ひゃ……ひゃあああっ!」

 突然の浮遊に驚く伊藤月子。身体と共に、ぶわぶわと煽られるように服もなびく。
 超能力を使えば浮くことなんて容易いことが、他力で浮かされたのは初めてだった。自分の意思でコントロールができないため、勝手がわからずジタバタとしてしまう。

「なっ、なになになに!?」
「ん? どうやら“命令”のことは覚えてないのかな? だったら都合が……月子、白レースのパンツが見えてる」

 気づけばスカートは大きくめくれ上がっていて、小さなリボンであしらわれたレースの下着が丸見えになっていた。
 顔を真っ赤にして抑える伊藤月子。神道陽太は逸らしていた目の向け先を戻した。

 神道陽太は次の手を考える。超能力者を目の前にしては悠長とした様子だったが、どうせ伊藤月子は抵抗できないことを確信していたからだ。

 踏み潰してやろうか。それではバニーのときと同じでワンパターンすぎる。
 モンスターを召還して嬲り殺してみせようか。自分以外に触れさせたくないので却下。

 そうして神道陽太は思いついた。次の“手”を。

「こんな“命令”できるのかな……ちょっと怖いな」

 右腕を突き出し、言った。



 伊藤月子が『非現実』と感じることはそう滅多にない。
 自らが超能力などという『非現実』を帯びているため、大概の事象は許容できていた。この塔やモンスターたちの存在、そして死亡時の巻き戻る現象も、どれもまだ『現実』の範囲内と思っていた。
 神道陽太に裏切られたこと、これは『非現実』であり、夢であってほしかった。

 が、紛れもない現実の『非現実』が、目の前で発生していた。

「『僕の右腕を触手にしろ』」

 神道陽太の右腕が糸状に裂け、表面がぼこぼこと沸騰するように蠢き、1本1本がミミズのような触手となったのだ!

「……さすがにキツいなぁ。自分の腕が化け物になると……」

 ショッキングな光景なのか、それとも肉体的な負担があるのか、苦々しく顔を歪める神道陽太。しかし触手はせわしなくウゾウゾと動いていた。

「なに……なんなの、これ……」
「僕もびっくりだよ。でも、これはすごいな……こんなに生えているのに、すべて意のままに動く。
 このネバネバの粘液はなんだろう。汗でもないし……カウパー腺液かな?」

 触れるか触れないか、ぎりぎりのところまで触手が伊藤月子に迫る。
 触手の発する熱気があまりに高く、まるで肌が焼かれるようだった。

「さあ月子。やるなら今だ。もうこのあとにチャンスはないよ?」
「…………っ」

 神道陽太からは悪意しか伝わってこない。それでも伊藤月子は少しも抵抗しようとしなかった。
 そんな様子に、神道陽太はとうとう呆れてしまった。

「ほんと、意地っ張りだね」


 ガパリッ


「きゃあああああああっ!」

 触手は円状に大きく広がり、全身を包み込むように伊藤月子を襲いかかる。

「アアアアッ、あつ、熱いっ! ア、アあああ!」
「すごい、すごいな……! 無数の指で月子の身体を味わっているようだ。はは、ハハハッ!」

 溢れんばかりに粘液を分泌し、それを伊藤月子の身体に塗り込んでいく。
 服を溶かすわけでもなく、催淫効果があるわけでもない。単なるローションでしかなかったが、伊藤月子の全身を隈なく舐め回すには十分すぎた。

 自分の体温以上の熱を帯びた触手が身体中を包み込んでいる。溶けるどころか燃やされる、そんな錯覚さえ覚えてしまう。伊藤月子の意識は途絶える寸前だった、のだが。

「『伊藤月子、まだ死ぬな』。ここからがお楽しみなんだから」

 強制的に意識を戻された伊藤月子の顔の前に、数本の触手がちらついていた。
 それらの先端は、ふらふらとしながらも一点を狙っているようだった。
 伊藤月子の口。そしてその先の体内。伊藤月子は本能的な危機感でそれに気づき顔を背けようとしたが、いつの間にか後ろに回りこんでいた触手に押さえられ、顔を固定させられてしまった。

 ぐちゅり、ぐちゅりと粘液を撒き散らしながら伊藤月子の口を乱暴に撫でる触手。必死に歯を食いしばって抵抗するが、触手の力はすさまじく、ジリジリと開かれていく。

(やだ、ぜったい、それだけは……!)

 パニックと疲労で超能力を使うほど集中することもできない。そして口の抵抗も限界に近い。
 そのときが来た。


 ガボッ!


「ンーーーーーーーー!!!!!」

 わずかに開いた隙間から、触手は滑るように口内を進み。食道を通り、あっという間に胃へ到達した。
 あまりに異物感に伊藤月子は大きく目を開いた。苦しい、痛い、死んでしまう。もはや生きているのが不思議なほどに伊藤月子は満身創痍であったが、“命令”によって意識ははっきりとしていた。

「ああぁ、温かい……いつもは別のところを口でしてもらってるけど、さすがに胃までってのは初めてだね。
 胃液でピリピリするけど、それがくすぐったくて気持ちいいなぁ」
(やめっ、苦しい、ぐるじい!!!)
「テレパシー、漏れてるよ。痛いぐらいに聞こえてくる。
 大丈夫だよ、“命令”でぎりぎり死なないぐらいには生きれるからさ」

 神道陽太は胃の内部をグリグリと押し広げる。伊藤月子の腹はボコボコと膨れ、触手の位置、動きが鮮明に見て取ることができた。

「そうそう、小さいころさ」

 脈絡もなく、神道陽太は話しを始めた。

「僕は砂場で遊ぶのが好きでねー。大きな山を作って、向かい側からトンネルを掘るんだ」

 伊藤月子の下半身、自分でもあまり触れたことのないところに、一際太い触手があてがわれる。
 何を言おうとして、何をしようとしているのか、伊藤月子はわかってしまった。

「掘って、掘って、進んでいくとトンネルは開通。そこから自分の手と手で握手するのがすっごく好きでさ」
(やだ……やだ、やだやだやだ!)
「やりたいなー、握手。月子、やらせてよ」


 ブツンッ

       

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Neetsha