Neetel Inside 文芸新都
表紙

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 ―彼女の心を映さない瞳。
 ―彼女のすっと通った鼻筋。
 ―彼女のふっくらした唇。
 ―彼女の脂っぽくないさらさらした髪。

 彼女の姿を思うだけでいくらでも褒める言葉は頭に浮かぶ。
 一度友人の前で彼女の事を褒めちぎっていたら容姿ばかり褒めていて性格を全く見てないなと言われたことを思い出す。
 それは仕方ないことだ。
 何故かと言えば彼女は―――

■―●

 過去に流行ったと言われるエイズなどの性病は現在急激な減少傾向にある。
 それというのもセクサロイド、セクサドールと呼ばれる"者"たちが現れはじめてからだ。
 彼女(彼)達、セクサロイド、セクサドールは性愛を満たす玩具として扱われる存在だ。言い換えると早い話がセックスロボット。
 感づいてる人はもういるかもしれないが僕の想い人はつまりそういう人。六号機と呼ばれている存在だ。セクサロイドに名前をつけていることを馬鹿にされるのがいやなため僕は隠れて彼女の事を名前で呼んでいる。紅香と。
 過去、四号機に名前を付けていたら職場の先輩の斉藤さんが横から笑いながらその行為を馬鹿にしてきた経緯がある。僕は良いが彼女達まで馬鹿にされている気分になる。以来想い人である六号機の紅香の前では決して名前で呼ばないことに決めている。

●―■

 僕の会社の主な仕事は『セクサロイドのレンタル』兼『セクサロイド売春宿経営』。そして僕の部署は彼女達の管理と整備、それから掃除が仕事だ。営業に付き添って貸し出し、受け取りに車で向かったりもする。
「白木、そろそろ六号機の出番終わるぞ」
 六号機呼ばわりに僕は斉藤さんを一瞬にらみかけ、しかしにらんでも無意味であると思い直して支度を整え始めた。
 実際問題、彼女に人権なんてものはないのだから。

■―●

 今回の仕事は貸し出した紅香を受け取りに向かうというものだ。
「準備、できました」
「おう、待ってろ。なんかプチプチ見当たらなくてよ」
 彼女達を運ぶのには多くの梱包材を使う。"商品"が傷ついたら値も下がるしクレームも付けられるという考えの元、斉藤さんはいつも多目に梱包材を使う。
 僕も"商品"と言う部分は納得できないけれどもその行為には賛同して、率先して梱包を手伝っている。今ではどの梱包材が優れているのかすぐに見分けがつくくらいになってしまっている。
「この前課長が古くなった梱包材大量に捨ててましたよ。途中でちょっとホームセンター寄って買っていきましょう」
「許可無く捨てんなよなー、ったく今財布空っぽなのによー」
「とりあえず僕が出しますよ」 僕がそう言うと斉藤さんはにこやかな顔になり、僕の肩をたたいてから車へと歩き始めた。

●―■

「どれが良いプチプチだっけか?」
 ホームセンターに着いてすぐ、ワクワクした顔をして斉藤さんは梱包材に目を走らせる。
 きっと彼女達なんかよりも梱包材に愛情を持っているんだろうな。
「これですね」
 迷うことなく僕は選び取った。
 「選ぶの速ぇなお前。多めに時間取ってたのに余っちまったじゃんかよ」
 好きな人を守る梱包材であるからそりゃあもう、よく把握しておいてあるのは当然だ。
「プチプチの知識量のこととか考えるとよ、たまにお前があいつらの事本気で愛してるんじゃないかってヒヤヒヤするよ」
 その発言に僕も一瞬ヒヤヒヤした。変なかんぐりを起こされて彼女から離されたりするのは嫌だ。
「フフ、斉藤さんだって梱包の作業、恐ろしいくらい丁寧じゃないですか」
「アホか。俺は営業やってんだ。傷物出せば怒られるのは俺だぜ。そりゃ慎重にもなるわ」
「僕も怒られます」
「そりゃそうだな。じゃあ買う物が他にあったら一緒にレジゲートに持って行ってくれ。とりあえずちょっと便所行ってくる」
 納得行ったような、どうでもよさそうな顔をして斉藤さんはトイレへと向かっていった。
 レジゲートに商品のカゴを通し一瞬で会計認識を終える。
 領収証ボタンを押して発行される領収証を眺めているといつの間にか愚痴が出ていた。 
「公にするのも嫌だけど、隠し続けてるのもダルいな」
「何を?」
 突如後ろからかけられた声に僕はびくっと体を震わせた。
 「久しぶり。白木!元気してた?」
 振り向くと中学時代の友人がいた。須藤。となりの席になったことが一回あるくらいの女だ。
 「よう、久しぶり。こっちはまあまあかな。そっちは?」
 「元気元気。再来月には結婚が控えてるんよ。相手は中々のお金持ちでさぁ。既に家を買ってもうすぐ同棲開始」
 くるくると回りながら幸せそうな表情をする。
 幸せを振りまこうとしてるんだろうか。
 須藤には恋愛感情なんて抱いちゃいなかったが自分が置いていかれた感じがして少し悔しい気もする。
 「そりゃなによりだ」
 「うん。んでまあ今引越しに必要なもの色々集めてるわけよ」
 須藤の運ぶカートの中はごちゃごちゃしている上に配色センスも悪くてオモチャ箱の中身みたいだ。
 「肝心の未来の旦那様は?」
 「今日は平日。仕事に決まってるでしょう」
 会話の流れで自分の仕事について訊かれそうな気がした。速めに切り上げるか。仕事は恥とも思ってないが説明に時間をかけたくもない。
 「そろそろ先輩が来る時間かな。今仕事の買出し中だからまた会う機会あったらな」
 「そっかー。うん」
 名残惜しいような惜しくないような友人の元から僕はさっさと去ることにした。

 「今のモトカノとかか?」
 トイレ前に向かおうとしたら斉藤さんが開口一番そう口走る。
 「見てたんですか。というか今の彼女であるという選択肢はないんですか」
 「そりゃないだろ。残業を屁とも思わない後輩に彼女なんているとは思えない」 
 やっぱり斉藤さんは鋭い。僕があの子に愛をささげている事に気付いているのではないだろうか。話をそっちに持っていかないようにしよう。
 「あの子は中学時代の友達です。男ばかりの工業高校、工業大学出身の自分にとっては数少ない女友達ですよ。ま、連絡先も知らないですけど」
 斉藤さんは思い切り哀れみのこもった目をする。
 「そうだよな・・・その上今はこういう職種だしな。今度お前に良い女紹介してやるよ」
 僕はため息をついてどう断ろうか思案する。
 いつもいつも余計なお世話なんだけど、僕は斉藤さんを嫌いになれない。かといって恋に落ちるとかも絶対にありえないのだけれど。

       

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