Neetel Inside ニートノベル
表紙

ルナティックス・シンドローム
第四話『選ばれし子供たち(モンデンキント)』

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 ルカは「またね」と笑いながら、痛む体を抱き、夜の街へと消えていった。
 そして計は、理穂に支えられながら、自宅マンションへと帰ってきた。
「……どうしたの、理穂ちゃんに支えられたりして」
 玄関先で散は、いつもと違う計の様子に気づいたらしい。豊満な胸を支える様に腕を組み、計を上から下まで眺める。
「夢月が出た」
 計の一言で、散の顔が曇った。
「医療都市を潰したいんだと。テロ組織なんてもん組織してやがった」
 散は溜息を吐くと、「理穂ちゃん。悪いけど、計の事連れてきてちょうだい」そう言って、奥の部屋に戻った。理穂がそのまま計の靴を脱がせ、そのまま理穂の支えでリビングへ。
 既に散が救急箱を持ってソファに座っており、計と理穂もソファに腰を降ろして、計は散の治療を受けた。消毒液を傷口に塗りたくられ、包帯を巻かれる。
「……夢月に会ったって言ってたわね」
 計の腕に包帯を巻きながら、散は独り言でも呟くように口を開いた。
「ああ」
「夢月が医療都市に入ったって情報はあったのよね。なにせ、月光検査に引っかかった子供に片っ端から声かけてるんだから、そりゃあ医療都市にも情報は入ってくるでしょ」
「なんで俺に言わねえんだよ」
「アンタに夢月がどうにかできるとは思わないからでしょ、そりゃ。――最初に夢月の情報を掴んだ時、医療都市の末期患者専門討伐部隊が夢月の足取りを負ったけど、全員死亡。今のアンタなんかより、よっぽど強い連中よ」
「関係ねえんだよ。今ナメられてるんだから」
「そういうのは中学校で卒業しなさい――って、そんなの計に言っても無駄か。いい、計。前から言ってるけど、夢月を追うのはやめなさい。アイツはもう、個人じゃない。思想よ。月光症候群を持った人間の過激な意志。破壊衝動そのもの。今じゃ、それに賛同する月光持ちはどれだけいるか」
「不利なのは承知の上なんだよ。元々」
「承知してても事態が好転するわけじゃない。認識はあくまで内に左右するもので、世界には関係ない。流れを止めるには一石投じるしかない。けど、小石を投げ込んだ所で川の流れは止まらない。小石は流されていくだけ。――あんたがダムになれるわけ?」
「なるさ。ダムどころか干上がらせる」
「今のアンタじゃ無理よ。――たかだか初期段階のクセに。相手は末期の月光持ちなんだから」
「だったら、進行させりゃいいんだよ」
「どうやってよ。アンタ、十年前からずっと初期段階じゃない。理穂ちゃんだってもう中期段階なのに」
 計の少しばかり怒ったような視線に怯んだのか、理穂は俯き、申し訳なさそうに肩を狭めていた。
「うっせえ。しょうがねえだろこればっかりは」
「ま、月光症候群は広義に言えば精神病。何せよ、心の変化は必要不可欠。――そういう意味で言えば、計の心に変化なんてないでしょうし……。病気が進行しないっていうのは頷けるわね。月光症候群は心の弱い人間ほど強くなれるから」
 世界に抗うため、人間が抱く最後の武器。
 それが月光症候群。理穂は親という壁と戦う為に。だが計は、無理矢理牙を持たされたに過ぎない。
「計はそもそも、月光症候群に必要な弱さを持ってないっていうのが成長を阻害しているのかもしれないわね。強くなるのも必要だけど、弱さを知るのも重要だし」
「ま、我は弱き者の心など理解はできん。そういう意味では、我らがヤツらに勝てなかったのもまんざらわからなくもないな」
 瞳を紅く染めた計こと、エレジーは、ソファーの背もたれに思い切り背を預け、胸を張った。
「負けたクセに……」
 ぽそりと呟く理穂。エレジーは思い切り睨みつけるが、理穂にとって怖いのは計であり、エレジーは大した脅威ではないらしく、先程のように肩を狭めたりはしていなかった。
「負けたのは我でなく計だ。それに、我に対する発言は計に対する物だぞ?」
「計くんに言ったわけじゃないし、計くんはこれくらいで怒るほど器は小さくないから大丈夫です。あなたと違って」
「貴様……。燃やされたいか」
「あなたには嫌です。計くんになら」
「計! この女を燃やせ!」
『無理。仲良くしろお前らは』
 計の言葉が起爆剤になったのか、エレジーは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「不愉快だ! もうこの女の前では出ない!」
「どうぞ。私もできればあなたには会いたくないです」
 にっこりと笑う理穂。瞳がブラウンに戻り、顔の赤らみがすっと戻っていく。
「仲良くしろよお前ら。エレジーが拗ねて、奥の方引っ込んでったぞ」
 心の奥から『余計な事を言うな計!』と怒鳴り声。エレジーは案外撃たれ弱い。
「あの人とは昔から気が合わないんです。気にしないでください」
 と、何かを誤魔化す時特有の胡散臭い雰囲気を纏った笑顔を見せる理穂。追求するのも面倒になったので、計は特に何も言わないまま、散に「なんにしても、俺は夢月を追うぜ。そもそも、その為に俺は今までやってきてんだから」
「まあ、そう言うと思ったけどね。……ま、夢月がここに来てるってことは、上に話通しとくから。アンタは普通に生活してなさい」
「ああ、とっとと強くなって夢月ぶっ飛ばす」
「話聞いてないね。いや、話聞いた結果なんだろうけど。結果的に聞いてないね……」
 散は溜息を吐いて、目を掌で覆い隠した。
 それとは対照的に、理穂はくすくすと声を抑えて笑っている。散は計を心配し、理穂は計を信じているという違いだ。
 その日は、結局それで解散になった。夢月は医療都市の運営委員に任せるというのが散の見解ではあるが、それに納得する計ではない。結局、話は平行線のまま、様子見という事で話は保留へと落ち着いた。


  ■


 翌日。起床後すぐに着替え、朝食を乱暴に口に放り込んで、マンションから飛び出す。
 理穂と合流すると、彼女は少しだけ胸を張って、「夢月のこと、調べてみたよ」と呟いた。
「調べた? 『触れられない距離(ノット・タップ)』で?」
「一応それもやってみたけど、私の情報範囲内にはいないみたい……。だから、図書館とか、当時の事件資料とかをね。これ、まとめた奴」
 と、ルーズリーフを差し出す。そこには、綺麗な字で夢月について理穂がまとめた情報が書かれていた。人によって可読性が練られた情報というのは、するすると毛糸玉を巻いていくかのように頭の中へと入っていった。

 夢月睦希。当時三四歳。大手広告代理店のサラリーマンだったが、月光症候群を発症し、会社の人間を殺害。その後、家族(妻一人、子一人)を殺害。この頃からテロ活動を始め、全国を回る。その過程で何人もの子供を誘拐。月光症候群を夢月に与えられたという報告もあり、おそらく彼自身の病状は『他人に月光症候群を感染させる』物であることが推察される。彼の元に居る子供達。自称『選ばれし子供達(モンデンキント)』の総数は一〇〇人ほど。現在逃亡中。医療都市に潜入している。
『人に月光症候群を感染させる、月光症候群ね。親感染者にはぴったりな症状だ』
『だが、まだ二つ。おそらく中期と末期が残っている。それがどんな症状かはまだわかっておらんぞ』
 エレジーの言う通り。仮に夢月の症状が月光症候群を発症させる物だとしても、それ以外に二つ。末期までの症状が出ているはずだった。
『……やっぱ、俺らも病気の進行、必要だよな』
『ま、そうだろうな。それに、興味もある。我らがこれ以上強くなったら、どうなるのか』
 二人は、心の内で笑い合う。イタズラの計画を相談し合っているように。理穂は、そんな計を怪訝そうに見つめていた。というより、かなりイヤそうな顔で、嫌いな物ばかりが夕食の献立に出てきたと言わんばかりの顔だった。
「計くん」
「あ?」
「私の前で、エレジーさんと話をしないで」
「ん、ああ。悪い悪い。――昨日のことまだ怒ってんのか? エレジーも反省してるってよ」
『なにを勝手なことを……!!』忌々しげに舌打ちをするエレジー。
「まさか。エレジーさんに限って。今頃勝手な事言うなって怒ってるんじゃないの?」
 嘘があっさり見破られたことで、計の笑顔が凍り付く。彼はあまり嘘が得意ではない。
「はあ……もういいよ」
 それだけ言い残すと、小走りでどんどん先へ行ってしまった。その背中を見送る計に、エレジーは『追わなくてよいのか?』と心配そうに声をかけた。
「いいよ。どうせ学校で会う。そん時話聞けばいいさ。……しっかしよ、エレジーも俺みたいなモンなのにな? 自分の前で話すなってのは、どういうこった?」
『我が女だからだろう』
「それが?」
『我にお前を取られると思っておるのだろう。あやつの今の依存の対象はお前だからな』
「ああ、そういう……。話さないってわけにもいかねえんだ。理穂にもわかってもらうしかねえな」
『あの娘はそういうのには頑固だからな……ま、月光症候群の所為なのだろうが』
「……なあエレジー。ここは俺の為を思って、お前が理穂に謝るってのは」
『絶対にイヤだ。我は人に頭など下げとうない』
「あ、っそ……」
 さっさと奥に引っ込んでいってしまうエレジーに辟易とし、計はスクールバックを担ぎ直すと、マイペースを崩さないまま、学校へと向かった。


  ■


 学校が目の前に見えて、違和感を抱いた。
 その違和感は、校門の前に立つと、確信に変わる。奇妙な静寂に包まれていたのだ。まるで祝日に間違えて学校へやってきてしまったような、妙な不安感が計の胸を駆り立てる。
『計。気をつけろ。月光の匂いがする』
「ああ? ……誰かが学校内で能力使ってんのか?」
『さてな。なにせよ、理穂とやらが危険なのは間違いないだろう』
 計はゴキゴキと首を鳴らし、学校へと踏み込んだ。校庭を真っ直ぐ横切り、下駄箱へ。
 そこには、何人かの生徒が倒れていた。計はその中の一人をピックアップして、揺する。
「おい。何があった?」
 男子生徒は返事をしない。息はあるようだが、意識がない。抵抗した様子もないので、不意をついたようだが、他の生徒も同じ様な状態だった。
『おかしいな』
 エレジーの呟きに頷く計。
 全員が抵抗した様子もなく倒れている。不意打ちではないだろう。ここに倒れている生徒全員が月光症候群なのだ。それなりに強い生徒もいるはずだし、仮にその犯人が強かったとしても、全員に気付かれないまま気絶させるというのは常識的な考えではない。
『用心の仕方を考えなければならんな』
「ああ」
 立ち上がり、計はエレジーが月光の匂いを感じると示す方へ向かって歩き出した。
 廊下で倒れている生徒たちを跨いで、怪談を登り、やってきたのは計の教室がある階層。その中央に、一人だけ立っている男がいた。
 上半身裸で、右半身にトライバルタトゥーを入れた、短い金髪。サングラスで、異様な猫背。彼は、計を見つけると、手招きをした。それに従い、ゆっくりと警戒しながら近寄り、「誰だお前」と歩きながら口を開く。
「『選ばれし子供達(モンデンキント)』の、東方常(ひがしかたじょう)。榊原計。スカウトに来た」
「なーんで俺の学友達が倒れてんだよ。お前の息の臭さに悶絶でもしてんのか?」
「『選ばれし子供達』に入ると言わなければ、お前もこうなるということだ」
 計の挑発に眉をピクリとも動かさない。計は、殺人サイボーグが延々と追って来る海外映画を思い出していた。あのサングラスは殺人サイボーグかなにかだと、冗談めかして考える。
「俺を殺すってことか? やれるもんならやってみろってんだ」
「いや。生け捕りにして、夢月様のところへ連れて行く。そういう命令だ」
「よっぽど人材不足だと見えるぜ『選ばれし子供達』俺が絶対首を縦に振らないってことはわかってんだろ」
「だから俺が来た。俺の症状で、お前の首を縦に振らせる」
 その時、まるで常の体からドライアイスのように、なにか冷気と思わしき物が吹き出してきた。
「俺の症状『這い寄る混沌(クローリング・ガス)』有毒ガスはもちろん、酸素、燃料その他諸々。気体であればすべて生み出すことができる。一息吸えば、それで意識を断つ」
「……そうかい」
 計は腕をぐるぐると回し、氷のバットを作り出す。
 そして、膝を曲げ、シャンパンのコルクが弾けるようなスタートダッシュで、常に向かって突っ込んでいく。常は、太もものホルダーから刃渡り一〇センチ以上はありそうなサバイバルナイフを抜く。
 氷のバットを振りかぶる計。常はそれをバックステップで躱し、ナイフを突き出し計の心臓を狙う。胸に突き立てられるが、それ以上刺さらない。服の下に氷の膜が敷かれているのだ。
「俺の症状調べてねえのかよ。『元素掌握(オール・イン)』氷の膜で物理的攻撃は遮断できるし――」
 言葉の途中で拳を握り、その拳の周辺に風を纏わせ、常の顎へアッパーカット。
「――『風見鶏(ウォッチャー・バード)』風を操る症状。これで俺の周りに風を流せば、俺にガスなんて届かない。お前じゃ俺には勝てねえよ。見逃してやるから、とっとと消えろ」
 計は、心底がっかりしたように溜息を吐いて、踵を返す。
 が、常は顎をさすりながら、「お前に効かないなら、こうするだけだ」と、指を弾いた。乾いた音が周囲に響くと、突然、地面に寝転がっていた生徒達が立ち上がる。その様は、まるでゾンビの様に力がない。
「あ?」
『催眠ガスだろう。狡い真似をする。自分で勝てないのなら、他人にやらせる』
「けっ。俺の嫌いなタイプだ。けど、それこそ関係ねえんだよ。ここに俺に勝てるやつはいねえ。束でもな」
「「おおおおおおッ!!」」
 先ほどの力なくぶら下げていた手を挙げ、各々が能力を発症。その瞬間、計の周囲の風がその速度を増し、荒々しく嵐の様に、計を囲んでいた生徒達を吹き飛ばした。数えるのが面倒な程にいた生徒達は、再び絨毯と化した。
「――マジで、今帰んなら、見逃すけど」
 計は、氷のバットを肩に預け、常を見下した。身長は同じくらいなので物理的にではなく、その精神を。
「なら、彼女ならどうだ?」
 と、常がそっと立ち位置を横にずらした。視界が開け、常の後ろに立っていた理穂が見えた。
「貴様の能力も、貴様に勝てる人間がこの学校にいないことも。承知している。一応やってみただけだ。本命は彼女。貴様にとって、この女がどういう存在か知っている。攻撃などできまい」
「……ホントに、狡い手を使うな。テメエ」
『計にできんのなら、我がやる』
「やめろバカ。理穂殺す気か!!」
「そのリアクションを見ると、どうも効果あるみたいだな……」
 ニヤニヤと下衆めいた笑いを漏らす常に、計はわざとらしく舌打ちしてみせた。
『ふん。気に入らん』
 と、エレジーが奥へ引っ込んでいってしまう。
 だが能力は残していってくれたようで、まだ戦えるのを確認し、理穂へと視線を移す。俯き、腕をだらんとぶら下げ、何かをぶつぶつと呟いているようだ。
 常はそんな理穂に、持っていたサバイバルナイフを手渡す。
「さあ、貴様の女を傷つけるか? それとも倒されて仲間になるか? 選べ榊原計。選ぶことは人間の宿命だ」
 妙に大仰めいた事を言う常。
 だが、そのセリフは半分以上、計の耳に入ってはいなかった。戦闘になれば、彼の集中力は飛躍的に増す。今計の頭には、どうやって理穂を無傷で救い出すかを考えていた。

       

表紙

七瀬楓 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha