Neetel Inside 文芸新都
表紙

ニッポニア
まとめて読む

 音もない大宇宙の海原に、ただ星だけが煌々と瞬いている。その星々を道しるべにして、宇宙船は紡錘形の船体をゆっくりと回転しながら、レンズ状星雲の縁に近い空間を進んでいく。このまま何もなければあと三時間ほどで到着するだろう。窓に映る灰色の惑星を見ながら私は心を弾ませた。我々の2700年の悲願がついに叶うのだ。故郷より旅たった他の兄弟たちはもう移住先を見つけただろうか。いつの日にか同胞たちに報告したいものだ。我々はついに異星人と接触するのだと。がらにもなく感傷的な文章を書いてしまった。書記は簡潔な文を心がけよと、また船長に説教されてしまう。
 目的のG型スペクトルの恒星系の6番目に発見された惑星の衛星軌道上を周回しながら、先行していた無人探査機を回収する。技師長のしかめ面から、よくない結果だったことがうかがえる。
「技師長、さっさと着陸船で降りましょう。一体何が問題なんですか」
「いや、大気の組成、地表の温度とも問題ない。宇宙服なしで外を歩けるくらいだ。強いて故郷との違いをあげるならば重力が10分の1ほどしかないことだろう」
「それなら……」
「まあ、まて。肝心なものがないんだ。異星人のいる痕跡が」
「慎重すぎやしませんか。着陸すれば分かることです」



 7月29日3時26分、着陸船が地表に到達。着陸船の乗組員は私をふくむ6人。そのうち考古学者、技師長、そして書記の私の3人がまず第一次調査隊として惑星探索車に乗り込み北進を開始した。地表面はガラス玉のような砂粒の砂漠が地平の向こうまで続いている。きっとこの先に異星人たちの住む町があり、我々を歓待する式典が開かれるだろう。しかし、行けども行けども景色は変わらず、あいかわらず灰色の砂漠ばかり。
 G型スペクトルの恒星が凍った砂漠に命を吹き込むように、東の片隅から光の帯を広げていく。風紋がくっきりとした陰影で浮かび上がり、私の目を楽しませた。もう夜が明けてしまったのか。今のところこの星で得た調査結果は朝焼けの美しさは宇宙共通ということだけだ。それでも私は故郷の朝焼けが宇宙一美しいと思う。2700年前に我々の先祖は故郷を出発したのだから、私が知っているのは2700年前の故郷を写した記録映像の朝焼けだけだ。じかに見る故郷の朝焼けはもっと美しいはずだ。私は今のうち朝食をバックパックから取り出した。この景色を見ながらならば味気ないチューブの食事も少しはたいらげることができるだろう。
 北回帰線を越えたあたりでようやく見飽きた景色から開放された。今度は見渡す限りの大雪原。氷河に侵食された跡や巨大クレーターなど資料映像の被写体にはことかかなかった。映像を撮っていた考古学者がまた何か見つけたようだ。
「技師長、あれを見てください」
「なんだね、今度は。ただの風紋じゃないか」
「さっきの砂漠の風紋と違い、砂ではなく大きさの均一な石で作られています。模様も整いすぎて人工的です。これは異星人が作ったものではないでしょうか」
「ただの自然現象だ」
 技師長はもはや惑星探索車から降りてすらこなくなった。すでに6時間が経過しているのにもかかわらず、一向に異星人に遭遇しないのだから無理もない。考古学者は技師長が身を乗り出すような、特ダネを見つけてやろうとやっきになった。
 今度は林立する大型の生物の巣らしきもの(蟻塚が一番近いと思うが大きさが桁違い)も発見した。惑星探索車を降りて近づいてみると、巣の側面には風化した跡が刻まれている。時間をかけて削られたものではなく、強い突風によって一瞬でついた傷のようだ。技師長に意見を求められた考古学者は分析を始めた。
「この巣に残る傷跡は斜め45度の角度で上方から下方に付けられています。また宇宙線量も測ってみましたが、高い数値が観測されました。かつて我が故郷にも存在した、製造方法が失われてしまった太古の野蛮な兵器というもので付けられた爆発の跡だと思われます。ここからは私の推測ですが、この星は内乱で滅んでしまったのではないでしょうか。この巣も避難所かなにかかも知れません」
「馬鹿な。異星人の出した電波をキャッチしたのは30年前だぞ。たった30年で滅んでしまったというのか。我々の30年間はこんなことのために……」
 あとは言葉にならなかった。
「もしかしたら生き残りがいるかも知れません。私に巣の内部の調査をやらせてください」
「それは危険すぎる。君がリスクをかけるだけの発見があるとは到底思えないが」
 技師長はすっかりこの星に興味を失ってしまったようだ。期待が大きかった分、落胆もまた大きすぎたのだろう。しかし私はまだあきらめたくはなかった。技師長にしつこく食い下がって4回目の意見具申で単独での巣の内部の調査を許可された。
 ひしゃげた格子のような穴から中を覗いて見ると、大きな空洞が広がっていたが、その3分の1は瓦礫で埋まっていた。ヘルメットについた照明を頼りに奥へと進む。中には生物の痕跡らしきものはなにもない。引き返そうとしたそのとき、私の後ろを何かが通過していった。影が見えたわけでもなく、音を聞いたわけでもない。ただ本能的な恐怖を感じた。
 私は吸い寄せられるように空洞の最も暗い空間にたどり着いた。周りをぐるりと照らすと、ギザギザの斜面が近くに見えた。先ほどは見落としていた場所のようだ。また気配を感じて顔を上げる。見上げると縦穴が吹き抜けのようになっている。そいつはここを登っていったのかも知れないが、私には登るすべがない。
 私は技師長に連絡を入れた。
「生命体を発見しました。コンタクトをとるため惑星探索車をこちらに回してください」
「駄目だ。危険すぎる。生命体を確認できたのだから、今日のところは一度帰って……」
 言い終わる前に通信機を切る。縦穴も惑星探索車ならば登っていけたのに。
 あきらめがつかない私はまだ勾配のましなギザギザの斜面をよじ登って行く。重力が小さいので非力な私にもどうにか登ることが出来る。ついに私は登りきって息をついた。ほのかにアルコールのような匂いが漂っている。下よりは瓦礫が少ないため中の構造を観察し、この巣が人工物であることを確信。異星人とのコンタクトの可能性はさらに高まる。奥の部屋からかすかに光が漏れているのをすぐに見つけることができた。私は噛みしめるように一歩一歩近付いていく。技師長たちには悪いがファーストコンタクトという歴史的な大役は、リスクを厭わない冒険者にこそふさわしい。
 ついに私は出会った。私の背丈の5、60倍はある透明な卵型の容器の中に横たわった何かと目が合う。はれぼったい赤ら顔、ただれた薄紅色の肌、腕のようなもの一本と足のようなもの二本の生えた巨体は非対称で生理的な嫌悪感を抱かせるには十分だった。この醜い生物が異星人でないことを私は願った。顔面に開いた穴をパクパクと動かして、およそ知性を感じさせない。唇はないがこの穴が口なのだろう。口をパクパクと動かすたびに空気が漏れるようなかすれた音をたてている。私にはこの怪物がしゃべっているのか泣いているのか判別することは難しかった。
 私は技師長に報告し、惑星探索車を使ってこの怪物を運び出した。
「すごいじゃないか。早速、通訳ソフトの製作に取り掛かろう。……どうかしたか」
 興奮する技師長とは対照的に私の心は虚脱感に支配されていた。私の求めていたものはなんだったのか。
「いえ、なんでもありません」
 我々は調査を終え着陸船へ帰還した。
「探査車を収容する。格納庫のシャッターを開けてくれ」
 反応はない。すぐに技師長が異変に気付いた。中から妙な音が聞こえてくる。機械的のようでもあり、生物のようでもある不気味な音。
「みんな、シャッターをこじ開けるのを手伝ってくれ。」
 考古学者が手斧でシャッターの隙間を広げる。そこに技師長がバールをはさみそれをてこにトンカチで叩く。30分くらい格闘してシャッターを開ける。異星人は大きすぎて狭い通路は通れないのでとりあえず探査車に留めておくことになった。円すい状の形をした着陸船は指揮所を中心に放射状に8本の直線通路が伸びており、そのひとつがこの格納庫に繋がっている。つまりどの通路からでも指揮所に必ずたどり着く。その指揮所に向かう狭い通路の奥にしゃがんでいる背中が見えた。
「おどかさないでくださいよ。いるならちゃんと返事してください」
 私が肩を揺すると、着陸船船長はそのまま前のめりに倒れた。わき腹にえぐられたような傷があり、血が滴り落ちた。
「書記、離れろ。傷口から未知のウィルスに感染する恐れがある」
 私はそっと離れた。そしてマニュアルに従って6番通路を隔離した。今までが順調に行き過ぎて、我々は未開の惑星の危険を軽視していたかも知れない。
 三人で手分けして注意深く船内を調査し、再び指揮所に集合した。
「だめだ、教官もやられていた。実習室は閉鎖しておいた」
「パイロットも死んでしまった。これで留守番組は全滅だ」
「そんな。昨日定時報告したときはみな元気だったのに。たった一晩でいったい何が」
「何者かが着陸船へ侵入したと考えられるな。おそらくこの星の連中もそいつに滅ぼされてしまったのだろう。」
 その時私の後ろの封鎖したはずの6番通路から何かが這い出てきた。平べったい楕円形の物体で金属光沢のように黒光りしている。そこから生える六本の足を蠢かせながら私に近付く。私は体が強張り思うように動けず、その場にしりもちをついた。奴は私を調べるように長い2本の触手をせわしなく動かしている。触手が私に触れようとするその瞬間、触手の根元、すなわち奴の頭部は体から引き離された。考古学者が斧で首を切り落としたのだ。
「やった」
「いや、まだだ」
 奴は体を痙攣させながら、その場でぐるぐる回りだした。考古学者は弾き飛ばされ背中をしたたかに壁面に打ち付けた。奴は体の中枢とおぼしき頭部を切断したのに動き続けている。我々の常識などこの化け物には通用しないのだ。
 化け物のことは怪物に聞くべきだ。
「技師長、通訳ソフトは完成してますか」
「いや、完成度70%というところだ。どうするつもりだ」
「あの化け物はこの星の生物なのだから、異星人に聞けば弱点が分かるかも知れない」
 私は通信機で呼びかける。
「おい、怪物。私は書記だ。あの黒い化け物の弱点を教えてくれ」
 駄目か。反応はない。私が通信で目を放した隙に化け物がにじりよる。私はなおも通信を続ける。首のない化け物はもうかみつくことはできないだろうが、体をぶつけられるだけでも十分な痛手になるだろう。もし化け物の体に常在する雑菌に感染すれば治すすべはない。私はこの危機を逃れる方法を最期まで考え続けたが、頭の中は真っ白になるばかりだ。もはや逃れるのは不可能であろう絶望的な距離まで詰められたとき、視界から化け物が吹き飛んだ。化け物を壁際まで押しやったのは高圧の水流。考古学者の手に消火栓から伸びるホースが握られている。
「たとえ化け物だろうと呼吸はするはず。このまま溺れてしまえ」
 さっきのし返しとばかりに化け物を水圧で壁に押し付ける。化け物の上体が起き上がり、そのグロテスクな底面があらわとなる。黒い外皮の中から半透明のビニールのような器官を飛び出させバタバタさせている。これがもがいているのではなく、飛翔のための準備動作だと気付いときにはもう遅かった。
「飛んだ。どこまででたらめな生物なんだ」
 体の大きさに比して小さすぎる羽を必死にはばたかせ垂直に上昇していく。天井に何度も羽をぶつけながら背を天井に擦るように移動する。そこから一気に滑空して考古学者の上に覆いかぶさった。考古学者はかろうじてホースを両手でピンと張って盾にしている。
「頼む。答えてくれ。あの黒い化け物の弱点は一体なんなんだ」
 私は通信機に向かって叫ぶ。
「うるさいなあ。そんな大声ださなくても聞こえてるよ」
 これは、異星人の声なのか。通信機から響く声はさらに続ける。
「液体洗剤かけてみろ。イチコロだから。分かるかな。界面活性剤のほうが分かるか」
 私はいまいち信用が置けず、つい反論してしまった。
「しかし、水は効かなかった」
「だから液体洗剤なんだよ。奴の油膜を洗い落とさないと窒息しないからな」
 一応筋は通っている。今は信じるしかない。私は機内洗浄用のボタンを押した。雨のように液体洗剤と水が降り注ぐ。
 化け物はのたうちまわりひと暴れしたあと、電池が切れたおもちゃのようにゆっくりと動かなくなった。
「ありがとう。あなたは命の恩人だ」
「いちいち大げさなんだよ。君達みたいに体が小さくなければ、ゴキブリなんて新聞紙でパンで終わりだよ」
 通訳ソフトが未完成なせいでよく分からない言葉があるが、ともかくこの異星人との対話は可能なようだ。
 私達は彼を発見したニッポンという地名にちなんでこの異星人にニッポニアと名付けた。
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