Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 冬休みはほぼ毎日学校に行くと言って理沙の家に入り浸っていた。宿題をやって、セックスをして、少し話してセックスをした。俺は完全にセックスの虜になっていて、コンドームも買えるようになった。童貞を捨てたことで、内気が少し治った気がした。
 理沙は軽く拒むこともあったが、強く押すと大抵の場合は流されてセックスに応じた。女なんて緩いもんだなと思った。まんこに触れるといつも濡れていて、淫乱なのか俺が上手いのかどちらとしても出来ればどうでも良かった。
 毎日昼は理沙とセックスをして、夜は疲れて少しだけ動画をチェックしたりしてすぐ眠った。新作の投稿は数週間出来ていなくて、ツイッターで体調が悪く声が出ない素振りを見せた。顔の見えないファンの女よりも目の前の彼女だ、ベッドに横たわりながら携帯を横に置いて目を閉じた。
 
「んっ、あの、せーや、再来週の土日暇ある?」
 一回やって、理沙の胸を後ろから揉んでいると彼女が振り向きながら声をかけてきた。胸を揉みながら、あるよと短く答える。
「結衣亜、達と、っ、ディズニー行こうって、言っててっ……もう!せーやストップ!」
 揉んでいた手をぱしんと叩かれる。そのまま理沙が身体を反転させて向かい合う形になる。顔が赤く、目が潤んでいた。
「はいはいディズニーでしょ、江夏さんと誰?俺行っていいの?」
「結衣亜とのんちゃんと二人の彼氏と六人で行こうって言ってるの。ガチリア充計画でしょ!」
「んー何ー俺と一緒じゃリア充じゃねぇの?」
 肋骨の辺りから腰骨までのラインを撫でながら言うと、理沙は脹れる。なだらかなこのラインは理沙のパーツの中でもお気に入りの部位だ。脹れた頬を指で突いて、笑うと理沙も笑う。
「じゃあ、結衣亜達と計画進めちゃうね、一月学生安いらしいんだよね。ふふっ、楽しみだね!」
「つか俺江夏さんに嫌われてる気すんだけど行って大丈夫?」
 嫌な事を思い出しながら何でもない風に聞く。行った後に不快な気分になるのは嫌だ。
「え?何で?結衣亜から言い出した計画だよ?せーやの勘違いじゃない?嫌いな人と行こうなんて言わないでしょ」
 全く無垢な顔で返事をされて、そうかと呟く。
 ディズニーは一度理沙と行ってみたかった場所だが、理沙以外よくわからないメンバーで行くとなると話は違ってくる。それでも彼女の言う通り、言いだしっぺが嫌いな人選をするわけがないだろうし、男が他に二人も来るなら何とかやっていけそうな気がする。 
 理沙が喋らない俺の顔を掴んでキスをしてくる。額に、眉毛に、鼻に、頬に、もみあげに。耳の横の毛に触れた後に唇を毛先にまで動かす。
「せーや大分髪の毛伸びたね、ふわふわしてて可愛い」
「あーそろそろ切らねぇとな」
「切っちゃうの?勿体無い、理沙髪直毛だからせーやの髪の毛羨ましいよー、いい感じでふわふわー」
 身体を少し上げて理沙は俺の髪に顔を埋めた。理沙の胸に俺も顔を埋めた。そのまま前戯を始めて結局もう一度セックスをした。

 爛れた生活をしていた冬休みが終わって、久しぶりに朝早く起きて寒い中を歩いた。手袋を忘れて、両手をコートのポケットに突っ込みながら駅を降りて学校に向かって歩いていると康友の姿が前方に見えた。声をかけると、変わらないダルそうな顔で挨拶を返してきた。
「だりー久しぶりーガチ寒ぃわ、康友休み何してた?」
「寝正月。ゲームしてネットしてギター弾いてー、あ、お年玉入ったか?新作出んのタイミング狙ってるよな!」
「は?」
「は、って。…………お前チェックしてねぇの?」
 怪訝な顔で康友は俺を見る。チェックする暇なんて無かったつうの、毎日理沙と一緒だったんだからよ。
「悪ぃ。新作って何?やっべー見てねぇー」
「ほら延期になったやつ、来週の土曜発売だってよ。土曜とかやべぇよな、まさかゲーム発売日が土日来るとは思わなかったわ。頭沸いてんだろ。本気出して並ばねぇと!」
「来週土曜?マジかーーーーー、あーーーー俺無理」
 康友は、は?とさっき俺が出したのと同じ声を出して驚いた。怪訝な顔が何故だかわからないけれど俺の良心を抉る。康友の顔は口から下がマフラーに覆われていて口元は見えないが、目だけで十分に俺への非難を語っている。
「何、何か用事あんのか?」
「その日理沙達とディズニー行くんだよな」
「はぁ?マジかよ、発売日より女かよ。はーーーリア充なっちまったなーー」
「違ぇよ、あいつだけだったら断れるけどそれ以外も居るから無理なんだよ」
 あまりにも攻め立てられているような物言いに腹が立ってきて吐き捨てるように返す。一瞬変な雰囲気が流れたが、康友がじゃあしゃあねぇなと呟いて顔を普通に戻した。俺もそれを見て気を緩ませる。
 康友の言う通り仕方ない。俺の身体は一つだから理沙に時間を割いたら他に時間は割けなくなる。康友といつもの通学路を少し早い速度で学校まで向かった。二人で攻略速度の賭けの話をしていつもの雰囲気に戻った。

 そうこうしている内にディズニーの日になった。一度だけ行くメンバーと学校で集まったことがあったが、江夏さんの一個上の彼氏はスポーツ推薦が決まっている話の合わなそうなイケメンだったし、のんちゃんという人の彼氏は他校生らしく姿を見ることはなかった。その場は江夏さんが仕切って事務的な連絡をして終わった。帰り際に江夏さんの彼氏がにやにやしながら、せーや君よろしくーと間延びした声で挨拶してきて不快だった。その時は適当に挨拶をしておいたが、ここまで来ると断るわけにも、ドタキャンをするわけにもいかず、
もう開き直った気持ちで集合場所に向かった。
 いつもの癖で早めに行くと来ていたのは江夏さんの彼氏と理沙だった。
「おーせーや君ー、おはよー」
「おはよー、せーや」
「あ、おはようございます」
 一応年上だから敬語を使う。江夏さんの彼氏の格好がどう見てもガイヤがとかあの系の雑誌に載っていそうな格好で笑いそうになったのを耐えた。でも根がイケメンだから何を着ても似合う。
「先輩早いですね、まだ十分前なのに」
「あー俺サッカー部だったからそーゆー時間的なのはしっかりしてんだよねー。てかあれかー二人で早く来ようって約束してた?じゃあ邪魔してごめんねー」
 悪気の無さそうな、けれどもあまり好きではない笑顔で言われて、いやと首を振る。俺が言葉に詰まっていると理沙がフォローのように会話に入って来る。
 結局理沙と先輩の二人で話が盛り上がっているうちに他のメンバーも集まってきてディズニーに向かった。初めて見たのんちゃんの彼氏は先輩とは顔見知りらしく、会った瞬間にハイタッチのような事をしていた。馴れ馴れしい挨拶に世界が違うなと感じる。そんなに寒くない日だったのに背筋がぞくっとした。
 チケットを購入して園内に入ると目の前にディズニーキャラクターが数体居て女共がはしゃいだ。江夏さんが走って行って、キャラクターを捕まえると皆で写真を撮る流れになった。周りがデジカメを取り出したので、俺も親から借りてきた物を取り出す。
「えー!内間君のちょー良いやつじゃない?」
 のんちゃんと言う人が俺のデジカメを見て馬鹿みたいに騒ぎ出す。確かに最新型のやつだ、少し前までCMもやっていたカメラだ。俺が、いや、そんなと口篭っていると、江夏さんが嫌な顔で笑った。
「じゃあさー、内間君のカメラ使わせてもらっちゃおうよ!だってうちらのカメラ安物だもん、それで後で皆で分けようよ、ね、内間君良いよね?」
「え、あ、良いけど……」
「わーガチ内間君良い人なんだけどーー!」
 江夏さんが俺の手からカメラを取り上げてキャストの人にそれを渡す。固まっているうちに皆と同じようにキャラクターの隣に並ばされて写真を撮った。ありがとうございまーすと馬鹿みたいな大声で俺以外が挨拶をして俺がキャストからカメラを受け取る。
 何となく不快だが、俺のカメラが周りのゴミみたいなデジカメより優れているのは事実だからカメラ係りは仕方ないと自分に言い聞かせた。理沙がすっと俺の隣に来て小声で囁く。
「せーやごめんね、結衣亜結構自己中だからさ、嫌な事は嫌って言っていいよ」
「別に嫌じゃないよ、俺のカメラが高性能だからしゃーねーじゃん」
「まぁせっかく撮るんなら良いカメラが良いもんね、絶対二人の写真撮ろうね!」
 理沙がぎゅっと腕にしがみ付いて来て、びっくりして押しのけた。彼女は一瞬困惑した顔をした後に照れ屋ーと笑って隣を歩いた。
 その後は皆でファストパスを取りに走り、パスの取れなかったアトラクションの列に並んだ。二列ずつ並んでいる時は楽だったが、それ以外の数になると男同士で組まされたりして話題に困った。周り中がこの非日常の雰囲気を楽しんでいるようなのに、俺一人知らない人とパーティを組まされて初めてのダンジョンを縛りプレイさせられているような気分だ。こんな事なら康友の言うゲーム発売の列に並んだ方が何倍も楽しいかもしれない。
 ぼんやりと隠れミッキーを探す。せっかくディズニーに来ているのに女共は学校の話や新作の化粧品の話を、男共は俺の知らない奴の話をしていて、俺が昨日ネットで仕入れた知識など何の役も立たない。
「せーや君、なーにぼーっとしてんのー?」
「あ、いや、隠れミッキーを……」
「マジで!?見つかった?どれどれー」
 先輩に肩を捕まれて、舌打ちしたい気持ちを抑えてある部分を指すと、先輩はわっかんねーと笑った。三つ丸が並んだやつだと説明しても、笑うだけで意思疎通が図れない。
「あんなんミッキーじゃなくね?てかそんなん言ったら全部ミッキーじゃね?あははは、せーや君面白いなー」  
「えーっと、隠れミッキーってそういう物ですから……」
 俺が引き下がりながら言っても先輩はずっと笑っている。何が面白いのかわからない。馬鹿は箸転がっても面白いのかもしれない、と冷めた目をして携帯で時間を確認した。まだ来てから一時間程度しか経っていなくて、苦痛の時間が続くことに溜息をついた。
 数十分並んで乗ったアトラクションは数分で終了して、効率の悪さに嫌気がする。待ち時間がさして面白いわけでもなく、馬鹿話が続くだけで忍耐力が試されているのかと思った。アトラクションの前でも俺のカメラを使って皆で写真を撮って、不快感は募る。
 それからファストパスを使ってアトラクションに乗り、早めの昼食にした。先輩と江夏さんが食べ終わった人の席を素早く奪って何とか六人で座れて、こういう所は使えて頼もしいなと笑う。料理が並ぶと江夏さんが俺に声をかけた。
「内間君撮って撮って!」
 料理に手を付けずに江夏さん達がポーズを作る。一瞬何のことかと思ったが、素早くカメラを取り出して席から少し離れて全員を撮った。俺の席はぽっかりと空いている。俺がまるでこのメンバーに入っていないみたいだ。
 撮って席に戻る前に江夏さんは食べようと言って料理に手を付けた。俺を入れての写真を撮り直す気は無いのか、と俺も席について食べだした。隣の席の理沙は俺の変化に気付かないように笑いながら食べている。食べている間は理沙と会話したり、料理を交換したりして楽しかった。
 食べ終わるとまたファストパスを取りに行き、アトラクションの列に並んだ。同じ事の繰り返し、これがあと数時間続くのかと思うと嫌になる。せっかく夢の国なのに。
「あーーー何か喉渇いた!」
「ん、俺も。あ、せーや君悪いんだけどさー、俺ら並んどくから飲み物買って来てくんね?ここ出た先にあっただろ」
「え?」
「結衣ペプシねー、のんちゃんどうする?」
「普通にお茶でいいよー」
 俺が了承していないのに次々と注文を口にされる。待てよ、何で俺が一人で行かなきゃいけねぇんだよ、この人数のコップ持てるわけねぇだろと呆気に取られる。
「待って、理沙も行くよ。ペプシ二つとお茶とコーヒーね。行こう、せーや」
「え、理沙ちゃん行かなくて良くね?せーや君一人で大丈夫だよねー?」
「あ、はい」
「もー先輩空気読んで下さい、理沙せーやと二人っきりになりたいんですー。じゃー行って来ます。てか普通に出口で待ってます。あと数分で乗れるでしょ?じゃーあとでねー」
 理沙が俺の腕を引っ張って列から抜けて歩き出す。掴む力が少し強くて二人で無言で薄暗いアトラクション内を抜けた。
「はーーーーーっ、もう飲み物渡して二人で違うところ行こうよ!」
「え、理沙怒ってるの?」
「怒ってるよ!何あれ!せーや優しすぎ!!ガチでウザイ!!」
「え、ごめん。いや、普通に仲良くしようよ」
 理沙が感情を露にするせいで俺は思っていた事と反対の事を口走る。アトラクションの前で顔を赤くして怒る彼女を宥める彼氏の立ち位置になってしまった。俺の言葉に彼女は困ったような顔をして腕に抱きついて来た。コート越しに柔らかい身体が当たる。
 彼女がこっちこそごめんね、と呟いて何となく彼女にもイラついた。何を謝っているんだ、俺はお前に謝られるような事になっていない。お前が俺を哀れむなと思ったが、表面には出さずに二人で皆の飲み物を買った。肌寒い中二人で腕を組んで並ぶのは、室内のアトラクションの列より温かく感じた。
 二人で出て来たメンバーにその飲み物を渡すと理沙が個別行動を切り出して、パレードまでばらばらになることとなった。二人で歩くディズニーは楽しくて、やっと本来の目的が達成出来たと安堵する。二人で写真を撮ったり、チュロスを半分こして食べたりと心から笑う事が出来た。
 結局パレードの時間には全員が集まった。皆パレードに夢中だったのでカメラの面で不快になることはあったが、他の奴等の強引さのお陰で良い場所も取れたので公平なやり取りだと思った。二人で手を繋ぎながら見るパレードは綺麗だったし、嫌な事もあったが楽しい一日だと自分を納得させた。 
 ディズニーから帰った後、お土産を家族に渡して自室に入ったが、何となく興奮したままだったので久しぶりに生放送をすることにした。疲れは残るものの、明日は日曜で休みだし、枠を確保するとツイッターに告知を書き込む。色々嫌な事をされた部分を発散させる意味もあった。
 のど飴を数粒舐めて、水を飲んで喉を整えると生放送の準備をする。ツイッターには数名のリプが来た。いきなりだからあまり来ないかもな、と何歌うかと最近の曲を探る。難しそうな曲が多く、一つだけ練習しているうちに告知した時間になって生放送を始めた。
 久しぶりです、と声を作って話すと待っていましたーと文字が流れる。横の視聴者数を見ると以前に比べてあまり伸びない。リクエストを受ける前に練習した曲を即興で披露する。簡単に練習しただけだったので自分でも粗が目立つなと思ったが、声質でカバーをした。称賛の声が流れる中、リクエストを受け付けた。知らない曲名が半分ほど流れて、知っている物を採用して歌った。歌い終わって水を飲む。称賛ばかりの文字列の中で、最近の曲あまりわからないんですか?といった言葉が流れる。
「あー、最近ちょっと巡れてなくて……ごめんなさい」
 素直に謝ると、お忙しそうですよねー、お気になさらずーと文字が流れる。でも一方で引退?等という文字も流れる。始まって結構な時間が経っているのに視聴者数は伸びない。
 引退については否定して、以前やっていたように言って欲しい言葉を募ってそれを喋って、最後に一曲歌って生放送は終了した。ツイッターに書き込んで、全てを終えて深呼吸をする。横にあった携帯は理沙からのメールが来ていて、今日は楽しかったねと絵文字で光っていた。そのままデジカメのデータを確認すると俺以外派手な格好をした奴等が笑顔で写っていて、俺はぎこちない笑顔をしている。理沙と二人で写った写真も顔の大きさが結構違っていて、理沙の笑顔が眩しかった。
 いきなり胃液がこみ上げて来てトイレに走り、嘔吐した。大分消化されていた夕食は酷い酸性の臭いを放ち、その臭いに飲まれて再度嘔吐をした。胃の中が空になる。ひくひくと痙攣するような胃を押さえて洗面台で顔を洗う。鏡に映った顔はデジカメの中の顔より悲惨だった。
 何かわからない所在の無さへの恐怖が足元から背中を駆け巡った。

 デジカメのデータを紙媒体に人数分刷りだして、月曜日には一緒に行ったメンバーに渡した。朝に渡した理沙は素直に喜び、彼氏と二人分の写真を渡したのんちゃんという人は案外優しく、仕事早いねありがとうとお礼を言ってチョコ菓子と請求した金額をくれた。個別に話すと存外良い人なのかもしれない。 
 江夏さんとは何故かタイミングが合わず、今日中は無理かもしれないと思いながら理沙と一緒に帰るために一人教室に残っていた放課後、彼女がジャージで教室に入ってきた。部活の途中なのか少し汗をかいて、学校の指定じゃない籠球部と書かれたジャージを着ている。自分の机を探ると何かを取り出してポケットに入れた。
 彼氏と二人分の写真を入れた封筒を持って声をかける。この時、どうして俺は理沙に渡すのを託さなかったのか後悔することになるのに。
「あ、あの江夏さん!」
「ん?何?」
「これ、土曜の写真、それで印刷料なんだけどさ……」
「はぁ?結衣印刷してなんて頼んでないし」
「は?」
 まさかの言葉に固まった。お前が俺のデジカメで撮って後で分けようと言ったのではないのか。江夏さんは固まっている俺の手から封筒を取るとその場で写真を見始めた。
 この時期夕方のこの時間ではもう外が薄暗い。ぱらぱらと写真を見て彼女は溜息をついた。
「てか結衣ガチブスに写ってるしー。あのキャスト写真撮るの下手過ぎんだけど。ああ、でも……」
 ふっと彼女は鼻で笑って、俺を見た。馬鹿にしたような、卑下するような目に、固まったまま声が出ない。薄暗い中で彼女の派手な顔がより陰影を濃くしている。
「あんたも酷いよねー、よく理沙の隣に写れるつーか。ふふふっ。あんた居ることでうちらのグループの顔レベル急に下がるの、もう逆にウケるわ」
「え……」
「結衣があんただったらあんな子と付き合えないー、住む世界違うもん、よく卑屈にならずに居れるよねー、彼氏言ってたよーせーや君マジリスペクトだって」
 固まっている俺の横を彼女は通り抜ける。何も言い返せない。今すぐこの場から逃げ出したかった。教室のドアが開く音がする。
「彼氏が言ってたの、あんた達美女と野獣だって。でもさ、結衣閃いたんだけど、美女と野獣って野獣が元は王子様だったからハッピーエンドなわけじゃん。美女と野獣だってカエルの王子様だって、王子に戻らなきゃハッピーエンドじゃなくね?」
 くすくす笑う音と共にドアが閉まった。
 俺は鞄を掴むと走って廊下を抜け、駅まで全力疾走した。駅に着いた瞬間に吐き気が込み上げて、駅の汚い便器に嘔吐した。一月の寒波が俺の身体も心も全て冷やした。

       

表紙
Tweet

Neetsha