Neetel Inside ニートノベル
表紙

ジュール(短編)
起源/終焉

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「ヒトは、孤独な生き物だ」

それは、夫の口癖のようなものだった。

……その日も、いつもどおり私達は研究室で様々な研究を行っていた。

遺伝子の研究……とりわけ”クローン研究”が私達の所属する研究所で
行われている研究内容だったが、その中でも特に、細胞分裂が行われる事に
よって短くなってしまうテロメアを、どうすれば長いまま保っていられるか
……俗に言う不老不死についての研究が、現在の最優先課題らしかった。

しかし、私と夫はそんな事に興味はなかった。
人体に執着する事よりも別の形としての人類を求めたのだ。

「ヒトがヒトの形状をしている限り、いかに生き永らえようとも、
 我々は孤独なままだ」

研究所内での進捗報告会議の場で、唐突にそんな意見を出した夫を、
所員はどんな風に思ったのだろう……その日から夫は腫れ物を扱うような
待遇になり、上司から、所員から、避けられるようになった。

もっとも、夫はそんな事などどうでもいいようで、研究費が続く限り
研究に没頭する毎日を過ごしていた。

何故なら、私と夫の研究が実を結べば、世界は文字通り一つに繋がるのだ。
嫉妬、怨恨、羨望、悔恨……そんなものはもう感じずに済むようになる。
というより、そんな概念自体が消え去る事になる。

……暫く経って、上司から直接、今月一杯で私達を解雇する旨の通達を受けた。

丁度、私達の研究が実験段階に入った頃で、私も夫も「お世話になりました」
とだけ言って頭を下げた。

「お前がhostになれ」

研究室への帰り道、夫が突然そんな事を言った。

「わたしが……hostに……?」

夫は静かに、深く頷いた。

hostになるということは、私だけがこの世でたった一人……。

そう思うと、突然怖くなった。

人間という器に自分だけ納まっていなくてはならない事が怖かったのではない。

今まで、常に私は夫の隣に居て、常に夫と一つ……一心同体だったのだ。
それが切り離されてしまい、私一人だけが人間で居なくてはならない。

私だけが、孤独になってしまう。

「一人にしないで!」

私は叫んだ。

涙が顎の先からポタポタと滴り落ちていく。

夫は、そんな私を優しく抱きしめてから、耳元で囁くように言った。

「一人じゃない……永遠に一緒さ。
大丈夫、お前の事だけは絶対に忘れないよ」

その日の夜、私と夫の研究は遂に実を結び……人類は”全ての孤独”から
開放された。

     

何度目の帰還だろう……やはりhostは落ち着く。
俺がまだヒトだった頃”一番落ち着く居場所”とでも言うべき所だった
からだろうか。

俺は、hostに居る間だけ、自分の事を、ヒトだった頃の”個”として
認識する事が出来た。

……ふいに風が吹いて、頬を優しく撫でた。

そろそろ次の場所に行かなきゃな……。

いつもどおりに次の規格に合う自分の武装を選択していると、ふとhostが
語りかけてきた。

「---おかえりなさい、あなた」

ただいま。
でも、もう行かなきゃいけないみたいだ。

「---ごめんね」

いいさ。

今まで何度このやりとりを繰り返し、そしてこれから繰り返すのだろう……。

数など数えていなかったし、時間という概念を忘れて久しい俺にとっては
ことのほかどうでも良かったが、時々こんな事を考えてしまう。

でも、何を忘れても、俺は、これからもお前の事だけは忘れずに居るよ。
この先も、ずっと、ずっと、永遠に一緒だ……。

これは、お前との誓いだから……。

……

…………

………………ぼんやりと意識が戻ってくる。

ここは……どこだ……。

……瞼を持ち上げて辺りを見回すが何も見えない。
やはり夢なのか。

……気がつくと部屋にいた。
今朝は妙に清清しい気持ちで目覚める事が出来た。

ふと、自分がここに居る事が奇跡なんじゃないかという気がしてくる。

こんな気分にさせてくれる夢とは一体どんな夢だったんだ……。
懸命に思い出そうとするのだが、どうしても漠然として、曖昧で、
受け手の無い砂時計のように次々と抜けていってしまうのだった……。

                                 完

       

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