Neetel Inside ニートノベル
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*   僕の塔                                *
*                                      *
*     最後に待ち受ける者(3回目)                   *
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 次はどんなことをして遊ぼうか。神道陽太は胸を弾ませながら伊藤月子を待っていた。

 先ほどは少々遊び過ぎてしまった。
 力加減が難しいということもあったが、あれほどあっけなく死ぬとは思ってもいなかった。
 今度は丁重に可愛がってあげよう。

 子供がおもちゃを壊してしまった、神道陽太はそんな程度の価値観しか持っていない。悪びれもしなければ高揚もしない、それはまさに邪悪そのものだった。

 そんな神道陽太の前に、伊藤月子はやってきた。

「やあ月子。今回はどんなことして遊ぶ?」

 神道陽太は楽しげに出迎える。伊藤月子は何も答えない。

「さっきの触手はどうだった? ちょっとやり過ぎだったかもしれないね。
 だから、今回はスライムなんてどうかな? 僕がスライムに変化して、月子の中を犯すんだ。血液の代わりに身体中を巡って、そうして1つになるんだ。
 今までは外からの交わりだったけど、本当の意味で1つになれるんだ。ロマンティックだと思わないかい?」

 もともと返事をされることになんて期待していない。神道陽太は挑発にも似た提案をけらけらと軽い口調で聞かせるが、伊藤月子はまるで動じていない様子だった。
 当然、神道陽太も伊藤月子の様子からそれに気づく。すでに2回、心をへし折ってやったのだ。なのに、なぜ、こうも平常心でいるのか!

 冷静になられると立場が逆転してしまう。純粋な戦闘では勝ち目がない、“命令”の前に拘束するぐらいのこと、この超能力者なら容易いことなのだ。

「月子、何か言ってよ」

 内心冷や汗をかきながら神道陽太は問いかける。些細なミスも許されない、隙を見つけてそこにつけいるしかない。
 しかし伊藤月子は答えない。そんな様子に、神道陽太はしびれを切らした。

「どうしたんだい? つ――」

 言いかけたところで神道陽太の口は閉じた。勢い良く閉じたためか、歯が歯がぶつかりカチンと鳴った。

 口を閉じた? いや、そうではない。

 口が、動かない。

 手でこじ開けようとしても、不可視の力で顎が押さえつけられ、まるで開きそうになかった。
 それが念動力ということにはすぐ気づいた。

 けれど、なぜ。

 なぜ、自分も塔の主に使ったような方法を知っているのか。

(お、おいおい月子……これはどういう)
「――“命令”」

 伊藤月子の言葉に、神道陽太は顔から笑みが消えた。それどころか、目を開き、汗が吹き出て驚いた様子だった。

「“命令”は対象を意のままに操ることができる。それはどんなことであっても」
(なんで……?)
「相手が登場人物である限り、“命令”は絶対。
 でも、防ぐ方法は簡単。“命令”させなければいい。だから、口を塞ぐだけでいい。
 そう、『ボク』がされたように」
(まさか……!?)

 伊藤月子が言った一人称。それを使う人間はたった1人しか知らない。

「うん、そのまさか。あの子からテレパシーで聞いた。効果も、条件も、防ぎ方も」

 伊藤月子は神道陽太がきまぐれで復活させた塔の主と、テレパシーで意思疎通を行なっていた。そして塔の主は自分の能力でもある“命令”のすべてを話したのだ。

 能力の全容が知られ、封じられた。その時点で神道陽太の勝機はなくなっていた。“命令”が使用できないとなると、一般人と変わらないからだ。
 もし伊藤月子がごく普通の人間であれば、力でねじ伏せることはできただろう。しかし相手は人類最強の超能力者である。触れることはおろか、近づくことさえ不可能だ。

(……これは、参ったな)

 わざとらしく困った様子を見せるが、伊藤月子が超能力を解くような気配は見られなかった。

 肩をすくめる神道陽太。だが、彼にとってみればこれはまだ予想された展開であった。巻き戻りを繰り返すうちに“命令”に気づき、なにかしらの対処をしてくるだろう――楽観的にそう考えていた。
 まさか塔の主からテレパシーで助言されるとは思ってもいなかったが、特別何か変わるわけでもない。予定が早まっただけに過ぎないのだ。

(で……次はどうするの? たしかに、ここまでは悪くない攻略法だと思う。でも、ここからどうやって塔から脱出するのかな?
 まさか、2つの条件を忘れたわけじゃないだろうね)

 結局、伊藤月子にとって事態は何も好転していない。神道陽太が“命令”を使えなくなっただけで、この塔から脱出できるわけではないからだ。

「忘れてないよ。私は、もう決めている」
(ふうん……じゃあ、僕のことを)
「殺さない」

 そのはっきりとした声に、神道陽太は言葉を失ってしまう。
 威嚇やひっかけなどではない、たしかな自信を持ち、勝機を見出している。それなのに、まるで見当がつかない。

(殺さないだって……? じゃあ、どうするっていうの? ……脱出は諦めたのかな?)
「諦めてないよ。むしろ、ちゃんと脱出するために殺さないの」
(わけがわからない……月子、キミはいったい何を考えている?)

 神道陽太は苛立ちを隠せない。同時に恐怖を抱いていることに、彼は気づかなかった。
 そんな恋人に、伊藤月子のとても優しい表情を向けていた。“前回”のときのように心から慕っている、そんな様子だった。

「良かった。やっと、陽くんらしくなった。
 やっぱり、私はちょっとしたことでムキになる陽くんのこと、大好きだよ」
(月子……)
「私ね、陽くんにお願いしたいことがあるの」





「時間を巻き戻して」





(それは……)

 忘れるはずがない。
 すべてをリセットするために、かつて自分が行った方法。それを目の前の恋人が口にした。

(……もしかして、思い出した?)
「思い出す? これも聞いただけだよ」
(ああ……そうだった、最初に言ったっけな……まったく余計なこと言うんじゃなかった)

 少し前――伊藤月子がこのフロアに来る前のことを思い出す。バニーの一件で苛立ちはあったものの、とんだ失言だった。

「私ね、もう一度最初からやり直したい、私はあの子と向き合いたいの。
 あと……陽くんには一切介入してほしくない」

 申し訳さなそうな様子の伊藤月子に、神道陽太はつくづく感心してしまった。
 たしかにこの方法なら誰も血を流さない、そして塔から脱出できる可能性はある。皮肉にも自分が行った手段と同じ方法である。

 ――のだが。

(それって、結局僕の意思一つじゃないの?
 つまりそれは、僕が扉が開くことを許可することと同じじゃない?)
「そう、だね……」
(例えば、僕が巻き戻しをすると言いつつも、いざ“命令”のときにまったく違うことを言ったらどうする?)
「……うん、どうしようもない。私は陽くんに『お願い』するしかない」
(その通りだ。このプラン、いまいち決め手に欠けていたね)

 伊藤月子は首を振る。

「だから、もし陽くんが変なことしたら、そのとき、私は死ぬ」

 彼女は欠けていた決め手を言った。

「私が死ねば、とりあえずこのフロアの最初からやり直せる。
 記憶も残っているから、何度だって同じことを繰り返せる。それに、あの子も覚えているみたいだし……
 でもね。
 こうして『お願い』をするのは今回だけ。
 次からはもう容赦しない。『脅迫』、する。
 でも私は、大好きな陽くんに『脅迫』なんてしたくない。
 だからお願い……」

 神道陽太は不可視な力が働かなくなったことに気づいた。口を押さえつけていた力がなくなっている。
 口はちゃんと動く。発声、そして“命令”ができそうだ。

(ふぅん……月子、僕は時間なんて巻き戻さないよ?)

 そう『言って』みたが、伊藤月子はまるで祈るように、すがるようにじっと目を閉じていた。
 どうやらテレパシーは使われていないらしい。

 完全に委ねられているようだ。

(なるほど、ここが僕の選択肢ってところか)



(時間の巻き戻しを要求されるというのは、さすがに予想外だったなぁ。あいつを生かしていたんだ、それぐらいのことは想定しておくべきだった。うん、これは反省。
 たしかに、最初からやり直して僕が介入しなければ、今と違ったストーリーは確実に送れる。これは間違いない。
 でも月子、次回も僕が介入しないなんていう保証、ないんだよ? 2回ヘマを打つほど僕はバカじゃない、そうなるともうチャンスはないよ?
 それに“命令”を甘く見すぎている。おそらく塔の主に条件を聞いたんだろう、だからこそ口を塞いだ。うん、間違いじゃない。
 でもそれは、塔の主の“命令”にしか有効じゃない。
 僕の“命令”は発声しなくてもできる。
 神様への“命令”なんだ、心の中で呼びかけるだけでいい。次の瞬間にも首を跳ね飛ばすことはできるんだ。まあ、これはあいつも知らないから無理もないね。
 そこらへんを考えると、本当に優位なのはどっちだろうね)



(けど、手持ちのカードでここまで追い詰めたのは見事としか言えないなぁ。
 もしここで僕が知らないカードを切ったとしたら、それはアンフェアだよなぁ……
 将棋をしているときに、突然チェスのクイーンを使うような……ちょっと反則ぽい感じがするよ)



(巻き戻す・巻き戻さない。
 従う・従わない。
 選択肢的にはこんなところかな。さて、どうしようかな……なんてね、もう答えは決まっている)



「月子」



「わかった、時間を巻き戻すよ」



(今だってテレパシーを使われていたら負けていたんだ。なのにそれをひっくり返して僕の勝ち、なんてプライドが許さない。
 ひとまずここは引くとするよ。でも、次回があれば、そのときは容赦しないからね)

「もし良ければだけど、今からでも扉、開けてあげようか?」
「ううん、開けなくてもいいよ」
「だろうね。じゃあ、巻き戻すよ」
「……ありがとう」

 伊藤月子が浮かべた笑顔は、神道陽太が好きな表情だった。そしてそれは、塔の主も好きな笑顔でもあった。

 このとき、神道陽太は心から笑った。悪意のない、純粋な笑顔を伊藤月子に向けた。

 神道陽太は“命令”する。



「『強くてニューゲーム』」

       

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