Neetel Inside 文芸新都
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ゴールデンウィークが明け、登校日が始まった。授業が終わると俺は下校する生徒とすれ違うように階段を上り、屋上のドアを開けた。

強い風が吹き曇天で気温も低いため周りには誰もいない。俺は制服の内ポケットからタバコを取り出すと口にくわえ、ケースに入れていたライターで火をつけた。

数回口をつけ、白い息を吐きながら俺は蟻かなにかの虫のようにちいさく見える校庭の生徒達を見つめていた。

平野は去年、ここから自分の裸が印刷されたプリントをバラまかれたらしい。気が狂ってる。悪魔の所業としか思えない。そんな事を考えていると俺の背に大きな影が迫っている事に気がついた。

「お前にタバコを吸う習慣があるとは思わなかったな」振り返るとそこには向陽高校の番長、桜田薫がいた。俺が見上げると桜田は言った。

「期限はもう過ぎた。やりたい事は見つかったか」俺は口から煙を吐くと手すりに押し付けて火を消し、ポケットから取り出した携帯灰皿にそれを投げ込んだ。

「真面目な性格なんでね」俺が微笑むと風で漂う煙の流れを見ながら桜田が繰り返した。「やりたい事は見つかったか、と聞いている」それを聞いて俺は唾を飲み込んだ。

「平野洋一のバンドに入った」「ほう、それで?」桜田が隣に来て手すりに手をかけて聞いた。「これがやりたい事、じゃいけないのか?」

「ただやる、だけじゃダメだ」桜田は俺にタバコを1本要求した。俺がケースごと桜田に手渡すとタバコに火をつけて桜田が言った。

「やるからには何か形に残る結果を残さなければダメだ。端から見たら俺から逃げたようにしか見えん」「ただバンドを始めただけじゃあんたからは逃げられない、か」

観念したように俺は笑った。「タバコは好かん」数回口を付けると桜田はタバコを床に投げつけた。「俺もタバコを吸う習慣は、ない」足でそれをもみ消す桜田を見て俺は景色に目を移した。

授業が終わった後、桜田の手下に呼ばれた時、平野の面接を受けに行く時、俺は心を落ち着けるためにここで一服していた。すると気持ちがリセット出来て目の前の難題に挑む事が出来るのだった。

タバコは依然吸っていた母の電子カードで買っていた。きっかけはどっかのミュージシャンがくわえながら楽器を弾いていたとかそんな理由で、とっくに臭いで気づいているはずなのに母はなんとも言わなかった。

俺が2本目のタバコに火をつけると桜田が俺に宣告した。

「とりあえず4月中にやりたい事を見つけるという課題はクリアした。しかし、そうやって斜に構えた態度をとっているとまた俺達に目を付けられる事になるぞ」
「いや、あんたはもう、俺に暴力を振るったりなんて事はしないだろう」

俺は煙を吐き出して桜田の坊主頭を見て微笑んだ。「気づいてるんだろ?そんな事しても不毛なだけだって。虚しいだけだって」

それを聞いて桜田がはっはっはと笑った。いつもとは違う、覇気のない笑い方だった。「まぁ、せいぜい頑張れや」

そういうと桜田は俺に背をむけて入口に向かって歩きだした。「あんたも見つかるといいな。やりたい事」それを聞いて一度桜田は立ち止まったが気にしないように非常口のドアを開けた。


「それでボクは言ってやったんだ。アンタ、本当に音楽好きなんですか?ってね」
「その話聞くの、もう72回目よ」

俺が第二音楽室のドアを開けると平野の奴がやよいに武勇伝を語っていた。カバンとベースケースを空いている椅子の横に置くと俺に気づいた平野が驚いたように声を出した。

「あれ?キミどうしてここに?」「おまえが俺をバンドメンバーに入れたんだろ」呆れて言葉を返して椅子に座ると思い出したように平野が舌を出して頭を小突いた。

「そうだった。少し間が空いたから忘れちゃったよ~」おいおい、それはないだろ。俺がため息をつくとやよいが席から立ち上がり俺にA4サイズのプリントを渡した。

「これ入部届。ここに名前と住所と連絡先、書いて」俺がやよいを見上げると軽音楽部部長の山崎がやってきたので彼に話を聞くことにした。

「俺は平野のバンドに入りたいと言ったが軽音楽部入りたいといった覚えはないんだが」「え?そうなの?」山崎が鼻を膨らまして俺に聞き返した。

やよいが場を仕切るように俺に告げた。「同じ事よ。平野君のバンドに入るには軽音楽部に入部する必要があるわ」「どういう事だ?」

腕を組んでやよいが言った。「今後、部の活動として他校との合同練習、つまり、あなた達で言う対バンを予定してるの。他校でライブするには自分の立場を証明出来る物が必要。
あなたがどうしても入部したくないって言うなら他に手立てはあるけど?」

俺はやよいの話を聞いていぶかしがった。「どうしてそこまでしてくれる?」「どうしてって...」言葉に詰まったやよいを見て椅子に座った山崎が言った。

「板野は生徒会役員でこの部の副部長なんだ」なるほど。そういう事か。「まぁ、ほとんど平野君のマークと部費が正しく使われているかの監査が私の仕事だけどね」

「で、おれは3年だし成り行きで部長になったってわけ」山崎が俺にこの軽音楽部の成り立ちを教えてくれた。「わかった。そこまで言うなら」

俺はカバンから筆記用具を取り出し入部届にペンを突き立てた。ドアが開いて清川達、1年生が顔を出す。

「やよい先輩、今日もお綺麗で。ぱっとしないセンパイ達もお疲れっス!」後ろを通るそいつらをやり過ごすと俺はやよいに記入した入部届を提出した。

「これでやっと鈴木君もおれ達の仲間って事だね!」声をあげる山崎を見て俺はむずがゆい気持ちになり、その違和感を正すためこう伝えた。

「鈴木君、はやめてもらえますか?なんか、距離があるような気がして...」「なるほど、そうか」平野が椅子から立ち上がった。

「ニックネームが欲しいって事だろ?そうだな...見た目からして...フーミンか、ゲロしゃぶだな」「どうしてそうなる」

俺が平野に突っかかると山崎が間を取り持った。「普段はなんて呼ばれてる?」俺は口元に手を当てて考えた。「苗字と名前の最後をとって『キキ』って呼ばれている」

「ダメだ。それじゃ、カッコ良過ぎる」俺がネットで使っているハンドルネームを平野がダメ出しした。「面接の時から考えていたんだが、鈴木和樹だろ?ワッキってのはどう?」

「いいね、それ。言い易いし」「はぁ?!」「これから、よろしくね。ワッキ」「ちょっと」気軽にあだ名で呼び始めたやよいを見て俺は焦った。もちろんそんなあだ名で呼ばれた事は初めてだ。

山崎が俺を見て微笑んだ。「おれ、部長で先輩だけどタメ語でいいから。ティラノもそうしてるし」それを聞いて俺は安心して声をかけた。

「じゃあ、山崎。いまから練習がしたいんだけど付き合ってくれるか?」「はは...待ってました、って感じだね」

ベースを持ってステージに上がると俺と山崎はビートルズの『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイヤモンズ』と『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』を演奏した。

どちらもベースとドラムだけでは単調な音楽で、平野は「ヘイ・ジュードなら出来るよ」と言ったが今度は俺がそのコード進行を覚えていなかったため、結局2人で何度もその2曲を演奏する事になった。


「よーし、モンハンしよーぜ」俺の前で清川が立ち上がって他の1年生部員達に声を上げた。部員達がカバンから携帯ゲーム機を取り出す。

「伊藤、お前肉持ってくんの忘れんじゃねーよ」ケラケラ笑い出す清川を見て俺はベースを弾くのを止めてマイク越しに1年に声を向けた。

「なぁ、初めておまえらと会話する内容がこんな事で申し訳ないんだが、」「あ、なんスか?」清川他3名が俺に振り返る。

「練習しないなら出て行ってくれないか。邪魔だ」「あァ!?」「ちょっと、ワッキ君!」山崎がドラムキットから立ち上がって俺達の間に割って入った。

「あんた、ちょっとベースが弾けるからって調子に乗ってんじゃないっスか?」「てめぇ!」「やめろって!」山崎が後ろから俺の体を抑える。

「ちょっと、あんた達またここでトラブル起こそうってんじゃないでしょうね?」やよいが俺と清川を睨みつける。

「やだなぁ。やよい先輩の前でそんな事するわけないじゃないっスか」

清川が呆れたような顔を俺に向けた。それが俺の神経を逆なでして山崎の力が緩んだ瞬間に俺は清川の襟首に手を伸ばした。

「はい!そこまで!」一部始終を見ていた平野が声を張り上げた。「ラブ、アンド、ピース!」平野は俺達にVサインを贈ると教壇にあがりひとつの提案を出した。

「どうだろう?軽音楽部が部として立ち上がって1ヶ月。1年が4人入部して今日ワッキも入部した。ここらで1年対平野バンドで対バンをするってのは。
勝った方は負けた方のいう事を聞く」

俺が清川の首から手を離すと清川が平野に向き直った。「センパイ。それ、まじで言ってんスか?」「ああ、おおまじだ。男に二言はない」

「おい、おまえら聞いたか?」清川が他の1年を見渡して笑った。「入部して早々、この部屋乗っ取れるってよ!これで女連れ込み放題って訳よ!」

それを聞いて他の1年達が微妙な笑みを向ける。平野が話をまとめた。「対決の日は1週間後。演奏曲はカバー曲1曲。それでいいか、清川」

「ええ。いいっスよ。負けたら上級生はやよい先輩以外全員引退してくださいよ!」「いい加減にしろよおまえ」「だから止めろって!」

山崎が再び俺の腕を掴む。「いいわ。負けたらあんたと付き合ってあげてもいい」やよいが清川を見つめて言うと飛び上がって清川はやよいに告げた。

「い、いや!俺はこのセンパイらと違ってちゃんと嫁がいるんで!でもキープって手もあるかな...」顔を赤らめる清川を見て俺は言葉を投げつけた。

「俺達が勝ったらお前ら1年は1ヶ月この部屋に立ち入り禁止だ」「おい、ワッキ。勝手に決めるな」「いいっスよ。それで」平野が呼び止めたが清川が俺の提案を受け入れた。

カバンとギターケースを持つと清川と他の1年生部員達は帰り支度をした。「それじゃ、1週間後、楽しみにしてるっスよ。せーんぱい♪」ドアが閉じると山崎がああー、と嘆きながら頭を抱えた。

「せっかく部としてうまく活動しだしてたのに、どうしてこんな事になっちまうんだよ...」「あれで上手く活動してたと思うのか?どうみても遊んでただけだろ」

「ワッキ」平野が俺に声をかけた。「キミ、不良によく絡まれるだろ?」それを聞いて俺は笑った。その通りだよ。俺は自分の言動を振り返ってこの場から逃げ出したくなった。

タバコが吸いたい。勝手に暴走して他の誰かに責任を転嫁しようとしている自分にとても腹が立っていた。

「1年坊主に振られちゃった」少し悲しげに、小馬鹿にしたようにやよいが達観したような口調でつぶやいた。

       

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