Neetel Inside ニートノベル
表紙

誰の声も無の向こう
俺は剣士

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 ふと気づけばそこはジャングルだった。俺は剣士だった。剣を振り回して藪を切り払った。果物がたくさん落ちる。この世界ではその果物が通貨になっているのだ。俺がそれを手に取るとチャリンという音。ここはVRMMORPGの世界。俺はその中へ取り込まれてしまったのだ。
 もう、どれほど歩いたのか覚えていない。
 出口なんてないんじゃないかって気もする。
 それでいいのかもしれない。それもそれで悪くない。そう思う。敵が現れた。ブレードスキル『アイスクラッシャー』で触手と小動物の融合体を叩っ切る。相手が細かなフラグメントになって消滅する。楽勝だ。安定マージンは充分に取ってあるし、そもそも俺はバグによってすべての能力がカンストしている。それどころかシステムエラーを起こすほどの裏ステータスにまでその能力値は侵食している。まさに完璧。
 これでいいのだ。
 これが俺の望んだものだ。
 完璧で、そつがなく、失うものはなにもない。そうそのために人は生きるのだ。安全と勝利。ここでは俺が王様なのだ。王様なのだ……
 ふらつきながら歩く。酔っているのは森に満ちたエッセンスのせい。早く町へ帰りたい。暖かいデジタルでできたシチューが食べたい。デジタル? だからなんだというのか。欲しいものは手に入った。それが偽物だろうと関係ない。関係ない……
 太陽が眩しい。
 目に入ってきた小さな蝿を一刀両断。俺はそのまま剣を返しそびれて足をもたつかせ、どちゃりと転んだ。顔面に泥がまみれる。俺はそれを手で拭った。なめてみる。甘い。この世界ではすべてのものに滋養がある。消毒された完璧な0と1の世界。素晴らしい。
 俺はそのまま這いずるようにして進んで崖から滑り落ちた。障害物と接触するたびに『NO DAMAGE』と表示される。もはや俺は怪我なんてしないのだ。
 滑り落ちた先に町があった。木の中に作られた町。俺は町民たちに歓迎されて宿屋へ案内された。俺のステータスを見ればどこの人間だって町へ居残ってほしがる。不定期に現れる居住区襲撃モンスター『ダークスパイダー』から守ってもらうためには高レベルのプレイヤーが必要不可欠なのだ。俺はダークスパイダーが十匹現れても一刀両断で終わらせられる。そしてダークスパイダーは多くても五匹までしか出ない。
 負けないのだ、俺は。
 この世界では。
 頭痛がする。心配そうにする町民を押しのけてベッドへ急行。白熱する額を押さえて悶えた。何かの代償なのか。この頭痛さえなければこの世界は完璧なのに。頭が痛い。目が、目が。
 いつの間にか、日が落ちていた。外では町民たちが踊っている。NPCの誘いに乗せられてきっとおそらくゲームクリアを諦めたプレイヤーも混じっているのだろう。彼らはもう0を超えて1へ辿り着くことはない。死人同然。
 俺はどうだろう。
 俺は終わらせようとすればこの世界をいつでも終わらせられる。でも、俺は現実世界へ帰ってもいいことなんてないし、このままでいい。俺が世界を終わらせるときがあるとすればそれは綺麗事や勧善懲悪などではなくこの頭痛を止めるためだ。この白熱に耐え切れなくなったときだ。
 こんなに痛むものか、頭部というのは。
 きゅうっと何かに絞られたような、痛みというよりは、眩しい。かき氷を食べたときのそれ。キンキンする。くそ。これさえなければ。
 ベッドにもぐりこんで、思うのだ。この世界の暖かさを。この世界へ辿り着くことが、人間の最終目標だったのではないかと。そうだ、その通りだ。
 所詮、機械に勝るも勝らぬ人間か。
 なまものめ。
 俺はいつまでも終わらない祭りの喧騒を耳にしながら、眠った。



「完」

       

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