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* 僕の塔 *
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* 最後に待ち受ける者(3回目) *
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次はどんなことをして遊ぼうか。神道陽太は胸を弾ませながら伊藤月子を待っていた。
先ほどは少々遊び過ぎてしまった。
力加減が難しいということもあったが、あれほどあっけなく死ぬとは思ってもいなかった。
今度は丁重に可愛がってあげよう。
子供がおもちゃを壊してしまった、神道陽太はそんな程度の価値観しか持っていない。悪びれもしなければ高揚もしない、それはまさに邪悪そのものだった。
そんな神道陽太の前に、伊藤月子はやってきた。
「やあ月子。今回はどんなことして遊ぶ?」
神道陽太は楽しげに出迎える。伊藤月子は何も答えない。
「さっきの触手はどうだった? ちょっとやり過ぎだったかもしれないね。
だから、今回はスライムなんてどうかな? 僕がスライムに変化して、月子の中を犯すんだ。血液の代わりに身体中を巡って、そうして1つになるんだ。
今までは外からの交わりだったけど、本当の意味で1つになれるんだ。ロマンティックだと思わないかい?」
もともと返事をされることになんて期待していない。神道陽太は挑発にも似た提案をけらけらと軽い口調で聞かせるが、伊藤月子はまるで動じていない様子だった。
当然、神道陽太も伊藤月子の様子からそれに気づく。すでに2回、心をへし折ってやったのだ。なのに、なぜ、こうも平常心でいるのか!
冷静になられると立場が逆転してしまう。純粋な戦闘では勝ち目がない、“命令”の前に拘束するぐらいのこと、この超能力者なら容易いことなのだ。
「月子、何か言ってよ」
内心冷や汗をかきながら神道陽太は問いかける。些細なミスも許されない、隙を見つけてそこにつけいるしかない。
しかし伊藤月子は答えない。そんな様子に、神道陽太はしびれを切らした。
「どうしたんだい? つ――」
言いかけたところで神道陽太の口は閉じた。勢い良く閉じたためか、歯が歯がぶつかりカチンと鳴った。
口を閉じた? いや、そうではない。
口が、動かない。
手でこじ開けようとしても、不可視の力で顎が押さえつけられ、まるで開きそうになかった。
それが念動力ということにはすぐ気づいた。
けれど、なぜ。
なぜ、自分も塔の主に使ったような方法を知っているのか。
(お、おいおい月子……これはどういう)
「――“命令”」
伊藤月子の言葉に、神道陽太は顔から笑みが消えた。それどころか、目を開き、汗が吹き出て驚いた様子だった。
「“命令”は対象を意のままに操ることができる。それはどんなことであっても」
(なんで……?)
「相手が登場人物である限り、“命令”は絶対。
でも、防ぐ方法は簡単。“命令”させなければいい。だから、口を塞ぐだけでいい。
そう、『ボク』がされたように」
(まさか……!?)
伊藤月子が言った一人称。それを使う人間はたった1人しか知らない。
「うん、そのまさか。あの子からテレパシーで聞いた。効果も、条件も、防ぎ方も」
伊藤月子は神道陽太がきまぐれで復活させた塔の主と、テレパシーで意思疎通を行なっていた。そして塔の主は自分の能力でもある“命令”のすべてを話したのだ。
能力の全容が知られ、封じられた。その時点で神道陽太の勝機はなくなっていた。“命令”が使用できないとなると、一般人と変わらないからだ。
もし伊藤月子がごく普通の人間であれば、力でねじ伏せることはできただろう。しかし相手は人類最強の超能力者である。触れることはおろか、近づくことさえ不可能だ。
(……これは、参ったな)
わざとらしく困った様子を見せるが、伊藤月子が超能力を解くような気配は見られなかった。
肩をすくめる神道陽太。だが、彼にとってみればこれはまだ予想された展開であった。巻き戻りを繰り返すうちに“命令”に気づき、なにかしらの対処をしてくるだろう――楽観的にそう考えていた。
まさか塔の主からテレパシーで助言されるとは思ってもいなかったが、特別何か変わるわけでもない。予定が早まっただけに過ぎないのだ。
(で……次はどうするの? たしかに、ここまでは悪くない攻略法だと思う。でも、ここからどうやって塔から脱出するのかな?
まさか、2つの条件を忘れたわけじゃないだろうね)
結局、伊藤月子にとって事態は何も好転していない。神道陽太が“命令”を使えなくなっただけで、この塔から脱出できるわけではないからだ。
「忘れてないよ。私は、もう決めている」
(ふうん……じゃあ、僕のことを)
「殺さない」
そのはっきりとした声に、神道陽太は言葉を失ってしまう。
威嚇やひっかけなどではない、たしかな自信を持ち、勝機を見出している。それなのに、まるで見当がつかない。
(殺さないだって……? じゃあ、どうするっていうの? ……脱出は諦めたのかな?)
「諦めてないよ。むしろ、ちゃんと脱出するために殺さないの」
(わけがわからない……月子、キミはいったい何を考えている?)
神道陽太は苛立ちを隠せない。同時に恐怖を抱いていることに、彼は気づかなかった。
そんな恋人に、伊藤月子のとても優しい表情を向けていた。“前回”のときのように心から慕っている、そんな様子だった。
「良かった。やっと、陽くんらしくなった。
やっぱり、私はちょっとしたことでムキになる陽くんのこと、大好きだよ」
(月子……)
「私ね、陽くんにお願いしたいことがあるの」
「時間を巻き戻して」
(それは……)
忘れるはずがない。
すべてをリセットするために、かつて自分が行った方法。それを目の前の恋人が口にした。
(……もしかして、思い出した?)
「思い出す? これも聞いただけだよ」
(ああ……そうだった、最初に言ったっけな……まったく余計なこと言うんじゃなかった)
少し前――伊藤月子がこのフロアに来る前のことを思い出す。バニーの一件で苛立ちはあったものの、とんだ失言だった。
「私ね、もう一度最初からやり直したい、私はあの子と向き合いたいの。
あと……陽くんには一切介入してほしくない」
申し訳さなそうな様子の伊藤月子に、神道陽太はつくづく感心してしまった。
たしかにこの方法なら誰も血を流さない、そして塔から脱出できる可能性はある。皮肉にも自分が行った手段と同じ方法である。
――のだが。
(それって、結局僕の意思一つじゃないの?
つまりそれは、僕が扉が開くことを許可することと同じじゃない?)
「そう、だね……」
(例えば、僕が巻き戻しをすると言いつつも、いざ“命令”のときにまったく違うことを言ったらどうする?)
「……うん、どうしようもない。私は陽くんに『お願い』するしかない」
(その通りだ。このプラン、いまいち決め手に欠けていたね)
伊藤月子は首を振る。
「だから、もし陽くんが変なことしたら、そのとき、私は死ぬ」
彼女は欠けていた決め手を言った。
「私が死ねば、とりあえずこのフロアの最初からやり直せる。
記憶も残っているから、何度だって同じことを繰り返せる。それに、あの子も覚えているみたいだし……
でもね。
こうして『お願い』をするのは今回だけ。
次からはもう容赦しない。『脅迫』、する。
でも私は、大好きな陽くんに『脅迫』なんてしたくない。
だからお願い……」
神道陽太は不可視な力が働かなくなったことに気づいた。口を押さえつけていた力がなくなっている。
口はちゃんと動く。発声、そして“命令”ができそうだ。
(ふぅん……月子、僕は時間なんて巻き戻さないよ?)
そう『言って』みたが、伊藤月子はまるで祈るように、すがるようにじっと目を閉じていた。
どうやらテレパシーは使われていないらしい。
完全に委ねられているようだ。
(なるほど、ここが僕の選択肢ってところか)
(時間の巻き戻しを要求されるというのは、さすがに予想外だったなぁ。あいつを生かしていたんだ、それぐらいのことは想定しておくべきだった。うん、これは反省。
たしかに、最初からやり直して僕が介入しなければ、今と違ったストーリーは確実に送れる。これは間違いない。
でも月子、次回も僕が介入しないなんていう保証、ないんだよ? 2回ヘマを打つほど僕はバカじゃない、そうなるともうチャンスはないよ?
それに“命令”を甘く見すぎている。おそらく塔の主に条件を聞いたんだろう、だからこそ口を塞いだ。うん、間違いじゃない。
でもそれは、塔の主の“命令”にしか有効じゃない。
僕の“命令”は発声しなくてもできる。
神様への“命令”なんだ、心の中で呼びかけるだけでいい。次の瞬間にも首を跳ね飛ばすことはできるんだ。まあ、これはあいつも知らないから無理もないね。
そこらへんを考えると、本当に優位なのはどっちだろうね)
(けど、手持ちのカードでここまで追い詰めたのは見事としか言えないなぁ。
もしここで僕が知らないカードを切ったとしたら、それはアンフェアだよなぁ……
将棋をしているときに、突然チェスのクイーンを使うような……ちょっと反則ぽい感じがするよ)
(巻き戻す・巻き戻さない。
従う・従わない。
選択肢的にはこんなところかな。さて、どうしようかな……なんてね、もう答えは決まっている)
「月子」
「わかった、時間を巻き戻すよ」
(今だってテレパシーを使われていたら負けていたんだ。なのにそれをひっくり返して僕の勝ち、なんてプライドが許さない。
ひとまずここは引くとするよ。でも、次回があれば、そのときは容赦しないからね)
「もし良ければだけど、今からでも扉、開けてあげようか?」
「ううん、開けなくてもいいよ」
「だろうね。じゃあ、巻き戻すよ」
「……ありがとう」
伊藤月子が浮かべた笑顔は、神道陽太が好きな表情だった。そしてそれは、塔の主も好きな笑顔でもあった。
このとき、神道陽太は心から笑った。悪意のない、純粋な笑顔を伊藤月子に向けた。
神道陽太は“命令”する。
「『強くてニューゲーム』」